転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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※本日は2話更新なのでご注意ください

こちらが1話目です


そして……ウルトラ60周年おめでとう!!


七番目の心(Ⅸ)

 

 

 真っ赤な豪腕と武骨な鉤爪が、もう何度目かになるか分からない怪獣の突進を押しとどめる。

 

『ダアーッ!!』

 

『グオオッ……うぐぅっ!』

 

 しかし、このキャンダーはとびきりの大物だ。

 ついにエリキュールの方はその大質量を支えきれず、思わずその場に膝をついてしまう。

 

 無理もない事であろう。彼の肉体は時間が経つにつれ急速に大きさを失っており、先ほどセブンと合流した際はまだ6メートルほどであったのに、いまや4メートルを切ろうとしている。

 

『捜査官……もうエネルギーが!』

 

 それもそのはず、キュラソ星人達の体長は、その身が産みだす熱エネルギーの多寡によって変動する。

 しかしこの部屋は現在、キャンダーの吐き出す超低温の溶解液によって冷やされつつあった。それこそ彼らの母星と遜色ない程に。

 

 故に、加温剤の大量摂取により爆発的に増やされた保有熱量も、その大半が体温維持に消費されてしまい、エリキュールの肉体からは、エネルギーと質量が普段の倍以上の速度で失われているのだ!

 

『デュュオッ! ダアーッ!!』

 

 セブンがウルトラ念力も併用した渾身の合気道により、なんとか怪獣の進路を逸らし、捜査官が轢き潰されるのを間一髪で防ぐ。

 さらに額へ指を当て、追い打ちのエメリウム光線を撃ちかけるのだが……なんと驚くべき事に、キャンダーの分厚い装甲は、アイスラッガーは言うに及ばず、反磁力線の威力すらもほとんど無傷で弾き返してしまうではないか!

 

 これが本来の家畜化されたポニー種であれば、殻の凹凸と棘があぶみや背もたれに丁度よく、キュラソ星人達はその天然の鞍に跨がり、高低差の激しい断崖絶壁を自由に上り下りしていたのだが……野生種であるキャンダーは殻の密度からして家畜とは違う。

 

 かつて、地球にもこのキャンダーが現れたことがあった。ゴーガという名で古い伝承に記されており、長い冬眠から目覚めて東京を暴れ回ったのだ。

 そして討伐されたゴーガの遺骸は、研究機関に持ち込まれたが……なんと殻の中で最も硬い部分であるドリル棘の先端などは、水爆と同等の衝撃を加えたにも関わらず、ついぞ破壊出来なかったとされている。

 

 その上でセブンの方も、巨大化をこの空間に合わせて7メートル程に抑えているため、光線の威力もそれ相応に低下してしまっているのだ。

 

 これ以上の巨大化や高威力な光線の乱用は、崩落のリスクを伴う。ただでさえキャンダーが度重なる突進で壁を穴だらけにしてしまっているのだから。

 セブンは苦手な低温環境下であるにもかかわらず、より一層の自重と苦戦を強いられていた。

 

『捜査官! 下がってください!』

 

『し、しかし! 貴官だけに戦わせるわけには……!』

 

『貴方にこれ以上の無理をさせてしまったら、私の方こそソガ隊員に合わせる顔がありません! その体では、もう次の突進に耐えられない!』

 

『ぐう……め、面目ない……!』

 

 ここまで育ちきったキャンダーに対しては、もはやまったく歯が立たなかったバテリングラムを放り出して、柱の陰へよろよろと後退するエリキュール。

 先ほどまで限界以上の発熱を行っていた反動か、彼の体高は既に2メートルをきってしまっていた。

 

 肩で息をしつつ、力無く壁へもたれるエリキュールの前では、真っ赤な体へ変じたモロボシダン警部が、キャンダーの硬質な鞍へ連続攻撃を食らわせている。

 

 しかし、そのどれもが決定打たり得ない。

 

 実は先ほどからずっと、あのキャンダーは鞍に籠もりっぱなしで、突進攻撃しかしなくなってしまったのだ。

 おそらく、モロボシダン警部が合流時に放った拳が、相当にこたえたと見える。

 

 光の国の宇宙警邏隊と言えば、全キュラソ連邦警官が規範とするべき伝説中の伝説であり、その中でも、体の赤みが強い者は特に膂力に優れるのだ……と、祖母の語る寝物語に、ちらと聞いた事があった。

 

 そんなM78星雲人であるところの彼のパンチは、粘液でヌメヌメと覆われたキャンダーの皮膚をして、その衝撃を芯まで響かせる程だったのだろう。

 

 それを痛みと本能で理解したキャンダーは、敵の前で柔らかい身を晒すとどうなるか、すっかり学習してしまったという事である。

 

 ひとりのポニー愛好家としては、よくぞここまで育てあげたと、調教師たる303号に賞賛のひとつも送りたいところであるが……あいにくと彼の口からは悪態しか出て来なかった。

 

『ええい忌々しい! 何か……奴が顔を出したくなるような……』

 

 ――こんな時、ブラザーであれば……

 

 ふと頭をよぎるのは、ともすれば捜査官としてならば己よりもよほど優秀なのではないか……とすら思える、あの頼もしき地球人警官の姿。

 

 そういえば最後に見た彼は……なにやら口から吐き出すようなジェスチャーをしていたような。

 

 あれは、本官に不凍液を使って動きを封じろと指示していたのか……? しかし、この星で不凍液を吐けば、燃えてしまうから注意せよと言ったのは、他ならぬ彼なのに……

 

 その時!

