転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
1話ごとの分量をもっと分割してほしいという声が届きましたので、ちょっと小分けになります。
長くなって本当に申し訳ない
それは、豹のようなしなやかさで、大量の蒸気を彗星の帯のように引きながら、俺の隠れる広間に飛び込んできた。
構えたブラスターから矢継ぎ早に光線を撃ち出して、ルバンの手下であるクローン達を蜂の巣にすると、その勢いを一切殺すことなくむしろさらに加速をかけ、破れかぶれのクローン達が一心不乱に連射したレーザー光の雨の中を、涼しい顔で走り抜ける。
そして、バッタの如き跳躍力を発揮して一気に距離を詰めたかと思えば……立ち尽くす敵の群れへ急降下!
物陰に屈み込んだ俺からは、死角に入ってそれ以上の姿は見えなかったが……誰かの泣き叫ぶ声と水っぽい殴打音が何度も何度も聞こえてくるので、そこで何が行われているのか想像するのは容易いことだった。
この部屋はT字路のような構造になっていて、奴は一直線に奧へ向かって走り込んで中央突破したため、おそらく俺のいる方にも細く隠れた通路があるという事自体にまだ気付いていない。
こっちに向かって逃げて来そうな敵兵は、軒並み俺が先んじて撃ち殺しておいたからだ。
なのでここから身を乗り出せば、その凶行を引き起こしている下手人の無防備な背中が見えるだろうが……そんな事をしてアレの注意を引くような真似はしたくなかった。
今の俺は、ただでさえ本調子でないのに赤ん坊という庇護対象を引き連れているので、無用な戦闘はなるべく回避しなくてはならない。
今しがた目にした嵐の如き暴力からの盾とするには、あまりにも頼りない分厚さしかないソファ。
背もたれの生地数枚隔てた向こう側で暴れているのが、敵であれ味方であれ、あんな苛烈な動きをする存在なんて、ここで静かにやり過ごしてしまいたいというのがオレの嘘偽りない本音だった。
ソファの影に息を潜め、ドキドキと五月蝿い心臓を宥めつつ、さっさと先に行ってくれないかなぁ……と、思っていたら。
「ほ、ほぎゃ……」
隣から、小さくか細い声が漏れた。
ああ……オレは馬鹿か?
こんなに弱い生き物を、冷たくて堅い床に寝かしすぎたのだ。そうなって当然である。
ソファの向こうで、じりっ……と何かがゆっくりと身を起こす音。
さっきまで響いていた悲鳴は、いつの間にかぱったりと止んでいた。
……来るっ!
俺が左手を向けると同時、灰色の大きな影が幾重にも着込んだマントを翻し、猛禽のような鋭さで降り立った。
巨躯の重量を受け止めた床が、ガァン! と凄まじい音を立てて揺れる。
俺が真っ直ぐ伸ばしたウルトラガンの切っ先には……同じようにこちらへブラスターを突き付けるキュラソ星人の姿があった。
その懐中電灯の如き大口径からは、先ほどの連射から冷却がまだ完全には間に合っていないのか、熱された空気が陽炎のように立ち上っている。
「……ハァイ、元気?」
『……』
銃口どころか、全身からシューシューと盛大に白い蒸気を噴き上げながら、人の倍はありそうな上背をぐいっと丸めてこちらを見下ろす宇宙人。
天井の明かりを背に立っているため、その顔には影が差し、瞳と角だけが妖しく光って暗がりにぼんやりと浮かび上がる。
パイプを咥えた口から大量に吐き出された煙の向こう側で、爬虫類の冷たく無感動な瞳がギョロギョロと忙しなく動いては、決して一点に視線が定まることがない。どこを向いているかも分からずひたすら不気味だ。
