転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
快進撃を続けるエリキュールら本隊は、手下達の分厚い守りを突破し、広い空間へ出た。
部屋の中央では、二階へと続く大きな階段が緩やかな螺旋を描いており、まるで城か劇場のエントランスかと見紛うような造りである。
ソガ警部の聞き出した通りならば、ここは単なる隠れ家、あるいはクローン工場であって、このように手の込んだ造りは本来必要ないはずなのだが……
なお、本隊を構成する三人共が、もとより内装などにさして興味の無い者ばかり集まっていた為、今でもまったく気付いていないものの、彼らがここまで敵諸共に粉砕してきた数々の調度品や扉、あるいは壁などに関しても、細部にいたるまで非常に凝った装飾が施されており……見る者が見れば、感嘆の声をひとつやふたつは漏らしてしまう程の出来栄えであった事は、ここに明記しておこう。
とかく……この、岩肌を削り込んで造られた地下帝国とはとても思えぬ程に絢爛な大広間を眺めれば、なるほどルバンというのは、常日頃から美しいものに囲まれていたいと願う本物の数寄者であるらしい……という事ぐらいは、フルハシにもぼんやり見てとれた。
「しかし刑事隊長殿。これだけ騒いだのに、ルバンの野郎は姿を見せませんね?」
『そう焦るなフルハシ警部補。
「アッと驚くねぇ……ムッ!?」
『連隊長、誰か来ます』
『ああ。この軽い足音は子供と……男がひとり。いや、それを追って、さらにもうひとりか。どちらもずいぶん急いでいるな』
右手の通路から、何者かが接近してくる気配を感じて、三人は近くにあったカウンターテーブルの影へ身を伏せた。
あの通路は、Aチームが担当している方角だ。先ほどアンヌから誘拐児童発見の報があり、これから救出活動に移ると連絡があったばかりである。
その方向から誰か来るとなれば……十中八九敵だろう。
息を潜めて足音を待つ。
すると大広間へ現れたのは、金髪の女を連れた……
「ア、アマギッ!?」
フルハシは、ブラスターを構えるエリキュール達を慌てて押しとどめた。ソガから聞いていたのだ。確か彼らキュラソ星人は、地球人を顔で判別出来ないのだと。
「待って下さい刑事隊長殿! ありゃアマギだ! 撃っちゃマズイ!」
『連隊長?』
『なんと、本当かね? いやしかし……。ああ、うむ。一旦待てブルックリン。どうやらあの男は、アマギ鑑識官の姿をしているらしい』
『そうですか。しかし、服が違うように見えますが。ルバンの変装では?』
『ルバンの変装ならば、服装まで再現する。それに、我々を騙せぬ時点で片手落ちだ。いったん様子を見よう』
眼前のアマギが本物であれ偽物であれ、妙な点が多い事は事実だ。状況が不明なうちから先走って攻撃すれば、どんな罠があるか分からない。判断はいったん保留とするエリキュール。
『フルハシ警部補。危険な役目ではあるが、彼らが本物かどうか確認を願いたい』
「了解です刑事隊長殿! この私にお任せあれ!」
エリキュールの依頼にドンッと胸板を叩き、自信満々に頷いたフルハシは……
「おぅい! アマギ! こっちだこっち! その女は何者だ?」
なんの臆面もなく相手の前へ姿を表し、ジャケット姿のアマギに向かって真正面から誰何した。
これには度肝を抜かれる警官達。
奇襲が怖くはないのか?
『お、おい……』
「まあまあ。もしも敵なら、ここぞとばかりに撃ってきますよ。そこを反撃しちまえばいい」
『そうとは限らんだろうに……』
エリキュールは、赤みの差し掛けた自身の額に思わず手を当てる。
いくらなんでもそれは無防備すぎやしないか?