 エリキュールの蒼色の光細胞に鋭い輝きが奔った!

 

『まさか……燃やせ、と?』

 

 ……いやそんな馬鹿な。

 そもそも火炎放射はキャンダーの専売特許である。そんな相手に火炎攻撃をしていったい何になると言うのか?

 

 よしんば本当にそうだったとして、もはや自分の体はここまで縮んでしまった。先ほどのように同等の体格だった時に放つならいざ知らず、今さらやったところでガガの針に刺されたようなもの。

 

 完全に機を逸しているのではないか……?

 

 そんな時である。

 

『ジュオッ!?』

 

 突然の声にエリキュールが顔を上げると、モロボシダン警部が大きく態勢を崩していた。

 よく見れば彼の足元がヒビ割れて、足首から先が穴へすっぽりと嵌まってしまっているではないか!

 

 そう言えば、この部屋の床は大理石であった。おそらく酸で灼けたか、あるいは極低温によって脆くなり、ついに割れ砕けてしまったのだろう。

 

 このままでは、突進をうまく受け止められるかどうか。

 もしも受け流し方を誤れば、その時は彼が鋭い回転棘に貫かれてしまう!

 

『いかん! モロボシダン警部!』

 

 いったいどうすれば……!

 

 悩めるエリキュールが、無意識のうちに腰をまさぐると、そこにいつものスキットルはなく、代わりにブラザーからの贈り物たる質素な水筒が揺れていた。

 

 中味は当然ながら、気付けの一杯ではなく……

 

『……ええい! ままよ!』

 

 エリキュールは水筒の口を捻り開けると、それを逆さにして、内容物を全身にひっ被った。

 

 中味は水だ。地球の水。

 エリキュールの常識においては、水は当然ながら燃えるものである。これからする事を考えれば、それを浴びるなど単なる自殺行為を重ねるようなもの。

 

 ……しかし、彼が言ったのだ。「()()()()」は「()()()()」のだと。

 

『モロボシダン警部! 離れてくだされっ!』

 

『デュワ!』

 

 モロボシダンが横っ跳びに転がるのを確認するや、エリキュールは胃に残っていた最後のハイオクスープを、舌の先から絞り出すようにして噴射した。

 

 正真正銘、最後の一滴だ。これでしくじったとしても、己はもう一歩も動けないだろう。だが、エリキュールはソガを最後まで信じ抜く事にしたのである。

 

 ふと、そこまで腹を括ったところで……

 

 そう言えば、「地球の水は燃えない」とは教えてくれたが、「()()()()()()()()()()()()」とまでは教えてくれなかったな……と

 

 小さな笑みを溢した……瞬間!

 

『――ゴ――!?』

 

 まるで爆発でも巻き起こったような……否、まさしく本来の意味通りに空間が爆発した。

 

 壁を、床を、殻を、一瞬にして炎が包みこみ、凄まじい熱と光と圧力を伴って駆け抜けていく。

 

 辺り一面が火の海と化し、まるで星の終わりを思わせる悍ましい景色がこの世に現出したのだ!

 

 その光景は、雪と油に囲まれた星で生まれ育ったエリキュールにとって、恐怖と絶望以外のなにものでもない。

 

『ウ、ウオオオッン……!?』

 

『エリキュール捜査官!?』

 

 セブンは、突如発生した爆発が思っていたよりもずいぶんと激しいものであったため、多少は面食らったものの……それに動揺する暇もなかった。

 他ならぬ警告を出した本人が、半狂乱で凄まじい叫び声を上げていたからである。

 

 すぐさま駆け寄り、合わせた両手の指先から、念力で凝縮した水分を勢いよく噴射! ウルトラ水流だ!

 

 消火器の要領で、エリキュールの全身を洗い流し、その周囲から燻る火の手を駆逐してやる。

 

『捜査官! 大丈夫ですか、捜査官!?』

 

『が、かたじけないっ……!? 本官も、よもやこうなるとは夢にも思わず……! い、いったい誰が予想できましょうや!?』

 

『引火しなくて本当に良かった』

 

『引火も何も、本官の胃はもうすっからかんでありますからな……そうであります! 本官なぞよりも! キャンダーは!?』

 

 二人が部屋の中心に目を向ければ、目を覆いたくなる悲惨さだった。

 

 殻の中から飛び出し、熱さに身悶えるキャンダーの首筋を、薄いベールのように炎が舐める。

 あまりの苦しみに、キャンダーは混乱の極地にいるようで、姿なき敵に対する反撃行動なのか、目からしきりに体液を吹きかけては、その液体に炎が引火し、さらなる苦しみを引き起こす……という悪循環に陥っているようであった。

 

 その痛ましい姿に、二人は哀れみを覚えたが……キャンダーが所構わず火炎放射を行うため、ひとまずは自分達の身を守る事を優先せざるを得ない。

 

『デュア!』

 

 セブンが危険な目玉にエメリウム熱線を浴びせれば、たちまちそれは弾け飛ぶ。

 片眼を失い、声ならざる悲鳴を上げつつ、たちまちドリルで床をかち割り、地面の底へ退散していくキャンダー。

 

