転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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宇宙警官 対 人間泥棒(Ⅸ)

 

『……駄目です。痕跡がまったくありません』

 

 ウルトラ警備隊とキュラソ連邦警察の合同捜索隊は、林を抜けた先にある岩場で、立ち往生していた。

 

 鬱蒼とした木々の中では、犯人も手懸かりを残している事に気付かなかったのだろうが、このように拓けた場所は見通しもよく、足跡などの隠滅も簡単だったに違いない。

 

 ここからは、ほとんど手探りの捜査となってしまう。

 

 痺れを切らしたフルハシが、胸いっぱいに息を吸い込み、口の横に両手を添えると、天まで届くような大声を張り上げた。

 

「オォーイ! ソガぁああ! 何処だぁあああ!!」

 

 部隊のど真ん中からいきなり発生した大騒音に、双方の人員が揃って耳を塞ぐ。

 

「ちょっと! フルハシ隊員! 敵に気付かれてしまいます!」

 

 アマギが迷惑そうな顔を隠そうともせず、なおも第2射を放とうとしている先任隊員の腕を掴んで引き下げるが、眉を顰めてそれを強引に振り払うフルハシ。

 

「あん? ルパンはソガを連れてったんだろ? だったら俺たちが来てる事なんかとっくにバレてらぁ」

 

「それは……」

 

ふむ、一理ある。しかしなフルハシ警部補。ソガ警部が彼奴(きゃつ)らに監禁されているのならば、その呼びかけに応える事もまた難しいのではありますまいか?

 

「そりゃそうかもしれませんがね、警部どの。俺たちが来たぞーって、ソガを少しでも安心させてやらにゃあ……そうすれば、いくらアイツみたいな臆病者でも、1人で敵の基地を脱出する気が沸いてくるかもしれんでしょう」

 

……上司を心配する心意気は大したものだがねフルハシ警部補。ルバンのアジトを見つけてからが本番だぞ。それまで体力は温存しておく事だ

 

「は、はあ……わかりました」

 

 フルハシとしては、大声を多少張り上げたところで、ちっとも体力を削られるような事は無いのだが……

 それが表に出てしまったのか、つい気のない返事を返してしまう。

 

 エリキュールがそれをどう思ったかは知らないが、彼はそれを見咎めるような真似もしなかった。

 ただ、少し歩き出そうとして立ち止まると、こちらを振り向いて……

 

……あと言っておくが、本官は警部ではない。これでも特別捜査官でありますれば。貴官らの長であるキリヤマ警視正と、同等の権限は有しているものと考えてくれて構わん。だからこそ、かの御仁も貴官らの指揮を本官に託してくださったのだ。そこは、覚えておいて欲しいでありますな

 

 それだけ言って、歩き去ってしまった。

 

「なあ、ソガぁ……早く戻って来てくれよぉ……俺にゃあ宇宙人の接待なんか無理だ。気難しすぎらぁ……」

 

「フルハシ隊員が怒らせるからでしょ。保安官は全然気難しい方じゃないわ。ねえ?」

 

「ええ、とても良識のある方です。多少、僕らとは観念が違うきらいはありますが……」

 

「それだよそれ! どこで逆鱗に触れるか分かったもんじゃねえ。こっちはいつもこわごわで調子が狂っちまうよ」

 

「今ので恐々だったの……」

 

 恐々の意味を辞書で引き直せと言うべきか。

 

「キリヤマ隊長の前だと思って、いつも通りにしておけば良いじゃありませんか。今のフルハシ隊員、それこそ普段のソガみたいになってますよ」

 

「だって隊長は、あんな何処見てるか分かんねえギョロ目してねえぞ。それに、俺が何か口を滑らしてマズイ事を言った時は、こう……目力がグワッと来て、眉のあたりがピクッとだな……」

 

 顔を見合わせたアマギとアンヌが、呆れたようにため息をついた。

 それを尻目に、弱り果てた警官達は母星の言葉で相談を交わす。

 

しかしどうしたものか……

 

『……連隊長、もしや我々はルバン一味の工作に嵌められたのでは?』

 

『確かに。彼らがあえて偽の痕跡を残して逃走経路を偽装するのはこれが初めてではありませんし。小官は一度草原まで後退するよう具申します』

 

ふむ……

 

 部下の提案に、考え込むそぶりを見せるエリキュール。

 

「……よし」

 

 その会話を聞いていたダンは、全員の注意が自分から逸れたタイミングを見計らい、密かに念力での透視を試みた。瞳に不可視の煌めきが灯る。

 

 ところが驚くべきことに、彼の視界はモヤでもかかったように、その場を見通す事が出来なかったのだ。

 顔を振って視線の先を動かしてみるが、結果は変わらない。どこか一点ではなく、この周囲一帯が全てその調子であった。

 

 それに飽き足らず、切り立った崖に囲まれた岩場だと言うのに、一切の音が聞こえてこないではないか。

 本来であれば、岩石同士が互いの圧力によって軋み合う悲鳴を挙げている筈なのに、だ。

 

 「(……だめだ。何も手懸かりを見つけられない。しかし、だからこそ妙だと僕の第六感が告げている……まるで、分厚い暗幕が覆い被さっているような……)」

 

 視界から感じた違和感に、眉間のしわを深めるダン。 

 そんな彼の様子に、ふと気付いた者が居た。

 

 皆が角を突き合わせ、広げた地図に視線を落とす中、1人であらぬ方向を睨みつける姿に興味が沸いたのだろう。

 その人物は、あえて彼を名指ししなかった代わりに、その場の全員に問いかけた。

 

では決を採る。何か意見のある者は?