そして気のせいか、うっすらとガソリンの灼ける独特の匂いを纏っているような。
……さて、彼はいったい誰だろうか。
少なくとも保安官ではない。着ている服が違うし……こちらからの呼びかけにも応えない。
とはいえ、オレには彼の連れてきた部下がイマイチ判別つかないため、これが誰であっても大して変わらないんだが。
「あの~……できれば銃を下ろして欲しいんだけど?」
『……』
「……はぁ、だろうと思ったよ」
お互い突き付けた武器に一切のブレはない。
まあ、向こうからしても俺が誰かは分かんねえもんな。
なので、見上げた長身のてっぺんに視線をやれば……そこへ淡い緑の光がほんのりと灯っているのを認めて、俺は先に腕を下ろした。
いったん、例の宇宙式敬礼をフリフリっとしてから、あえて視線を外し、ゆっくりと背中を向けていく。
そろそろ赤ん坊を抱き上げてやらないと、あまりにも可哀想だったからだ。
仮にコイツがルバンの変装だった場合、どちらにせよ詰みである。
それならそれで、信用したと思わせた方がいくぶんかマシというものだろう。
そして本物の警官なら、誘拐の被害者である赤ん坊を保護している者に対して、これ以上の暴力は振るわないはずである。
仮にもあの保安官が連れてきた部下なら、そこらへんの判断はしっかりしてるだろうし。
「ほ~れほれほれ。ごめんね~おちりちべたいちべたいやったね~? おじさんちょっと余裕あらへんかってんゆるしてな~?」
「あううぅ……ぶ!」
「そんな言わんといてな~もうちょっとでカワイイお姉ちゃんが来てくれるでな~……」
「うぶぶぅー! ぅあああ~ん!」
「くそっ……なんでや……全然泣き止まへん……」
いきなり現れた謎の警官より、赤ちゃんの方がもっと手強いかもしれんな……
無口で、かつその場から一歩たりとも微動だにしない警官は、いっそいないものとして扱えるが、ギャン泣きしてる子供は流石に無視できないからね。
しっかし……おのれイカルガあの野郎!!
一人だけさっさと逃げやがって! それならせめて、そのネンネコロリ銃とかいうの置いていけや!
よくも見捨てやがって……次に会うことがあったら一発ぶん殴ってやる!
『尻を見たまえ』
「……えっ? なに? なんか言うた!?」
湧き上がるイカルガへの恨み節を押し殺して、泣き止まない赤ん坊を必死であやしていたら、それまでずっと黙ったままだったキュラソ警官が、グオグオっと短く鳴いた。
しかし聞き返しても、それ以上はひとっことも喋らねえし、その場を一歩も動かないし、銃は依然として俺の眉間を追いかけてくるしで、全く一欠片も愛想がない。
だもんで今のは聞き間違いかと思ったら……いつの間にか、光線銃を握っているのとは反対の手が、マントの下から僅かに覗いている事に気付いた。
鋭い鉤爪が、俺達の方を静かに指差す。
「は、なに? 赤ちゃん? 違う? 下……?」
いやまて、なんか匂ってきたぞ?
これってまさか……
「……わあ。 う ん ち !」
慌てて換えのオムツを引っ張りだし、もう一度寝かした赤ん坊のおしめを脱がしたところで……
「あの、俺……この腕じゃこれ以上どうにもできないんスけど」
『……』
それでもキュラソ星人は武器を構えて突っ立ったまま。
この状況で、悠々とパイプをふかしてこちらをじっと眺めているばかり。
なんて奴だ! 血も涙もねぇ!
赤ちゃんがフルチンで泣いてるのに!