『あ、待て!』

 

 思わず後を追おうとするセブンであったが……

 はたと気付き、満身創痍のエリキュールに肩を貸す。

 

『立てますか、捜査官』

 

『いやはや……貴官の足を引っ張ってしまいましたな……』

 

 エリキュールの額は赤黒く明滅していた。本当に恐ろしい思いをしたのだろう。

 

『そんな事はありません。貴方が勇気を出して援護してくれていなければ、私は今ごろ串刺しになっていました』

 

『……ではお互いに九死に一生を得たという事で……ひとつ本官の頼みを聞いては頂けませんでしょうや』

 

『ええ、もちろん。そしておそらくそれは……私の望みでもあるのですから』

 

 

―――――――――

 

 

「いっっってぇッ!?!?!?」

 

右腕に感じる激しい痛みによって、オレは目を醒ました。

 

なにがなんだかよく分からないが、オレは気を失っていたらしい。

そして妙に息苦しいなと思ったら、誰かが体の上に馬乗りになっているではないか。

 

「ぐあああっ……くそっ……いったい……なぜ……」

 

顔をおさえて痛そうに悶えてる黒マントの男……あっ!? そうだ、こいつルバンじゃん!!

 

つかはっきり思い出したわ!

てっきり倒したとばかり思っていたルバンの瞳を、さっきうっかり覗き込んじまったんだった!!

 

……じゃあ何でコイツがこんなに痛がってんだ……?

 

右手が痛くて舌打ちしたいのはオレの方なんだが!?

 

まあいい! とにかくチャンスだ!

 

「オラァ! どかんかい!」

 

しきりに目をしばたかせるルバンのこめかみに、左フックがクリーンヒット!

 

「がっ!?」

 

そのまま全身のバネを使い、ルバンの下から跳ね起きて、傍らに転がっていたウルトラガンに飛び付いた!

 

起き抜けだというのに、まさかここまで機敏な動きがいきなり出来るとは思わなかったので、オレ自身驚いている。

 

まるで自分の体じゃないみたいだ。あまりにもスムーズすぎて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃねえかとすら錯覚するほど。流石はソガ隊員のエリート肉体だぜ!

 

くるりと前転しながら、片膝になって構えた銃を背後へ突き付ければ、急いで立ち上がったルバンが、丁度こちらへ腕を伸ばしきったところであった。

 

その手には、懐から抜いたのであろう自動拳銃が握られている。

 

「……ぐ……よくもやってくれたものだよ、ソガ隊員。このルバンをここまでコケにしてくれるとは。もはや怒りを通り越して感謝すら覚える。この感情は、我々をして初めて味わうものだ」

 

「そうかい。だったらそれに免じて大人しくしてくれるか? 最後が潔くあれば、オレもお前の事を『()()()』と褒めてやれる……かもしれん」

 

言葉とは裏腹に、ルバンの表情は酷くひきつり、眉のあたりがピクピクと痙攣を起こしていた。

 

よくよく耳をすませば、奴の両目からはジジジと電流の燻る音が聞こえてくる。まばたきもしないのに瞳の色がチラつくあたり……義眼が接触不良にでも陥ったか。

 

はて、そんなに強く殴った覚えはないんだが……案外柔いんだな、ルバン星人の肉体ってのは。

 

「よしたまえ。キミの腕前は、そこのキュラソ警官の目を通じて拝見させてもらったよ。なかなかのものではあるが、このルバンほどじゃない。この状況で撃ち合っても、死ぬのはキミの方だけさ」

 

互いに銃口を突き付けあった状態から、そんな事を宣うルバン。

 

「どうかな? 少なくとも相討ちだけは確実だが?」

 

「いいや。断言しよう。キミにはこのルバンを殺す事はできない。例え同時に引き金をひいたとて、キミは死に、我々だけが生き残る」

 

自信満々に言い張るルバン。ハッタリと見るか、それとも視界の簒奪以外に隠された手札がまだあるのか。

 

メタ的に言えば後者な気もするが、事ここに至ってはもはや関係ない。

何か使う前に殺しきる。オレに出来る対抗策は、ただそれだけ。

 

「……これが最後通牒だ。キミは我々を信じていないようだがね。これは本気でキミを思って言っているのだよ? このルバンは、キミという存在を心から尊敬し、その命の輝きが失われる事を、なによりも惜しんでいる! ……殺すつもりなら、もうとっくにやっているさ」

 

最後の言葉を、もはや吐き捨てるように呟くルバンを見て、その点だけは信じてやってもいい気がした。

殺そうと思えば、奴はそうできた。その機会があったのは嘘ではない。

 

「……じゃあひとつだけ聞かせてくれ。おたくのペットのゴーガ。……あれは、なんで冷凍液を吐くんだ? 対セブン用に品種改良でもしたのか?」

 

「なに? 対セブン用……だと?」

 

「そうだ。ゴーガ……いやキャンダーは、もともとは火を吐く生き物だと保安官が言っていた。ところがあれは冷凍怪獣になっちまってる。これじゃ生態があべこべだ。この部屋がこんなに寒いのも、隣で奴が暴れてるからだろう?」

 

「ハ……ハハハ! そんなことかね!?」

 

