転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
大学の構内を進み、事務所で聞いておいた場所に辿り着くと、その廊下は初めて訪れる場所であるにも関わらず、予想通りオレにとってどこか既視感ある景色が広がっていた。
その中ほどに、目的の部屋がある。
表札には『宇宙物理学研究室』の文字。
担当教員の欄は……もちろん『丹羽教授』
「えっと……ああ、ここだここだ。前来た時はまだ所属の研究室が決まってませんでしたからね。どこに居るか探すの大変だったんですよ~」
イメージ的にどうせ図書館にいるだろと思ったら、そうじゃないんだもんなぁ……
ただでさえ広い構内なのに、当人があまり人付き合いをしないタイプなもんだから、そのへんの学生捕まえて聞き込みしても禄に目撃証言が集まらねえ。
たまたま同じゼミらしい知り合い見つけたと思ったら「あの秀才だ、どうせ図書館にでも入り浸っているんじゃないですか」ときたもんだ。
いや、おらんかったから聞いてんだよなぁ……!
結局、それなりに社交的なサエコさんを人づてに探して、彼女から居そうな場所を聞き出す方がずっと早かった。
誰も来ない屋上の変なベンチで、鳩に囲まれながら孤独に読書へ耽っている様は、それなりに画になってはいたが……オレとしては、いったりきたりさせられるRPGの勇者の気分だったぜ。
いやー、探しましたよ。
そういう意味だと、こうして居所が固定されるのは、会いに来る方としてありがたいっちゃありがたいんだが……やっぱりこうなってしまったか。
流石に俺一人がいたところで、彼の心情をどうこうできるわけもなし。
いくら原作通りとは言え、あまり素直に喜ぶ事は出来んな。
『ふむ、こちらにブラザーの仰る専門家がおられるのですな?』
「ええ、そんでもって私の友人です。ただちょっと偏屈なとこがありますんで、何か失礼があってもご容赦願いますよ。ごめんくださーい」
木造りのドアを軽くノックしてしばらく、少々頑なな印象を与えるテノールと共に、ジャケット姿の精悍な顔つきをした青年が、半開きにした扉の向こうから、こちらをうかがうような目つきで姿を見せた。
「はい。なんでしょうか。残念ながら教授はご不在ですよ」
「いやいや、ニワ教授なんかどうでも良いよ。君に用があるんだ。俺たちは」
いかにも訝しげな表情を貼り付けて顔を出した青年だったが、朗らかにそんな事を言う男の服装を見るなり、途端に血相を変えて奥へ引っ込もうとする。
そこへ、白いブーツのつま先が素早く差し込まれ、扉が完全に閉まってしまう事を阻んだ。
つまり……俺の足である。いったーい!
「いっ……てぇ!!」
「あ、すみま……ッ!? その足を早く退けてください! 人違いです!」
「いやいや! 人違いをしてるのは君の方だぜ、イチノミヤ君! それとも君のファン第一号の顔を、もう忘れちまったってのかい?」
「なんですって? 僕のファン? そんな人に心当たりなんてありませんね! 帰ってください! だいたい僕は……!?」
青年はしばらく、邪魔なブーツをどうにか排除しようと躍起になっていたが、怒りのままに相手を睨みつけるべく顔を上げた際、そのヘルメットを被ったニヤけ面にどこか見覚えがあると気が付いたようだ。
彼の優秀な記憶力は即座に答えを弾き出す。
「貴方は……まさかこの間の……」
「そ。思い出してくれた? どうも貴方のファン兼未来の大親友ソガ隊員です。久しぶりだな、イチノミヤ君」
そういや前に来た時は私服だったか。
「……ほ、本当にウルトラ警備隊の隊員だったなんて」
「だから言ったじゃん。防衛軍で働いてますって……あの後サエコさんに聞かなかったの?」
「……サエコ君とは、しばらく会っていません」
