転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
神戸の港を巨人たちが揺らす。
倒れこんだキングジョーのマウントをとろうとするが、すさまじい膂力によって突き飛ばされてしまうセブン。
そして、後ろに転がって勢いを相殺しつつ、距離をとったセブンは、目を疑う事になる。
完全に仰向けになった訳ではないとはいえ、なんとキングジョーが、ジェットすら吹かさず、そのまま起き上がってくるではないか!
これにはセブンも内心で舌打ちをしたい気分であった。おそらくなにか再調整を施したのであろう、さもなくば、海水の浮力を利用したのか。どちらにせよ、以前の戦いのように、転ばせたからといってそのまま大人しく帰ってくれる気はなさそうだ。
……だが、だからと言って、この戦い方を止めてやるつもりもない!
上段からのチョップで、後ろ方向に衝撃を加えると、それに反発するかのように胸を張ろうとするキングジョー。ところがセブンは待っていたと言わんばかりに左腕でその体を引き寄せると、腹に渾身の膝蹴りを叩き込む。セブンの引っ張る力に対して逆のベクトル、つまり背中方向へ重力を操った瞬間に、強力な押し込みを食らったキングジョーは再び倒れこみ、堤防の倉庫に座り込む形となる。
セブンは以前の戦いで、敵が攻撃に対して、反対向きの重力をぶつけて相殺しているのを、その手ごたえから感じていた。ならばそれを逆に利用し、振り子の原理を使う事で、この巨体に揺さぶりをかける事にしたのだ。
いつだったか、ツリガネとかいう巨大な金属の塊である楽器を、幼い僧侶だか戦士だかが、指一本で動かした、という地球の逸話を、ソガが語ってくれた気がする。セブンの脳裏では、その時の得意げな彼の顔が思い起こされていたのである。
子供の小さな力ですら、共振を利用すれば、重量物を揺さぶることが出来る。いわんやセブンの剛力ならば、たったの3プロセスでそれが可能だった。
ただひたすらに、上を、上を。
防衛センターの戦いでは、このロボットの懐に潜り込もうとした結果、逆にマウントをとられ、その重さを存分に武器にされてしまった。だが、同じ失敗を二度と繰り返さないために、今度の戦いでは、徹底的に上を取り返す事を、セブンは意識している。
ウエイト差ではどう足掻いたって勝てない以上、少しでも有利をとるために、普段は平均40m程度に留めている巨大化も、今回ばかりは、限界ギリギリの50m強まで上背を伸ばすことで、なんとか対抗しようとしていた。
敵軍にとって、あのロボットが車両なのか船舶に相当するのかは分からないが、関係ない。
こうなったら、船も戦車も、ひとひねりだッ!
とことんまでやってやるぞ!
「ダアァ!!」
気炎を吐いて、一回り大きい長身で覆いかぶさるセブンの体を、しかして表情をまるで変える事無く、片手一本で吹っ飛ばすキングジョー。
大の字で海面に没する深紅のファイター。
いつもより大柄になったセブンすらをも、寄せ付けない強さ。
なんというパワー! 恐ろしい威力!
だが……間違いない。
身一つで、ロボットと格闘したセブンだからこそ、ひしひしと感じる敵の弱体化。
一度目の戦いのときよりも、感じる圧力が確実に減じていた。
やはり片足が不自由なためか、踏ん張りがきかず、その驚異的なパワーを、奴は十二分に発揮できないでいるのだ!
海中で倒れるセブンを、そのまま沈めてやろうと、猛然と追撃をかけたキングジョーを襲う爆発、爆発、爆発!
敵ともつれ合うセブンへの誤射を防ぐため、じっと息を潜めていた埠頭の軍艦たちは、二体の巨人同士が離れるこの瞬間を、虎視眈々と待っていたのである!
猛烈な炎と煙によってキングジョーのセンサーが攪乱される。
この隙にセブンは水中から身を起こし、態勢を立て直すことが出来た。
しかし……
「構わんッ! このまま正面にデストレイ一斉射ッ!」
「デュアッ!? オオッ!」
煙の向こうに薄っすらと見える陰に向けて、光線をめくら撃ちするキングジョー
サイズの小さな軍艦を、ロックオンせずに撃ち抜くのは困難だが、眼前で直立しているであろう同サイズの物体に対しては、もはやそのような精密射撃は必要ないのだ。
腰や肩に光線が命中し、肌を焼かれる感覚に苦悶の声を上げるセブン。
だが、こんな痛みがなんだというのか……?
彼らの味わった痛みと恐怖に比べれば、どうという事はない!