まあ、ただでさえぶっとくてゴッツい不器用そうな指がたった三本しかないキュラソ星人の手で、いったいなにを手伝えという話ではある。
でもこれはそういう話じゃないんだわ。役に立つか立たないかじゃなくて、こちらを気遣う素振りだけでもやねぇ……
そんな事をやっていると……
「ハァ、ハァ……待って下さいチェリンホードさん! それ以上進むとアンヌ達と……」
「あ、アマギィ!」
背後の通路から、息を切らせたヘトヘトの状態で追い付いて来たらしいアマギの姿に、思わず声が出た。
だってめっちゃ嬉しかったんだよ……
キュラソ星人は話通じないし、赤ちゃんは泣き止まないし、部屋はうんこ臭いし、心細かったし……
それもこれも全て彼が解決してくれる。
この世でアマギに出来ない事なんてあんまりないのだ。知らんけど。
「な、なに!? ソガッ!? えっ、これはどういう状況なんだっ!?」
『よく来たアマギ鑑識官。君を待っていた』
「ま、待っていたって……ちょ、ちょっとチェリンホードさん! 何をやっているんです!? そいつはソガ隊員です! 銃を下ろしてください!」
なんだかアマギが、キュラソ警官と普通に会話を始めるではないか。
アマギが喋るたびに、副音声みたいなうなり声が聞こえてくる。
……なんてこった。
ついに頭アマギすぎて、キュラソ語まで喋れるようになったんかコイツ?
元から知ってたらしいダンは除外するとして、地球で初のキュラリンガルとか快挙すぎるだろ……
とか思っていたら、今は特別に地球人用の翻訳機を渡されているだけらしい。本来は参謀達が会談時に使う予定だった奴である。
よく見たら、ヘルメットの中に追加でヘッドセットみたいなのしてるし、うなり声は腰に付けたスピーカーから聞こえている。
なあんだ。流石のアマギでもそりゃ無理か。ゴリッゴリの理系であって、文系じゃないしな。
『私も殆どそうだろうとは考えていたが、ルバンの変装である可能性が少しでも捨てきれない以上、君に最後の念押しを頼みたいのだ。そうしてようやく、私もこの腕を安心して下ろせるというものさ』
「は、はあ……確かにそれはそうですね。さっきのような例もありますし……本物なら答えられる質問か……」
何事かに納得した様子で、ほんの僅かに逡巡するアマギ。
どうやら、俺がルバンの変装ではないと確認する為の質問を悩んでいるらしい。
だが次の瞬間、投げかけられた内容に思わず耳を疑った。
「おいソガ。僕がウルトラガンの設計に用いた計算式は?」
「は、ハァッ!? お前そんなんオレが知っとるわけないやろ!? だいたい、アマギがこれ作ったのだって、今日知ったくらいだぞ! 確かめるにしたってもっと他にあるだろ! 例えば……お前が爆発物恐怖症だとか!」
「……じゃあ、いつだったかラゴンを港から誘導する為に使った楽曲の作者は?」
「だーかーらー!! オレがいちいちそういう細かいこと覚えてられるとほんまに思っとんけ!? なあ? 第一、俺そんときハイドランジャーで死にかけてたんだからさ! 全然それどころじゃなかったわけよ! ……ていうか、あん時お前が助けに来てくれたんじゃねえか! あーんな心配そうな顔してさ! もう忘れたのか? 多分オレはもう一生忘れないのに? まったくこれだから頭アマギは……」
オレがこれ見よがしにため息をつくと、アマギは口元をヒクヒクさせながら、我関せずとパイプを吹かし続けるキュラソ警官に振り返った。
「ええ、間違いありません。こんな重要な場面でここまでふざけた態度をとれるバカは、宇宙広しと言えどコイツだけです。断言します。というよりも、ここまで再現出来たならルバンとやらの品性を疑います」
『そうか。それなら良い』
「なあおい、それは言い過ぎじゃね……?」
お前があんな冗談みたいな質問してくるからだろ。