「え~、そうなの? 寂しがってると思うな~」
「……それで、今日はいったい何の用なんですか。そんな服まで着て……どうしてそう、僕に付き纏うんです」
俺達を猜疑に満ちた目で見つめるこの青年は、イチノミヤ。
ざっくり言うと、アマギレベルの大天才なのだが、現在いろいろあって絶賛人間不信中なのだ。
初対面の時はもうちょっとマシだったんだけどなぁ……今じゃすっかり敵を見るような態度である。何気に傷付くわぁ……
ま、理由は分かっておりますよ。
なんせ、今の彼はある秘密を抱えている。
その秘密を一番嗅ぎ回られたくない相手が、よりによって俺達ウルトラ警備隊なもんだから、こうして番犬よろしく威嚇中なのだろう。
……ふふふ、健気だね。
「いやなに、少しばかり君の力を借りたくてね。立ち話もなんだから、中に入れてくれるとありがたいんだが」
「ふん、拒否権なんて無いんでしょうに」
「何を言うんだね! ウルトラ警備隊は常に市民ファーストの組織だぜ? 任意だよ、任意」
「……でしたらさっさと用事を済ませて帰ってください。午後から実験の予約があるのでね」
じろりと睨めつけるように視線をよこし、乱暴に扉を開くイチノミヤ。
こちらを振り返りもせず、スタスタと部屋の中に戻っていく。
『……あの、警部?』
「安心して下さい保安官。イチノミヤ君は元からあんな感じですよ。ちょっとばかし人嫌いのケがあるというか。本人の了承も得たし大丈夫でしょう!」
『……本当にご友人なのでありましょうや?』
「もちろん!」
少なくとも、ヒロタよりかは仲良しな自信があるぜ。
机を片付けながらイチノミヤが後ろ手に指差したのは、来客用のソファ。
もちろん整理整頓はされているが、長らく使う機会が無かったのか、座面や背もたれはうっすらと埃を被っている。
ハタキや布巾なんて気の利いたものはないので、とりあえず保安官の座るスペースだけは手で擦っておいた。
自身が普段使っているのであろう背の高い回転椅子にどっかりと腰掛け、くるりとこちらを向いたイチノミヤが、眉根を寄せていかにも嫌々ですと言わんばかりの顔でこちらを見下ろしつつ口を開く。
「……それで? 天下のウルトラ警備隊が、僕のようなたかだか一介の学生風情に、いったい何を御所望だと言うんです? フ……僕なんぞに貴方がたのお力になれるような事があるとは到底思えませんが」
「それがあるんだなぁ……! 詳細はいろいろ省かせて貰うが、俺達は今……とある犯罪者を追っていてね」
「犯罪者? ますますもって、縁遠い。そういう時は警察に行くのが筋でしょう」
「うん。だから先に行ってきた。ただ問題なのは……その犯罪者というのが、宇宙人だって事さ」
「う、宇宙人だって……!?」
その言葉はまさしく、効果てきめんだった。
それを聞いたイチノミヤは、思わずがたりと椅子から腰を浮かし、警戒心も露わにソガを睨みつける。
「そ、それが……僕といったい何の関係があるって言うんだっ!?」
それに対し、オレはあえて……
「ん? どうした? そりゃあ、
俺がそう言えば、イチノミヤは肩透かしでも食らったかのように脱力し、再び椅子に尻を落ちつける。
「え……あ。そ、そうです!」
「ははあ……分かったぞ、イチノミヤ君。さては、君があんまり賢いからって、その理由を『君の正体が宇宙人だからだ!』 とかなんとか俺が言い出すとでも思ってたんだろう? いや、しないしない! もちっと信用しておくれよ! 時として人間には信じられんくらいの馬鹿もいりゃ、冗談みたいに賢い奴もいるし! そんなんは地球人だろうが宇宙人だろうと一緒! そんくらい分かってますよ! ねえ、保安官?」
『……え、ええ』
俺がゲラゲラ笑ってみせると、イチノミヤはすっかり毒気を抜かれたような顔でぽかんとしていた。