 

「……ちょっと待って下さい。もう少しこの辺りを調べてみませんか? ここは……どこか変だ」

 

「変だって? いったい何が変だって言うんだ、ダン」

 

「そ、それは……」

 

 フルハシの質問に、ダンはぐっと言葉を詰まらせる。

 

「(そうか、人間の感覚では分からないようにされているんだ。この作り物めいた不自然さが……)」

 

 しかし、それをダンの口から彼らに伝える事は決して出来ない。

 なぜなら彼の正体は人間ではなく、実のところウルトラセブンなのである。

 

 先ほどの情報も、M78星雲人に備わったウルトラ念力による超感覚を駆使したものだ。

 だがそれは、他の誰も知ることのない絶対の秘密。

 これが地球人に露見してしまえば、ダンはたちまちこの星を去らねばならなくなってしまう。

 

「(こんな時、ソガ隊員がいてくれたら……)」

 

 彼は非常に聡明なだけでなく、恐らくその心がとても純粋であるために、常にダンの証言を強く信じて憚らない。

 

 ダンが何か述べる度に、二つ返事でそれを肯定する速度といったら、彼の得意な早撃ちもかくやといった様子であり、なにかと宇宙において『お人好し』やら『騙され易い』だのと揶揄されがちなM78星雲出身者であるダンから見ても、時として不安になってしまうほどであった。

 

 だが今は、そんな彼が朗らかに追従するときの、明るく柔らかな声が聞こえないのだ……募る焦燥と喪失感が、胸の隅に小さな鍵裂きでも出来たような心地にさせる。

 

 そんな時、代わりに響いたのは野太く固い、それでいて頼もしさのある重低音。

 

よろしい! 実は本官も、それを提案しようか迷っておった所なのです! 同じ意見の方がいて、安心いたしましたぞ!

 

「……え?」

 

「それはいったいどうしてですの、保安官?」

 

いえ、それが言葉で説明するには難しくてですな……こればかりは、彼奴らを長年追いかけてきた勘、としか。しかし、本官の蒼色の光細胞が囁くのです。ルバンは必ず近くにいる……と

 

『ははあ。連隊長が仰るならば、そうなんでしょうね』

 

「うーん。確かに刑事の勘ってのは、良く当たるもんだと相場が決まってるしなぁ……」

 

「ルバン達の事について、この場で一番詳しいのは保安官ですものね。もう一度よく捜してみましょ」

 

 キュラソ警官はもとより、ウルトラ警備隊の仲間達もそれなりに納得した様子で頷き、各々で割り振った方面へ三々五々散っていく……

 

 その様子を見、少々驚きながら立ち尽くすダンに向かって、異星の捜査官は悪戯の成功した少年のような色で、小さく額を瞬かせた。

 

「……ありがとうございます、エリキュール捜査官」

 

なんの。これはソガ警部にも言った事ですが、捜査において現場の所感というものは、時としてどんな機械にも優る場合がある……というだけでありますよ

 

 ぴかりと親愛の笑みを交わす二人。

 

さて、モロボシダン警部。貴官ならどちらを捜されますかな?

 

「そうですね……」

 

 ダンは、もう一度ばかり気を落ち着け、大自然の声ならざる囁きに耳を傍立てた。

 

 そうしてしばらく、唐突にある方向を指先す。

 より静かで、より心のざわつく方へ。

 

 すると……ちょうどその視線の先から、壮年のキュラソ星人が駆けてくるではないか。

 あの厳めしい顔付きは確か……デストラン捜査官。囚人を誤って焼き殺してしまい、相当に取り乱していたはず。

 メディカルセンターで、憔悴しきった様子のまま、仲間からカウンセリングを受けている痛々しい姿を見かけたが、もう捜査に復帰したのか。

 なんという精神力だろう。エリキュール捜査官の部下は、彼の言葉通りウルトラ警備隊に勝るとも劣らない精鋭達のようである。

 

『おういエルク! 丁度良かった。隣のお人に通訳して貰えんかね? こっちの星でも、地表に油が湧くのはよくある事なのか』

 

安心しろデル。こちらのモロボシダン警部はキュラソ語を嗜まれる。お前の酷い南部訛りより、よほど流暢だぞ

 

『なに!?』

 

 仰天したデストラン捜査官は、ちらっとダンの額を見やると、喉の奧で籠もったような唸り声を上げながら、決まり悪そうに横鼻を掻いた。

 

『おっと、これは失礼……貴方がモロボシダン警部でしたか。先ほどはお見苦しい姿を……』

 

「いいえ。誰でも目の前であのような事が起きれば当然です。さぞお辛かったでしょう……火傷の方は、もうよろしいのですか?」

 

『やあ、あんなの……パイプをほんの一口吸わせて貰えりゃなんてこと。あの時は、うちらを炎の中から助け出してくれた刑務官がたの方が、よっぽど恐ろしい思いをしたに違いないんですからね。泣き言なんぞ言ってられませんよ。それに……』

 

 そう言って彼は、自分のポンチョを豪快に捲ってみせた。

 湿布の貼られた腕が突き出され、あまり親しみ易いとは言えない顔に、意外なほど朗らかな色が浮かぶ。

 

『あんたがたの監察医は羨ましいくらい名医だ。もうちっとも痛くない。これで相棒まで起こして貰ったと来れば、感謝してもしたりませんな』

 

「良かった。そう言って貰えると、アンヌ達もさぞ喜ぶでしょう。……そうだ、お二人とも。そろそろ僕の事は気軽にダンとでもお呼び下さい。仲間はみんなそう呼びますし、もう僕たちは決して知らぬ仲ではないのですから。……でしょう?」

 

 彼がそう言って柔らかな微光を浮かべると、ベテラン刑事達はお互いの顔をまじまじと見つめてから、揃って相光を崩し、はにかんだように角を掻いた。

 

『やあ、出会って2日もせんうちにそんな事を言われるとは……あのソガというお人といい、どうやらあんたら地球人は随分と、その、胸裾を開いた物言いをなさるようだ。そういうところは、うちのエルメと良く似とりますが』

 

いいじゃないか。我々のようなロートルが、彼のように有望な若者から、そんな風に言ってもらえるなんて光栄な事だぞ。そうですな……ではダン警部。お嫌でなければ本官の事も是非、エルクと……

 

「と、とんでもない! 目上の方をいきなり愛称で呼ぶなんて、恐れ多いですよ……!」

 

 エリキュールが先ほどと同じく茶目っ気たっぷりに額を瞬かせれば、ダンは恐縮して手を振った。

 

『ガガガ! あんまり揶揄ってやりなさんなエルク。はしゃぐと嫌われるぞ』

 

別に揶揄っているわけでは無いのだが……

 

「んん! そ、それで……油、でしたか?」

 

 咳払いで強引に話を戻したダンが、一転して真剣な表情で聞き返せば、対する警官も居住まいを正して本題に入る。

 

『ああはい、それがね。相棒の奴が妙な事を言うんでさ。湿原でも無いのに、あっちから油の匂いがするって……』

 

なに、チェリンホードが?

