転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
パラシュートを木々の間にテントのように張って、ダニ除けにして、中で休憩する俺達。
「さぁ、これを食べて元気を出すんだ!」
ヘルメットから非常食を取り出すアマギ。
防衛軍謹製の糖衣チョコレートだ。おいしい……
でも、その泥だらけの手袋では、渡してこないで欲しい。ばっちいから。
「アマギ……、お前は落ち着いているな……」
「お前ほどじゃないさ。あんな事があったのに、よくも耐えられる」
「俺は、みんなが助けてくれると信じてる……いや、分かっているからな……」
「いくら仲間を信じていてもだ……俺は、つくづく遭難したのが、お前と一緒で良かったと思っているよ」
「本当か?」
「ああ、こんな時だから言ってしまうが……ソガ隊員と一緒だからこそ、僕もこんなに落ち着いていられる……アンタなら……」
「サバイバルなら、隊長やフルハシ先輩の方が頼りになると思うがね」
「いやあ、そうじゃない……心の持ちようの話さ。確かに彼らの方がなんとかしてくれるかもしれんが……気が張り詰めて、先に参ってしまうよ。僕はね……あの時、敬語なんかいらない、ただのソガでいい、って言ってくれたアンタを、尊敬しているんだ……」
「……何の話だ?」
「ふん、覚えてないのか? 僕は飛び級に次ぐ飛び級だったから、入隊時期がズレてしまったせいで、同期が同じく飛び級組のアンヌしかいなくて……彼女とも接し方がうまく分からずに、馴染めなかった。そこへアンタが……軍隊じゃ年功序列で疲れるだろう、年もそう変わらない、俺に対してだけは、お互い遠慮なく、兄弟みたいに仲良くやろうって……そう言ってくれたんじゃないか。ソガにとってはどうでもいい事かもしれないが、当時の俺にとっては大事な事だったんだ……感謝しているんだよ……」
「そうか……」
そうだったのか……いやほんとに記憶にない。
……だが、アマギが嘘を言っているのでもないだろう。
このナイーブな新入りコンピュータ野郎を、どうにかしてやれんものかと、ずいぶん気にかけていた記憶の方は、しっかりあるからだ。
多分、その時のソガにとっては、自分に対する敬語やなんかなんて、いらないと言ったのを本当に忘れてしまうくらい、なんてことない自然な事だったんだろうなぁ……
「まったく、本人の方が覚えてないなんざ、呆れちまって、感動が醒めてしまったよ。こんな奴の言葉を、有難がっていたなんてな」
「ハハハ……悪かったよ。お前みたいに立派なおつむをしてないんだ。お前がホームシックでビービー泣きだしてたら、思い出したかもしれんが」
「言ったなぁ、こいつ! ……ハハハ!」
「ハハハ……シッ! なんだこの音は?」
「また奴が来たのか? 俺達をおちょくりやがって……!」
俺達がウルトラガンを構えて、テントを飛び出し、外を見上げると……
そこには真っ青な天体が浮かんでいる……
「あれは……月?」
「月じゃない……地球だ……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「どうだった?」
「だめです!」
「霧はどこにも発生していませんわ」
捜索から帰還したダンとアンヌが首を振る。
やはりソガの言う通り、地球上ではない異空間に……
「隊長、アマギ隊員です」
「はい、本部」
「隊長、我々のいるところは地球ではありません……」
「なに!」
「どうも、ある空間に引っかかっているんです。脱出不可能です。救援願います!」
「おそらくこの空間は、成層圏のどこかにあります! 上空に地球の日本列島が見えるんです!」
「おい、アマギ! ソガ! どうしたんだ?」
それを後ろで聞いていたマナベ参謀が、何かに思い至る。
「疑似空間だ、キリヤマ!」
「疑似空間?」
「2年前、私がワシントン基地に勤務してる時、一度現われたことがある。大気圏内に不可思議な空間をつくり、獲物を狙うんだ!」
通信機ごしに不快な鈴の音が聞こえてくる……
「なんだ、あの音は?」
「ベル星人に間違いない。あの鈴の音は、脳波を狂わせる恐ろしい力を持っているんだ!」
「二人を早く助けなければ!」
「それは非常に難しい。2年前、擬似空間に捕まった旅客機を救出するために、200名の隊員が出動したが、発見することさえできなかった」
「擬似空間を突き止めることは、不可能だとおっしゃるんですか?」
「残念だが、その通りだ。アンヌ隊員……」
通信機ごしですら、頭痛を引き起こすベル星人の怪音波に、思わず顔をしかめるマナベ参謀。
「ボガード参謀のご兄弟も、その時に……見つかったのは、血だらけの衣服だけだ……」
「そんな……!」
「死なないと脱出できない空間……」
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通信を終え、テントに戻った我々は、再び聞こえた鈴の音に、周囲を警戒する。
なにやらもぞもぞ動く地面を注意深く見ていると……下から巨大な蜘蛛型の化け物が姿を現した! グモンガだ!