つい先刻まで通信で戦況を聞いていたセブンは、知っている。この光線の威力も、本来のそれより随分と落ち込んでいるという事を。
開戦当初は、行く手を阻む軍艦の艦種や大小に関わらず、たった一発の射撃で尽く沈めて見せた破壊光線だったが、沖合での海軍との死闘が佳境に差し掛かった頃には、戦艦を撃破するのに三発
時間稼ぎなどと、とんでもない! 彼らの作戦は、そのたった一つしかない大切な命と引き換えで、着実に敵の力を削ぎ落しているじゃないかっ!
彼らがいなかったら、この三倍の威力の光線が、自分を焼いていたのかと考えると、セブンは背筋の凍る思いがした。
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防衛センターで、今まさに、一人の女性科学者が、歓喜の声を上げる。
「できた……出来ました! これで問題なく作動するはずです。ドクター!」
「おお! あの宇宙人の兵器を撃滅する武器が、ついに完成したのですね、博士!」
アンダーソンの精製した特殊な放射性物質を、ツチダ博士の設計した新型爆弾の弾頭へセットし、ついにライトンR30爆弾が誕生したのだ!
「はい、キリヤマ隊長。この弾丸は、弾頭から発生した放射能を、装甲表面へ照射することで、金属の剛性を無効化してしまいます。着弾の瞬間、あのロボットの体は、スズより脆く、なるのです」
「そうして、装甲を突破したあと、弾体後部に隠された新型爆薬が、遅延信管によって爆発し、敵の最重要区画を滅茶滅茶に破壊します」
「よくもそんな威力の新兵器を、こんな短時間で……」
「弾丸そのものは、ドクターが、あらかじめ作ってくれてありましたから、ワタシは、弾頭に使う、ラドンの化合に、集中するだけでよかったのです」
「いえ私だけでは、最後の最後で敵を突破する方法がわかりませんでした。アンダーソンさん、あなたの協力が無ければとても……」
ジェラルミンケースに収められた試作品を、大事そうに抱えるキリヤマ。
これで、みんなの命を救う事が出来る。
「それでは、行ってまいります!」
「……待って下さい、キリヤマ隊長」
「アンダーソンさん、まだ何か……?」
「……どうか、ワタシも連れて行ってくださいませんか。あのロボットの……キングジョーの最期を見届ける、責任があります」
「……いいでしょう。では我々と共に!」
「ハイ!」
センターに横付けしたポインターと、マーヴィンのエージェントカーに、新兵器と共に、乗り込む一同。
グネグネとした六甲山の山道を駆け下りていく車列。
新爆弾を運ぶ緊張で、ガチガチに固まって安全運転する新人隊員に、もどかしく思いながらも、キリヤマが優しく諭す。
「キミ、急いで」
「は、ハッ! では、失礼させていただきますッ!」
尊敬する隊長に、直接声をかけて貰った嬉しさで、半ば裏返った声の青年隊員がボタンを押すと、ポインターは車体下部からホバーを吹かせ、ふわりと空に舞い上がった。すかさずそれに続くマーヴィン車。
ドロシーの願いを、目的の場所へ届けるために、銀の靴が、蒼い空を駆けていく。
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セブンとキングジョーの激闘は、一進一退。
どうしてもセブンが、やや押され気味ではあるものの、原作よりは多少マシに推移している……ように見える。
「またセブンが離れたぞ!」
「撃て! 撃て!」
本編時では弾き飛ばされた際の隙をカバーできず、キングジョーに馬乗りされていたが、今は防衛軍の援護射撃でセブンの姿を隠す事で、なんとかその事態だけは避けられている。
その分、破壊光線による被害が出てしまっているが……
「……だめだ! 奴め、そろそろ煙幕があろうがなかろうが、気にせず撃ってくるようになってきたぞ!」
「やっぱり、あんなに大きな体を持つセブンの姿は、完全に隠せない……そして分離する気配も見せない!」
「それはそうだ、我々の前で分離したら、ハチの巣にされるのが、敵も分かってるんだ」
石炭を乗せたはしけを、100万馬力で持ち上げたキングジョーは、それをまるで盾のように掲げて砲撃を防ぎながら、セブンに向かって突進する。
堅い船底で殴り飛ばされたセブンが膝をつき、そこへ目掛けてハンマーのように船を振り下ろすキングジョー。
そうはさせじと、海軍のタイミングを合わせた集中砲火によって、先端が割れ砕け、リーチが短くなった得物が空を切る。
「新兵器は、まだ来ないのか!」
焦れる我々の耳に飛び込む、聞きなれたブレーキ音。
銀色の車体が、光を反射して、普段より一層輝いて見える。
おお、ポインターの到着だ! 間に合ったか!