とはいえ、先ほどの暴れっぷりを見るに、単なる慢心や自意識過剰とも一概に言い切れないのだが……
ところが、苦い色のエリキュールはさておき、声をかけられたアマギはと言えば、眉間に皺を寄せた難しい顔のまま、鼻先に人差し指を立てて静かにするようジェスチャーする。
「シッ!」
「お、おう……」
そして今度は、自分らの駆けてきた通路をまるで警戒を促すかのごとくしきりに指差しつつ、傍らの女を強引に引っ張り、フルハシ達の隠れるカウンターへ、イソイソと潜りこんでくるではないか。
近くまで寄ってきた女を見れば、その両手はしっかりと後ろ手に縛られ、覇気なく項垂れている。
それでフルハシはようやく合点がいった。
おそらく敵の仲間を捕らえたはいいが、そのせいでルバンから追われているのだろうと。着ている服が違うのは……敵の目を欺く為に、手下のものでも奪ったかなにかしたのかもしれない。
「……って事は、後から追ってくるのがルバンってわけか?」
「シッ!」
「なんでい……口で説明くらいしやがれっての……」
おそらく、追っ手に奇襲をかけるチャンスを不意にしないよう、隠れ場所が気付かれまいと必死なのだろうが……ま、神経質なアマギらしくはあるか。
ぶつくさと不満げにしつつ、渋々納得するフルハシ。
『……ふむ』
その後ろで、エリキュールが僅かに立ち位置を変え、通路とアマギ隊員らしき人物の両方を視界に収められるようにした事までは気付かないのであった。
それから間を置かずして、ようやくフルハシの耳にも小走りの足音が聞こえ始め、通路から飛び出してくるであろうルバンに手ぐすね引いて待つ……
そうして現れたのは……なんと!
「ソ、ソガぁ!?」
またしても素っ頓狂な声を上げるフルハシ。
それはそうだろう。人相書き通りに黒ずくめの怪人が現れると身構えていたら、見知った顔が見知ったブルーグレーの制服を身に纏いながら飛び込んできたのだから。
彼はギプスを嵌めた利き腕ではなく、左手に構えたウルトラガンをコチラに突き出しながら、驚きに目を見開いていた。
「えっ……フルハシ隊員!?」
「わああ! 待ってくれ二人とも! ありゃソガだ! 今度も敵じゃない!」
『それは言われずとも分かっております。例え殉傷勲が無くとも、ほぼ丸一日隣にいたのですから』
「ふぅ……そりゃよかった」
既にブラスターを下ろしていたエリキュールに、ほっと胸を撫で下ろすフルハシ。
「フルハシ隊員、それに保安官まで……こりゃいったいどういう事なんです?」
不思議そうな顔で首を傾げるのは、一人だけ事態が把握出来ていないであろうソガだ。
「ああいやな、さっきアマギが敵の女を連れて逃げて来たんだけどよ。後ろからルバンが追ってくるって言うから……」
「アマギが……? で、そのアマギはいったいどこにいるんです?」
『おや、不思議な事を仰いますなソガ警部』
「そりゃおめえ、ここにいるだろが……」
後ろを指差すソガに、いったい何をという顔で振り返る二人……
「ってあらぁ!? いない! どこいきやがった!?」
『なにっ! バカなっ!?』
ところが、先ほどまで共にいたアマギ似の男と、金髪の女が忽然と消え失せているではないか。
フルハシはまだしも、エリキュールなどはソガが現れた時点で二人組への警戒を強め、敵の奇襲にいつでも反撃できるように身構えていたのだから、その驚きとショックも尋常なものではない。
『お、おいブルックリン! 二人はどうした!? 見張っていろと伝えただろう!?』
そうだ。こんな事もあろうかと、ハンドサインであらかじめ、部下にはアマギ達の方をこそ見ているように言ったのに。
ところが上司達の慌てた声に、怪訝そうな色でうっそりとこちらを振り向くブルックリン。
『何を言ってるんです? 連隊長? 今も目の前にいるでしょうが』
『なに!? 目の前だと!? どこにいると言うんだ!』
『ですからここに……む? アッ!? 消えたッ!?』
少々苛立った様子の部下が視線を戻すと、そこは何も無い真っさらな空間であった。
二人がいた辺りに両手を伸ばすブルックリンだが、彼の鉤爪は虚しく空を切るばかり。
『バ、バカなっ!? そんなはずが! 現につい今しがたまで……本当です!』
「あーあ。皆さんルバンの変装にすっかり騙されたようで」
『む……むう。まさか我々三人がかりで揃いも揃ってしてやられるとは……面目ない』
「本当にね。せっかく俺がここまで追い詰めたってのに……悪人を誅する絶好の機会をふいにしてしまった。どうしてくれるんです?」