虚を突かれたとでも言いたげに、高笑いのルバン。

 

「キャンダーには手など加えていないさ。あれが吐いている体液は……そのほとんどが液体酸素だ。フッ化オイルの粘液に包まれているうちは安全だが、ひとたび噴射されてキュラソーの分厚い大気ガスに触れれば、その瞬間からたちまち燃え上がるとも。だがしかし地球環境下でなら、まだ穏当な方ではないかね? 有機物との急激な酸化反応にだけ気をつけてやりさえすれば」

 

「液体……酸素!?」

 

「とはいえ、キュラソ星に置いておくよりはまだ、飼いやすい(多少はマシ)というだけで……例えばほら、あの進退窮まった万年警部が、普段の癖で捕縛用の痰でも吐こうものなら……」

 

その時、廊下の先から凄まじい轟音が聞こえてきた。

天井からパラパラと埃がおちる。

 

「おっと……これは説明するまでもなかったかな? ハハハ! ハッーハッハッ!!」

 

「……ふーん。なるほどね。ハハハ!」

 

「……何を笑っているんだね? それとも、我らの愛すべき連邦警官殿の死が、そんなに愉快だったのか? 随分と薄情なことだ」

 

「いやさ、ようやく腑に落ちたんだよ。わざわざこの状況で、よりによってそんなモン構えたお前が、悠長に余裕ぶっこいてられる理由がさ」

 

訝しげなルバンに、オレはにんまり笑って教えてやる。

 

「これがもしもよ? もしもセブンを見越して冷凍怪獣に改造してましたー、とかならもう、用意周到すぎてオレもさっぱりお手上げ打つ手ナシ。その見え見えの罠も何かのブラフだったりしたかもしれんが……安心したわ。お前、名前の割に案外マヌケなのな。モーリス・ルブランに謝ったら?」

 

「……罠? 罠だと? きみがこのルバンの何を見抜いたと?」

 

痛む瞼を懸命に見開きながら、それでもまなじりを吊り上げるルバン。顔の両側で福耳が怒りに揺れる。

 

「お前のワルサー……それ、どうせ盗品だろ」

 

「……フッ、そんな事か。見たまえこのフォルム。美しいだろう? 連邦警官の不細工な銃と比べれば雲泥の差だ。たとえ銃とて、ここまで工芸品として完成されているならば芸術たり得る。キミ達の持つそれと同じくね」

 

「いいや。残念ながら同意しかねるよ。どうにもお前の言う美しさって奴には……何のタクティカルアドバンテージもない。アマギの傑作と一緒にせんでくれ」

 

「ハハッ、実弾銃は光線銃に劣るとでも? この距離でかい? よもやキミの口から、そこまで不粋な言葉が聞けるとは。それこそ同じ言葉を返そうじゃないか。キミの言うタクティカルアドバンテージとやらには……」

 

「だからマヌケなんだよ、大泥棒さん!! 知らねえようだから教えて差し上げましょうか? ワルサーP38。有名な銃だ。逸話も有名でね。オレたちみたいなガンマニアなら、誰でも知ってるお話さ! そいつはあまりに精巧すぎてな……」

 

ルバンの台詞に、上から被せるようにして大声を張り上げる。

不機嫌を隠しもしない怪盗に向かって、飛びきりの笑顔をお見舞いしてやった。

 

「冬将軍で()()()()()()()()()()! おかげでついた渾名は、威嚇8発! 必中1発!」

 

「……口上が長いな。何が言いたい?」

 

「バカが! こっちゃからは凍ったスライドが丸見えじゃ! 銃が投擲武器に負けるかよぉ!」

 

「なにっ!?」

 

焦ったルバンの注意が、愛銃へ僅かに逸らされた瞬間を見計らって横っ跳び!

 

「逃がすか!」

 

させるかっ!

 

「がっ!? しまっ……!?」

 

ルバンがトリガーを引く瞬間、そのスラリと伸びたくるぶしを、もう一本の長い足が襲う。

 

縛られた状態のまま、注意深くにじり寄っていたアイオーンが、破れかぶれに足をひっかけたのだ。

 

僅かに狂った手元から、正確に発射された弾丸は、ソガの肩口を掠めて、床を抉るだけに終わった。

 

「ハッ……!?」

 

己の失敗を悟ったルバンが見たのは……

冷静にウルトラガンを構えるソガの、敵意に満ち満ちた瞳。

 

「嘘に決まってんだろ」

 

銀の銃口から伸びた光条は、一直線にルバンの右目へ吸い込まれていき……

 

「うぎゃあああああああっ!!」

 

おぞましい断末魔が、地下室に響き渡った。

 

頭蓋の中で瞬時に沸騰した中味が、鳶色の目や、高く整った鼻、そして分厚い耳朶の垂れ下がる側頭部……ありとあらゆる穴から、赤黒いヘドロとして逆流する。

 

長い長い絶叫を上げながら、ルバンはその身をびくびくと震わせた。

 

ブスブスと、頭頂部から焦げ臭い煙を噴き上げつつ、ドウッとうつ伏せに倒れ伏す黒衣の怪人。

 

「ハアッ……ハアッ……」

 

ふぅ……ふぅ……

 

オレもアイオーンも黙ったまま、ルバンの死体……かどうかも怪しい物体を注意深く観察する。

 

