転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
ズルズルと引き上げられていく感覚。
まるで錨を巻き上げるように……ゆっくりと、覚醒していく。
「うっ……」
全身を苛む鈍痛に目を覚ますと、俺は簡素なベッドの上だった。
「……ここは……」
乾いたシーツの上で身動ぎすれば、俺が起きた事に気付いたのだろう。
部屋の中にいた誰かが、慌てて外に出て行く気配を感じる。
去り際に、金色の豊かな後ろ髪がちらりと見えた。きっと看護婦さんだ。
……看護婦?
という事は病院か?
その割に、あの病院特有の薬品めいた匂いがしないんだよなぁ……
「あ~アイテテテ……」
鈍い痛みを堪えながら身を起こす。
そうだ。確かポインターごと崖から落ちたんだ……それで死んでない辺り、流石はポインターというべきか、あるいは流石はソガ隊員のレギュラー補正というべきか……
どうやら咄嗟にバリアのボタンを押したのが功を奏したらしい。
それでもきっと、ユニフォームの下は全身打ち身だらけで真っ青だろう。
まったく、やんなるぜ。
しかし……セブンにおいてはこういう場合、たいていメディカルセンターで目を覚ました後、アンヌから「安静にしなきゃ」というテンプレ台詞とお小言を貰うというのが相場と決まっているのだが……
ざっと見渡した限り、どう見てもここはメディカルセンターではないようだ。
コンクリート打ちっぱなしの冷たい壁、明かりもなく薄暗い室内。
窓は天井近くに小さなものがあるだけで、差し込んだ影の形から察するに、四角い穴はご丁寧に棒か何かがで区切られていると。
病室というよりはむしろ……
そんなふうに、まだぼんやりした頭を回しながら、この部屋の違和感について考え始めた辺りで……
バーン!
と、けたたましい音によって思考が中断される。
金属製の扉が荒々しく開け放たれ、厚手のコートを着込んだ巨躯が、合成された銅鑼声を張り上げつつ駆け込んできたからだ。
『目を覚まされましたか! ブラザー!!』
「ああどうも保安官……そちらは御無事のようでなによりでした」
『本官の事など、どうでも良いのです! 我らは質実剛健で鳴らすキュラソ警官でありますれば! しかしブラザーはただでさえ繊細な地球人である上に、負傷中の身! 貴官になにかあれば本官は……本官はぁ!!』
「まあまあ落ち着いて。ウルトラ警備隊もヤワな鍛え方なんかしてませんからね。ほーら、元気元気! あいたた……」
『そらみた事か。ご無理をなさいますな……貴官は崖から転落したのですぞ。安静に……そう、安静に……』
精一杯の優しい声で、俺の肩をぐぐぐとベッドに向けて押し込んでくる保安官。
相変わらず力が強いが、有無を言わさぬ普段と違い、全力で抵抗すればなんとかギリギリ押し返せるくらいの力加減なので、これでも気を遣ってくれてる方なのだろう。
もちろん、その優しさが嬉しいので、あえて抵抗したりはしないのだが。今は大人しく寝かされておく。
「足を引っ張ってしまってすみませんでした……あの後はどうなりました?」
『どうしたもこうしたもありません。貴官がこのような事になっている以上、視察は中止です。本庁に釈明をせねばなりませんので、本官も急いで帰らねば……』
「……は? 視察……?」
……ん? ナニソレ?
捜査は? また翻訳機が誤作動してんのか?
俺が思わずポカンとした顔をすれば、途端に保安官は額へ痛ましい色を浮かべ、俺を諭すような口調で優しく告げる。
『やはり……覚えておられませんか。崖から落ちた際に、頭を酷く打っておりましたからな……もとはブラザーが約束してくださったのですよ。我々に地球の牧場を案内すると』
「いや覚えてっていうか……ん? 牧場? 約束?」
『困惑なさるのも無理はない。事故の前後で記憶が混濁されているのでしょうや……』
なんだか、お互いの認識に齟齬を感じる。
もしかして……転落のショックで平行宇宙に再転生とかしたんじゃあるまいな?
「どうやらそのようです……直前までの記憶がさっぱり……これまでの経緯を軽く説明して頂けません?」
『……ええもちろん。今朝方に303号の遺体を引き渡して頂いた後、帰る前に国交を深めようと、ブラザーが我々を観光に誘ってくださったのです』
……ん? うん?
『アイオーンの実家がポニー牧場を営んでおりますので、それならば地球のポニーを見ていかれますかと……そこでブラザーは足を滑らせてこの通り……今は牧場主のご厚意で納屋を借りて、気絶したブラザーをひとまず寝かせていたというわけでありまして』
「は、はあ……なんとも情けない事で……」
『いやいや、なんのなんの。警部殿は負傷中の身でありますれば。普段通りに体が動かなくても当然であります』
……おかしい。
ルバン捜査の話が影も形もない。
これは本格的に平行宇宙へ飛んでしまったか。
ただ……それにしては内容がやけに平和的すぎる。
こっちの宇宙では、ただの日常回をやってるという可能性もなくはないが……仮にもウルトラセブンだぞ?
そんな平凡な展開が許されるのか?
……いや、ないね。
セブンのエピソードはどれも珠玉の……すまん、少し訂正しよう。
確かにエピソードごとに傑作から駄作まで多少の振り幅があるのは認めるが、どれも敵性宇宙人が出て来る以上は、キチンと地球の危機とウルトラ警備隊の活躍についてしっかりと描かれていた。
その上で、目の前のエリキュール保安官は、明らかにルバン星人という『敵』と対になるように生み出されているキャラ造形をしている。
いくら原作展開にいなかったとは言え、こんな良いキャラを山も谷も無い平和な日常回で使い潰すような余裕が、あのギリギリカツカツで回していたセブン製作陣にあるはずがない!