「わ、悪かったよ……俺が最初にちゃんとアマギの偽物さえ見抜けてさえいれば……」
そう言ってフルハシが頭を下げると……腰に手を当て、ますますもってまなじりを吊り上げるソガ。
「全くや! その点、君にはほんま失望したわフルハシ隊員。上官として恥ずかしいったらあらへん。それでも栄えあるウルトラ警備隊の一員なんか? お客さんに恥かかせよってからに……」
「……ん?」
その時……ふと、フルハシは違和感に眉を顰める。
純粋な疑問が、ぽそりと口をついた。
「お前……本当に、ソガか?」
するとみるみる顔を真っ赤にしていくソガ隊員。
「……あ? いきなり何や? 喧嘩売っとんけ? それとも俺が、ルバンの変装だとでも言いたいのか!? 自分の失敗を棚にあげて、他人に責任を転嫁する! それがウルトラ警備隊員のすることかっ!? 潔さが足りんぞっ! キサマ!」
たしかにその顔は、彼が怒りを露わにした時のもので、への字に曲がった口の角度まで同じであった。
それこそ、アンヌやダンに危害を加えようとしたキュラソの脱獄囚に対し、何度も何度もパラライザーの引き金を引いている時にも見た覚えがある。
……しかし……
『いったいどうしたと言うのだ、フルハシ警部補。今のは完全に我々の落ち度だ。ソガ警部が怒るのも無理は無い。なにより彼は、怪我を押してまでルバン逮捕に協力してくださったにも関わらず……』
「い、いや……」
それは事実としてその通りだ。ただ、フルハシにはどうしてもソガの反応が意外であったのである。
確かにソガは沸点が低い。敵に対しては言うに及ばず、普段の些細な口論でも、相手の言葉にその10倍以上をおっ被せないと気が済まない性質だ。ビラ円盤との空戦で被弾した事を、整備士の若い衆に詰られた時はそれで喧嘩になった事すらある。
それでも彼は……非を認めて謝った相手には、驚く程にあっさりとしているのだ。決して、フルハシが謝ったのにそれを許さなかったから言っているのではないし、フルハシも許して欲しいわけではない。
ただ、自身の思惑とは別に、予想していた答えは……「ま、終わった事はしょうがありませんよ」だけだ。普段のソガならば、さっさと気持ちを切り替えて、敵を追いかけるように促したのではないか?
キュラソ捜査官の前では、フルハシはまだ新人だと言う事になっているから、彼の威丈高な態度もその延長だと思えばまだわかる。しかし、それは元を正せば、他でもないソガが、フルハシのミスを庇う為にでっちあげた出任せではなかったか。そう、ソガはフルハシを庇ってくれたのだ。彼はそういう奴だ。
ソガは……いつもヘラヘラしている。フルハシからすれば、それで無性に腹が立つ事もあるし、彼がヘマをやらかす度に、結構な頻度で「それでもウルトラ警備隊か」と怒鳴った事すらもあっただろう。
だが彼は……逆にそれを、
『しかしソガ警部。貴官の努力を無駄にしてしまったのは、本官も同罪であります。フルハシ警部補だけを責めても仕方ありませんでしょうや? ここはどうか、本官の角に免じて抑えていただけまいか』
「まあ……保安官が仰るなら、私は構いませんけどね。フルハシ隊員はなんだかまだ不服そうですから」
「不服というかだなあ……悪いソガ、いったんアマギに確認をとってもいいか? さっきのが本当に偽物だったら謝るよ」
「まあええわ。キサマがそれで満足するんならな。だがシゲル、以降は俺の指示に従えよな?」
「へいへい分かりましたよ、ソガ
アジト内での通信は、必要最低限にしてある。敵に傍受される恐れがあるからだ。それでなくとも、先ほどは隠れていたので悠長に連絡している暇が無かった。
こんな事なら……その一手間を惜しんだのが悔やまれる。
はてさて、画面の向こうでアマギが着ているのは隊服か、はたまた先程のジャケットか……
『はいもしもし? あ、先輩!』
「ソ、ソガぁ!?」
「なにっ!」
またしてもフルハシは素っ頓狂な声をあげた。
アマギへの呼び出しに応えたのが、なんとも間の抜けたソガの顔だったからだ。
『あ、そっか。いやあ、さっきアマギから借りたんですよ、コレ。アイツに用ならアンヌにかけて下さいね。んじゃ』
「待て待て! おめえ……本物か? どこにいる?」
『いや本物もなにも……だからアンヌにかけて、近くにいるアマギに聞いたら証明してもらえますよ。場所は……よく分かんないです。もうちょっとしたらそっちに合流するんじゃないですかね、知らんけど』
「それがな……俺たちもたった今、お前さんと合流したんだ」