下車した隊長が、大事に抱えたアタッシュケースを開き、新型爆弾ライトンR30を取り出した。
慎重なツチダ博士が、俺達に念を押してくる。
「この爆弾の効力は、はっきりいってまだ未知数だ。できるだけ至近距離で撃ってください」
「了解!」
受け取った爆弾を、コンバットジープに懸架されたバズーカに込める。両手にズシリと、弾丸が持つ重量以上の重みを感じた。
「……装填完了」
「よし、弾丸はこれ一発だけだ。撃ち損じたらおしまいだぞ!」
「……わかっています。俺に……俺に撃たせてください」
砲撃手として志願する臆病者の顔を、真正面から見据える隊長。
彼の使命感に満ちた瞳を、まんじりともせずに見つめ返す。
「……行け!」
隊長は、射手を代われとは、言わなかった。
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「やはり、マニピュレーターで武器を保持する戦術は、近接戦闘において効果的なようですね」
「野蛮人の戦い方も、たまには参考になるではないか……だが、小舟ではだめだ」
「リーチが増大しても、武器そのものの耐久性がキングジョーの腕部以下では……殴った方が早いですか?」
「いや、丁度良いものが、浮かんでいるではないか。次は……アレだ」
キングジョーはいったん、深紅の巨人から興味を失ったかのように、ぐるりと向きを変えた。
セブンは少しだけ戸惑ったが、敵が足元の駆逐艦に手を伸ばしたのを見て、慌てて割って入った。
艦橋を掴む左手へ向けて、何度もチョップを連打し、全体重をかけ、艦が持ち上がるのをなんとか押しとどめようとするが……
「そおれ、今だ振り回せ! ぺダンエンジン全開!」
キングジョーは自分の体自体を回転軸とし、全身の駆動系をフルパワーで稼働させた。すさまじい馬力に遠心力を追加して、組み付くセブンを振り切ったあと、態勢を崩したセブン目掛けて、横合いからバットのように駆逐艦をフルスイング!
さしものセブンも強烈な衝撃に、もんどりうってダウンし、振り回された艦からは、無数の海兵が悲鳴を上げながら、ばらばらと空中へ投げ出されていく。
それだけでも目を覆いたくなる惨状だったが、艦内はもっと悲惨であった。
重要区画で立っていた船員たちは、いきなりのことに備える間もなく、セブンと激突した際の衝撃で、軒並み壁面に叩きつけられ、ただの真っ赤なシミになってしまっていた。
いや、その方が幸せだったかもしれない。その地獄のような光景を見ずにすんだのだから。座っていたか、たまたま何かに捕まる事が出来た者は、例え即死は免れたとしても、もはや虫の息でしかない。
そんな、警報ランプの点滅する艦橋で、僅かに呻く者がいた。
「かん……ちょう……!」
駆逐艦ゆきかぜの副長である。
敬愛する上官は、先程咄嗟に自分を庇って、操舵輪へ頭から突っ込んでいった。
艦長がクッションになったお陰で、艦橋でただ一人、彼だけは、即死することを免れたのだ。
もし息子が居れば、お前のような男に育てたかったと、身寄りもおらず、ただ尖っていただけの未熟な自分を、時に厳しくも、確かな優しさで、ここまで引っ張ってくれた艦長。
こんど娘が20歳になる、彼女が生まれたときに酒を買ったが、娘も妻も下戸なのだと、だから一緒に飲んでくれと、気恥ずかしそうに笑っていたじゃありませんか。
もう一人の父親とも言うべき彼の瞳は、今やしとどに流れる血に染まり、ただの曇ったルビーのように、虚ろな光を投げ返すのみ。
胸の奥で、めらめらと憎悪の炎が燃え上がり、まだ僅かに動く首を回すと、窓から、あの機械仕掛けの悪魔と目が合ってしまった。
奴の無機質で冷たい顔は、俺から愛してやまない父を奪っておきながら、まったく感情らしい感情を、ひとつも見せやしない。
何の感慨もなく、ただ平然とそこに突っ立っているだけだ。
「お前たち、さえ……こな……ければ……!」
横倒しになった艦からは、波間に光を反射し、碧く煌めく海面が見えた。
そうか、奴は今この船を持ち上げているのか。
ということは……俺達の真下に、ウルトラセブンがいるのだろう。
あの冷血な怪物はきっと、この船の硬い艦底で、これから彼を、散々に打ち据えてしまうつもりなのだ。
俺達の船で? 俺達の魂で……?
そんなこと……そんな屈辱的なことが、許されるのか!?
この神戸を守る為に、共に戦ってくれた戦友に対して、そのような仕打ちの片棒を担がされるなんて……断じてあってはならない……!
そんなことの為に、俺達の……艦長の誇りを……使わせてなるものかッ!
「……思い通りには……させんッ!!」
赤く染まる視界の中で青年は、厳重に保護されたレバーに向かって、ボロボロの右腕を伸ばした。