 

『要は、どっかで泉でも湧いてんでないかって事が言いたいんでしょうが、こんな場所でしょう? もしかしたら、うちらが敏感になってるだけで、地球じゃなんてこたないって可能性も……』

 

「……いや、それはおかしい。外国ならばともかく、日本の油田はごく一部の地域でしか……失礼ですが、硫黄の間違いではありませんか? それならば有り得ない話ではない」

 

 日本では、殆どの山で油田の代わりに温泉が湧く。そしてその両者共が、硫黄とは切っても切れない関係だ。

 

 もしも彼らの母星が、温水混じりに油やガスを噴出して出来る泥火山ばかりだと言うならば、活火山がマグマと温泉だけを吐き出すのには馴染みが薄かろう。

 

 キュラソ星人達が、故郷で嗅ぎ慣れた硫黄の匂いを、それらも含有する原油と紐付けて覚えているのならば、こういった勘違いをしても無理はない。

 

 ダンは恒点観測員としての知識でそう推察したが、当のデストランはゆったりと角を振る。

 

『うんにゃ。奴が言うには、原油ではなくてきちんと精錬された飲用油の匂いだと……ただ、地球はあんなに濃いスープを出せる星でしょう? 湧き油がその場で飲めても不思議じゃないと思ったんですがね……そうか、違ったか……ねえ、連隊長?』

 

ああ、本官の光細胞も蒼く瞬いているさ。よし、行ってみよう!

 

 エリキュールが良く通る声で皆に召集をかけ、問題の地点に集まってみると……ノッポの警官が地面に這いつくばり、なにかを熱心に捜している真っ最中だった。

 

 こちらに気付いた彼はバネ仕掛けの如き素早さで立ち上がり、連邦式の見事な敬礼を見せる。

 そして、静かに目の前にそそり立つ岩壁を指すのだが……そこは果たして、何の変哲もない行き止まりだ。

 

「なーんだ、何も無いじゃないか! それに油の匂いなんて……するかぁ?」

 

「屋外ですし、この風通しですからね。とっくに揮発してしまっているんじゃあ……」

 

「……いや」

 

 怪訝そうな警備隊の面々とは別に、ダンはその場所の異様さをはっきりと感じとっていた。いや、正確には……何も感じられないのである。

 

 温かな星の息遣いや、大地の力強い脈動すらも……ぱったりと静まり返って不思議なくらい凪いでいる。

 こんなにも岩肌が剥き出しになっているというのに、だ。

 

 とうとう緊張感を強めて冷や汗を流すダンの隣で、エリキュールはおのが顔面、その正中線を十字に深く彫り込まれた黄色い鼻筋を、犬や馬の如くしきりにヒクつかせた。

 

……むむっ! 壁の向こうから漂ってくる、この芳醇で奥深い残り香は……間違いないっ! 本官がブラザーに贈った品であります! いくら地球が仰天統治の魔境とは言え、かような高級品が自然に湧いている事などありえましょうや!?

 

「という事は……!」

 

 互いの真剣な顔を見合わせ、強い頷きを交わすダンとエリキュール。

 そして次の瞬間……

 

「デュワッ!」

グオーッ!

 

 雄叫びに裂帛の気合い籠めて、勢いよく岩壁に突進した!

 

「あっ、ダン!」

『連隊長ーッ!』

 

 突然の強行にアンヌや部下達が呆気に取られるも、さらに驚愕すべきはその後であった。

 蛮勇に身を躍らせた勇者達が、固い岩肌に激突するかと思われた瞬間……彼らが見守る前で、二人の姿がパッと掻き消えてしまったのである!

 

「だ、ダァァン!」

 

 アンヌが思わず悲鳴を上げる。

 他の仲間達も、二人の無事を確かめるべく口々に叫ぶものの、向こうからは一向に返事が返ってこない。

 

 これはどうした事かと迷っていると……中空に、白手袋をはめ、ブルーグレーの袖に繋がった人間の腕と、鋭い鉤爪を備えた武骨で巨大な手が浮かび上がり、こちらを手招きするではないか。

 

 その逞しい腕が、よく見知ったダンのものであると確信したアンヌが、彼の名を呼びつつ手を握れば、向こうから引っ張られでもしたのか、短い悲鳴と共に彼女も消える。

 

 鉤爪の方も、なにやらハンドサインめいた指の動きで部下を呼びつけたのか、躊躇いがちに壁の中へ身を沈めていく警官達。

 

 意を決して後に続いたフルハシとアマギが見たのは……

 

「な、なんだぁ? 壁の中にまた壁だとぉ!?」

 

「そうか……! きっと今見ていたのは、一種の集団幻覚のようなもので、何も無い場所を行き止まりだと思い込まされていたんですよ! 我々は!」

 

「チックショー! ルパン野郎のペテンにまんまと騙されたってのか!」

 

見ろ!

 

 エリキュール捜査官が鉤爪で指し示したのは、砂利の上に倒れた銀色のスキットル。

 

 蓋は外れており、飲み口から砂地に溢れた中味はすっかり乾いてしまっていたが、缶の内部には揮発した成分がまだ少しばかり溜まっているのだろう。

 

 拾い上げたエリキュールが、缶の表面に浅く付いた溝を指でなぞる。

 

この傷はあの事件の時についた……ええ、間違いありません。これは本官が長年愛用し、逸れる直前でソガ警部に贈呈した携行缶であります!

