転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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ウルトラ警備隊に死ね《後編》(Ⅴ)

自分の上司である副司令官からの返答に、技術主任は己の失敗を悟った。

 

――ドロシー・アンダーソンの記憶を抹消し、地球側へ引き渡せ――

 

ドロシーを返却するのに、わざわざ記憶処理を施す必要はない。むしろ今の状態そのままで帰した方が、ペダン星と地球を繋ぐ架け橋として、活躍してくれる筈なのだ。

 

だが、そうではないとなると……

 

技術主任は、司令官が地球側を油断させ、キングジョーで奇襲をかけるつもりなのを理解し、失望した。

少し野心の強い傾向があるとは言え、戦闘車両の改良開発を声高に叫び、牽引しているのは、前線兵士の消耗を抑える為だと聞いていた。無駄な戦闘を減らす方針の司令官は、意外にも自分の趣味へ理解を示し、自然や文化の重要性を分かってくれる人だと、そう思っていたのに……

 

最新鋭の装備を前線の兵士へ優先的に回す、部下思いの優秀な指揮官という評価も、裏をかえせば、これ見よがしに旧式装備で軍歴を見せびらかし、過去の栄光に縋る頭の固い老害とも言えるじゃないか。

 

ここまで、彼女が無意識に、しかし心のどこかで確かに感じていた違和感が、鎌首をもたげる。

自分達は、防衛戦争しかしないのだと、侵略行為ではなく、これは母星を守るための尊い示威行動なのだと、必死に言い聞かせてきた。

あの時の作戦も、あの戦闘も……実は防衛に託けた、ただの侵略だったのでは? 今まで、どうにかそれを考えないようにしてきたが……事ここに至って、決定的な裏切り行為を平然と行う命令に、彼女が信じていたペダン軍の理想が脆く崩れさっていく。

 

 

自分達の星が平和なら、他の星はどうなってもいいというの!?

 

 

彼女の耳に、他でもない自分自身の言葉が、何度も何度も繰り返される。

 

「ずるくて……欲張りで……とんだ食わせ者なのは、アタシ達の方じゃないの……」

 

宇宙人同士の約束だと、嬉しそうに頷くモロボシ隊員の純真な笑顔が、無垢な瞳が、彼女の心を苛んだ。

自らの命の恩人を、彼女は自分の口で、ペテンにかけてしまったのだ。

いや、それどころか、アタシを信じて、必死に停戦を呼びかけたであろう彼自身の顔にも、泥を塗ったはず。

一度失った信頼が、再び修復される事は絶対に無い。

ぺダン星の裏切りが分かった瞬間。彼は烈火の如く怒り狂い、卑怯な裏切り者として、自分を決して許さないだろう……あの暖かな声を、二度と聞く事は出来ないのか、自分は。

もはやペテン師は一度嘘をついたが最後、嘘を重ねていくしかないのだ……小さな誤解から、ずっと魔法使いのフリをし続けた、あの奇術師のように……

 

元より、単なる組織の一構成員でしかない自分には、酷い二枚舌の片棒を担ぐしか道はない。

 

折角築き上げた、ささやかで貴重な友情を、自らの手で跡形もなく消し去る為、技術主任はアンダーソンの待つ部屋の扉を開けた。

 

 

「あら、おかえりなさい! ……ねぇ、どうして、アナタはそんなに泣いているの……?」

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

マーヴィンは、異人館の近くに併設された教会に足を運んでいた。

彼が奪ったブローチが、何らかの信号をキャッチしたからだ。

 

敵も、このブローチをマーヴィンが奪った事に気付いているはず。

であるならば……これは彼を名指しした挑戦状に他ならない。

反応が強くなる方角に向けて歩いていると、この教会にたどり着いたという訳だ。

 

ここに……敵が……

マーヴィンは油断なく銃を構えると、教会の扉をそっと開いた。

 

「……よく来たわね、マーヴィン・ウィップ。我々はお前の来るのを待っていたのよ」

「なに!? お前は!」

 

ステンドグラスを背に立つ彼女は、マーヴィン捜査官の良く知る顔をしていた。だが、そんなまやかしは通用しない。不敵に笑う女に、即座に銃を突きつけるエージェント。

しかし明確な殺意を向けられた彼女は、その銃口が恐ろしくともなんともない、といった様子で、ふんと小さく鼻で笑うと、冷たい眼差しで吐き捨てた。

それは本物のドロシーアンダーソンならば、絶対にしないであろう、他者を完全に見下した表情。

 

「……これだから地球人は。すぐに暴力をふるう事しか、考えない」

「なんとでも言え、エイリアン(異邦人)……なぜ俺をここへ呼んだ? 殺されにきたのか?」

「あら、ずいぶんな言いようね。アタシは、アナタたちの大事なものを、ただ返しにきただけなのに……?」

 

彼女が指し示した方では、長椅子をベッド代わりにして、全く同じ顔の女性が、目を閉じて横たわっていた。

 

「ドロシー!」

 

マーヴィンは一瞬、敵の罠である可能性も忘れ、彼女の元へ駆け寄った。

すぐに秘密の探査装置で、本物のドロシーの居場所も確認する。

彼女の肩には、特殊なマイクロチップが埋め込んであって、護衛からは位置が特定できるようになっていた。

今回はその電波も遮断され、本来の役目を果たす事は無かったが……この距離ならば、本人確認には使える。

最も、彼女の腕をもぎ取って偽物に移植されたのならば意味はない……マーヴィンとしては、ちらとでも考えたくはない事だ、そんな可能性。

 

「ドロシー! しっかりするんだ、ドロシー!」

「今は眠っているだけ。モロボシ隊員から聞いていない? アタシ達の交換条件を」

「それは……」

 

確かに報告はあったが……まさか本当だったとは……

 

「じゃあ、用事はこれでおしまい。……せいぜい、彼女を大事にする事ね。アナタがドロシーの魔法使いなんでしょう? ねぇ、()()()()?」

「なっ!?」

「アナタ達が、本当に彼女の言うとおりの、愛に溢れた種族ならば……ドロシーともう一度お話しするなんて、きっとすぐにできるわ。……じゃあね、魔法使いさん」

「……待て!」

 

マーヴィンとすれ違い様に、ドロシーしか使わないはずの愛称を気安く呼び、皮肉っぽい言葉をかけるペダン星人のスパイ。

教会の出口に向かってゆっくりと歩いていく彼女を、マーヴィンが鋭く呼び止めた。

 

「……礼は、言わないぞ。彼女が恐ろしい目に逢ったことに変わりは無い」

「そう」

「お前達の仲間を大勢殺した事についても、謝らない。人殺しは、お前達もだからだ。再び俺の前にペダン星人が現れる事があれば、その時は警告無しで、即座に撃ち殺す。命乞いすらさせないぞ、仲間の仇め」

「……そう」

「だが……ドロシーを生きて返してくれた事だけは、きっと覚えておく。俺の本当に欲しかったものを、お前はくれたのだ。だから、これから何があっても、お前だけは、殺さない……名は?」

「……」

 

彼女は背中へ投げかけられる、マーヴィンの言葉の数々を、ただの一度も振り返らず、じっと聞いていた。

しかし、最後の質問には、答える気が無いのか、そのまま教会を出て行くと、そっと……扉を閉めた。

 

 

「……さようなら、もう一人のアタシ」


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