打ち身を痛がるフリをして、全身をサッと検める。
……案の定というべきか、ウルトラガンもビデオシーバーも、その他諸々の装備が軒並み見当たらないな。
怪我人を寝かせる為にベルトを外した、と考えればまあ不自然ではないけれども……
「保安官。俺のいつも使ってる水筒知りません? 喉乾いちゃって……」
『それならばそこに。ただ、残念ながら中味はほとんどありませんぞ。午前中にブラザーが飲んでしまいました』
保安官が俺の枕元を指差せば、傍のテーブルにいつの間にか水筒がひっそりと置かれていた。
おかしいな……さっきは無かったように見えたが……見落としたのか? この俺が?
首を傾げつつ水筒を持ち上げてみると、確かに随分と軽い手応えが返ってくる。
ああそうだ、そうそう。
引ったくり捕まえる時に、
……チッ、この重さではなぁ。使えねえか。
よくよく見ると、水筒の表面には硬い石か何かで引っ掻いたような傷が無数にある。
転落の途中でポインターから投げ出された時にでもついたのか。
少なくとも、崖から転げ落ちたという部分についてだけは確からしい。
それを自覚すると同時に、全身の擦り傷がじくじくと痛み出す。あと、ついでに三角巾が外れてギプスだけになった右腕も。
あーくそー! 超いてぇー!
あとちょっとで治りかけてたのに!
全治までがさらに伸びたらどうしてくれんねん!
「あの……アイツはどうしてます?」
『アイツ?』
「牧場まではポインターで来たんですよね? 俺の腕がコレな以上、運転は
『いえ! 今日はモロボシ・ダン警部が運転をしてくださいました。彼なら外で基地に連絡をとってくれていますよ』
「ああそうですか。いや、姿が見えなかったもんで……」
うんうん頷きながら、保安官の姿を注意深く観察してみるが……どっからどう見ても保安官だ。
しかしふと、その腰に見覚えのある物体が提げられているのが目に付いた。
「あ、それ……」
『本官の携行缶が何か……?』
「それですね!
『えっ……?』
俺の言葉に、額から困惑の色を強める保安官。
「あれ、違うんですか?」
『ああ、いえいえ! 昨晩は少し飲み過ぎたようでありましたからな。はたしてそのような事を言ったかと……それに、ブラザーへ贈るならば、もっと良い物をご用意いたしますとも!』
「ええ!? ……アンヌやダンと背中を流し合いながら、
『ははあ、風呂場で男同士の友情を……ん?』
角を傾げる保安官。
『ブラザー、ご冗談は困ります。アンヌ監察医と風呂なんぞ入るわけがありません。いくら本官が初対面で間違えたからといって、いつまでもそれを引き摺られるのは少し不愉快ですぞ。それとも、地球では男女での混浴文化は普通の事なのでありましょうや?』
ギョロリと目玉に苛立ちを滲ませながら、保安官が訂正する。額も心なしか赤みがかっているようだ。
「え? アンヌ……? あ、すみません! 今、オレってばアンヌって言ってました!? 申し訳ない! アマギって言ったつもりが……たまにあるんですよね、こういう言い間違い。右って言ったつもりで左って言っちゃったり……ほんと、アンヌと風呂は洒落になんねえや。ごめんなさい!」
そらそうだ。ウルトラセブンは全年齢対象の健全な番組だからな。
どっかのちりめん問屋の御隠居様じゃねえんだ。
ゴールデンタイムにそんなうらやまけしからんシーンが放映されたら、日本全国でちびっ子達の性癖が一斉に歪んじまうよ。
だいたいセブンが青少年を歪めるといったらな、せいぜいがズタボロにされるヒーローを見て、
……なに! それがいちばん致命的だと……!?
『なんと、そうでありましたか。確かにそれは本官も経験があります……あれは角が縮みますなぁ。うむうむ。でしたら仕方ありません。しかしそれにしても、昨日の本官はよほど気が大きくなっていたようで。こんな飲みさしを人様に贈ろうなどと……』
「いやいや! 宇宙金属で出来た保存容器ってだけで十二分に価値がありますよ! 俺がおねだりしたんです! その方が良いって……ね! お願いですよ保安官! 俺、そういう異星の品をコレクションすんのが趣味なんすわ!」
『……ううむ。ブラザーがそこまで仰るならば、本官としても否やはありませぬが……しかし、このようなものをお渡しするのは、なんとも忍びない……』
しぶしぶといった様子で宇宙スキットルを差し出してくる保安官。
それを嬉々として受け取った俺は、ウキウキした表情でそれを軽く振ってみた。
チャプチャプと水音がする。
……まあ、口直しに飲んだとはいえ半分以上は入ってるな。ヨシ。
「わあ、嬉しいなあ……! そうだ保安官、ダンの奴を呼んできて下さいよ! あいつに見せびらかしてやらなきゃ! 友好の証を貰ったぞーって!」
俺がニコニコと掲げたスキットル。
その飲み口と蓋の僅かな隙間には、砂粒が沢山詰まっとる。
『ハハハ。ブラザーも存外、子供っぽいところがお有りですな。良いでしょう。警部を捜して来ますので、もう一眠りされているがよろしい』
「ええ、そうさせて貰います。体が痛いのなんのって……」
踵を返し、朗らかに去っていく保安官の背中……
――に目掛けて、スキットルを握った左腕を振りかぶる!!