「ははっ! 残念だったな! アマギ隊員からビデオシーバーを盗んだんだろうが……俺に化けたのが運の尽きさ!」
『う、ううむ……』
『……は? え、なに? そこに俺がいるって? マジ?』
「あ、ああ……アマギの偽物を追っかけてきたって言うんだが……」
そうして画面の向こうでは、ソガが数秒固まってから……
『……バッキャロー!! そいつがルバンだぁ! 捕まえろ!!』
「やっぱりかっ!」
「バッキャロー!! そいつがルバンだぁ! 騙されんなぁ!! だいたい、アマギの呼び出しに俺が出て来る方が不自然でしょうがぁ!」
「そ、そうなのか……!?」
『そうだ! ソガ警部! この携行缶なのですが……』
「ああ保安官! 貴方から頂いたプレゼント、拾って下さっていたんですね! 後生大事に抱えていたら、さぞや値打ちモノだろうとルバンに盗まれてしまって! 中味は無事ですか?」
『騙されないで下さい保安官! さっき俺が目印に使った奴ですよね!? 中味はぶちまけてもうありませんよね!?』
「なにぃ!? 中味をぶちまけたぁ!? ハッハッハ! 馬脚を現したなルバンめ! 俺が人様から貰ったものをおいそれと投げ捨てたりするような奴だと思ったか! いかにも悪人がやりそうな事だ! それで保安官達をおびき寄せて罠にかけようって魂胆だったのか!」
『ムキー! ああ言えばこう言う! だが残念だったな! 俺はもとから、その場にあるもんは全部使う主義や! まったく、それを投げ付けられた時のお前さんの顔は傑作だったぜ! ああ、保安官! 貴方のくれた水筒は本当に丈夫で素晴らしいモノでした! フルスイングして傷ひとつないんだもん!』
『う……む……』
双方の言い分に、思わず鼻を掻くエリキュール。言われてみればどちらもありそうだし、どちらもやりかねない……特に自分の贈り物に関してなので、ことさら複雑な気分だ。
『あ、そうだ先輩! ほら! ウルトラガン! そいつ誰の持ってます?』
「確かにな! ……おい、ソガ。それは誰のだ?」
「まったく何言ってんですか。正真正銘、俺のに決まってますよ。ほら」
『バッカでー! 俺はお前に装備奪われたから、先輩に貸して貰ったんだよ!』
「は? 装備を奪われた? バカはそちらだ。ウルトラガンはウルトラ警備隊の誇りであり命だぞ! それを敵に奪われるような事があるもんか! 俺は防衛軍イチのスナイパーなんだからな? だいたい、借りたっていつ? 俺はこのアジトで目を醒ましてからずっと、保安官達と出会った事なんかないね! もしかして皆さん、コイツに何か吹き込まれたんです?」
「うーん……」
最初に牢屋で出会った時から、既にルバンとすり替わっていたと言うならば、ウルトラガンの貸し借りに関する前提が全て崩れてしまう。
だが、なぜかフルハシは……目の前のソガよりも、画面の中のソガの方こそ、本物なのではないか? という確信めいた思いが強まってきたような。あと何かもう一押し……
『……あ、そうだ! なあルバン? 俺の故郷の言葉でさ。どうにかしないとならない。ほら、言ってみ?』
画面の向こうで、ソガがニンマリ笑った。
「ハッハッハ! そんなの簡単……『なんなとせなあかん』や。地球語の勉強は楽しいかよ、宇宙人さん? 語学関係の質問を自分から言い出せば信用して貰えるとでも思ったのか?」
『ふふ……』
「なにわろてんねん」
『因みにそれ、どこの言葉?』
「ほら、聞きましたか皆さん? 自分の出身地すら思い出せないときた。教えてあげましょう。私の故郷はね、近畿地方の……」
いつものあの顔で、自慢げに高説をたれ始めたソガ……だが。
『ドアホーッ!! 九州男児なら……〝どげんかせんといかん〟一択やろがーッ!』
それを遮るような叫びが、大音量で部屋いっぱいに響き渡った。
『先輩!!』
「やっぱりてめえが偽物かーっ!」
フルハシが即座に躍り掛かった。
一直線に繰り出された渾身の右ストレートが、後輩の憎たらしい顔へ伸びる。
「バカなっ!?」
驚愕を顔いっぱいに浮かべながら、それを紙一重で躱すソガ隊員。本物にあるまじき反射速度だ。普段のソガであれば、もっと早くにこちらを見るし、その上でもたついて、結局そのまま殴られる。
咄嗟の肉弾戦において、フルハシと同等の実力を発揮した事が、なによりも雄弁に彼の正体を物語っていた。
唸りをあげて、フルハシの拳が空を裂く。堅く握りこまれたパンチは、当たれば一発KOの威力を秘めていただろうが、残念ながら届かない。冷や汗を垂らすソガの口元が、それでも余裕綽々に弧を描く……しかし!
