転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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零下40度の対決(Ⅶ)

γ号から投下されたナパームの炎が、ずるりと表皮から剥がれ落ちるのを見て、アマギが叫ぶ。

 

「隊長、ナパームゲルが滑り落ちるなど、普通では考えられない事です!」

「……なにっ! ナパームを満載した3号で焼き殺せないと聞いて、ただの生き物では無いと考えていたが……あの怪獣はいったい……」

「もしや……奴の体はそれそのものが、巨大な氷塊なのではないでしょうか? 油性燃料が付着しないとなると、そこに油分が存在しないとしか考えられません! 奴の体が氷……つまり水分の塊なら、あれを蒸発させるとなると、相当に困難でしょう」

「そうか、見た目通りのデンデンムシって訳か! ……てぇことはだ、アマギ。あの時の気化爆弾が効くんじゃないのか? アルプスの雪男みたいに吹っ飛ばしてやれ!」

「よし、やってみましょう!」

 

巨大な翼でぐるりと旋回したアマギが、今度はまた別の爆弾を投下する。それは乾燥気化爆弾。かつて使用された強力乾燥ミサイルの原理を応用し、ブリーブ現象による蒸気雲爆発を引き起こすよう改良された爆弾だ。弾殻が砕け、辺りに気化した火薬の霧を振り撒いた。そして……爆発。

 

破片や炎によらず、純粋な爆圧のみで広範囲を攻撃する事を目的に設計された爆弾が、ガンダーを、彼の存在していた空間ごと吹き飛ばした。その副次効果として、彼の体表から大量の水分が一挙に蒸発し、霧散する。

 

これでも、モデルにした兵器と比べれば、生物への加害効果としては穏やかなものだ。それこそ、巨大な怪獣を一瞬で粉末へ変えてしまうような兵器、あまりに危険すぎて、使い道に困る代物としか言いようがない。もっとも、今はその火力こそが欲しかった。

 

だが、流石と言うべきか、元々が凍結し、乾燥しきっていると言っても過言ではないガンダーには、十全な効果を発揮したとは言い難い。これが通常の生物であれば粉々になっていたであろうに……

 

「なんて奴だ! まだ生きてやがる! 化け物め!」

「くそ、駄目か……」

「待て! いい、それでいい……」

「一体何がいいんです、隊長!」

 

思った効果が得られず、悪態をつく部下達を、冷静に宥めたキリヤマは、次なる科学実験を発表する。

 

「フルハシとアンヌは奴の顔を炙れ!」

「といっても隊長、3号のナパームは、ソガの奴が全部使いこんじまって……」

「まだ残っているものがあるだろう。照明弾を直接照準して撃ち込んでやるんだ。アンヌは白リン弾で敵の視界を塞げ!」

「なるほど、こいつを焼夷弾の代わりですか! 了解!」

 

3号から打ち出された光球が、ガンダーの飛び出た目玉の根元に引っかかり、ぬらりとした鼻先をテルミットの炎で煌々と照らす。突然の強い閃光に驚いたガンダーは、その光るパラシュートを摘まんで取り除こうとするが……そこへ今度はすかさず、アンヌの放った閃光発煙弾が、異形の姿を覆い隠すように、白リンのベールをさっと被せた。

 

隙を生じぬ反復攻撃の前に、冷凍ガスで反撃する事も忘れ、苦し気に呻くガンダー。

 

「みろ、傷の治りが明らかに遅い。……やはり、奴には脱水と乾燥こそが、いっとう良く効くのだ」

「す、すごい……」

 

今や、怪獣の立っていた場所だけが、白いキャンバスから切り取られたように、地表の色を覗かせていた。気化爆弾は、ガンダー自身の水分を吹き散らす事は出来なかったが、その周囲の空間に対しては別だ。今、あの怪獣を取り巻く大気中からは、一瞬で水分が消し飛ばされ、長時間続く燃焼ガスの熱量は、吹き荒れる吹雪からガンダーを隔離する壁の役割を果たしていた。そこへ、照明弾や五酸化二リンの煙が持つ、強力な脱水作用と継続的な焼夷効果でもって、敵へ重篤な化学火傷を引き起こしたのだ。

 

「よく分かりましたね、隊長」

「なに、簡単な事だ。雪だるまを吹雪の夜に外へ出しておけば、次の朝には大きくなっている。それと同じに過ぎん。タネが割れてしまえば、どうという事はない」

「よし、では攻撃を続けましょう!」

「待て、深入りは禁物だぞ!」

 