というかここまでやったんだから、流石に死んでて欲しい。そこは同じ生物として。

 

しばらく待っても起き上がって来ない事を確認してから、ウルトラガンでアイオーンの縄を切ってやっていると……

 

「ソガ隊員!」

『ソガ警部ーッ!』

 

フラッフラの保安官に肩を貸しながら、ダンが二人三脚で駆け付けてきた。

 

「おお! ダン! それに保安官も! よかった! キャンダーはどうなった?」

 

『なんとか外へ追い払えました。トドメは、羽ポニーで駆け付けたキリヤマ警視正が刺してくださったと、いま連絡が』

 

「ソガ隊員が隊長を呼んでおいてくれたんですって?」

 

「ああ! ゴーガを倒すなら、火炎放射と苛性なんたらの特殊弾があった方が楽だからな」

 

特殊弾の在庫があったかまでは知らんが、少なくともナパームの備蓄に関しては、オレがコツコツ申請してきた分があるはずだ。

 

本来はもっと別の相手に纏めてぶつける予定だったんだが……これでまたイチから溜め直しだよ、ハア……

アイツをぶっ倒すこと考えたら、ナパームなんざ何発あっても足りるか不安なくらいだし。

 

まあ今回の件で、火攻めが実績アリとして、ナパーム弾の申請も前より通りやすくなったはず……とプラスに考えよう。

 

そんな風に余所事へ思いを馳せていると、よろめいた保安官がダンの肩からずり落ちて、そのまま床へ倒れかける。

咄嗟に二人で支えるが……あれ? 保安官ってこんなに小さかったっけ?

よくみりゃ戦闘前に脱ぎ捨てた自慢のコートは無傷でも、その下のアンダーウェアはボロボロだ。

 

れ、連隊長!? その姿は!? どうなさいました!?

 

『案ずるな、エネルギーを使い果たしただけだ。すまないが、加温剤と水を一杯くれんか』

 

ハッ! こちらに……

 

ダンが丁重に座らせた保安官の口へ、流れるような手つきでパイプを差し込み、自分の携行缶を分け与えるアイオーン副官。

 

『うむ、うむ。この銘柄はまさしくアイオーンが選び抜いたもの。実によく本官の好みを熟知している。間違いなく本物であります』

 

「とすると、やはり……あれが犯人」

 

『いやはや、本官らの助けは不要でありましたか……しかし、お手柄でありますぞぉ! 二人とも!』

 

傍らに倒れるルバンを見ながら、驚愕の声を漏らすダンと、嬉しそうにオレたちの肩を叩く保安官。

 

ハッ! ありがたいお言葉ですが連隊長、これも全て、ソガ警部のお力あればこそです。自分なぞは、恥ずかしながら敵に捕まっておりました……

 

「いやほんと! アイオーンさんが居てくれて助かりましたよ! マジで死ぬところでした! 命の恩人です!」

 

「そちらも相当な激闘だったのですね……しかし、すごいなあ! ……本当に捕まえてしまうなんて! 流石はソガ隊員だ!」

 

「ま、それほどでも? あるけど? ……ただ……」

 

「ただ……?」

 

『おおっと、これは……なかなか派手にやりましたなぁ……』

 

ガソリンを補給して復活したのか、大股で歩いていった保安官が、つま先でルバンをひっくり返すと、少しばかり驚いたような声を上げた。

そりゃそうだろう。肝心のルバンが、顔面から血を吹き出して盛大におっ死んでいるのだから。

 

「すみません保安官。御覧の通りです。残念ながら……」

 

連隊長! ソガ警部を責めないであげてください! むしろ、彼は奴を逮捕しようと最大限に努力した! 悪いのはルバンです! 投降もしないどころか、麻痺銃すら効かないなんて……警部が撃たなければ、私も含めて二人とも殺されていたでしょう! 彼は恩人だ。これは正当防衛です! 私が証言します!

 

「なんですって!? パラライザーが? 効かなかったんですか!」

 

「ああ、少なくとも5発は撃ち込んだんだぜ。それで起き上がられちゃ、たまったもんじゃない。今でもムックリ蘇ったりしないか、ヒヤヒヤしてるよ」

 

『ううむ……』

 

保安官は、額を赤黒く点滅させて弱り顔だ。

ルバンが死んでしまっては、隠れ家の場所を聞き出すことが出来ない。他のアジトに監禁されている被害者の救出が不可能となった事を意味していた。

 

『ソガ警部、この度はまことに……』

 

「本当に、なんとお詫びすればいいか……」

 

『……ん!? ブラザー!? いったい何を仰っているので!? この場合、角を下げて許しを請うべきは本官の方では? 貴官は連邦史に名が残る大偉業を果たされたのですぞ! もっと胸を張っていただきたい!』

 

「ええ。ありがとうございます。そう言っていただけると助かります。これ以上の事件を防ぐことが出来たのは事実ですしね。しかし、生け捕りにするというお約束だったのに……唯一の手がかりを殺してしまったのは……」

 

『……やや? 殺す? どういう事でありますか? ブラザーはこれ以上ない働きをしてくださいましたぞ? まさに完璧と言うほかない!』

 

「……え? いやいやそれはいくらなんでも気を使いすぎですよ保安官。やっぱり射殺は射殺ですから……」

 

いくらオレでも、まだ利用価値があるならば、どんな犯罪者であろうと生かしておいた方がいい場合もある、という事くらい知っている。司法取引とかな。

 

ところが保安官は、途端にガラガラと大声で笑い出すではないか。

 

『なんだブラザー! そんな事を気にされていたのですか! でしたらまったくご心配には及びませんぞ!』

 

言うやいなや、保安官はルバンの死体に両手を伸ばし……

 

ブチリ! と、その両耳を力いっぱい引きちぎった!