「うぉおおりゃあああーッッ!!!」
シーツを跳ね飛ばし、渾身の力を込めて投擲された金属缶は、偏った内容物の遠心力そのままに、投げ斧めいて回転しながら、無防備な宇宙人の後頭部に吸い込まれるように飛んでいき……
ターゲットの横顔を掠めるように逸れたかと思えば、向こう側で開いていた鉄製扉に勢いよく叩きつけられ、がぁああん! と盛大な音を響かせた。
「な、なに!?」
『……ッ!?』
「――チィッ! まだまだっ!」
オレは、せっかくの奇襲を大暴投してしまった事に愕然としながらも、咄嗟に傍の机から空っぽの水筒をひっつかみ、矢継ぎ早に二投目を繰り出そうとするが……
残念ながらそれは叶わなかった。
コートを翻し、くるりとこちらを振り向いた保安官から一条の閃光が伸びたかと思うと、俺が今まさに振りかぶったばかりの水筒を、寸分違わぬ正確さで撃ちぬき、部屋の隅まで跳ね飛ばしてしまったからだ。
「アチッ!!」
床に転がった水筒がシューシューと白煙をたてて溶解する。
保安官が腰だめに構えた右手には、よくよく見慣れた銀の輝き……ウルトラガンが握られていた。
そう、俺のだ。
『いったい何をなさるのです!! 警部殿から、このような仕打ちを受ける謂われはありませんぞ!! ……ご乱心めされたか!!』
「……ヘッ。なーにが『ご乱心めされたか!』だ。ついに馬脚を現しやがったなルバン星人!! 保安官が片手でウルトラガンを撃てるかよ。そもそも指がデカすぎて、トリガーリングに入らねえ!」
額の色をちらとも変えることなく、冷静にこちらを睨み続ける保安官を注意深く見てみれば……その手元は、なんだかズブの素人やAIが適当に誤魔化したような、はたまた3Dモデリングの位相がバグっちまった海外ゲームみたいになっていた。
具体的には、ウルトラガンの銃身を彼の太い指が貫いて、そのまま融合してしまっているかのような。
そもそもあの三本指じゃ、地球の銃器を保持して撃つのが難しい。その点、彼らの銃は少ない指でも狙いがつけられようによく考えられている。グローバルデザインってやつだ。
俺がそう指摘すると、途端に保安官は、牙のずらりと並んだ口をかぱりと開き、銃口はぴたりとコチラに狙いを突きつけたまま、空いた方の手で腹をおさえると、大きく肩を揺らして高笑いを始めるではないか。
「フフフフフフ……ハーハッハッハ! これはこれは。ただの地球人かと思っていたが、なかなかどうして鋭いじゃあないか、隊員くん。……よかろう。バレてしまっては仕方あるまい」
そうして笑う彼の口から吐き出された声は、今までの翻訳機によって合成された固く野太いものではなく、伸びやかで聞き惚れてしまうほどに優雅なテノールが、まるで詩のように言葉を紡ぐ。
唐突に、自らの肩口あたりの虚空を握りしめたかと思えば、あたかもそこに不可視のカーテンでも存在するかの如くビリビリと、空間そのものを引き千切るように剥いでいく偽保安官。
奴が腕を最後まで振り抜いた時、そこには先ほどまでの無骨で実直な偉丈夫はおらず、代わりにすらりと伸びた長い足、それでいて均整の取れた美しい逆三角形の胸板が、黒く滑らかな生地に包まれて鎮座していた。
まるで彼そのものが一つの芸術品のように。
闇に溶けるようなマントにシルクハット。高く通った鼻すじと、余裕を滲ませる不敵な笑みを浮かべる口元。掘りの深い眼窩にすっぽりとはめ込まれ、鉄格子の隙間から差し込んだ光をきらりと反射する片眼鏡。その奥からこちらを睥睨する、知性と冷酷さを湛えた深い鳶色の瞳。
それはまさしく、児童文学の挿絵からそのまま抜け出してきたかのような姿をした、誰もが思い描く怪盗ルパンそのものだった。
「怪盗ルバン……参上」
「けっ、誰もてめえなんざお呼びじゃねえぜ。次からは、推参とでも言っておけ!」
オレがそう吐き捨てると、ルバンは眉毛の綺麗にそり込まれた自身の眉をクイッと跳ね上げ、ささやかな不快感を表明したが、さりとて冷静さを失う事も無かった。
というかそれ、剃ってんのか? それとも、もとから生えてないのか? そういう種族?
出来るかぎり安上がりに、少しでも見た目で地球人との差別化をはかりたい……という、スタッフ側の意図をそこはかとなく感じる……
確かにウルトラセブンでは、地球人に化けているというわけでもなく、正体そのものが外見的に人間と大差ないと思われるヒューマノイド型宇宙人ってやつがそれなりの頻度で登場するが、それはあくまで本格的に予算の無くなってくる中盤以降に偏っており、はじめの頃はちゃんと異形のエイリアンを出そうとしていた。
恐らくこのルバン星人というのは、そんな自転車操業を危ぶんだ誰かが、このままじゃダメだと企画した低予算ヒューマノイド型の先駆け、あるいはメイクだとかでなんとか頑張れないか試行錯誤していた頃の名残なのだろう。
その他にも、原点のルパンと違うであろう部分を挙げるとするならば……そのギリシャ彫刻のように整った顔の側面から、ぶよぶよと白く分厚い耳たぶが、肩口あたりまでだらんと垂れ下がっている事だろうか。
そこだけがどうにも不釣り合いで、あまりにもシュールだった。
だからこそ、眼前の存在は誰もが知る怪盗紳士アルセーヌ・ルパンではなく、星々を跨ぐ大悪党ルバン星人であると言いたいわけね。
……っていやいや!
せめて耳くらいは変形させておくかという、製作側の涙ぐましい努力は認めるけども!
そんならそこはエルフ耳みたいに尖らせとけや!
偉大なる先達に習って、長寿と繁栄を願っておけよ!
なんでよりによって、福耳なんてちょっとダサい方向にしてしまったんや……いくらなんでも残念すぎるだろ。
ルバンの顔そのものは、掘りの深い白人の男前だから、よけいにアンバランスさがひどい。
顔面そのものでシリアスギャグかますのやめてもらえません?