 

「という事は、この近くにソガ隊員が!」

 

 すると……

 

「おっ、その声……おーい、みんなー! こっちだこっちー!」

 

「ソガ隊員の声だ!」

 

 皆が辺りを見渡していると、足元にひょいと白く細長いものが飛び出してきた。

 拾い上げてみれば、それは火の付いていない紙巻きタバコで……なんと自販機でもないのに、岩肌から新品の煙草が続々と吐き出されてくるのである!

 

 屈んでよくよく見てみれば、岩肌の下方が小さく長方形に切り抜かれており、鉄の棒が数本間隔で嵌まっている……鉄格子付きの空気穴だ!

 

「……アッ! ソガ隊員!? そんなところに!」

 

「しっー! 声抑えろって! いろんな意味でさ!」

 

 狭い空気穴にライトを翳して覗き込むと、普段通りのヘラヘラとした笑みを浮かべたソガが、暢気に左手をふりつつこちらを見上げているではないか。

 

 岩をくりぬいて、半地下の独房にしてあるとは!

 

「いやー良かった、良かった。来てくれると思ってたぜ」

 

「おい、ソガ! 無事なら連絡のひとつでもよこせ! 心配しただろうがよ!」

 

「いやーすいませんね。起きた時には武器も通信機も全部取り上げられちゃってて……ハハ。面目ない」

 

しかしよくぞ……まさか本官の贈り物をこのような形で役立てるとは。見事な機転だ!

 

「なんかこのアジト、人間からは見えないし聞こえないようになってるらしいんで。フルハシ隊員の声が聞こえてきたから、一か八かで賭けてみたんですよ」

 

 その言葉に振り返ったアマギは、先ほどスキットルの落ちていた地点を眺めながら、感心したように頷いた。

 

「……そうか。光や音は反射や波長相殺で誤魔化す事が出来ても、大気中に漂う粒子の混合体である匂いには無限の組合せがある。それこそ、空気の流れを遮断でもしない限り、完全にシャットアウトするのは不可能だ! よく気付いたな、ソガ!」

 

「……えっ? そうなの? 保安官がめっちゃ鼻良いから、好物ならワンチャン辿れるかなーって思っただけなんだけど。ほら、犬のお巡りさんだけに?」

 

……本官をキャンダーか何かのように言うのはやめて頂きたい……

 

 あっけらかんとそんな事をのたまうソガに、アマギはしばし呆然と言葉を失っていたが、徐々に握り拳へ力を込めていき、ついには何事かを言い募ろうとして……諦めたのか、そのままガックリと大きく肩を落とした。

 苦労性の後輩を見かねたのか、ゆっくりと首を振りつつ、その肩を優しく叩くフルハシ。

 

 そんな彼らを半ば押し退けるようにして、小さな体躯を人間団子に捻じ込んだアンヌが、空気穴から微かに見えるソガの身体に素早く視線を走らせる。

 

 ひとまず緊急性の高い負傷が無さそうな事を確認し、ほっと胸を撫で下ろしかけた彼女は……ソガの隣にもっと重要度の高い対象を見つけて金切り声を上げた。

 

「赤ちゃんがいるじゃないの!」

 

「そうなんだよ。だから静かにしてほしくてさ……ルバンが警報器代わりに押し付けて行きやがった」

 

なにルバン!? ルバンと会われたのですか! 警部殿!?

 

「ええ。それもご丁寧に夫婦でご挨拶いただきましたよ。仲間になれってね。まさにあの人相書き通りの姿してました。嫌味なくらい美男美女で……あ、そうそう! ルバンの目的が分かりましたよ!」

 

 どうにも捕虜に取られている実感が薄いのか、はたまた超のつく大物なのかは知らないが、やけに楽しげな声で情報収集の結果を述べるソガ。

 

「どうやら奴らにとったら、人間も美術品のうちらしい! 見目が良く、優秀な人材をコレクションしてるんです。今回攫われた赤ん坊は、みんな将来有望という事で……一種の青田刈りですよ、これは! 奴らは今回の犯行を指して、感性の収穫に来たのだ……と」

 

「感性の……収穫!」

 

「人間を彫像扱いだって!? なんてふてえ野郎だ、許せねぇ!」

 

 ルバン星人にとっては、地球人もキュラソ星人も、等しく箔のおされたトロフィーでしかないという事だ。

 

「奴ら大昔にやって来ていて、理想の人間を創造するために、クローン工場を各地の地中へ残していたんですよ! このアジトもそのひとつさ!」

 

「なんですって!? この山の中にクローン工場が……? そんなの、私たちの基地とまるきり同じじゃないの!」

 

「まるで奇岩城だ……」

 

 切り立った崖を見上げ、思わずといった様子で呟くアマギ。

 

「ただ、俺が捕まっちまった時点で、保安官達が来てるのもバレてます。早くしないと逃げられてしまう。ここも直ぐに引き払うつもりだと……」

 

機先を制すつもりが、まんまとしてやられましたな。しかし、まだ間に合う! ソガ警部! その部屋に廊下へ繋がる隙間はありますか!?

 

「出入口の覗き穴程度なら……」

 

しめたっ! ブルックリン! コードを引き出せっ!

 

 大柄な部下が、背負っていた機材をその場へ降ろすと、リール巻きを素早く解き、白と黒に色分けされたコードの先端を鉄格子の隙間へ放り込んだ。

 

 中のソガからすれば、天井からまだらの紐が垂れ下がってきたように見えるだろう。

 

警部! そのプローブを覗き穴から廊下側へ出してくだされ!

 

「心得た! ……準備オッケーです!」

 

やれ、チェリンホード!

 

 背高のっぽが頷きと共に機材のボタンを押し込めば、コォォォン……と、耳鳴りのような音が響き渡る。

 

「うげ……ちょ、今のなに……あ~ごめんごめん、うるさかったでちゅね~? おーよちよち。おいたんがお歌を歌ってあげましょね~……ちょっとぉ!!」

 

こ、これは失敬……どうだ、とれたか? よし、データを全員の端末に回せ!