鼻から塩素やアンモニアの混ざった緑色のガスを噴出しながら、俺達に襲い掛かるグモンガ。
とっさにヘルメットのバイザーを下げて、防毒マスクにすると、ウルトラガンで撃退しようとして……唖然とする。
……弾が出ない!
そうだ、訓練用にエネルギーはいつもの半分しか入れていないのか!
貴重な弾を、ベル星人を追い払うのに使ってしまった!
「ソガ! スパイダーだ!」
「よし分かった!」
別にアマギは今更、敵の見たままを言ったわけではない。俺は慌ててテントに戻り、組み立てておいたバーチカルショットガン、別名『スパイダー』を取り上げる。
「おもっ……」
かつて作成されたスパイダーショットを参考に、基地警備用のショットガンを熱線砲へリファインしたこのスパイダーは、個人で携行するには重すぎる。アマギの頭脳をもってしても、熱核融合炉の小型化が、ギリギリのサイズになってしまったからだ。 そういう意味では、兵器としてはまだ試作段階と言えよう。
この武器が、どうしてここへ持ち込まれていたかと言うと……サイズ比に対しての高密度重量から、まさしく文字通りの重しとして、アマギの荷物に入っていたのだ。
実は今回の訓練をするに当たって、極東基地にはアマギの八頭身体格に合うサイズのハーネスがついたパラシュートは無かったので、ワシントン基地からわざわざ取り寄せたという経緯がある。
すると今度は落下傘の形状がキノコ型ではなく、細長いラムエアータイプだったもので……ひとりだけ風に流されて別の地点に降下してしまわないよう、安定性を増すための重しに、このスパイダーが丁度良かったという訳だ。
ありがとうアマギ、お前がヒョロガリのっぽでなければ、弾切れで死んでいたぞ。
「そがぁ! はやくぅううう!」
「伏せろアマギ!」
俺はただでさえ重たいスパイダーの射撃反動を抑えるために、木にもたれるようにして体を預け、しっかり固定してから狙いをつける。ターゲットは、アマギに覆いかぶさるように立ち上がる、奴の眉間!
ありがとうソガ、正しい射撃姿勢をオレに教えてくれて……狙撃の名手は伊達ではない。
熱線が額に命中し、小爆発を起こして倒れ伏すグモンガ。断末魔代わりに毒ガスを噴射しながら絶命する。
死体の下からアマギを救出し、彼の手を引きながら森を出る。毒ガスに汚染されてしまったので、どっちみちあの仮拠点は放棄せざるを得ない。
とにかくさっきの場所から遠ざかろうとしていると、ビデオシーバーに着信がある。
「ホーク1号よりアマギへ、聞こえたらビデオシーバーの発信を続けろ。ビーコンで逆探知して、場所を突き止める」
「おい、隊長の声だ!」
「うまく我々を探知してくれよ……!」
それならば、電波が途切れないように、開けた場所にいかねば……
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「アマギィ!」「ソガ隊員ー!」「どこにいるんだー!」
ビーコンを頼りに、怪しげな積乱雲の中に突っ込んだウルトラホーク1号は、霧のかかった森の上空を飛んでいた。
間違いない! ここが疑似空間だ!
森の近くにホークを着陸させ、大声で呼びかける隊長、ダン、アンヌの三人。
「あ! アマギ隊員のパラシュートだわ!」
特注品の彼の落下傘はすぐ分かる。
つまり、彼らもこの近くにいるという事!
その時、三人の耳に響く、聞きなれた悲鳴!
この気でも狂ったような雄叫びは間違いない!
「ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ア゙ア゙~↑!!!」
「あっちだ!」
「たっ……たっsア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ア゙ア゙~↑!!! オオぉおお!?」
「ソガ隊員の声だ!」
悲鳴の元へ駆けつけるとそこには、ツタ植物に絡まれ動けないところを、巨大な蜘蛛型の化け物に襲われている二人の姿!
あの幅の広い特徴的な葉をした植物は……スフラン!? 多々良島やジョンスン島にしか生息しない筈では!?
助けようと近づいた三人に、ガスを噴いて威嚇する巨大グモ。
バイザー降ろして防御する三人。
「たすけてェェェエエエエ!」
「隊長、この怪物は僕に任せて、アマギ隊員とソガ隊員を!」
「よし!」
怪物をダンに任せ、二人に絡みついたスフランをレーザーで焼き切っていく。
「さ、早く!」
「早くウルトラホークへ! あとは自分が!」
「頼むぞ!」
「う……ジュア!!」
ダンは飛び掛かってきたグモンガを投げ飛ばすと、奴の開いた大きな口内に目掛けて、ウルトラガンの引き金を引いた!