 

「うおっ、グロ……」

 

え、なになに? ヤバ……

 

ああうん。いきなりでビビッたけど、確かにこういうの読んだ事あるよ。

討伐証明でしょ? 倒したゴブリンの耳とか切り取っておいて、証明部位を換金してもらうんだよね?

 

でもそれ、だいぶ文明レベル低い世界観の話じゃね?

急に蛮族じゃん、こわ……冒険者ギルドかな?

 

オレが内心でそんな失礼なことを考えているとは露知らず、青白く血管の浮き出た福耳を、だらーんと指で摘まみ上げながら、副官を呼ぶ保安官。

 

『アイオーン! ワッパ!』

 

ハッ! ……は?

 

『専用の拘束具を預けておいたでありましょうや』

 

あ……まさか、これが?

 

副官が恐る恐る取り出したのは……どう見てもメカニカルなペトリ皿だ。

 

蓋を捻れば、プシュ……と一応は密閉容器の類であるようだが……保安官は、そこへ嬉々として討伐証明部位を放り込み、再び栓をした。

 

これではワッパというより、タッパーでは?

 

明らかにドン引いている我々三人を他所に、保安官は耳の入った宇宙ペトリ皿を、俺たち全員からも見えるように、目線の高さまで持っていくと……

 

『おい! いつまでそうやって寝ているつもりだ! いくら死んだフリを決め込んでも、本官の鼻は誤魔化せんからな! さっさと起きろ! 起きんか!!』

 

死体から剥ぎ取った新鮮な肉片を、凄まじい剣幕で怒鳴りつけた。

 

透明な容器をゆさゆさと揺らす保安官に困惑して、顔を見合わせるオレたち。

ああ……半生をかけてまで追い詰めた標的が、あと少しのところで逮捕できずに死んじまったもんだから、ついに保安官……こ、壊れて……

 

「……ん?」

 

なんか今……うごなかった?

 

見間違いかと思って目をこすると……

 

「ヒッ、ひいっ……!!」

 

透明な牢獄の中で、千切れた両耳がもぞもぞと蠢き出すではないか!

 

それだけでもひたすらショッキングな光景だったのに……よく見れば、耳の中心からダラリと伸びていた細いものは、てっきり血管や神経だと思っていたら……急に硬さを取り戻すと、中ほどでくっきりと折れ曲がり、非常に規則的で、それでいてすごく既視感のある動き方をしはじめるではないか!

 

……知ってる、知ってるぞあの動き!

あ……脚だ! 昆虫の脚!

 

そこでオレは、目の前で起きている事態にようやく理解が追い付いて、あまりのキモさで卒倒しそうになった。

 

オレが今までルバンの福耳だと思っていたのは……なんと……

でっぷりと肥え太った、幼虫の巨大な腹だったのだから!

 

「うげぇ……」

 

『被疑者確保! 連邦時間07071707! ルバン及びその妻ジョゼビィヌ! 児童誘拐及び窃盗、並びに違法出入星の現行犯で逮捕する! 余罪は本庁で詳しく聞かせてもらおう! 観念するんだな!』

 

保安官が額から険しい光を浴びせると、ペトリ皿の中で、2匹の蟲は絶望したように身を縮こまらせた。

 

「あの、保安官……もしかしなくても、ルバンの正体って……」

 

『いかにも! これが彼らルバン星人の本来の姿であります! 集落では皆が同じ原生動物に寄生しているために、表向きはそちらの姿をルバン星人として発表されておりますが……その実態は、このように雌雄で一匹の動物を共有して暮らすのであります。この秘密を知るものは、連邦でもほんの一握りです!』

 

「し、知らなかった……」

 

「ん? ダン。俺たちが知らなくたって当たり前じゃないか。何言ってんだ?」

 

「え、あ!? そうですよね! まさかそんな生態の種族がいるなんてと驚いていました! いやあ宇宙は広いなあ……」

 

『ふふ……』

 

連隊長?

 

『ああいや、なんでもないぞ。……おやしかし? ソガ警部の方はすっかりご存じだったのでは……?』

 

「……えっ? 俺!?」

 

『ええ、彼奴らと初めて出会った瞬間に「夫婦で」と見抜かれておりましたので、その慧眼でお気づきになったとばかり……』

 

「え? あ……ああいやいや! てっきり体内で共生しているのかとね! こんな目に付く場所に引っ付いていたなんてなぁ……見誤ったなあ!」

 

いや普通、あのリクラスとかいうクローンが妻かと思うじゃん!!