 

 警官隊が一斉に電子手帳を取り出し、画面を開く。

 地球人達が興味津々に横から覗き込めば、そこには建物の経路図のような物が立体的に写し出されていた。

 

「……もしかして、このアジトの中か? ほぉ~こりゃすごい」

 

「なるほど……地底探査用のエコーを応用して、空洞部の見取り図を書き起こしたのか。素晴らしい技術だ。」

 

「それなりの規模があるようですね……かつて工場だったというのも頷ける」

 

入口は……この三カ所か。正門と、左右に通用口……おそらくあの辺りだな

 

 マップと照らし合わせ、おおよその位置に当たりを付けるエリキュール。

 ルバンのアジトは、おおまかに言うと巨岩の中へ十字路を埋め込んだような構造になっていた。あるいは歪んだ三叉槍。

 

 せり出した尾根の先端に掘られた洞穴は、東西と北が切り立っているため、それぞれの崖に面する方向へ槍の穂先が伸び、残る一本が南の……より奥深くの方向へ。

 それら主要なルートが、いくつかの細い支道で繋がっている

 

 勿論、主要通路のそれぞれが異なる高低差で交叉しているので、そう単純な話でもない。

 内部は入り組んだ迷路のようなものだ。

 

『通路そのものは、左手側の方が広めに造られているようですな。幸い、我々は警邏隊の面々も含めればかなりの人数だ。こちらを進めば部隊全員を展開できますし、危なげなく進めるでしょう』

 

『でもよ、外との距離はそちらの方が長いし、入り口もここからさらに奥まっているじゃないか……さっさと中心部へ辿り着けるのは、右手ルートだと思いますぜ』

 

ふむ……どう見るエルメ?

 

『はい連隊長! ルバンは事前準備に関しては偏執的なくらいの周到さを発揮しますけど、あれでなかなか後始末の面倒を嫌うという悪癖があるんです。ひと仕事終えた後に、わざわざ遠回りしなくちゃならない煩雑なルートを普段使いするとは思えませんね。少なくとも僕ならこっちを選ぶかな?』

 

「なんて言ってる?」

 

「ルバンは準備をやたら凝るくせに、やりっぽかしの面倒くさがりだそうですよ」

 

「……なんだかソガみたいな奴だな」

 

 たまたまフルハシの呟きを聞いていたダンとアンヌは、いくらなんでも酷い例えだとは思ったが……当の本人が赤ん坊をあやすのに必死であるのをいいことに、それを谷間風の囁きか何かとして聞き流してしまうことにした。

 

 変に蒸し返して彼が聞きつけてしまえば、ぶうぶうと抗議を始めるにきっと違いないからだ。

 いくらソガ隊員とて、せっかく寝かしつけた子を、自分の声でもう一度起こすことはしたくなかろう。彼の為を思ってのことである。

 

 ……それにしても、さっきから彼はいったい何を歌っているのだろう。渦巻く炎やら逆巻く嵐だとか……子守歌にしてはあまりにも物騒すぎやしないか? ああ、ついにウルトラホークがなんとかまで言い出した。とんだ英才教育……

 

『そしてこの星じゃ美術品の窃盗ではなく、児童誘拐ばっかりしてるって言うんだったら……たぶん、右手側のひとところに、毎回使う仕事道具やその成果……ああいや、本件の被害者達を纏めているんじゃないかと。そうやっておけば、道すがらにぜんぶ確認できちゃいますからね』

 

『私も彼の意見を支持します。いくらルバンでも、大量の人員や人質を抱えているならば、買い出しくらいは必要でしょう。例え諸々を手下にやらせるとしても、集積場所を分けるのはあんまりに非効率だ。それに、ソガ警部の独房から繋がっているのも、こちらのルートのようですし』

 

『……右が牢屋と詰め所。とすると左は……倉庫か』

 

『そうだねブルックリン……ごらんよ。この縦穴はきっとポニーの発着場だ。おおかた、各地から積んできた盗品の搬入作業がし易いように、スペースを広くとってあるんだろうさ。私の実家も、これとよく似た造りになっていたね』

 

ならば、より裏手は左側と言うわけだな……

 

 エリキュールは、部下の発言を聞きつつ、地球人も含む隷下の戦力を冷静に分析した。

 ややあってから、彼の額が青く光る。

 

では……これより部隊を三つに分ける

 

『……しょ、正気ですか連隊長!?』

 

 ざわつく警官隊。

 

まあ待て。これまでは彼奴らの逃走ルートを絞り込めず、警官隊を薄く広く配置せざるを得なかったが……現在、経路がこのいずれかに限定できた。そのうえ今回は、有難いことにウルトラ警邏隊からの増員もある。彼らはみな精鋭だ

 

『分隊単位で運用しても、戦力低下をある程度は無視できる……と?』

 

『本当に大丈夫なのですか……?』

 

 彼らは非力な地球人でしかない。戦力に数えて良いものなのか?

 そのような疑いを含んだブルックリンの視線に、ダンが大きく胸を張り、勢いこんで返事をする。

 

「はい! 絶対大丈夫です! 安心してください!」

 

 あまりにも晴れやかで自信満々の笑顔に、少々たじろいで目線を逸らす警官。

 ばつが悪そうに引き下がった彼は、含み笑いの同僚に肘で小突かれていた。

 

「では保安官、組み分けはどうなさいますの?」

 

うむ。まずは……アンヌ監察医、君とアマギ鑑識のAチームだ。我が連隊からはチェリンホードとデストランを出す。この四人で右手通用口から突入してもらいたい! 目的は人質の確保、及び救出……被害者の安全、これを最優先とする!

 

「分かりましたわ、保安官!」

「了解!」

『任された』

 

次にB班! エルメ! フェルマーニ! そしてアイオーン! さらにウルトラ警邏隊からはモロボシダン警部をお借りする。貴官らは左手側の裏口より侵入し、迅速に奴らの足を潰せ。駐機してあるスペースポニーを破壊するまで、他の一切を無視して構わん! 彼奴らをここで必ず一網打尽にするのだ!

