転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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零下40度の対決(Ⅳ)

雪に埋もれるウインダムが、身を起こそうと膝立ちになるが、そうは問屋が卸さない。ガンダーは、この妙にぺかぺかした敵の背後をとって、動きを封じてやるために、積もった雪を跳ね飛ばして急接近すると、その背中へのしかかろうとした。

 

しかし、ウインダムは腰から上をぐるりと一回転させると、驚愕に染まったガンダーの顔目掛けて、額から至近距離でレーザーショットを叩き込んだ! 通常の生物とは関節の構造が異なるウインダムであれば、このような芸当も可能であった。思わぬ奇襲に、流石のガンダーも意表を突かれ、喉元を強かに焦がされる。

 

してやったりと、高らかに雄叫びを上げるウインダムを睨みつけるガンダーの双眸には、ブリザードの様に激しい怒りと、つららのように鋭く冷ややかな殺意が込められていた……そう先程、地下でフルハシ達に焼き払われたはずの顔面と左目は、もうすっかり元の形を取り戻してしまっている。ウインダムはそもそも、この怪獣が人類に手酷い逆撃を食らった事など知りもしなかったので、何ら不思議には思わなかったが……その程度には、先のダメ―ジを回復してしまっていたのである。

 

Gastropoda pulmonata……末端チブル細胞を一片、かの星から引き抜いてきて、この怪獣を見せつければ、そう答えたかも知れない。ガストロポーダ(腹足綱)プルモナータ(有肺類)つまりポール星人の支配圏一帯に広く分布する陸生貝類のうち、最も大型で知られるこのガンダーという種は、体組織のほとんどが、水分とそれを包む粘液の膜、そして、その間を補強する少量の繊維質で構成されていた。

 

地球産のマイマイと大きく違う点は……それらが全て凍っている事。ガンダーは、本来は不定形な自分の体を、あっという間に凍結させる事で、強度も形状も自在に操る事ができる。ただの氷と侮るなかれ、繊維を含んだ氷と言うのは、衝撃に対して防弾ガラスのような強度を誇り、さらに周りが氷点下でさえあれば、そこへ水をかけるだけで簡単に補修が効く。ガンダーは全身がパイクリート材で出来た、氷の彫像なのだ。

 

例えどのような損傷を負おうとも、即座に傷が凍りつき、体液の流出を防ぐ。そうして、あとはゆっくりと周囲の水分と冷気を吸い取って、じわじわと再生していくだけだ。そんなガンダーにとっては、この一面の雪原と猛吹雪の全てが、肉体のスペアパーツといっても過言ではない。

 

自身のホームグラウンドたる、超低温環境化では、無敵の――もっとも、同系統能力の究極系とも言えるグローザ星系人ほどの不死性と即効性はないが――再生力を持つガンダーを倒そうと思ったら、一度にその生命を脅かしえる攻撃をぶつけるしかなく、即死級の攻撃以外はほぼ無傷と言って差し支えなかった。

 

そして、この怪獣が恐ろしいのは、なにも生命力だけの話ではない。

 

ガンダーは、柔軟性に富んだ自身の腕部を、根元から螺子を巻くように捻ってタメを作ると、ウインダムの胸部装甲目掛けて、思いっきり突き出し、振り抜いた! 限界まで引き絞られた弾性の力が解放され、バネ仕掛けのように勢いよく飛び出し、拳の先端に配置された四つの鋭い爪が、ウインダムの胸を抉り、盛大に火花をまき散らす!

 

余りの威力に、胸の奥に格納された油圧パイプまで圧迫され、口の端から漏出した真っ白いオイルを泡のように吐き出すウインダム。これぞ、伝家の宝刀コークスクリューパンチ!

 

ガンダーは、地中を掘り進む際、まず口から吐いた冷却ガスで、岩石内部の水分子を凍結、膨張させる。そうして構造が脆くなったところへ、先程のように回転させたドリルパンチをお見舞いして、どんなに硬い岩盤でも粉々に粉砕してしまうのだ!

その掘削作業は、霜柱を踏むより容易く、空き巣の使うガラスカッターのように静かだ。だが、それを攻撃に転用すれば、どんなに凄まじい破壊力を弾き出すかなど、もはや語るまでもない。

 

ウインダムの鳩尾へ、次々に降り注ぐ拳と爪の嵐! このままこの白銀の戦士は、巨大な蝸牛に打ち倒されてしまうのだろうか……?