ぜってーオレが答えられない前提の奴だろ、あれ。
「あそうだ。そんなことより早速アマギに頼みがあるんだけどさ!」
「……なんだ?」
「この子のおしめ、換えてあげてくんね?」
頼まれたアマギは一瞬、眉を顰めて「うっ」という顔を作ったが、俺のギプスに包まれた利き腕と、なんだか赤い液体の滴るキュラソ星人のクソデカ鉤爪を見て、諦めたようにため息をつく。
そして即座にオムツ交換の儀に入るアマギ。
「まったく、僕だって別に得意じゃないんだぞ? そもそも! 換えられないなら最初から脱がすなよ……風邪をひいたらどうするんだ。可哀想に……」
『泣き出した理由を排便だと教えたら、そこの彼が勝手に先走ってしまったのだ。それに地球人の皮膚は脆弱だ。まして幼体ともなればなおさら。私の手では傷付けてしまう恐れがある。足音や匂いで、後ろから君が追っているのは分かりきっていたからな。あとはここで待っていればいいと言うわけだよ』
「いやさ、この警官がさ! ずっーと無言で銃を突き付けてくるもんだからさ! でも、その間も赤ちゃんほっとくわけにはいかないじゃん? てかさっきまであんなに無言だったのに、アマギ来たとたん急に喋るじゃんコイツ。俺といるときじゃ態度が別人なんだけど。どんだけ仲良くなったんだよ……」
「仲が良いとかそういう問題じゃない。彼は単に、お前がルバンかどうか分からなかったから、余計な情報を与えないようにしてただけさ」
……と、アマギが言った途端。
『おや、その言い草は心外だねアマギ鑑識官。私は分からなかったわけではない。彼の構えは明らかに右利きのものだが、かといって左手での射撃にも不足は無さそうだった。この私とほぼ同等かそれ以上の実力を、利き腕とは逆の状態でも発揮できるとなれば、はじめから両利きに矯正してあると考えるのが自然だが、そのわりに彼は左手での動作に不慣れだ。この違和感がひとつ。さらに彼のズボンは全体的に砂で汚れているが、膝や尻、さらに背中などはむしろその上から埃や油に塗れている。これは恐らく今やっているような態勢で物陰へ屈み込んだ時についたものだろうが、そのように消極的な方法で全ての敵をやりすごしてここまで辿り着いたにしては、我々と合流するのが早過ぎる。音響地図と照らし合わせても、彼のいた独房と現在地では、その経路上の大部分で走るか歩くかしないと私の突入に間に合わないが、このように幼い被害者を連れてそんな事をしていたら確実に戦闘が発生する。接敵の度にいちいち身を潜めて不意を打っていたとなると、そこで大きく時間をロスしてしまうものさ。普通はね。だから内部協力者でもいなければこの速度は不自然だ。現に、彼の光線銃はまだ先端に熱を持っているので途中に何度か発砲したのだろうが、これが正面戦闘であったならばもっと早い段階で応援を呼ばれているだろう。つまり、導き出される答えは、彼がまったく未知の場所ですら敵を抱き込めるくらい即興の交渉術に秀でているか、さもなくば私や連隊長以上の隠密能力や暗殺術に優れているか……あるいは始めから奴らの仲間かの三択という事さ。いずれにせよ、そんな恐るべき実力者を前にして、彼が味方であるという絶対の確証を得るより先に武器を下ろす訳にはいかなかった。はたして今の見立てが地球人にそのまま適用出来るものなのか否かも、私には断言できないのだからね』
「よし! できたぞ!」
「いや、できたぞ! じゃないが」
なんか、アマギがおっかなびっくりオムツ替えてる後ろで、ずっっっっっ……と一人でグオグオ唸ってんだけど、この人。こわ。
マジで何言ってるかわからんし、さっきまで完全無言だったのに、そうかと思えばいきなり長々と喋りだすし……なんなの? ヤバイ人なの?
というかアマギもアマギで、なんで反応しないの?