 

 名を呼ばれた四人の男達が、見事に揃った敬礼を返す。

 

「あれ? となると……」

 

 アマギは名を呼ばれなかった者の頭数に首を傾げる。

 

いかにも。本官を含めた残り三人が、本隊として正面突撃というわけであります

 

「しかし、それでは正門側の戦力が一番薄くなってしまいますが……」

 

『そこの鑑識が言うとおりだ。もとより、彼らの護衛が過剰です。せめて自分とあの二人を交代ではいけませんか』

 

 そう言って、Aチームに配属された警官二人を仏頂面のまま指差すブルックリン。

 

 先ほどは、地球人の実力を不安視した上での苦言を呈す事になったが、今回に限っては他意が無い。単純にそのほうが、戦力値の分配が丁度良くなるのだ。

 これには、発言者の頑固者ばかりでなく、B班の若年組も揃って頷いて同意を示した。

 

 それでも、エリキュールは頑として譲らない。

 

いや、これで良い。我々本隊の役目は……端的に言って、陽動なのであります。なのでむしろ、戦力は最低限でなければ

 

「……陽動、ですか?」

 

なるべく派手に暴れて、一味の注意をこちらへ引き付ける。ルバン本人がこちらを抑えにかかるならそれもよし。あるいは裏口に逃げた所をB班と挟み撃ちする。恐らくこのような流れになると本官は睨んでいるが……犯罪心理の専門家として、何か補足はあるか?

 

 上司に問われて、キュラソ星人の中で一番小柄な――それでも、隣に並んだダンと同じかそれ以上はある――警官が地図を睨みながらぐぬぐぬと唸り出す。

 

『……確かに、これまでの傾向から言っても、明らかにルバンは目立ちたがりで、かつ呆れるほどに自信過剰のきらいがありますし……あ、モロボシダンさんに教えておきますとね、最初に大勢の前でその存在を示しておいてから、それでこちらの足並みが乱れた瞬間に、包囲が一番薄くなるポイントを突破するのが、彼の常套手段なんですよ……ああ! 言われてみると、これは確かに僕らの方に来るな』

 

 ひとしきり納得したのか、顔を上げて班分けされたメンバーを順繰りに見渡すと……

 

『そっか、それで先輩方をAチーム、ブルックリンさんが本隊……うわあ、これは責任重大だ! 頑張りましょうね、皆さん! ……あ、小官は連隊長の意見を支持します!』

 

『おい、頑張るって……結局どういうことなんだよ? 俺はどうすりゃいい?』

 

「なあアマギ、あいつらさっきから何言ってんだ?」

 

『フェルマーニさんはいつも通りで大丈夫です。アイオーン副長が上手くやってくれますから……つまりね、敵の被害が本隊、Aチーム、そして僕らの順になればいいわけで……あ、モロボシダンさん。あの本隊に配属された人に言って貰えますか? なるべくさっきの大声で叫んで下さいって。あと、それで敵がたくさん来ると思いますけど、無理はしなくて良いですって』

 

「えっと……フルハシ隊員。とにかく大暴れしてください。それでルバン星人がそちらに寄って来ます」

 

「……どうやらフルハシ隊員は、我々の中で一番多く敵を倒せると期待されているようですよ」

 

「おお、そうか!! よっしゃ! 俺に任せろ!」

 

 分厚い胸板をドンと叩くフルハシ隊員。

 

 どうやら正面側に敵の戦力を引き付け、その間に左右の部隊を少しでも楽に前進させる事がエリキュールの狙いらしい。

 

 ルバン逮捕に並々ならぬ熱意を燃やす彼が、敵の逃走まで一刻を争う現在の状況において最も重要視したのは、誘拐された児童の奪還と安全なのだ……という事実に気付き、ダンは深く感銘を受けた。実にこの人らしい……とも。

 

 それは裏を返せば、本隊とは名ばかりの、最も人数に劣る部隊で敵の主力を凌ぎきり、さらにその壁を食い破らねばならない事を意味する。

 エリキュールは陽動だ、などとさも簡単そうに嘯いていたが、寡兵を率いて数に勝る相手に立ち向かうのは並大抵の事ではない。

 

 ダンの隣に立つまだ年若い警官は、ルバンを相当の自信家であると評したが、彼の上官も大概であることには気付いているのだろうか。

 

 ただ、この非常に困難な役割の共連れに選ばれてしまった人員をこそ、本来は心配するべきなのだろうが……

 

 地球人側は、意気込むフルハシを見て納得する。

 キュラソ側もブルックリンを見て異論が出ない。

 

 つまりはそういう事であった。

 

「……あ、作戦会議終わりました?」

 

これはお待たせしましたソガ警部。すぐにAチームが迎えに上がりますゆえ、それまでのご辛抱ですぞ!

 

「あいや、それには及びません。こっちから脱出して途中合流しますから」

 

は、はあ。なにも貴官がこれ以上頑張らずとも……

 

「おっ! 言うようになったじゃねえかソガ! ようやくおめえも、ウルトラ警備隊の一員だって自覚が出て来たみたいだな!」

 

「俺のことなんやと思ってはるんです……? ままそれはいいや。それでちょっとね、お願いがありまして。誰か……武器になりそうなもんくれません? 今の俺ってば丸腰でね!」

 

「……ったく、しょーがねえなぁ。ほらよ、俺のを貸してやらあ……ちゃんと返せよ!」

 

「あざまーす!」

 

 鉄格子の隙間から、フルハシが自身のウルトラガンを滑り込ませた。

 嬉々としてそれを拾いあげるソガ。

 

「念のため聞いときますけど、大丈夫ですよね?」

 

「おうよ! パラライザーがあるし……それに、おめえはもう知ってんだろ?」

 

 そうして自慢気に力こぶを作ってみせるフルハシ。

 

「ですよねー。そいじゃ皆さん、ご武運を! また後で会いましょう!」

 

……あの、モロボシダン警部?