「ふふふ。この状況で私に対して啖呵を切れるとは、なかなか見上げた胆力だ。しかしそれ以上に……驚いたよ。我々の変装を見破った者は、これまで片手で数えるほどしかいなかった……それも、キュラソ連邦の基準でね。どうして君には、我々の能力が通用しない? 教えてくれたまえ」
「ふん……ばかめ! 保安官達はな……未だにモロボシダンでひとつの苗字だと思ってんのさ! 誰もわざわざ訂正しなかったんでな!」
周りの俺たちが「ソガです」だの「アンヌです」のみの簡単な挨拶で済ます中……ダンだけは、初対面の相手に対していつもご丁寧に「ウルトラ警備隊のモロボシ・ダンです!」と元気よくフルネームで自己紹介してくれるからな。とてもえらい。
「お前……さては、地球に潜伏して結構長いだろ。じゃなきゃ、『モロボシダン・シゲル』なんて人物が存在するわけねえと気付けるもんか」
「……ふむ? いやすまない。そういうことが聞きたかったわけではないのだが。そもそもそれ以前に……どうしてこの男は……」
オレが自信満々に指摘してやったというのに、ルバンは首を傾げてブツブツと呟くばかり。
なんだか気になっている点は、そこと違うらしい。
変なやつ……
……あれ? そういやコイツの顔、どっかで見たことあるような……?
確かに見た目はアルセーヌ・ルパンそのものなんだが、その格好というより、顔そのものに妙な既視感がある。
どこで見たんだっけか?
外人の知り合いなんてそんなに居ないはずなんだが……
「まあいいさ。確かに君のご指摘通り、今回の変装は私としても杜撰だったよ。それは認めよう。……それもこれも、君があんまり早く目を醒ますものだから、たいした下準備も出来なかったからだがね。実に困ったものだ。本当に地球人なのか……? いくら軽い治療をしたとはいえ……おい、リクラス!」
「はい……」
ルバンがコチラを向いたまま大声で誰かを呼びつけると、この部屋唯一の出入り口から、恐らく先ほどチラリと見た後ろ姿の主であろう、金髪の女が伏し目がちにしずしずと入室してくる。
「……あっ!? お、お前は……!」
それは、まったく目の醒めるような極上の美人であった。
金糸と見紛う豊かな光沢のプラチナブロンドに、白磁の如き透き通った肌。その双眸は、瑠璃のように蒼く煌めき、神話に語られる女神がいれば、まさしくこのような姿をしていたのだろうと万人が頷く抜群のプロポーション。
この世に存在する、ありとあらゆる美という概念を人の形に凝縮したかのような絶世の美女……その顔を改めて正面から見た時に、オレはあまりの驚きに思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
決して、初めて目にするその美しさに度肝を抜かれたからではない。
むしろ、見飽きるほどによくよく見知った顔だったからだ。
例えこのオレでなくたって、その顔を一度でも知ったのならば、ぜったいに見間違えるもんか。
「ド、ドロシー=アンダーソン!? なんでアンタがこんな所に!?」
それは、全宇宙あらゆる作品の中で最も最高にイカした、人類で知らない奴は一人もいないであろう究極に格好いいロボット兵器。
かの有名なキングジョーの登場回『ウルトラ警備隊西へ』に出て来る、女科学者ドロシー=アンダーソンなのだった。
―――――――――
その頃。
土砂崩れの現場では、ダンの連絡によって、ウルトラ警備隊とキュラソ連邦警察側それぞれから追加の人員が呼び寄せられ、行方不明となってしまったソガ隊員の捜索活動が行われていた。
積もる崖下を埋める大量の土砂。
その中ほどから、車の後部タイヤらしき物体が突き出ているではないか。
土砂を削って新たに出来た小さな斜面に登り、なんとか岩をどけて車を掘り起こそうとする部下達と、それを少し離れて全体を俯瞰できる位置から、険しい光情で見つめる男……
その背中に、誰か声をかける者がいた。
「エリキュール捜査官。そんな顔しないでください」
『モロボシダン警部……』
エリキュールが振り向けば、いつの間にかウルトラ警邏隊の潜入警官であるモロボシダンが、額に気遣わしげな光を湛えて、傍に佇んでいる。
しかしその光情には、隠しようもない焦りや心配の色が混じり込んでしまっていた。
……当然だろう。捜索中のソガ警部は、彼の仲間であると同時に、友人でもある。
その程度、いくらエリキュールが地球に不慣れといえども、見ていればすぐに分かる事だった。
『貴官も人の事を言えませんぞ。酷い色だ』
「あ……す、すみません」
慌てて額を抑えるモロボシダン。
彼はわざわざこちらの文化に合わせて、その内心を務めて光に乗せようと努力してくれている。
その心遣いは嬉しいが、そのせいで彼が抱える不安の大きさを否応なしに感じさせられてしまい、エリキュールはますます、胃の腑の辺りにずしんと氷の塊でも入れられたような心地になった。
『謝るのはこちらの方です、警部。貴官は特にソガ警部と仲がよろしかった。その哀しみは本官などよりも、よほど深く重いはず。こんな事になってしまい、なんとお詫びすればよいか……全て、本官の責任です』
「そんな風に仰らないでください。ソガ隊員が襲われたのは、別に貴方のせいではない。それに……あの時、ぼくがもっと早く敵の狙いに気付けていれば……」
『いいえ! 彼は万全の状態ではなかった! 下調査までならまだしも、敵のアジトに目星がついた時点で、一度後方へ下げるべきだったのです。しかしそれを本官は、心のどこかで彼の知恵を頼りにしてしまっていた……それもこれも、本官の甘さが招いた事態ではないと、どうしてそんな事が言えましょうや!? せっかくこちらを信じて、あれほど優秀な人員をつけて下さったのに、それを本官はみすみす……キリヤマ警視正にも会わす額がありませぬ!』
エリキュールが、湧き上がる悔しさのままに、先ほどまで寄りかかっていた崖を殴り付ければ、たちまち綺麗な三本爪の形にえぐり取られる岩石。
それを見て、ハッと冷静さを取り戻した彼は、胸元から愛用のシガーを取り出し、それを静かに嘴へ咥え、めいいっぱい息を吸う。
『……失礼。お見苦しいところを。本官にはそのような資格もないというのに』