保安官は保安官で、なんだか白けたような光をこちらに向けてくるし……
「ああ、ご紹介が遅れましたね。彼はイチノミヤ君。なんとこの歳で、転送機に関する完璧な理論を書き上げてしまった大天才です!」
オレがそう言うと、イチノミヤはつまらなそうにそっぽを向いて、フンと自嘲気味に鼻を鳴らした。
「……理論だけ、ね。それも学会からは総スカンを食らいました。今の僕は単なるペテン師扱いですよ。わざわざウルトラ警備隊が話を聞きに来る価値も無い」
「まあ本人はこう言っておりますが、彼の論文があまりに高度過ぎて、それを理解できん頭の固い連中からやっかみを受けたってなだけで。言うまでも無い事ですが、地球ではまだ
『ほう、つまりこちらのイチノミヤ氏が自身の転送装置を完成させさえすれば、地球人初の快挙というわけですな? なるほど、それで地球唯一の専門家と……』
保安官が得心いったように頷けば、先ほどまで頬杖をついていたイチノミヤは、おや? といった様子で目を見開く。
「……貴方は、今の話を聞いて……僕の研究を否定なさらないのですか?」
問われた保安官は、いかにも不思議そうな顔(もちろん俺からは面長ヘルメットしか見えないが、イチノミヤの視界には、それこそ映画さながらのオーバーリアクションで片眉を跳ね上げる白人男性が再生されているはずだ……多分)で聞き返す。
『……否定? なぜ?』
「なぜって……私が言うのも可笑しな話ではありますが、電送機ですよ? ……ははあ、さては電送機が何かお分りになっていない。端的に申し上げるなら、物体をいったん粒子状に分解し、電波に乗せて送信する事で、ある地点から遠く離れた場所で再構築するという技術です。ハハ、どうです。荒唐無稽でしょう?」
『……は、はあ。民間に普及さえ出来れば、活動圏がより一層広がり、実に便利な道具だと思われますが……?』
保安官があっけらかんとそんな事を言うので、イチノミヤはやや衝撃を受けたように固まっていた。
なにせ今の言葉には、オレでも分かるぐらいしっかりとした実感が伴っていたからだ。
よくある無責任な「たいへん夢があってよろしいことじゃないですか」と笑いながら言うような、枕詞に「出来はしないだろうけど」という無意識な否定が隠されているものではない。
それがとても有益な事であると、心の底から確信している者特有の響きがあった。
そりゃそうだ。
捜査上に『テレポート装置』なんてモンがひょっこり現れて、「参ったな、専門家を呼ばなくちゃ」なんて言えるような文明レベルから来た人なのだから。
もしかしなくともキュラソ星では、軍用レベルの物ならば、一部で既に試験導入されているのかもしれない。
『それで……その記念すべき試作第一号は、いつ頃完成するのでありましょうや?』
「……そ、それは……」
イチノミヤが動揺したように口籠もる。
きっともう……それは完成直前か、さもなくば既に出来上がっているのだろう。
少なくとも基礎や外組みだけならば、この部屋の隣に隠された、秘密の書斎に鎮座しているはずだ。
だが、それを言う事は出来ない。
なぜならば……
「それがね保安官、まだ不可能なんです」
『不可能?』
「彼が提出出来たのは、あくまで理論だけ。今の地球じゃどうやら完成には至らないそうで……」
オレが助け船としてそう切り出せば、イチノミヤはどこかホッとしたような、それでいて失望や諦観のようなものがない交ぜになった複雑な表情で息を吐いた。
「そうです。学会でも散々に叩かれました。本当だと言うのなら、証拠をみせろと。……人は所詮、常識の中でしか生きられない生き物だ。……この星では、より多くの人間が信じたい事のみ……真実になれるんです」
悟ったように呟くイチノミヤ。
……だ、が!