 

否! 断じて否!

 

勢いに乗るガンダーの横面へ、猛烈な右フックが叩きこまれた。ウインダムが自身の手首から先を激しく回転させながら、敵の頬を張り倒したのだ! ……コークスクリューパンチ? ドリルブロー? 上等だ。それができるのが、お前だけとは思わない事だ!

 

ウインダムは、物理的なダメージに強い。ガンダーからの猛攻の中で、痛みに怯まず反撃の糸口を掴んだのは、頑丈さと、不屈の忠誠心を兼ね備えたウインダムだからこそ。ガンダーがこれまで狩って来た有機生命体とは、一味も二味も違うのである。

 

この尋常ならざる耐久性を持つウインダムにとって、非常に不愉快極まりないのは、狡猾な円盤にレーザー砲等の精密射撃で、弱点であるビームランプを正確に撃ち抜かれる事と、磁力や電波による攻撃だけだ。

前者については、そういった相手へ唯一対抗できるのもまた、現状ウインダムだけであるので、渋々ながらも自分がやるしかない。対空戦闘はアギラが成長するまで、引き受けざるを得ないだろう。そして後者については、大切な仲間であり最大の好敵手たるミクラスに、ほとんど効果を及ぼさないので、まったく心配していなかった。

 

……ああいや、一応はもう一つあった。自分やミクラス……というより有機生命だろうが機械生命だろうが、等しく抗う術なく致命的なのが、高圧電流による攻撃なのだが……それについて考慮する必要は全く無い。なぜなら、電流攻撃に対しては、なによりも彼らの主人が、生命体としてありえない程に、その手の攻撃に強い耐性を持っているからだ。

 

とにかく、普段からそんな飛行円盤の相手ばかりさせられているウインダムにとって、この手の怪獣と正面から持久戦を繰り広げる方が、ずっと気が楽というものだった。むしろ相手にとって不足なし、もはや冷気もドリルもなんするものぞ!

 

銀世界のど真ん中で、ガンダーが繰り出す、コルク抜きのように鋭い拳と、これまたウインダムの放つ、旋盤の如き危険さを孕んだ拳が、何度も激しくぶつかり合って、氷屑と火花を散らす。

 

 

【挿絵表示】

 

 

一合、二合と何度か打ち合っていくうちに、どうやらこの怪獣は、なぜか左側への攻撃と、その迎撃に問題を抱えているらしい事に気付いたウインダム。彼の電子頭脳が、敵の行動予測と反応結果のデータを擦り合わせ、導き出した答えは、左目がよく見えていないという事だ。なぜかは知らないが、これは使える。

 

冷静に敵の死角へ回り込むような立ち回りを心がけるようにしてやれば、随分と与しやすい。あと、もうしばらくは時間が稼げそうだと、内心でほくそ笑むウインダムは、ふとあの地球人に思いを馳せた。

 

彼はもう脱出できただろうか? 主人の為にも早く救援をよこして欲しいところなのだが……どうして彼はああも足が遅いのか。不整地走破能力を向上させる為に、下半身を履帯に換装した方が良いのでは? ……まあ、あの豆鉄砲を腰から抜いて、こちらへ加勢しよう等と考えなかっただけマシなのかも知れないが。

 

なにせ……こうしている間にも、死角からの攻撃に対して、敵の反応は徐々に良くなってきている。どうやら左側の視界に関する敵側の問題は、そろそろ解決の兆を見せ始めているようだ。ならばこちら側の問題も早いところ解決して欲しいものだが……

 

そう考えるウインダムの眼前で、ガンダーの左目が、眼柄ごとこちらへギョロリと向いた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

防衛軍基地では、必死に動力ケーブルその他の復旧作業が行われていた。

だが、あともう少しという所で、寒さに倒れる隊員がチラホラと出始める。

 

「キンジョウ! 寝るな! 目をあけろ! もう少しでメディカルセンターだぞ……」

 

そんな彼らが運び込まれた先では、アンヌと、元軍医のアラキ隊員達が、ベッドや毛布の間を縫うように動き回って、必死に低体温症の措置を続けているではないか。

やっとこさたどり着いたメディカルセンターの中すらも、外と変わらぬ寒さ。とっくに暖房器具は止まってしまっていた。

もはや、患者に満足な治療ができず、医務室を飛び出し、作戦室に飛び込んでくるアラキ隊員。

 