……こわ。
「……なあ? この人さっきから何言ってんの?」
「ああ……要約すると、お前が思った以上にやるようだから気が抜けなかったんだと」
「え? ……いやあ、照れるなあ。なんだ、なかなか分かってるじゃないかよアンタ……そっちも凄かったぜ! 凄すぎて生きた心地がしなかったけどな! 次はもちっとコミュニケーションとってくれると助かるんですけどねえ……? でもまあ、アンタが進路上の敵を一掃してくれたのは助かるぜ。あんがとな」
『……』
「あの……? 聞こえてる?」
オーイ、と目の前で手を振ると、キュラソ星人はうっそりこちらを振り向いて、無言のままにチカッチカッと額をフラッシュさせた。
「アマギ。この人、俺のこと嫌いなのかな?」
「……さてな。僕なら初対面でそんな風に馴れ馴れしく接してくる奴はごめんだけどね。チェリンホードさん。嫌ならハッキリそう言った方がいいですよ。ソイツは明確に拒否しない限り、自分の気が済むまで絡んできますから」
『そうか。ならば別に構わない。私は彼の事をさほど不快に感じてはいないのだから。むしろ敬意すら抱いている。彼は私の額に明確な攻撃意志が浮かんでいない事を悟ってから武器を収めた。もしもこの短期間で我々の感情表現を大まかに把握したとのならば、それはすなわち優れた洞察力を持っているというなによりの証拠だし、例え分かっていてもあの状況でなかなか簡単に出来る判断では無い。なにより、自身が手負いの状態でありながら、保護対象を連れて単身ここまで突破してきた実力者だ。エリキュールの見立ては正しかった。尤も、彼から伝え聞いていた人物評と、こうして実物を観察した印象とに多少の食い違いがある点は否めないがね』
「……だったら、どうして彼に返事をしてやらないんです?」
アマギがそう聞くと、チェリンホードとかいうこのノッポのキュラソ警官は、今までのアンドロイドか何かのような直立不動をやめて、はじめて人間らしい動きを見せた。
まるで「そんな事を聞かれるとは思わなかった」とでも言わんばかりに押し黙り、額を何度か瞬かせてから、ゆっくりと角を傾げてから口を開く。
『……なぜ? 簡単な事さ、アマギ鑑識官。彼は翻訳機を持っていない。お互いに中味の通じない言葉を交わして、いったい何の意味があるというんだ?』
「それは……そうですが」
『それに、もし本当に必要な内容なら、君が翻訳してくれるだろう?』
「はあ……」
チェリンホードに二言三言返事をされたらしきアマギは、驚いたような顔で目を見開き、そのままの表情でこちらを振り向いた。
いや知らんわ、こっち見んな。
「ソガ……この翻訳機、いるか?」
「いや、貰えるなら欲しいけど……もうしばらくお前が持ってた方がいいと思うぞ」
「どうして?」
「だって……そっちの扉あるだろ? そこ開けたら誘拐された赤ん坊の託児所になってんだよ。アンヌ達が追い付いたら、彼らと協力して救出作業始めなきゃならないんじゃないの?」
「……それを早く言えっ!!」
慌てて扉を開け、中を確認したアマギがビデオシーバーに叫ぶ。
「アンヌ! アンヌ! 聞こえるか、攫われた幼児達を見つけた! 負傷した警官は!? そうか! なら悪いが彼にも手伝って貰わなきゃならん。思ったより数が多い……こりゃ、地球以外で攫った子もいるぞ!」
アマギの通信内容を聞いた途端、急にチェリンホードの巨体が、糸が切れたようにその場へ崩れ落ちる。
「お、おい! アンタ! 大丈夫か!?」
『……』
駆け寄った俺を血塗れの手で制しながら、ゆっくりと咥えていたパイプを口から離し、今度は懐からドライアイスの冷却シガーを取り出して、数本纏めて咥える警官。
うっわ……体に悪そう。とんだヘビースモーカーだ。
いやまあ、彼らの煙草は温度調節用の道具らしいので、地球の煙草みたいな健康被害があるのか無いのか分からないけども。
ただ……こちらをじっと見返す彼の額は、まるでカラータイマーのように赤黒く点滅している。
やっぱ健康に悪いんじゃね? その吸い方。知らんけど。
「どうされたんです! チェリンホードさん!」
『心配いらないぞ諸君。その証拠にほら、怪我をするようなヘマはしなかった。ただ、ここに来るまで少しばかり無茶をしたからね。腹が減っただけさ』
「やはり……どうしてそんな事を。特別捜査官が心配していらしたよ」
そう言いながら、ソファに座り込んだチェリンホードのマントを捲っては、体に傷が無いか確認するアマギ。
よく見ると、彼の衣服にはいたるところレーザーの掠ったような焼け焦げができており、裾や顔が煤で黒く汚れていた。
それでふと気付いた事がある。先ほど見た手下共の異常な怯えようだ。
なんというか……クローン達はどこか情動が薄いというか、若干のぼーっとしている。それが恐怖で我を失うとなると相当なものだろう。
いくらこのチェリンホードがあのように強いとは言っても……強敵に追い立てられた程度であんな逃げ惑うだろうか?