再び、爆撃コースに入ったアマギのγ号だったが、ガンダーとてやられてばかりではない。体を丸めて、柔らかい顔面を隠そうと……いや、違う! これは大ジャンプの予備動作だ! ガンダーの柔軟な足は、それをバネのように使うことで、多少無理な態勢からでも、ダイナミックな奇襲を仕掛けることが出来たのだ。

 

初見ではとても気付かないような、間合いを外した体当たり。γ号の機動性ではとても避けきれないだろう。だからこそ、ガンダーはあの青くて大きい鳥を狙ったのだ。それが四羽の中で一番、曲がるのが下手だと見抜いていたから。

 

しかし、この攻撃に散々晒されていた者からすれば、その意図は丸わかりであった。鋼鉄の腕が、辛うじて敵のつま先を掴む。もんどりうって雪の中へ倒れこむ二体の怪獣。狡猾な罠を見破られ、悔し気に藻搔くガンダーへ、起き上がったウインダムがレーザーショットで追撃をかけようとするが……額から発射された光条は、冷たい大気の中をしばらく進んだかと思うと、吹雪に舞うようにするりと解け、弱弱しく霧散する。

 

「アッ! ロボットがもうガス欠だ!」

「見て、彼の体を! ……あんなになるまで戦ってくれたんだわ……地球のために……」

「これ以上頼る訳にはいかん! もう一度だ! 今度は慎重に行くぞ!」

「了解!」

 

まずキリヤマのα号から発射されたナパームミサイルが、ガンダーの体を捉え、紅蓮のドレスで飾り立てる。その向こうから陽炎のように突入したγ号が気化爆弾で、燃え盛る空気もろとも水分を吹き飛ばし、ガンダーの内部へ爆風のダメージを浸透させていく。

そうしてヒビの入った敵の翼を、β号のレーザーが穿ち抜き、深いクレバスのような傷穴を刻み込んだ!

 

「フルハシ隊員、3号がナパーム装備だったという事は、当然周囲への延焼をコントロールする為に、消火弾も搭載されていたハズです!」

「それがどうしたってんだ、アマギ?」

「消火弾の主成分は塩化アンモニウムや炭酸ナトリウム……つまり、塩です!」

「なるほどそうかい! ……俺ぁな、ナメクジが大っ嫌いなんだよ! 食らいやがれッ!」

 

怪獣の傷口へ、3号から丹念に揉み込まれた塩分は、結晶から水分を奪ってその傷口が塞がるのを防いだだけでなく、どんどん奥へ奥へと浸透していく。

 

熱と光、そこへ新たに乾燥と衝撃を加えた、決意と破壊の四重奏は、ガンダーのユーフォニアムのような悲鳴と、不可思議なアンサンブルを織りなし、氷でできた彼の背中をばっくりと裂開させてしまった!

 

怒りと憎しみを慟哭の様に叫びつつ、大きなダメージによって動きが止まる怪獣。

その様を見ていたウインダムは、何かに気付いたようにハッと空を見上げると、大きく頷いてから、元の体積の半分以下、すっかり小さくなってしまった仇敵の背中を抱きすくめる。

 

彼もまた満身創痍であったが、敵が逃げられないようにホールドすると、あえて力で押さえ込むのではなく、全身の駆動系をシャットダウンし、関節を完全にロックした。

 

腕だけではなく全身が鋼鉄の枷となったウインダムから逃れようと、ガンダーは必死で首や手足をぐぐっと伸ばすが……

 

そこへ、天空から黒雲を切り裂いて、真っ赤な隕石が、一直線に降ってきた。

 

「ダアアァァァァァァァッ!!」

 

その勢いは凄まじく、ガンダーは自分に何が起こったのかすら、まったく理解できなかった事だろう。太陽の光を存分に帯びて、ギラギラと赤熱したギロチンの刃は、哀れな怪獣へ一切の痛みを覚えさせる事無く、彼の差し出した首筋を一刀の下に断ち切ったのである。

 

雪原に零れ落ちる二本の腕と、大きな首。銀の断頭台から解放された胴体は、まるで落とし物を捜すかのように、よたよたと歩いていって……ドウっと倒れこんだ。

 

さしもの再生能力も、生命活動を停止した後にまで働かない。

彼の生は、本人の全く与り知らないうちに、あっさりと終わりを告げたのだった。

 

シューシューと、全身から濛々と湯気を立ち上らせ、凄まじい熱量を放つセブンの足元で、白い雪が溶けていく。

 