 

「ん? ……という事は……今回の誘拐事件って……」

 

『はい。恐らくは、寄生用の新しい肉体を探していたと推測されます。それも、普段使いのものとは別に、芸術品を鑑賞させて、生じた感動を貪り食らう為だけの……いわゆる食器として。間違いなく命は保証されるでしょうが、記憶を搾取され続けるだけの人生など……魂の殺人と同義であります!!』

 

「……吐き気がしますね」

 

これには流石のダンも、強い怒りを露わにするしかないようだ。

 

『……しかし、返す返すも心残りなのは、この秘密を打ち明けなかったせいで、お二方を危険に晒してしまったこと……明らかに本官の判断ミスであります!! 本当に申し訳ない! まさか彼奴らの寄生が、宿主の意識すらも必要としない強度とは知らず……』

 

そうか、それでパラライザーであんだけ撃っても効かなかったのか! クローン人間が気絶しても、ルバン虫が外から脳を直接操ればいいだけだもんな。

 

「いやまあ想定外はオレだっていつもの事ですし。そんな事よりそれ、最重要機密だったんですよね? いま明かしちゃってもいいんですか?」

 

『その点はご安心めされよ。本官が口を閉ざず最大の理由は、貴官らの命を守るためでありますれば』

 

「命を……?」

 

うむ、と角を縦に振る保安官。

 

『ルバンの正体は、いくつもの秘密に守られております。その全てを知らぬ者では、絶対に逮捕できない。故に彼奴らも、これまで自分たちにとって真の敵となり得ぬような追跡者ならば、油断してその命をとるまではしなかった。しかし逆に……核心へ迫った者がいれば、決して許してはおかなかったでしょう』

 

そして記憶を盗んでくるような相手に、情報伝達の事実そのものを隠し通すのは不可能……と。

 

もしも保安官が、今の情報をブリーフィングの時点で俺たちに喋っていたとして……

 

作戦中に誰かが例のピカッと攻撃をくらった瞬間、記憶の中にある該当シーンも見られた事になり、そっからルバンは芋づる式に関係者の記憶を調べながら、一人ずつブチ殺転がしていっただろう。考えただけでもゾッとするね。

 

少なくともオレだったらそーする。誰だってそーする。

 

『そしてルバンを逮捕できた今! 貴官らが、この情報をみだりに口外して、他の善良なルバン星人達を、再び迫害と虐殺の歴史に晒したりするような方々ではない事など、本官はとうに知っております! ……そうでありましょうや?』

 

「もちろんです! エリキュール捜査官の信頼を裏切るような事はしません!」

 

「それにオレだって、保安官の配慮のおかげで生きてるようなもんですからね。でなきゃ捕虜にならず死んでます。あんま気にしないでくださいよ。それよりルバンの逮捕を喜びましょう!」

 

『そうでありますな! 我々は共に手を携え、宇宙に蔓延る巨悪を打ち倒したのであります! 今日という日は、両星にとって記念すべき日になるでしょう! これにて……一件落着であります!』

 





『ゴーガ』

ウルトラQ第24話「ゴーガの像」に登場。
約6000年前にアランカ帝国に出現し、瞬く間に滅ぼしたと言われている。

サザエのような殻のカタツムリ。

目から発射する溶解液(どう見てもエフェクトは光線)で人間を溶かすわ、戦闘機は撃ち落とすわでやりたい放題。
さらに貝殻の先端をドリルのように使い、地底潜行もお手の物。

アランカ帝国の秘宝である「ゴーガの像」の中に封印されていたが、それを知らない密輸団によって日本へ持ち込まれる。
レントゲン撮影の影響で目を覚ますと、アジト内で徐々に大きくなりながら、密輸団や主人公達と三つ巴の追いかけっこを繰り広げ、そのままビルよりも巨大化して東京の街を暴れ回る。

最終的には、苛性カリウム入りの火薬で両目を潰されて地中へ敗走。
再度地上へ現れたところを、自衛隊の火炎放射隊にトドメをさされた。

作者イチオシの回であり、大好きなQ怪獣

余談だが、この回でゴーガにより最初の犠牲者となった『顔を溶かされるギャング』を演じているのは、我らがアマギ隊員であり、ウルトラマンとケムール人のスーツアクターでもある古谷敏氏。

つまり、ゼットン以外で唯一初代ウルトラマンを倒した怪獣であるといっても過言ではない(過言)


『カイゲル』

ゴーガ(シン・ウルトラマンでのすがた)
またの名を“禍威獣”第5号。

カイゲルとはゴーガの準備稿段階での名前であり、要は没ネタを拾ったもの。

Qのオリジナルは、殻の先っちょだけがドリルになっていたが、こちらは全てのトゲが盛大に大回転し、駅前大通りを大爆走していた。

本作の描写はこちらの姿をイメージしている。

たった一瞬のカメオ出演とはいえ、まさか居るとは思わなかった推しの、あまりにも元気いっぱいな姿に感動した作者は「ナメゴンを差し置いてお前がチョイスされるのかよ」と劇場で大爆笑した。


『キャンダー』

キュラソ連邦圏を含む、コスモポリタス銀河に広く棲息する軟体動物であり、全ての連邦市民の友というべきポニー種の源流とされる。

キュラソーで見られる多くの動物と同じく、本来は油食性であり、掘り当てた油田や、天然の湧き油を啜るなどして体内に大量の油を蓄えているが、油の匂いを発するものであれば見境無く襲いかかると言われており、実際に、平均的な連邦市民の成人男性であっても、食事直後や満腹時であれば充分に捕食対象たり得るという報告が多数寄せられている。