「なんでもアマギが言うにはね、なんとかって重要部品をチルソナイトで作らなきゃいけないらしいんですが……今の地球じゃ、その鉱石を装置に必要な精度で加工する事が出来ないそうなんですよ。要は、イチノミヤの理論になにか問題があるのではなく、工作機械側の技術が充分に発展するまで、完成はお預けだそうで」
『なんと……それは残念でありますな』
「……えっ?」
これにはイチノミヤが驚く番だった。
「アマギ……ウルトラ警備隊のアマギ隊員と言うと……まさか、宇宙航行力学や宇宙線照射研究の第一人者である……あのアマギ博士ですかっ!?」
「えっ? あいつそんな有名人なの?」
「当然でしょう! あの人がダイモード鉱石に頼らないベータ線偏向技術を確立したからこそ……まさか、その腰に提げている物を、来歴すら知らないで撃っていたんじゃありませんよね?」
イチノミヤが指差したのは……腰のホルスターで銀色に輝くウルトラガン。
「え……ええっ!? コレあいつが作ったのぉっ!?」
「……知らなかったんですね……呆れて物も言えない」
「そっかぁ……そうだったのかぁ……まあ、アマギなら何しても不思議じゃないな。頭アマギだし。マグマライザー作れるならウルトラガンも作れるわな。そのなんとか学がどんな学問かは知らないけど、多分そのアマギで合ってると思うよ」
「……見せたんですかアマギ博士に? ……僕の論文を」
「うん? そりゃ見せるだろ。というか、前来た時に君が言ったんだぜ? 内容も禄に理解出来ない人に信じて貰ったところで嬉しくもないって」
「そ、それは……そうでしたが」
ぶっちゃけオレは、原作知識としてイチノミヤの論文が正しいものだと知っているだけで、じゃあそれのどこら辺が凄いと思う? って専門的な突っ込みをされたらさっぱり分からない。
確かにそれでは説得力もへったくれも無いので、オレが知る限り一番賢くて、おそらくイチノミヤの正当性もしっかり担保してくれるであろうアマギに相談したのだ。
俺が論文渡した時は、またいつもの与太話かと半信半疑だったくせに、一晩経ったら血相変えて問い詰めに来たからな、あいつ。
「アマギの奴、めちゃくちゃ驚いてたぞ。こんな高度なものを、先行研究のまったく無い状態から、学生一人が導き出したなんてとても信じられない! ……ってよ」
イチノミヤの真にヤバイところは、見本すら無い状態で机上の空論を完成させてしまったところだ。
当時発見されてもいなかった一部元素の存在を、「今は見つかっていなくとも、計算上そこに絶対あるはずだ」と、ピタリ予言してみせたメンデレーエフ先生と同じ事をしたと考えれば、その異常性が伝わるだろう。
「あ、でもごめんなぁ……俺は基礎研究とかそういうのゴッソリ抜け落ちてるからさ、あいつの解説聞いても結局ちゃんと理解出来んかったわ……やっぱりハエと一緒に使ったらハエ男になっちゃうの? とか、使用者が寄生虫に気付かず入ったら怪奇サナダムシ男になっちまうのか……とか、そんなんばっかり気になってな……」
噂に名高い『素人質問で恐縮ですが』ってやつを、いっぺんでもいいから言ってみたかったんだが……やっぱズブの素人じゃド素人みたいな質問しか思い付かなかったわ、マジで。
「えっ……運用上の懸念点まで読んだんですか?」
「そりゃそうだろ! 化け物退治の専門家が、退治される側になったら目もあてられない!」
「……ご心配なさらずとも、使用時は微弱な斥力場が発生しますので、体表面の付着物は強制排除されますし、有機物の再生時に重要となるのは自己認識ですから、そもそも異物としてその存在を感知していないなら、問題ありません。でなければ、人類は総じてミトコンドリアから人生をやり直す羽目になります。尤も、自らの意志で寄生虫を飼っているような酔狂な人がいれば、話は別ですが」
「あ、そうなんだ。よく出来てんねぇ~」
「……発明者として、その程度の危惧は当然です」
どこかバツの悪そうな顔で、イチノミヤはふいと視線を逸らした。
「とまあこのように、こと転送技術に関しては、この地球で恐らく右に出るものはいないだろう専門家です」
『うむ! ソガ警部だけでなく、あのアマギ鑑識すらも太鼓判を押すとなれば……能力、人柄ともに申し分ない! 本官も安心して証拠品を任せる事が出来るというものだ!』