「ありがとうございます、捜査官。貴方も、ソガ隊員を大切に思って下さって。……それに、まだ死んだと決まったわけではありません! ソガ隊員なら、きっと今も生きています! なんだか、そんな気がするんです……」
『警部、お気持ちは分かりますが、それはあまりにも……』
モロボシダンの下手な励ましに、エリキュールは崩落跡へと目玉をやる。
いくら警邏隊のポインターとかいうポニーが頑丈であろうと、あれでは……
「あら、保安官。そうでもありませんわ。ダンの勘はよく当たるんですのよ」
「そうです。それにソガの事だ。どうせ人に心配をかけるだけかけて、本人の方はケロッとしてるに決まっていますよ。変に悪運が強いと言うか、生き延びる為の執念が人一倍と言うか……マックス号の時だってそうでした」
「アンヌ!」
『それにアマギ鑑識も!』
陰気な光をしていた二人が振り向けば、頼もしき援軍達が、ニコニコと晴れやかな雰囲気を伴ってやってきたのだ。
「遅くなりました、捜査官。今の進捗は? ソガは見つかりそうですか?」
『あの通り、現在はポインターの掘り起こし作業中です。しかし、あまり派手にやると先ほどの襲撃者に嗅ぎ付けられる恐れがある。もしも警部殿が中にいるのならば、一刻も速い救助が望ましいのだが……』
「そうですか。こんな時、開発中の超震動波掘削機が完成さえしていれば、もっとスムースに進められたんですが……」
そう言って残念そうにするアマギとは対照的に、未だ希望に満ち溢れた表情のまま、自分たちがエスコートしてきた存在を紹介するアンヌ。
「ねえダン、朗報よ。囚人に襲われて昏睡していた警官が目を覚ましたの。彼がソガ隊員を見つけてくれるかも」
「えっ、本当かい?」
彼らの後ろを見れば、一人のキュラソ警官が怪しげな端末を抱えて駆けてくる。
その警官は、巨漢揃いの連邦警官達の中でもひときわ縦に長い長身痩躯で、隣に並んだアマギ隊員と比べても頭一つ分も大きい、とびきりのノッポであった。
『おお! チェリンホード!! もう具合は良いのか!?』
静かに頷き、戦線復帰の意志を示す部下の姿を認め、喜びを露わにするエリキュール。
『お前を待っていたんだ。さ、早く始めてくれ……――おおい、ブルックリン! そっちはいい! お前は機材を運べ! デストラン! 相棒が来たぞ! 奴のサポートを頼む!』
素早く指示を飛ばす連隊長の横を、復唱もそこそこにチェリンホードと呼ばれた警官が駆け足で通り過ぎていくが、エリキュールの方もそれを全く気にしたそぶりがない。
彼は必要のない限りはひたすらに寡黙だが、なによりも行動で雄弁に示すタイプでもある。これでよい。
駆け寄ってきた大柄な仲間に、背負っていた機材や配線を押し付けると、崩れた崖の中腹辺りにさっさと蹲り、なにやら手許の機械から伸びた金属製端子の先端を、土中へ深々と差し込み始めた。
「保安官、あれは何をされているんですの?」
『グランドソナーで、地中の様子を探ります。まだ周囲に危険な存在が潜んでいないか、そして、警部殿は果たしてポインターと共に埋まっているのか……そういった情報が分かるのです』
「へえ、グランドソナー。そんなものが……」
「エリキュール捜査官。よろしければ原理を教えて頂けませんか? いま建造している新型の地底戦車に搭載したいのですが……」
『あー……面目ない。あいにくと、本官はああいった機器の事にはとんと疎くて。そうだ。いっそチェリンホードにお聞きになればよろしい。あれは我が連隊でもとびきりの偏屈ですが、アマギ鑑識ほどの知性をお持ちの方にならば、直ぐに気に入って心を開くでありましょうぞ』
「わかりました。今回のことが一段落すれば、伺ってみましょう」
すんなりと引き下がるアマギの姿に、変わり者の部下との奇妙な一致を見つけて、エリキュールは少しばかり愉快さを感じた。
そんな下らない感想ですらも、この焦燥を僅かでも紛らわせてくれるといのならば、これほどにありがたい事はない。
『それにしても、お二人がチェリンホードを起こしてくださって助かりました。なにせ彼がいないと、この手の科学捜査ははじまらぬと言っても過言ではない! こういっては何だが、先ほどまでの彼を欠いていた我々の状態は、鼻を塞がれていたも同然というわけであります』
「私は、アマギ隊員に言われた通りの治療を施しただけです。保安官のお力になれたのならば、それで」
角を下げるエリキュールに対し、アンヌはそう言って謙遜するも……手柄を譲られたアマギはと言うと、彼の方もなにやら釈然としない様子で後ろ髪をかいている。
「いえ、……礼ならソガに言ってやってください。彼の覚醒に必要なヒントは、全てここに書いてあったんですから」
そう言ってアマギ隊員が取り出したのは……一冊の本だった。
本のタイトルに見覚えがあったダンは、思わず声をあげてしまう。
「あっ、それはさっきソガ隊員が……!」
なぜなら、警察署で預かってきた資料を、纏めてアマギに渡すようソガから依頼されたのは、ほかならぬ彼だったのだから。
アマギが取り出した本は、確かにその資料の中にあったものだ。見覚えがあって当然である。
「そうだ。これは君が届けてくれた……『2020年からの挑戦』さ。驚くのはまだ早いぞ、ダン。この本には実に恐るべき事が書いてあったんだ」
『その内容とはいったい……』
ゴクリと舌の根に残った油を飲み込むエリキュール。
「この本は、神田博士が未来のケムール人と交信した際の手記を元にかかれています。発表当時はとんだ世迷い言として発禁に追い込まれましたが……今となっては、ケムール事件の貴重な証拠です。内容の真偽は言うまでもありません」
アマギは慎重な顔を崩さずに念を押す。
「とはいえ、重要なのはそこじゃない。手記には複数のケムール人が登場するんです。当然ながら、交信は鑽孔テープによる文通のみで、こちらから相手を特定する方法はありませんが、交信の度に話す内容が大きく異なる事から、それはひとつの交信機を別人が使用しているからだと、神田博士は推察しています。登場人物は主に3人。しきりにこちらの――つまり地球人の生態や生活様式について聞き出そうとする者。妙に親切で、博士の興味を引くような話題ばかり出す者。そして……たった一度だけ、メッセージを送ってきた者」
「メッセージですって?」
「読み上げます……」
3人で、アマギの朗読に耳を傾ける。
《奴らを信用するな》
――なぜ?