 

「おや、どうかなさいましたか、エリキュール捜査官? ああ、ご安心下さい。フルハシ隊員はパラライザーのままでも充分に戦力になりますよ。僕が保証します」

 

……い、いえ。なんでもありませぬ

 

 えらくアッサリとした、それでいて随分と的外れなダンのフォローに、エリキュールは口を噤むしかなかった。

 

 チラと目玉を動かして、頼みの綱である女医と技術者の動向をそれとなく窺ってみるも、「あんまり無茶しないでね」の一言をかけてさっさと行ってしまった。

 

 ……ああ、誰も止めない。

 

 はたして本官がおかしいのだろうか……

 

 

―――――――――

 

 

みんなが去ってしばらくすると、アジトの中がにわかに騒がしくなる。

 

「さて、オレもそろそろ反撃開始と行きますか」

 

いくら右腕がギプスで固められてるとはいえ、それはあくまで甲のあたりまでの話であって、指先がまったく使えないわけではない。

 

普段よりも握力が弱いだけで、ベッドに腰掛けながら太股で挟むなどの補助を行えば、銃を固定するぐらいはできる。

 

借り物のウルトラガンに、これまたレンタルのアタッチメントバーナーを取り付けると、鼻歌まじりに扉の鍵を焼き切っていく。

 

「フンフゥー……フリフォフンフゥ……油断するからこうなるんだよなぁ……」

 

これが劇中なら、いまごろ警備隊のテーマでも流れ出してるに違いない。

 

「や、これはどうもこんにちは。死ねぃ!」

 

左右を確認しようと、廊下にひょっこり顔を出せば、驚いたような表情で突っ立ってる外人風の男。

出会い頭に撃ち倒し、部屋に死体をズルズル引っ張りこんでおく。

 

いやあ、相手がみんなクローンだって分かってるのはいいな。どんだけやっつけても後腐れがなくていい。

 

ん? なんかコイツもどっかで見たことある顔だな?

金髪碧眼でルバンとは別系統の白人だが……ま、外人なんかみんな同じ顔か。

 

「あー……」

 

意気揚々と出て行こうとして……はたと立ち止まる。

 

少しの間迷ったが……オレはしぶしぶ引き返し、ベッドの上ですやすや眠る男の子を左腕に抱きかかえた。

 

「死体にベビーシッターやらせるわけにはいかねえもんなぁ……」

 

しかし、残念ながら自由に使える腕が一本しかないので、彼をだっこしてる限り俺は無防備だ。

せめて抱っこ紐が欲しいぜ……

 

こんな状態で敵とばったり……なんてなれば目も当てられないので、普段の100倍くらい慎重に廊下を進んでいく。

 

……と。

 

「やばい、もう詰んだ」

 

廊下の隅へ雑多に置かれた荷物の影にしゃがみ込み、アンヌから借りた手鏡で曲がり角の向こうを確認してみれば……壁のど真ん中に扉があり、その両脇に見張りが1人ずつ……

 

どうあがいても今の俺では、奇襲で1人倒しても、角から身を晒したところをもう一人に撃ち返される。

せめて赤ん坊という足手纏いさえいなければ……いや、待てよ?

 

「ほんまごめんなぁ……悪いけど協力してくれ……」

 

オレは、激しい罪悪感に苛まれながら、腕の中で健やかに眠る彼のぷくぷくとした可愛いあんよを、ほんのちょっぴりとだけつねった。

 

ちょっとチクッとするよー……

 

「おぎゃあああ!!」

 

たちまち火のついたように泣き出す赤ん坊。

 

さあどうよ。

角で待ち伏せされて不利ならば、逆に相手から曲がってもらえばいいのさ。

泣き声でこっち側に誘き出して、待ち伏せ&各個撃破すれば良いのだ。

あったまイイ~!

 

「……いや無視るんかいっ!!」

 

こんだけ横で赤ちゃんがギャンギャン泣いてんのに、前向いたまんま微動だにしよらへん。

 

人の心とかないんか?

 

ないんか、クローンやから。

 

だったらプランBに移行するまでよ!

 

「お~よちよち、ごめんねえ~今探すからね~」

 

「Freeze! Hands up!」

 

「あ、良かった~いたいた。ねえちょっと」

 

「Stop! If you don't stop I'll shoot you!」

 

「……あ? 悪ィけどオレ、アメリカ語はさっぱりなんだわ。ここ日本。分かる? 郷に入っては郷に従う! ジス、イズ、ジャペーン! 日本語喋れ?」

 

「……ダレダ オマエハ」

 

「あれ? ルバン様から聞いてねえの? ソガだよソガ。先ほど勧誘されまして、この度晴れて皆様の仲間になりました。よろしくね~」

 

「ソンナ オハナシ キイテマセン」

 

「は? 知らねえよそんなの。ルバン様の部下ならそんくらい察せや。ほんま美しくないわ~……わかる? そういう腑抜けた態度が、ルバン様の輝かしい栄光に泥塗ることになるわけ! もっとさあ! 自分たちは、いと尊き至高の御方に仕えてるんだ! っていう自覚もった方がいいよ? そしたらそんな仕事舐めた発言、はずかしくてよー出来んわ。そうでしょ? てか今の自分ら美しくないと思わん?」

 

「……?」

 

そう捲し立てると、明らかに困惑した様子で顔を見合わせるクローン達……って。

 

「……えっ!? ウエノ!?」

 

「誰だそれは。私は235号だ」

 

見張りの片方が明らかにアジア系だったので、よく顔を見てみたら……基地の至る所で見かけるウエノ隊員そっくりだった。マジびっくりした。

 

……いや、違うなこれは。

恐らくウエノの方が、大昔に解き放たれたクローンの子孫なのだ。

 

というか、もっとメタい事を言うなら……撮影時にそういうテイで、手漉きのエキストラを総動員したのだろう。

 

ドロシー=アンダーソンをはじめ、クローンの子孫達はみんな優秀なので、順当にいけば防衛軍に採用されてもおかしくありません。

だから、敵の戦闘員にどこかで見たことある人間が映っていても、それはあくまで同じ遺伝子をもった別人なのです……という屁理屈で、出番の無い役者を好きなだけ使い回せるわけだ。

 

な、なんちゅう涙ぐましい努力……

 

……とそこまで考えて、ようやく今までルバン一味を見た時に感じたデジャブの正体が分かった。

 

さっき倒した見張り……付け髭で分かんなかったけどボガード参謀だわ、あれ。

一話に登場してから全然見かけないなと思ったらこんなとこに……

 

てか、なんなら目の前の外人も、よく見たらドロシーと一緒にキングジョー回に出てた護衛じゃん!?