「あの……こちらの方は?」
「ああ、こちらはエリキュール特別捜査官。ワシントン支部より
『イチノミヤ氏のような方とお会い出来て光栄ですぞ』
「ワシントン……? パリ本部やベルリン支部ではなく?」
なぜか俺の説明を訝しむイチノミヤ。
まあ、ワシントン支部よりさらに上の方ってのは……つまり宇宙から来たのをただ誤魔化してるだけなので、その疑問は大正解ではあるのだが……
今のどこに疑う要素があったのか。
彼がいったい何に引っかかっているのか分からず、思わず顔を見合わせる俺達。
「……なんか変なとこある?」
「いえ。ただ……失礼ですが、ご出身はベルギーですよね?」
『……べる、ぎー?』
「あ……いや。どうやら僕の勘違いのようです。お気になさらず」
「……?」
なんだかよく分からないまま自己完結したらしい……まあ、いいか。
「あー、なんだ。インターポール的な国やら人種やら垣根を越えた秘密の捜査機関だからさ、そこらへんトップシークレットなのよ。ごめんな?」
「そういう事でしたか。でしたら今の質問は僕の方こそ不躾でした。申し訳ない。……しかし、ますますもって分からない。そのような方がなぜ僕のところへ……」
『警部、例のモノを』
保安官のGoサインも出たことだし、俺は懐から例のブツ……一見カラフルな幼児用玩具にしかみえない証拠品を取り出して、目の前の応接机へ静かに置いた。
「なんですそれは……? やはり僕を揶揄っているんでしょう!」
「怒るのはまだ早い。こいつを読んでも同じ事が言えるかな……?」
俺は不信感を露わにするイチノミヤに、追加で数枚の図面やレポートを手渡した。
それは、先ほど例の副官が最新機器でこの品を即席スキャンにかけて得られた結果と、そのデータを元にアマギが簡単に内容を纏めて送り返してきたメモである。
最初はそれを、まるで詐欺のチラシでも見つけたかのように半眼で睨みつけていたイチノミヤだったが、ほんの数行ほど目を通せば明らかに顔付きが変わり、食い入るようにそれらを捲っては驚愕に声を震わせた。
「そ……そんな馬鹿な! ま、まさかこれは……!」
「おっ、その反応は……やっぱそうなんだな。どうやらそいつは君が見抜いた通り……小型の転送機らしい。本物かどうかは、君が一番よく分かるんじゃないのか?」
「……」
俺の言葉を聞いているのかいないのか。
イチノミヤは手元の書類に視線を落としたまま、自分の回転椅子からそっと腰を浮かし、ふらふらとこちらの応接机まで歩いてきて、対面のソファにゆっくりと座り直した。
「あの……触っても?」
「保安官?」
『もちろんであります。でなければ調べられない』
保安官が促すのもそこそこに、目の前にある証拠品へ飛び付くイチノミヤ。
俺達の事なんか、もう頭からすっぽりと抜け落ちてしまったのか、目の高さに掲げた小型転送機を指でくるくると回転させ、外観を舐め回すように検分してはブツブツと独り言を呟きはじめる。
「ただ、残念ながら壊れちまってるらしくてな……我々の頼みというのは、それを君に直して欲しいんだよ」
「直すですって? これを私に? ……それこそアマギ博士にでもお任せすれば良いのでは?」
「いやいや、あいつも人間だからさ。いくらなんでもテレポーターは専門外なわけ。これだって、前に君の論文で見ていたおかげで、回路の一部に良く似た部分があるからあたりを付けられただけらしいし……」
「でしたら、私にだって出来ないと考えるのが普通でしょうに? どうしてそう……」
イチノミヤは、オレが彼ならば出来ると頭から信じ込んでいるのに対し、とんと理解出来ないといった様子で困惑を隠そうともしなかった。
彼は疑り深い性格だから、オレがいくら親愛を示しても、イチノミヤの側からは俺がここまで信頼する根拠が分からないため、なかなか心を開いてくれないのだ。
そんなこと言われてもなぁ……原作知識だから仕方ないんだよなぁ……
そうしてお互いに困った顔で見つめ合っていると、イチノミヤはついに根負けしたのか溜息をついて、今度は隣の保安官に矛先を向けた。
「……エリキュールさん、貴方はどうなんです? ソガさんと違って、私と貴方はまったくの初対面だ。今の私には大した実績も無い。詳しくは分かりませんが、これは大事な証拠なんでしょう? こんな若造に任せて大丈夫なのですか? 私がこれを、もっと酷い状態にしてしまうかも知れないとは思わないのですか?」