「長官! 300名の全隊員を、基地から退避させてください」

「退避?」

「そうです。基地内部の気温は零下90度。このままでは全員凍死してしまいます!」

「隊員の命が危険だというのか?」

「はっ……医者として、とても責任がもてません。お願いします、すぐ退避命令を……!」

「……」

「長官!」

「……基地を見捨てることは、地球を見捨てることと同じだ。我々は地球を守る義務がある。退却はできん!」

 

長官とて、苦渋の決断だ。苦々しい表情からも、それがありありと伝わってくる。

だが、アラキ隊員は、それを意図的に無視した。いや、しなければならなかった。

彼は、軍人の前に、一人の医者である。

ヤマオカ長官の判断は、防衛長官としては至極真っ当なものだ。だが、アラキ隊員の主張とて、メディカルセンターの医師として、引き下がるわけにはいかないのだ。

 

「いいえ、もうガマンができません。長官、隊長。隊員が……どうなってもいいと仰るんですか? 全員ここで、討死にしろとおっしゃるんですかっ……!」

「アラキ隊員! 君には、長官の気持ちがわからないのか!?」

「わかりません! ……わかりたくありません! 使命よりも人命です。人間一人の命は、地球よりも重いって、隊長はいつも私たち隊員に……」

 

アラキ隊員の反論に、キリヤマは口を開きかけ……それでもその先を紡ぐ事が出来なかった。確かに、常日頃から口にしていた信念を、翻す訳にはいかなかったからだ。アラキ隊員の敬意と期待を、裏切る訳にはいかなかった。そして、その言葉を自分に授けてくれたのは……アラキから目を逸らすキリヤマ。

 

その様子を、隣でヤマオカは重く受け止めた。ヤマオカに、口を噤んで板挟みになった部下の気持ちが分からない筈がなかった。そしてなにより、かつて自分がその部下を叱咤激励した際の言葉が、今なお彼の、そしてさらに現場の隊員達の心へと受け継がれ、刻まれているのだと確認した以上、よりによって己が吐いた唾を吞むような真似は、到底出来なかった。

 

「……キリヤマ隊長……アラキ隊員の言う通りだ。……地球防衛軍の隊員も一個の人間。人間の命は何より大切だ……だが、退却はせん」

「長官……」

「これより、イハカサ作戦の発動を承認する!」

「や、ヤマオカ長官……!」

 

長官が、その作戦名を告げた時、キリヤマの表情は劇的に変化した。

だが、周囲で聞いていた隊員達は、それが何を意味するのか分からず、一瞬の空白ができてしまう。

 

「イハカサ作戦……?」

「隊長、長官……失礼ながら、それは一体、どのような……?」

「内容としては、簡単だ。……予備電源を起動する」

「予備電源ですって!? そんなものがこの基地に存在するとは寡聞にして存じません! 一体どこに……」

「富士山頂だ」

「なんですって!?」

 

地下基地は、高い堅牢さと隠匿性を保持できる代わりに、地下であるからこそ、その代償として増改築が非常に困難であった。新たな設備をこさえようと思えば、凄まじい労力と時間を要するのは当然の事。であれば、予備電源なるものが、設計当初に存在しなければ、それを秘密裏に作り上げる事は出来ないはずだ。

 

驚くアラキ他隊員であったが……なるほど、地上施設ならば、増築の幅がある。だが、そんな物は、地下の秘密基地の意義を大きく揺るがすものだ。動力すらも他に頼らず、全てを自給自足に地下で完結させたのは、敵の侵入経路を最小限度に絞る為であり、連結した地上設備が増えれば増える程、脆弱性は増す。

 

「そうだ、故に今まで秘匿され、一度使ってしまっては、二度とは使えぬ手だ。それに、建設に着手したばかりで、現段階では、予定の半分程も出力を確保できん。……だが、隊員達の命の前で、背に腹は代えられん。こういう時の為の、備えであり、予備だ。そうだな、キリヤマ隊長?」

「はっ……まさに、長官の英断へ、全隊員に変わって敬意と感謝を……」

「問題は、この予備電源で、一体どこまでの事が成しえるか、だが……」

 

作戦室でヤマオカが低く唸ったその時、凍える室内に飛び込んできた者がいた。

 

「……隊長! 3号です……ホーク三号を、飛ばして下さい……!」

「……そ、ソガ! お前……!」

「自分が、行きます。行かせて下さい」

 

凍り付いた防寒服を脱ぎ捨てて、ソガが入り口に立っていた。


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