《地球は狙われている》
――本当か?
《Kミニオードをつくれ》
――それは何だ
《奴らの弱点だ》
――どうやってつくる?
《私はそれを教えられない》
《すまないカンダ》
――君は何者だ?
《まずい、ルバンが来る》
『……なにっ!? ルバンですとッ!?』
驚いたエリキュールが声を張り上げた為、ダンとアンヌは耳を押さえて抗議の視線を送った。
しかし、特別捜査官はそれすらも一切気が付かない様子で、アマギの肩を揺すり続けている。
『どうしてこの本にルバンの名が……! 続きは!? どうなっておるのです!』
「落ち着いてください保安官! アマギ隊員がへし折れてしまいます!」
『し、失礼いたしましたっ!? アマギ鑑識! その後は……!?』
「げほっ……3人目と思しき人物との交信はこれっきりです。直後に送られてきた文面は『何か聞いたか』であり、これに不審感を強めた博士が今の人物は誰か訊ねれば、『単なる気狂いだ。妄言ばかり言うので困っている』と……私が考えるに、この3人目というのが……15年前の事件で連れ去られた、宇田川刑事その人なのではありませんか?」
「つまりその宇田川という人は、なんとか未来から過去へ警告を送ろうとして、あと一歩のところで捕まってしまった……ということ?」
「恐らくね。……僕はずっと疑問だったんです。神田博士は未来にいるケムール人との交信で、Kミニオードの存在を知ったとされています。しかし、なぜケムール人達は自分たちの弱点をわざわざ教えるような真似をしたんだろうか、と……だが、これなら辻褄が合う」
「……ちょっと待ってください」
今まで考え込んでいたダンが、突然アマギを遮った。
「宇田川さんがケムール人の襲来に備えるよう指示したというのは分かります。でも、彼は詳しい事を言う前に捕まってしまった。……だったら、神田博士はどうやって未知の部品であるKミニオードを作りあげたんです?」
我が意を得たりと頷くアマギ。
「そこなんだよ。この後、神田博士は賭けに出た。『Kミニオードは、そんなに素晴らしいものなのか』相手が例の妙に親切な方であるのを見計らって、ある程度の情報と引き換えに詳細を聞き出したんだ。そうしたら……肩透かしなくらいにすんなりと教えてくれたのさ。懇切丁寧に細かい原理までね。これがどういう事か分かるかい?」
「……?」
問われたダンとアンヌが顔を見合わせる横で、エリキュールが角の根元をきらりと光らせた。
『つまり、その2人目の交信相手こそがルバンであり……地球にその、Kミニオード? なる部品の知識を授けたのも彼奴らだった……というわけでありますな?』
「その通りです!」
「どうしてルバンがそんな事を……?」
『恐らく、ケムール人達を出し抜く為でありましょう』
「……そうか! ルバンは宇田川刑事の警告も何もかもを見抜いた上で、あえて神田博士にケムール人の泣き所を作らせたんだ! 後で自分がそれを奪って使うために!」
「そんな事が!? ルバンという犯罪者は、手を組んでいる最中の者まで騙そうとするのですか?」
『ええ、やりかねません。彼奴らなら』
エリキュールが実感を込めて頷いた。
ルバンの恐るべき悪辣さを知り、蒼ざめるアンヌ。
「ここでピンと来たんだ。今まで神田博士を攫ったのはケムール人という事になっていたが……もしもそれがルバンの仕業だったとしたら? 奴は、Kミニオードの製造技師を手に入れた事になる。そうすると、あの囚人の体内から出て来た真空管の正体は……」
「まさか!」
「結論から言おう。あれこそが、ルバンのかつて盗み出したKミニオードだったんだ」
なんという事だろう!
ソガ隊員の残した本は、ここに繋がっていたというのだ!
『アマギ鑑識、先ほどから仰る……Kミニオードとは?』
「Xチャンネル光波の発振に必要な部品ですよ。Xチャンネル光波というのは、非常に高い強度を誇る極超短波で、一度の通信に多くの情報量をやりとりできます。なにせ、時間すらも飛び越えられるくらいですからね。件の隠し武器はこれを利用していました。光を介して相手の脳に情報を直接送りつける事で、強力な催眠状態を引き起こすんです」
「あの警官はただ失神していたんじゃなくて、ずっと眠り続けるように、強烈な暗示にかけられていたのよ」
「だが、それさえ分かれば後は簡単だ。彼の脳波を基地のレーダーに使われているユシマダイオードに中継させて、脳髄に焼き付いた指令を書き換えてしまえばいい。あれは、唯一残ったKミニオードの現物を、ユシマ博士が苦心の末に解析して作ったものだからね。例え本物のように時間跳躍はできずとも、人間ひとりの脳を覚醒させる代用品ぐらいにはなる」
アマギの言葉が意味するところを理解し、エリキュールは遅ればせながら、角を震わせた。
『という事は……ソガ警部の機転がなければ、チェリンホードは今も眠り続けていたと?』
「いずれは覚醒していたかもしれませんが……非常に長い時間を要した事でしょう」
「すごい……ソガ隊員はこれを見越してこの本を……!」
なんたる先見の明か!