「まだまだぁ!」
「な、に!?」
伸びきった右腕の影から、武骨な左手がにゅっと飛び出してくるではないか。大振りなパンチは、本命から敵の目を欺く見せ札に過ぎなかった! これぞ熟練選手フルハシの冴え渡る二段構え!
ソガの襟首をむんずと掴んだ柔道家は、伸びきった腕を素早く折り曲げて、肘を相手の脇下へ滑り込ませる。
そうして懐へと潜り込み、腰を回せば……でた! 十八番のウルトラ背負い投げ!
ソガの体が宙を舞う!
エリキュール達のいる後方へと投げ飛ばされた彼は、このまま堅い床へ背中を強打して失神するだろう。
「うわあっ!」
『おおっ!』
『やった!』
……いや、違う。
技の刹那、フルハシは内心で臍をかむ。
手応えで芯を外したと悟ったのだ。
くるりくるり……すとん。
空中で何度も身を翻し、布地のはためく音と共に着地したのは、ソガではなかった。
はたしてそこには、巨大なマントを身に纏い、シルクハットを片手で押さえる全身黒尽くめの怪人の姿!
人相書き通りの怪盗ルバンが、苦々しい表情のままスックと立ち上がる。顔の左右に白く巨大な耳たぶを揺らしながら、ルバンはそれでも鷹揚に頷いた。
「いやあ、お見事。あの態勢から、このルバンをあっさり投げ飛ばしてみせるとは。美しい技の冴えだ」
「……けっ、お世辞は結構だ。俺様とした事が、目測を誤って仕留め損なうなんてな。ったく、ヤキが回ったもんだぜ」
ぺっと唾を飛ばすフルハシの手元には、ちぎれたマントの端切れが握りしめられている。
眼前に立つルバンは、白人の大男だ。先程までの姿とは、体格からして何もかもが違う。フルハシよりも小柄なソガを投げるつもりで技をかけたのだから、実体の異なる相手に投げ技がうまく決まらないのは道理であった。
『おのれルバン! ここで会ったが百万光年! 逮捕だぁ!!』
「やあやあ久しいね、キュラソ連邦の万年警部くん。ただ、ひとつ言っておくが……百万光年は時間ではない。距離だ」
『うるさぁい! 貴様らを追って連邦を飛び出してきたのだ! なにひとつ間違ってはおらんだろうに!』
「確かに我々も、こんな辺境くんだりまで来て、君の不細工な面を拝む事になるとは思わなかったよ。喜びたまえ。このルバンから見ても、その執念だけは美しいと認めてやってもいいぞ、万年警部くん?」
『ええい! その呼び名はいいかげん改めて貰おうか! 本官は連邦捜査官を拝命したのだ! 貴様らに特製の覆面を被せてやるために……な!』
エリキュールがブラスターを発砲するも、ルバンはひらりと軽いステップを踏むだけで、それを難無く回避してしまう。
「おや、いつの間にか昇進したのかい。それはどうもおめでとう。我々と遊んでいるだけでも階級が上がるなんて、警察は楽でいいね。……待てよ? という事は、その地位も我々が与えてあげたものと言うわけだ。ハハハ。もう少し感謝してくれても、バチは当たるまい」
『黙れ! 貴様らを逮捕すれば警視総監も夢ではないわ! 撃て!』
その場の全員で、続けざまの射撃を行うも、全ての射線が、踊るようにゆらゆらと揺れ動くルバンの姿を捉えられない。それも、明らかに数発は命中しているように見えるのに、だ。
「チクショー! なんで当たらねえんだ!」
『ええい、またしても! 本官らの目を盗んだな!』
「何を分かりきった事を。君達のような鈍い男ですら使わないとならないなんて、連邦警察はよっぽど人手が足りないらしい。現に、これまでも我々をきちんと追ってこられたのは、君一人だけだったものなぁ? 万年警部くん? ハハハ!」
『フルハシ隊員! 今どうなってますか!? もうすぐ俺も追いつきます! なんか銃声が聞こえてきました! 頑張ってください!』
ビデオシーバーから聞こえる声に、ルバンは綺麗に毛をそり上げた眉を吊り上げる。