問われた保安官はと言えば、ううむと腕組みをしてから……
『正直なところ、本官はこういった最新機器にはとんと疎くてですな。恐らくイチノミヤ氏のお書きになったという論文を拝見したところで、これっぽっちもその素晴らしさを理解できますまい。しかし、本官はこの異郷の地においてなら、こちらのソガ警部に全幅の信頼を置いておりますれば。今まで彼の推薦なされた人材が本官の期待を裏切った事は一度として無い。でしたら、警部がここまで推される氏の頭脳も、また比類なき才を秘めているのであろうと……そう信じる事に、いったいなんの支障がありましょうや?』
「……な? 逆に君が直せなきゃ俺達も諦めがつくってなわけよ。だから、頼む!」
『人の命がかかっているのです。どうか、お願いできませんでしょうや?』
俺達が揃って頭を下げると、イチノミヤは酷くショックを受けたような顔でたじろいだ。
そしてなぜか恥ずかしそうに目を伏せて、先ほどよりも小さな声でぼそりと呟くように了承する。
「……わかりました。あなた方がそこまで仰るならば……僕も微力を尽くしてみましょう」
「……本当か!? いやー、君の協力が得られたならば百人力だ!」
『おおっ! ありがたい! これで犯人を追跡できるやも!』
そうして喜びあった俺達なのであったが……
しばらくして、おや……これは雲行きが怪しくなってきたぞ? と、すぐに思い直す事となった。
なぜなら、転送機を弄くり回すイチノミヤの顔が、どんどん険しくなっていくからである。
彼は俺達が固唾を飲んで見守る中、何度も手元の資料と実物を見比べたり、立ち上がって研究室をうろうろと歩き回っては、様々な引き出しから種々の工具を取り出したり……と、あの手この手で取っ掛かりを掴もうとしているらしいのは分かるのだが、素人目から見ても作業が進んでいるようにはちっとも見えない。
焦りからなのか、イチノミヤの額には脂汗がどんどん浮き出てくるし、引き出しの中を探る手つきもだんだんと荒っぽくなってくるし……
そしてついには何事かを決心したような顔で、先ほど座っていた自身の机にずんずん進んでいくと、鍵の掛かっていたらしい一番上の引き出しを開け放ち、それをじっと覗き込んで……
「……ハァ」
その場で机に両手をつけて、がっくりと項垂れた。
ゆっくりコチラを振り向く彼の顔には、心底悔しそうな表情が浮かんでいる。
「お二人とも……申し訳ありません。せっかくこれだけのチャンスを頂いたと言うのに……僕の力では、貴方がたの期待に応えることが……出来ないようですっ……!」
「え……!? マジで言ってる?」
「どうして嘘を言う必要があるんです。僕だって……出来ることならばソガさんのお力になりたかった……。認めましょう。……完敗です」
「うわー……マジか……イチノミヤ君でもダメなんか……最悪や……詰んだ……」
イチノミヤの語る言葉には、内心の苦々しさがありありと浮かんでおり、まさしく万策尽きたと言わんばかりだ。
オレもまさかこの展開は予想していなかったので、せっかくやる気を出してくれた彼に、さらなる追い打ちをかけるようで申し訳ないとは思いつつも、ついつい頭を抱えてしまう。
ところが保安官は、額の色を穏やかな緑からちっとも変えることなく、その輝きに相応しい柔らかな口調でイチノミヤへ語りかけはじめた。
『ふむ。イチノミヤ氏が仰るならば、そうなのでしょうな。では、氏がそう判断なされるに至った根拠を、我々にご教授頂けますでしょうや?』
「はい、分かりました……まず、これは確かに壊れて使用不能です。ですが、それは何らかの不良によるものではなく……最初からこうなるように意図して設計されたものと思われます」
「意図して設計……? 壊れるように作られてるってこと……? なんで?」
「つまりこの回路は、驚くべき事に……一度限りの使用を前提として組まれているということです」
「つ、使い捨て!? テレポート装置を使い捨て!? ご、剛毅なやっちゃな……」
まさかそんな貴重なものを使い捨てとは……いや、未だに転送機が嘘か本当かで言い争ってるような地球人では絶対にたどり着けない境地だわ……