げに恐ろしきは、ソガの超人的な推理能力であった。
しかし彼は今、大量の土砂に埋もれているかもしれないのだ。一刻も速く救出しなくては!
…その時である。
少し離れた場所で救出作業に従事していたアイオーンが、駆け足で近寄ってきてハキハキと報告をした。
『連隊長、チェリンホードの解析結果が出ました。少なくとも、土中に地球人の死体が埋まっているような反応はないと』
『なに! それは本当か!?』
「保安官、何か分かったんですか?」
『ううむ……ひとまずは朗報、というべきか。ソガ警部はこの付近一帯にはいないようです。少なくとも、土砂崩れに巻き込まれて死んだわけではない』
「まあ! 本当に!」
エリキュールの言葉に、喜色を浮かべて頷きあう警備隊一同。
その様子を見て、ポインターの上でスコップをふるっていたフルハシが、ざらざらと砂利を跳ね飛ばしながら滑り降りてくる。
「そいつぁいいや。この下でおっ死んでさえなけりゃ、どっかをほっつき歩いてるって事だ。まったく、人に無駄骨を折らせやがって!」
「ソガ隊員の骨を折ったのは、フルハシ隊員の方だけどね」
「う、うるせぇやい」
先ほどまでは、険しい顔で一心不乱に土を掘り返していたフルハシも、ようやく普段の毒舌が帰ってきたらしい。
「それにしても、生きてんなら連絡のひとつでも寄越せばいいのにな。また隊長にどやされるぞ」
「あるいは……未だに連絡の取れない状況にいるか」
『連隊長ぉー!!』
すると、遠くから野太い野獣の如き唸り声が聞こえてくる。
その内容は、ヤナガワ参謀から地球側の翻訳機を借り受けて使用中のアマギと、猛勉強の末に異星語を習得したらしいダン以外の二人からはさっぱりわからないものの、そろそろすっかりお馴染みとなってしまったキュラソ星人の叫び声だった。
声のする方を見てみれば、エリキュール捜査官が念のために斥候をさせていた警官のようである。
スキップのような独特の走法で地を蹴って、猛スピードでこちらに近付いてくるではないか。
纏めた冷却シガーを口いっぱいに咥え、そこから漏れ出す白い冷気を尾のように曳いて走る様は、まるで暴走機関車だ。
なにやら彼は握りしめた白い布を旗のように振りまわし、後方のいま出てきたばかりの林をしきりに指差している。
『おいフェルマーニ! もう少し速度を落とせ! この星でお前の全速力など……圧臓がはち切れても知らんぞ!』
『ふう……ふう……そう思ってんなら、チェリンホードにシガーをケチらんよう言っといてくださいや』
『お前がそうやって二人分も吸うから、奴が苦労しとるんじゃないか……で、何を見つけた?』
その警官がどこか自慢げに広げてみせたのは……
『ムッ! これは……!』
『あのソガだかって地球人の殉傷勲じゃありませんかね? 昨日の宴会で、ほらあの……ウチの星の名前がついた安水。あの人が飲んでたやつを貰いましたが……その時に見覚えがありますぜ』
「あっ! ソガ隊員の腕を吊っていた三角巾だわ!」
『どこで見つけた?』
『ええ。地球の草は背も高いし、トゲも大きいしで見通しが悪いってなもんで、あそこの草原に分け入って中をひとっ走りしてきたんですがね? せり出した草のトゲに、これが引っかかって風にぷらぷらと。そこからもう少し進めば、ふっつりと草が途切れて岩肌が露わになっとるんですな』
『どうやら、あの直立草の群生地を抜けると、少し拓けた空間があるようです』
「林の向こうにそんな場所が……」
「よし、行ってみよう」
警官の誘導に従って、みなを引き連れていけば……
『おや? 何かを引き摺ったような跡があるぞ……むむ! エルメ、この石についている付着物が何か分かるか?』
「この染み……もしかして、血かしら? ソガ隊員の……」
「エリキュール捜査官。これはもしかすると……」
『貴官もそう思われますか、モロボシダン警部』
「どういうこと? ダン?」
アンヌが問いかけると、ダンの眉間にますますもって深いシワが刻まれる。
「うん。もしかしたら、ソガ隊員はルバンに捕まってしまったかもしれない……」
「ええっ!?」
『それどころか……先ほどの襲撃は、最初から警部を狙っての事である可能性すら出て来ました』
エリキュール捜査官が神妙な輝きを灯しながらそう言えば、フルハシが素っ頓狂な顔で振り向いた。
「はあ? ルバンがソガを狙ったって? いったいなんだってそんな。奴にわざわざ狙う価値なんかあるもんかね」
『恐らく彼は……何かルバンの秘密に迫りかけていたのでしょう。きっとそれを聞かれてしまったが為に……』
「そうか、あの時の会話! あそこにヒントが……」
「おいおいダンまで! ないない。どうせ的がデカくて狙い易かったポインターを襲ったら、たまたま中でアイツがノビてたもんで、ついでに連れ帰ったとかそんなとこだろ、どうせ」
「……そうでしょうか?」
「しかし、『2020年の挑戦』に着目したのは奴だけでした。こんなに明確な手掛かりをよこして来たという事は、ソガが真相に気付いていたというエリキュール捜査官の推理もあながち外れとは……」
「だからぁ! それもたまたまだって! いつもの変な思いつきに決まってらあ。第一、そこまで分かってたんなら、どうして黙ってた? 自分の考えをパッと言わずに我慢してられるクチか? アイツがよ」
「う~ん……そう言われてみると、確かに今日はいつもに比べて的外れな意見も多かったような……」
フルハシの言い様に、なんだか自信が無くなってくるダン。
「確か、ルバンは攫われた宇田川刑事から地球の事を聞き出したんだ……とか捜査官に言ったんですよね? でも本当はそのずっと前から、ケムール人と一緒に地球へ目をつけていたわけですし……」