まさか……いっかい敵の前で火炎放射したんとちゃうやろな、コイツ。
正気か?
そりゃいつ爆発するか分からん人間ダイナマイトが追っかけてきたら、例え危機感の薄いクローンだろうが尻尾巻いて逃げ出すわ。
『ふむ。我らが連隊長殿は、いろいろと甘くていらっしゃるからな。だが先ほども説明したように、私の任務は誘拐された児童の発見と救出時の退路確保だ。しかし負傷者を庇いながらでは進軍速度が落ちる。それならいっそ、この一帯を私がいちどキレイに掃除してからエスコートすれば良いだけの話だよ。作戦指針にも合致している。なんら問題はない。』
「……素直じゃありませんね。アンヌをお仲間の治療に専念させるため、安全圏を広くとりたかったのでしょう? 近くで防衛線を張っても、流れ弾が飛んできては意味がない」
なるほど、そういう事だったのか。
オレの中で、このチェリンホードとかいう不気味な警官の株がぐぐっと上がった。
……それはそれとして、シガー吸いすぎちゃうか?
二箱目やろ、それ。
『……そういえば。アンヌ医師は尊敬に値すべき仕事人だね。彼女は女性だが、果断で勇敢だ。敵の前で攻撃をためらった時にはかなり失望したが、なに、誰しも苦手分野はある。戦場で、我々キュラソニアンをそうと知りながら治療するなど並大抵ではない胆力だ。見直したよ』
「あれは敵が僕に化けていたからで……とにかく、褒めるなら彼女に直接言ってあげてください。もう少しすれば二人とも追い付きますから」
『いや、それはまったく合理的ではないね。翻訳機の無い私が言ったところで彼女には伝わらない。後で君の口から伝えておいてくれたまえ。……さて、そういうわけだから、私は少し体力を温存させてもらうよ。なに、ここを押さえておけば敵の増援も来ないだろう。なにも寝ているわけではないから、起こす必要はないとだけ言っておく』
ほとんど一方的に唸り続けたかと思えば、それで気が済むまで喋ったのか、このキュラソ星人はそれっきりピタリと唸るのをやめ、今までギョロギョロさせていた目玉を眼窩の奥に引っ込ませると……ギリギリまで短くなった冷却シガーの吸いさしを床の上へ吐き捨てた。なんて行儀が悪いんだ。
おまけに今度は、さっき戦闘中に吸っていた太いパイプをまた取り出すと、シガーを吐き出してスペースの空いた口に引っ掛けつつ……胸の前で両手の指先をひっつけた妙なポーズで寝始めるではないか。敵地のど真ん中で。
……まじかコイツ。
ってか、パイプの方は確か地球上で吸うの保安官から禁止されてなかったか?
……やっぱヤバイ奴なんか?
「貴方という人は……」
アマギもあまりに呆れて声も出ないようだ。
その目は普段のオレを見るような……え!? 待って!? オレって周りからこんな風に見えてんの!?