「ふむ。彼も来るのか。それは御免被りたいね……いかなこのルバンとて、君ら二人を同時に相手するのは少々厄介だ。そろそろ遊びも終わりにするか」
「なにぃ! 遊びだと!?」
ルバンのふざけた物言いに、いきり立つフルハシ。
「ああそうさ。それなりに良い画が取れただろう。今から楽しみだよ。時に……フルハシ君だったかな? どうしてさっきは、このルバンが偽物だと気付いたんだね? 言い訳の内容が多少苦しかったとは言え、我々の変装は完璧だった筈だが?」
「完璧だぁ? 何言ってやがる! ソガが九州出身だって事くらい、ウルトラ警備隊のみんなが知ってらぁ! そんくらい、下調べしてから出直してきやがれ、大根役者!」
フルハシの言葉に、ルバンはひどく衝撃を受けたような顔で目を見開くと、顎へ手をやり何事か思案をはじめる。もちろん、その間はその場で一切動かなくなるのだが、三人の銃撃はルバンの胴体に突き刺さると、まるで霞のように向こう側へ突き抜けてしまうではないか。
これではまるで幽霊だ。
「九州……? そんな筈は……彼のイントネーションは完全に畿内、それも摂津の流れを汲むものだったはずだが……」
「なにをブツブツと……くそったれ、幻覚か! 卑怯者! 正々堂々と姿を表しやがれってんだ!」
『こうなったら……ブルックリン!
『了解!』
「おっと! いきなりの最適解とは相変わらず不粋だね。それは美しくない。……君にはそろそろご退場願おうか」
ルバンのモノクルがきらりと光る。
奴の視線が向けられた先は、反応式バテリングラムを掲げるブルックリン……ではなく、その判断を下したエリキュール。
しまった……ッ! 部下の方へ意識を向ける一瞬を突かれた!
せめてもの抵抗をと、エリキュールは両手を突きだして、視線を遮ろうとするが……その前に、横合いから飛び出してくる影がある。
それは、パラライザーを投げ斧のように振りかぶるフルハシ隊員だった。
敵の狙いがリーダーである特別捜査官だと見て取るや、矢も楯もたまらず全力突進を敢行したのである。
そして……
「……うッ!」
『ハッ!? フルハシ警部補!? しっかりしてくだされ!』
「……ふん。外したか」
真正面から何かしらの攻撃を受け、すっかり脱力しきって倒れこんでくるフルハシの体を、後ろから慌てて抱き留めるエリキュール捜査官。
ルバンはそれを見て、自身の狙いが失敗した事を悟ると、忌々しげにマントを翻し、二階への階段をサッサと登りつめてしまった。
本来ならば即座に後を追うべきところだ。
しかし、エリキュールは体が動かなかった。今しがたの光景に、あまりにも強く心を揺さぶられてしまったからである。
『本官を……庇って……』
『えっ!? ちょっと! フルハシ隊員! どうしました! 大丈夫!? すぐ行きますから!』
ビデオシーバーからは、焦ったようなソガの声が聞こえて来て、すぐに切れた。彼の声が、呆然としたエリキュールの意識を現実に引き戻す。
『連隊長! 御無事ですか!』
『……ああ、彼のおかげで直撃を免れた。多少は眩暈もするが……それですんだ』
『どうします。追いますか。今ならまだ間に合います』
部下からの提案に、エリキュールは確固たる光を放ち、角を振る。
『……駄目だ。この勇敢な男を死なせるわけにはいかない』
ブルックリンは、エリキュールの放つ色にたじろいだ。それは昔、ブルックリンがまだ新人巡査だったころ、自分のヘマで、彼の古馴染みでもあるデストランに怪我をさせた際、一度見たきりの強烈な光だった。
『ブルックリン、貴官は彼を担いで彼奴らの来た道を戻れ。その先にアンヌ監察医がいるはずだ。彼女なら治療法を知っている。このまま放っておけば、どんな後遺症があるか分からん』
『しかし、お一人では……』
『大丈夫だ。すぐに頼りになる援軍が来る』
頼りになる援軍……? それはもしや、あの片腕を負傷中の地球人を言っているのか?