「……あれ? ルバンって明治時代にも地球に来てたって話だったんじゃないの? ねえ、保安官?」
「……え、そうなんですか?」
初めて耳にする情報に、ダンは思わず間抜けな顔をした。
アンヌとしては、そんな彼の姿もなんだか可愛らしく感じてしまうのだが……
『はい。アジトから押収した証拠品を見るに……恐らく、当時の地球人とも密かに交流があったのではないかと』
「そうだったのか……どうしてアンヌはそんな事まで知ってるんだい?」
「
「ふーん。そうか……ん?」
ダンはそこで小さな違和感を覚えた。
そしてそれを口にする前に、アンヌがさっさとそれを指摘してしまう。
「だから変なのよ。その意見をソガ隊員が本気で言っていたなら、時代が合わないわ。まるっきりおかしな事になってしまう。でもソガ隊員は、この本にルバンの事が書かれてると知ったから、それをアマギ隊員に送ってきたんでしょう? じゃあそこまで気が付いているのに、
「なるほど、一見して投げやりなように見えた言動にも、何か意味が……」
あごに手をやり、深く考えこむモロボシ・ダン。
『連隊長! やはりこれは行方不明のソガ警官から流れた血痕のようです! 警邏隊のデータとDNAが一致しました!』
『こちらへ来てください連隊長! チェリンホードの奴が足跡らしき窪みを見つけたと! 犯人はここで捜索対象を担ぎ上げた模様!』
「……え!? やっぱりか! 大変だぞアンヌ。ソガは怪我をしているらしい! そこの警官達が言っている。速く見つけてやらないと! 何者かが背負って林の奧へ連れ去ったんだ!」
「なに! チキショー! 宇宙人のやろう……ソガの奴まで盗もうったってそうはいくか!」
「急ぎましょ!」
翻訳機持ちのアマギが、キュラソ側の会話を通訳すれば、仲間達は流石に焦りを見せて林の中へ突き進む。
「(いったい何だ? ソガ隊員が狙われた理由、ルバンの正体に繋がる手掛かりとは……)」
ダンは、そんな彼らの後に付いていきつつ、これまでのソガの言動をよくよく思い出していた。
消えた赤ん坊……15年前……ケムール人……明治時代……盗品を使う……回りくどい手口……
「……そうか!? 分かったぞ!?」
『如何なされた!? モロボシダン警部?』
最後尾で突然立ち止まったダンに、エリキュールだけが振り返る。
「エリキュール捜査官……とんでもない事に気付いてしまいました……ソガ隊員が、あの『2020年の挑戦』で僕らに伝えたかった本当の事がなんなのか」
『警部殿が送った本には、Kミニオードの他にも真意があると?』
コクリと頷くダン。
「ルバンは60年以上も前に地球へ来ていた。だけど、15年前の事件で地球に興味を持ったというソガ隊員の主張も、どちらも本当の事なんです。そして、それは決しておかしな事では無い。……なにせ、ルバンがそれを知るのは、今からずっと未来である2020年なのだから!」
『いったいどういう……ハッ!? まさか!?』
エリキュールの角が、あまりの驚愕に激しく瞬いた。
「そうです! 奴がケムール人から盗み出し、袂を分かつきっかけとなった品……それは、時間遡行装置! ルバンは人間泥棒であるだけでなく、それ以前に時間泥棒でもあったんですよ!!」
モロボシ・ダンの推理は、あまりに突拍子もなく、だからこそ、核心をついたものであっただろう。
『そうか、そういう事であったか……ッ!? このエリキュール、一生の不覚!! 本官もすっかり見落としていました……!』
「ソガ隊員は、きっとこの事を僕らへ秘密裏に教えようとしていたんです。だから、わざわざあんな推理の冴えないフリまでして……しかし、ここまで回りくどい手を使ったというのに、ルバンにはそれを察知されてしまった……なんて恐ろしい敵なんだ……!」
悔しげに、ぎりっと奥歯を噛み締めるダン。
『……今ので確信いたしました。ブラザーは、おそらくルバンの正体を完璧に見抜いてしまっている。だからこそ狙われた。……モロボシダン警部。その推理をこれ以上、誰にも喋ってはなりませんぞ』
「……え、どうしてですか?」
『……それは言えません。しかし、これは貴官らの為でもある。ルバンについて黙して語らぬ事。それこそが、彼奴らに対抗する唯一の術なのです!』
エリキュールの額が苦々しく発光するのを見て、ダンは静かに頷いた。
この宇宙人は、ここまでの洞察力を発揮できる恐るべき超人であるソガ隊員からも、非常に信頼されている。
ならば、それを僕が同じく信用するのに、いったいどんな障害があるというのだろう。
『ありがとう、モロボシダン警部。共にブラザーを助けだし、ルバンを逮捕いたしましょうぞ! 彼の齎してくれたチャンスを無駄にしてはならない!』
「ええ! 必ずや!」
ソガ隊員……貴方からのメッセージ、しかと受け取りましたよ。
「待っていてください。すぐに助けにいきますから!」
ダンは胸の前で拳を固く握り締め、囚われの友に対する決意を誓った。
ソガ「え、なにそれ知らん……こわ……」
気になる?
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8番目
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保安官
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補佐官
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星雲荘