「いえ、使い捨てというのは語弊があります。正しくは使い回しを念頭にした設計なんです。ここを見てください」
イチノミヤは、そう言って内部の透視画像を指差した。
「この部品……明らかに破損していますね? 他と比べて、ここだけがわざと脆弱になるように、特殊な細工がしてあります。そうする事によって、電送時に発生する負荷がこの部品に集中し、ここが先に壊れる事によって、この後ろにある他の重要部品を保護する造りになっているんです」
「なるほどなぁ……」
『一種のセーフティというわけでありますな』
「僕の電送機も今までこの部分がネックでした。どうあっても負荷の発生は抑えられず、装置が耐えられるようにしようとすれば、特殊な素材を使うしか無い……でもまさか、使用をたった1回切りと割り切ったうえ、それも自壊するようにして克服するなんて……」
「……って事は、イチノミヤの装置もこの機構を取り入れたら完成する?」
「冗談言わないでください。僕の装置はこれの数十倍もの大きさがあるんですよ? それこそ部品ひとつで、この玩具と同等以上のサイズになる。使用の度にその量のチルソナイトを消費するようでは、移動距離と時間のコストが釣り合わない。それに加工の手間だって……ですからこれは、明らかに宇宙人の作品だ。チルソナイトが簡単に入手できてかつ、この精度を保ったまま片手間に削り出す事が可能な者にしか許されない……暴挙ですよ」
『少なくとも彼奴らに、コストの概念などは無いでしょうなあ……それこそ置いてある場所から、好きなようにとってくれば良いのだから……』
「……羨ましい限りですね。いや、失礼。つい」
思わず本音が漏れかけたようだが、気を取り直して質問を続ける。
「使い捨てじゃなくて、使い回しってのは?」
「簡単な事です。取り替えるんですよ。我々も電球が切れたら交換するでしょう。ほら、この区画。例の重要部品と恐らく動力源が一纏めになっている。カセット式になっていて、ここだけ取り外せるようになっているんですよ! 実に合理的な設計だ。惚れ惚れするぐらいに。ただ……」
「ただ……?」
「僕ではどうあっても外せませんでした。どうやら専用の工具が必要なんですが……それがなんとも込み入った構造で。配線を引き出してきて迂回路が作れないかとも思ったんですが、それをするための遊びもない。これを造ったものは、相当器用な上……僕以上に捻くれているらしい。自分の作品を誰かに弄られるのが大層我慢ならんと見える」
「……たかがおしゃぶりひとつ作るのに、誰がそこまで全力出せっつったよ……」
「おしゃぶり……?」
首を傾げるイチノミヤはいったん置いといて、俺は背中が埃まみれになるのも構わずソファに体を投げ出した。
捜査が振り出しに戻っちまったからである。
しかしイチノミヤで駄目ってんなら仕方ねえ。
この転送機から追いかけるのは諦めて、別の方面から攻めるしかないか……
だったら早く次に行かなくては……と、保安官を促すべく隣を向けば……
彼はなんとも満足げに頷いているではないか。
『素晴らしい……実に素晴らしい考察であります。よくぞあの短時間でそれだけの情報を……』
「よしてください。結局、僕ははなんのお役にも立てなかったじゃありませんか。この製作者の足元にも及ばない」
『そんな事はありませんぞ! 今の説明を聞く限り、少なくとも氏はまったく歯が立たなかったのではなく、転送機の中味を解明なされた』
「……だからこそ、ですよ。僕の電送機とこの装置、比べるまでもない。単なる大きさだけでも、たったこれだけに必要な機構を全て収めてあるんですよ? ……それでいて、肝心の性能は僕のものと遜色がないだなんて……」
その時、保安官の額で僅かに青い煌めきが瞬いたのを、俺は見逃さなかった。
『ほう! ……性能、と仰る。それは具体的にはどういった意味合いでありますかな?』
「それはもちろん、転送可能容量や距離……ああ、誤解を招く表現でしたね。純粋な数値としては、僕の電送機の方がより多く、より遠くに運べるでしょう。遜色無いというのは、あくまで装置のサイズに対しての出力比という意味で……」
『つまり……イチノミヤ氏には、こちらの装置を使ってどこまで跳べるか。既にそれがお分かりになっているという認識で……合っておりますでしょうや?』
……ん?