それならば、失神した男をここへ置いていったとしても、その後からくる地球人に任せれば良い事ではないか。同じ地球人同士なのだから……
どう考えても、半病人の地球人より、五体満足で完全装備の自分の方が戦力になる。
『……了解しました』
だがブルックリンは、破城槌をその場に投げ捨て、両手と背中のスペースを確保すると、尊敬する連隊長が大事そうに抱える地球人を黙って受け取り、ぐんにゃりとしたその体を、自身の肩に担ぎ上げた。
なんと軽い体だろう。とはいえそれは、自分だからこそ言える事で、あの貧相な片腕の地球人には、これを運ぶことなど、とても出来ないであろうとも分かりきっている。
この警部補は、チビ揃いな地球人の中では、それなりに大きい個体であるらしいし。
それに……ブルックリン自身にとっても、この男が恩人であるのも事実だった。尊敬する人を守ってくれたのだから。
ならばそれを後送するもまた、名誉ある仕事であろう。
「……あっ! いた! 保安官! はあはあ……すいません遅くなって……ルバンは?」
『おおブラザー! 申し訳ありませぬ。残念ながら取り逃がしてしまいました……それにフルハシ警部補が……』
「あちゃあ……なんかすんませんね。俺がおったら、なんしか邪魔が出来たかもしれんのに……」
そのままソガは、ブルックリンの背に担がれたフルハシに視線をやり、その口元へ緊張した面持ち手をやると……それからしばらくして肩から力を抜き、盛大にため息をついた。
「あー良かった! 生きてる生きてる! 死なない限り、フルハシ隊員は何があっても大丈夫ですからね! いやマジで有り得んほど頑丈なんですよこの人。保安官もあんまり気にしなくていいですからね? あー……ブルックリンさん……やっけ? 先輩の事、よろしくお願いしますよ!」
『ご安心めされよ。彼が責任をもって、アンヌ監察医の元へ送り届けます。頼むぞ、ブルックリン』
角元を瞬かせ、静かに頷いた巨漢は、負傷者を担いでそのままソガの来た方へ走っていった。
「さて……今どんな状況です? あ、一応念のために本物確認しときますか?」
『いや結構。これでブラザーまで偽物であれば、ルバンがこの宇宙に二人居ることになってしまいましょうや? それは流石の本官も手に余ります』
「ですよね」
ふふ、と笑い合う二人は、エリキュールのデバイスを仲良く覗き込み、マップを確認していく。
『今、本官らがいるのがこの地点。ここから二階へ上がると大きな空間が広がっており……T字路のようになっています。片方はアイオーン達が抑えておりますので、彼奴らはB班を正面突破するか、アジトの奥へ逃げるかするしかありません』
「なるほど、ダン達と戦っているところを挟み撃ちか、彼らを避けて奥へ引っ込んだなら、合流してから全員で突入と……」
その時、エリキュール捜査官の腰で警察無線が鳴り響く。
『連隊長ー! 緊急事態発生! ヤバイですっ! B班壊滅! ポニーポート封鎖できませぇん!』
『私だ! どうしたフェルマーニ!? 壊滅とはどういう事だっ!? アイオーンはどうした!』
『キャ、キャンダーです! キャンダーが出ました! それに、こんなサイズ見たこともない! ……お、大きいねぇ!!』
『なにっ! キャンダーだと!?』
飛びきりの凶報に、二人は顔を見合わせた。
気になる?
-
8番目
-
保安官
-
補佐官
-
星雲荘