違うよな? 違うと言ってくれ、アマギ!
「……よし。多分これまでの流れで分かってると思うが、僕らはこの場所を前哨地として、赤ん坊の救出作業を進める事になるだろう。手伝ってくれるよな、ソガ」
「それは別に吝かじゃないんだが……俺はここ手伝うより、このまま中央に合流した方がいいと思う」
「なぜだ?」
「純粋に、そっちの方が性に合ってるからだ。ルバンを逮捕するためには、3方向から追い込み漁をしなくちゃならないわけだが……現状だと、お前さんらのチームはこの場所で赤ん坊を全員救出するまで動けないわけだろ?」
「それは……そうだが」
アマギもそのあたりは理解しているのか、難しそうな顔をする。
「それに、今はそこで寝てる……チェリンホード? さんが散々っぱら脅かして敵を奥に追いやってくれたけどさ、誰も追撃しないままだったら、奴らもそのうち戻ってくるぞ? 例えフリでも、誰かは敵の後ろを突っついてやらんと……せっかく無理して有利な状況を作ってくれたんだ。敵が混乱してるうちに少しでも削っておかねば」
「だが……お前は怪我をしてるんだぞ? 分かってるのか? さっきまで捕まってもいた」
「だからこそだ。両手が使えないんじゃ、赤ん坊をだっこするのも大変だし……でも、銃なら片手で撃てないわけじゃない。ほら、適材適所ってやつ?」
「……分かったよ。確かにその方が合理的だな。今は一人でも戦力が必要な状況だ」
「だろ?」
アマギは観念したように溜息をつくと……自分の手からビデオシーバーを外し、俺の左手に装着してくれた。
「僕はこれからここでアンヌと一緒に動く。単独行動のお前が持っておくべきだろう」
「ありがとな!」
「だが、気をつけろ。敵はこちらの姿を真似てくるぞ。さっきもそれでアンヌが不意を突かれた。飛び出してきた敵が、僕とそっくりだったんだ。服装は違ったが、背格好まで完全に! それで反撃が遅れて……キュラソ星人には我々の顔が判別できないから、逆にそれが助かった。彼らには、僕らがなぜ驚いているか分からないようだった」
「なるほど、ルバンの変装か……」
……ん? でもルバンのやつ、なんでよりによってアマギのいる場所にアマギの顔で出て行ったんだ?
以外と変装下手なのか?
「そのルバンは?」
「金髪の女を連れて奥の方へ。多分、チェリンホードさんも追い付けていないはずだ。その証拠に女の死体は無かった」
『その認識で合っているよ』
「「うわっ!?」」
下の方からグアッと唸り声が聞こえてきた。
ソファの背もたれに身を預けたチェリンホードが、目を詰むったまま喋っている。
寝てたんとちゃうんかい。
『息の根を止めてやろうと思ったんだが、手下が必死になって壁のように行く手を阻んできてね。頭にきたんで試しに不凍液を吐いてみたら、エリキュールの言った通りになったよ。あれはなかなか愉快だったな。この星の環境は実に興味深い』
「……まさか本当に火を吐いたんですか!? こんな閉鎖空間の中で!?」
寝言かと思ったらそうではなさそうだ。
心臓に悪い奴だな。
「やっぱりルバンはまだ捕まってないらしい。とにかく気をつけろ、ソガ。味方と出会っても気を抜くなよ? もちろん、自分が本物だと証明するのも忘れるな」
「いや、でもそれ難しくないか? ルバンが俺達の情報知ってたら意味無いじゃん?」
「……安心しろソガ、お前はそのままいれば大丈夫だから」
「それどういう意味?」
するとアマギは、ふっと笑ってこう言った。
「いかなルバンと言えども、貴方の言動を真似るのは骨が折れるだろうなと言う事ですよ、ソガ隊員」
「……褒め言葉だと受け取っておくよ」
気になる?
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8番目
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保安官
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補佐官
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星雲荘