また本種は特に気性が荒く、縄張り意識も強いため、例えキャンダーが飢えていなくとも、キュラソーへの入植直後は、出会い頭に襲われて命を落とす者が後を絶たなかったという。

これは、ポニーが行う縮小休眠について、まだ一般にはよく知られておらず、岩場の隙間などで休眠状態のキャンダーに気付かないまま、住処の上へ居を構えた不運な入植者が大勢いた為であるとされる。

この時期、入植地を連日のように襲うキャンダーから人々を守る――当然ながら、開拓村は巨大な油田を囲うように発展したため、その中心へ向かうキャンダーと人々が衝突するのは必然だった――為に、各地で自警団が同時多発的に発足し、これら民兵組織が各コロニー間で連絡を密に取り合いはじめた事こそが、今日における連邦警察の前身であったといえよう。

中でもキャンダー駆除を目的として開発された、スペンシル・カービンブラスター(通称〝鞍撃ち銃〟)は、連邦警察の正式装備として採用されると、害獣駆除任務に励む連邦警察官達の間で瞬く間に大人気となり、以降長く愛用され、連邦警察官を示すアイコンとしても市民達から親しまれた。
※近年では、過剰火力や精度不良の問題から、対人ブラスターに置き換えが進んでおり、一部マニアや好事家が所有するのみである。

このように、ポニーの倍以上とも言われる分厚い鞍を有するキャンダーであるが、鞍による物理的な堅牢さのみならず、その生命力も非常に強い。

北部の厳しい寒さでも体が凍らないよう、体の大部分を不凍粘液で覆っており、フッ素オイルを主成分とするこの粘液は、温度変化に強く化学的安定性に優れているからである。

体を縮小させる事で、体温維持に必要な熱量を節約でき、粘液の濃度を高めて一度休眠状態に入ると、ほとんど仮死状態のまま何年も生き続ける事が最近の研究で証明された。

また外敵に対する防御行動として、体液から抽出した液体酸素を、眼球の液腺より噴射する事で知られ、大気中の燃焼性粒子と反応し、凄まじい火炎を浴びせる事が出来る。

キャンダーの粘液は強い不燃性を持つため、自身の火炎に引火する事はないが、この攻撃に晒されて生き延びる生物は連邦内におらず、第一種危険生物に認定されている。

休眠から目覚めたキャンダーの鞍が淡く発光するのは、内部で油や酸素から炭素繊維やフッ素樹脂を光重合し、鞍や粘液の材料としているとする説が有力であり、「霧の向こうから呼ばれても、光りかたが変わらない者に近付いてはならない」という有名な伝承は、覚醒直後で気が立っているキャンダーと遭遇してしまうという、不幸な事故を避ける為に編み出された、先人の偉大な知恵であったのではないかとも言われている。

このようにキャンダーは、古くから危険な害獣として連邦全土で認識されているが、反面、鞍撃ち銃やバテリングラムを用いた接近しての〝伝統的な〟キャンダー狩りは、現在推奨されていない。

半ムル未満の幼獣には効果的ではあるが、それ以上の成獣には、当然ながら多大な危険を伴う為である。

故に1ムルを越す成獣の発見時には、人員の損失を防ぐ目的で、半径500ムルを即時封鎖し、スペリウムミサイルを装填した実弾銃の一斉集中射撃によって、一帯ごと沈下させる遠距離狙撃措置が長らく採られていた。

ただし、地球防衛署との初接触当時に齎された報告によれば、『〝苛性カリウム〟なる物質の粉末を投下することで、液腺から浸透した物質が血中の液体酸素と反応し、眼球が内部から破裂。体外へ漏出した体液に引火し、自滅させる』という新機軸の駆除法が効果的と判明。

この、より安全かつ確実な駆除法が採択されてからは、特にキャンダーによる被害が深刻であった北部星系の年間死傷者数が、ついに2桁台にまで激減した。

年々キャンダー個体数が減少し、絶滅を心配する声が挙がりはじめた近年でも、各派出所には、地球から輸入した緊急対処剤が必ず1発以上常備されている。

上記の凶暴性から、個人での飼育は連邦法でかたく禁じられているが、そもそも飼育の成功例そのものが少ない。

個人飼育下での唯一の成功例として、〝脱獄王〟で知られるアントロー・ヴィザーが地球環境下で育成したと思しき個体の討伐報告があり、これは同時にキャンダーの最大記録である5ムル級の「宇宙で最も巨大なキャンダー」としてもギヌズに登録されている。

※非公式では同地域に過去出現した個体が10ムル相当であったとされるが、本邦接触前の記録であるため真偽不明。

※当該個体については地球の『平和記念公園』(地球語で平和記念公園の意)に鞍の一部が保管されており、最新の測定機器により、実物である事が確認された。

討伐に参加した連邦警察保安局のエリキュール氏によれば「比類なき勇者達と並びたてた事は、我が生涯の誇りである」と手記の中で述懐している。

なお、分布が広いためか、連邦内各星系ごとに独自の呼称がなされている事でも有名。

東部星系の一部地域においては、ガンダとも呼称されるが、これはキャンダーの生息数が比較的少ない東部において、他銀河に棲息するポニー亜種ガンダリディウムと混同された為では無いかと考えられている。

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