隊長とアンヌに肩を支えられ、這う這うの体で逃げ出す二人の背中を見送ったダンの耳に、不快な音波が叩きつけられる!
獲物を逃がしてなるものかと、ベル星人が襲ってきたのだ!
このままでは変身できない……! かくなる上は!
ダンは気力を振り絞ると、ウルトラテレポートで奴の背後に回り、そこでようやく変身できた。
しかし、大幅にエネルギーを消耗してしまう。
自分と同サイズの敵の出現に、ベル星人も戸惑ったが、得意の怪音波を浴びせかけ、セブンすらも苦しめる。頭を抑え身動きのとれないセブンを、コオロギのように優れた脚力で、散々に蹴りまわすベル星人。
……しかし徐々に音波に慣れてきたセブンが、即座に立ち上がって飛び蹴りで迎撃すると、今度は逆に足固めを食らわせる!
これにはベル星人もたまらず、隙を見て空へと飛翔し逃走するしかない。
逃がすものかとセブンの放ったアイスラッガーを、硬い外骨格で弾き返すと、壮絶な空中戦が始まった!
雲の中へ逃げ込み、セブンを振り切ったと星人が安心したところへ、まわりこんだセブンが前方からのヘッドオン! キリヤマ仕込みの空戦の妙は、ただの捕食者にすぎないベル星人には無いものであった。
そのまま足を掴んでグルグルとその場で回転するが、それが最高速度に達する前に、ベル星人自慢のキックで逃げられてしまう。
回ってもなんとかならないとは!? 恐ろしい奴!
それもそのはず、彼にだって父親としての意地がある。
ここで死んでしまっては、いったい誰が卵の面倒を見るというのか!
セブンもベル星人も、お互いに必死であった。
だが、逃げる星人を追うセブンの、銀色に輝く双肩には、この地球に住む、全ての生命の平和という、重大な使命が背負われているのだ! その決意は、ベル星人が卵に注ぐ熱意よりも、はるかに堅く重い!
彼がその両腕をピッタリと合わせると、リング状のスパイラル光線が発射される。
光線が背中に着弾し、臀部の呼吸管をことごとく破壊されてしまったベル星人は、傷口から煙を吹きながら、卵のある大きな沼へと、ふらふら落下していく。
着水し、退くに退けなくなった星人を、セブンは執拗に水面へ沈め、気門の塞がった彼を弱らせていった。硬い外骨格をもつベル星人に勝つには、こうするしかなかったのだ。
だが、これも因果応報。ベル星人は、愛する子供の為とはいえ、この地球で何千何百と言う人々を、その手にかけてきた、紛れもない悪魔なのだから。
「あ、森が消えていくわ!」
「脱出だ!」
ホークに戻った俺達の前で、どんどん森が消えていく……セブンがやってくれたんだな。
「隊長、ダンがまだです!探してきます!」
「あぶない!もう間に合わん!」
「でもダンを見捨てるわけには…」
「あれを見ろ!」
端からどんどん消滅していく疑似空間。このままではホークが離陸できないまま一緒に消滅してしまう!
「位置につけ! ……いくぞ!」
まあまあアンヌ、ダンは大丈夫だからさ……それより俺達の傷見てくれない? さっきから痛くてたまんないんだけど……寄生虫とか病気とか……オレ嫌だぜ?
「疑似空間を作り出すなんて恐るべき宇宙人だ……こんな言葉を知っているか? 神なき知恵は、知恵ある悪魔をつくることなり……どんな優れた科学力を持っていても、奴は悪魔でしかないんだ!」
二人の部下を救う事ができた代わりに、ダンを見失った隊長は悔し気に呟く。
そんな時、通信機から、彼の訓示に答える者がいた。この声は……!
「隊長! 知恵ある悪魔から地球を守る我々の任務は、非常に重大だという訳ですね……?」
「ダン! どこにいるの?」
「ベータ号です」
「……みんな無事だったんだ! 良かった……良かった……ッ!」
満願の笑みのキリヤマ隊長と、ほっとした表情のアンヌ。
ついでに緊張の糸が切れて、腰が抜ける俺達。
――こうしてアマギとソガにとって恐怖の数時間が終わりを告げた。しかし、広大な空の上にいつまた擬似空間が張り巡らせるかもしれません。なにしろベル星人は、知恵ある悪魔なのですから……
という訳で、第18話「空間X脱出」でした。
いやはや、スカイダイビング中にこんな森に迷い込むとか、トラウマもんですわ。
作者なら、例え生還できたとしても、その日のうちに除隊願いを提出しますね、間違いなく。
ベル星人が死なないと脱出できない空間……まさに悪魔の罠です。
ベル星人が倒されてから、原因不明の遭難事故は随分減りましたね?
でも……ゼロではない。
もしかしたら、この地球には……まだ……?