なんだっけ、ほら……マー……ビン? とかそんな感じの名前。

 

サングラスとジャケット姿じゃねえから全然気付かんかったわ。

……というより、お前に関しては福耳にして眉毛剃ったらさっきのルバンとおんなじ顔やんけ!

 

ルバンの役者お前かよ!!

 

なるほどな。せっかく外人タレント雇ったのに一話かぎりのチョイ役とか勿体ないもんな……

せっかく海外展開の為に、苦労して近未来感やグローバル感出そうと躍起になってたのに、どっかの誰かさんが悪ノリでちゃぶ台とか出しておじゃんにしちまうんだもんな……

 

ちょっとでも外人比率上げて挽回したかったんだね、スタッフ……

 

でも、こんな回は放送されなかったので、企画通らなかったんだろうな。かわいそ。

 

……とりあえず今それは置いといて。

 

「ルバン様からこの子の世話頼まれたのに、肝心のオムツあらへんねん。とってきてくれんけ?」

 

「ナゼ ワレワレガ」

 

「234号はどうした」

 

「それが呼んでも来んから、俺がこうして直々に来たんちゃうんか? ええからはよしてな。この子、ルバン様が選び抜いた傑作やで? それをこんな泣かしたまんまとか……美しくないとは思わんのか! ほら、分かったらさっさと行かんかい! 我らがビッグファ……違った。我らがルバン様の為に! リピートアフターミー、我らがルバン様の為に!」

 

「我らがルバン様の為に……」

 

「行ってこいウエノ!」

 

「ウエノではない……」

 

釈然としない顔でオムツを取りに歩いていくウエノ似のクローン。

 

そして俺は、何食わぬ顔でさっきまで奴の立っていたポジションに収まった。

 

仮称マーなんとかクローンも、はじめこそジロジロとこちらを不思議そうに見ていたが、オレがあんまり堂々としているもんで、そうかそういうものか……みたいな感じで元の姿勢に戻る。

 

……いや、俺が言うのもなんだが、大丈夫かコイツら。

迷宮守ってるゴーレムかよ。判断力がクソザコ過ぎる……

こんなポンコツから、どうやったらあのMr.オールマイティなウエノ隊員が産まれるんだよ……

 

「……あ、ごめん。ちょっとお尻かゆい。はよ持って! 落としそう! 赤ちゃん落としそう!」

 

「……?」

 

「見て分からんのか!? 腕が! 片方しか使えへんねん! ルバン様の大切な作品を落とすつもりか!? 美しくないぞ! お前! はよ!」

 

「……ワカッタ カセ」

 

「あー……ありがとう。かいかい……あー助かった……せっかくやし、オムツ脱がしてあげてくれへん? さっきのアイツ戻ってきたらすぐ換えれる方がさ、美しいやん?」

 

「ソウナノカ?」

 

「そうそう。美しい床にゆっくり美しく置いてくれ。あー、いいね。美しいよー! めっちゃビュティホー! 最高に美しいわ。輝いてる! ……あ、置いた? 置いたね? 手離しても頭ゴチンならん? そっか、ありがとう。ほな死ね」

 

排除完了。

 

おお……あっぶな……

 

今のに対応して撃ち返してくるんか……

確かに最高傑作は伊達じゃないらしいな。

 

ソガ隊員ボディじゃなかった返り討ちだったぞ。こわ。

 

そして俺は、彼の見張っていた扉――なぜか都合良く最初から半開きだった――に物言わぬ骸と化したソイツを素早く蹴り込み、ウエノクローンが戻ってこないうちにさっと赤ん坊を拾い上げ、急いで部屋に転がり込んだ。

 

後ろ手に扉を閉めて一息つく。

 

「……ふう」

 

「……だーかーらー! 扉はきっちり閉めちゃ駄目だっていつも言ってるじゃなイカ! いったい何度言わせる気なんだな?」

 

「……は?」

 

どうやら先客がいたらしい。

マズイ! 今は抱っこ中だからウルトラガンが使えない!

詰んだ! やべえ!

 

……しかし、声の主はこちらに背を向けてなにやら作業中らしく、入ってきたのが俺だと気付いていないらしい。

た、助かった……

 

どうやら、この部屋はそいつの為のものだったようだ。

暗がりの中で、バチバチと火花が散り、大きな背もたれのついた椅子の向こうが、薄ぼんやりと光っている。

 

机の周囲には複数のモニターが並び、意味不明な数値やグラフが踊り狂っているではないか。

 

流石に俺もこれだけの余裕があれば、ゆっくり息を整えてから部屋を冷静に見渡すことができる。

粗末なパイプベッドにうずたかく詰まれたクッションの山を発見し、真ん中へ赤子を静かに置く。

 

そして、注意しても俺が一向に出て行かない事に業を煮やしたのか、そいつはあからさまに聞こえよがしのため息をついてから、ようやく作業を中断し、椅子ごとくるりとこちらを向いた。

 

「も~! だいたい、そっちが急げと言ったんじゃなイカ。そのくせ寝床は狭いし、飯はマズイし、おまけにワガハイのささやかで慎まし~いお願いも守ってくれないなんて、も~労働環境最悪なんだな!! これじゃ話が違うじゃなイカ……って……」

 

血色の悪い、小太りで髭面のおっさんが、ぶつくさと文句を言いながらゴーグルを外すと……

 

いや違う、そもそも人間じゃなかったわ。コイツ。

でも、めっちゃ見たことある。

 

主にその正面から見たサンマみてえなインスマス面と、コウモリ並にバカデカい耳。

 

「お、おまえいったい誰なんだなあーっ!?」

 

「こっちのセリフじゃあア゙ア゙ア゙ーー!!」

 

「おぎゃああああああああああああ!!!」

気になる?

  • 8番目
  • 保安官
  • 補佐官
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