「……そうかっ!? だいたいの転送距離が分かれば、アジトのおおまかな場所も分かる!! うわっ!?」
背もたれから急に体を起こしたもんだから、俺はスプリングに押し出されるまま勢い余ってソファからずり落ちた。
『警部……貴方のご友人は本当に素晴らしい頭脳をお持ちだ。まさしくアマギ鑑識と並んで、地球の至宝と言っても過言ではない!』
「え……?」
「そうだよイチノミヤ! 直す必要なんかないんだ! そしたらアジトに直接乗り込めていろいろ楽だなってだけで、究極的にはその場所が逆算できさえすればいいんだよ! そんだけで、俺ら的には全然助かるんだわ!」
『イチノミヤ氏。こちらの地図に、その装置の射程距離を書き込んで頂けませんかな? そうすれば、我々はその範囲円の重なる地域を捜索するだけで良いという寸法であります』
「は、はあ……では……」
盛り上がる俺達とは対象的に、イチノミヤはコンパスを取り出すと、恐る恐ると言った様子でそれをくるりと回した。
「おそらくこうなってしまいますが……」
「おっと、これは……」
『なんと……まあ』
今度ばかりは揃ってソファに撃沈するしかない。
彼の描いた範囲が、あまりに広かったからである。
関東平野どころか、下手すると他の地方までかかりそうなくらいのドデカ円。
少なくともこの瞬間、都心部をポインターで走り回ってるダン達が無駄足である可能性が急速に高まった。
「ですからお役に立てないと申し上げたんです」
「あちゃあ……」
『ま、まあ……最低限の絞り込みは出来たわけでありますれば……』
その時、苦笑いを浮かべる我々の背後で、入口の扉が閉まる音がする。
「おや、これはこれは。我が研究室に来客とは珍しい。お待たせいたしましたかな? それとも彼のご友人で? でしたら私はまたしばらく出ておりましょうか」
断言する。まったく何の足音も気配もしなかった。
まるで唐突に、それでいて、さっきからずっとそこに居たかのような自然さで、いきなり話に割り込んできたのは……着込んだ白衣に両手を突っ込んで立つ初老の男。
いかにも好々爺といった笑みを浮かべながら、非常に丁寧な物腰で柔らかい言葉を投げかけてくるのは……
「せ、先生!」
「……げっ」
この研究室の主である、ニワ教授だった。
ちょっと長くなったので分割。
番外編なのに思った以上の長編かつ、予想外の不定期更新となってしまい、完結後にも関わらずここまで読んで頂いている読者の皆様には大変申し訳ありません。
あくまで本編完結後のおまけですので、気長にお待ち頂ければと思います。
執筆時間があんま取れんのに、書きたい描写は次から次へ無限に湧き出てきてしまうんじゃあ~!
完結までの流れは決まってるし、あとは頑張ってそれをアウトプットするだけだから許して~!
いつになったらルバンを登場させられるんだ……?
気になる?
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8番目
-
保安官
-
補佐官
-
星雲荘