「うるとらせぶん! ドウヤラ、我々ぽーる星人ノ、負ケラシイ。第3氷河時代ハ、諦メル事ニスル。シカシ、我々ガ敗北シタノハ、せぶん、君ニ対シテデハ無イ……。ソ奴ラノ、忍耐ダ! 戦士ノ持ツ、使命感ダ! ソノ事ヲ、ヨク知ッテ置クガイイ、ハッハッ……」

 

テレパシーで黙ってそれを聞くセブンの顔はどこか晴れやかだ。彼らの言葉の端々から、傷ついた自尊心を、なんとか取り繕おうとする必死さが、ほんの少しだけ伝わってきたからだ。

 

「我々ハ、君本人ハ、然シテ恐ロシク無ク、ソノ周囲ノ者達コソ、真ニ警戒スルベキダト、学ンダ。ソノ恐ロシイ地球人達ニ、タッタヒトツノ、切リ札ヲ、使ワセタダケデモ、満足ダ! ハッハッハッハッ!」

 

自身があれだけ貶められたというのに、セブンはこれっぽっちも気にしなかった。……なにせあの傲岸不遜なポール星人に、こんなにも悔し気な顔をさせたのは、何を隠そう、セブンの大好きな彼らなのだ! もはや彼は、苦し紛れの負け惜しみを聞く事にすら、誇らしい気持ちでいっぱいだった。

 

 

―――――――――――――

 

 

「コノ星ハ、暫ク駄目ダ。他ヲ当タルト、シヨウ」

「割リニ合ワナイト、思ッテイタノダ」

 

地球の衛星軌道上で、氷塊がむくりと起き上がる。それは、隕石に擬態した、もう一匹のガンダーだった。宇宙には、土星の輪にあるような、氷の塊が無数にある。成層圏に氷が一つ二つ浮かんでいても、何ら不思議は無かった。こうしてステーションの目を誤魔化して、彼らは地球圏までやって来たのだ。

 

そのガンダーの内部で、これまた無数の生命体が、次の方針を話し合う。

 

学名Leucogandaridium poledoxumは吸虫の属の一つで、陸生貝類を中間宿主とし、それを操る事で有名な寄生虫だった。ロイコガンダリディウム ポルドクサム――以下ポール星人と呼称する――は、体長僅か30㎝程度の生命体で、非常に珍しい生活環をしている。

 

ポール星人の生活環とは、スポロシストの時期を、ガンダーという軟体動物の体内で過ごし、宿主の体内で十分に繁殖した後に、宿主の怪獣を星のマントル深くまで強制的に掘り進めさせ、その殻を地熱で溶かして外に脱出する、というもの。そう、ポール星人の最終宿主は……惑星なのだ。

 

怪獣に寄生している時期は超低温を好み、星へ寄生する段階になると、マグマの灼熱を好むという両極端(pole)な温度帯に、彼らは生息している。

 

彼らにとっては、ガンダーこそが、揺りかごであり、街であり、宇宙船であり……結婚式場だ。その大きさ、豪華さこそが、彼らにとっての最大の関心事である。雌雄同体のガンダーは、食べれば食べる程に巨大化するという特性を有していたので、彼らの餌場選びこそ、将来の幸せな結婚生活を約束すると言っていい。

 

特に、地球という星が、まだノンマルトと呼称されていた頃なぞ、なんとかザウルスや、マンモスとかいう怪獣がうようよ生息していたので、非常に好都合だったのだ。だが、今はもう地球のどこにも彼らの姿はなく、地球人を食べるしかないのだが……数は多いが少々小さい。ガンダーの腹を満たすには、どれほど確保しなければならいのか、気が遠くなりそうだった。

 

とにかく、ポール星人達も今度の失敗を受けて、しばらく地球を餌場にするような事はないはずだ。少なくとも、あのニンゲンとかいう種族がいるうちは。

 

しかし……と、リーダー格の個体は小さく唸る。基地の図面の代金を、一体どうやって払おうか。やはり物的な収穫が無かった以上、情報には情報を対価とするしかないな……彼らは地球を名残惜しそうに見つめながら、ガンダー号を次の餌場へ向かわせるのだった……

 

 

――――――――――――――――――

 

 

立ち込めていた暗雲が晴れて行き、ポール星人の退却を確信するセブン。

彼は隣に立つ満身創痍の部下を振り向くと、その肩を叩き、ウインダムの献身を心の底から労った。

 

敬愛する主人からの言葉に、銀の怪獣は嬉しそうに身震いすると、光の粒子となって、カプセルの中へ戻っていく。しかし、手ひどくやられたものだ。これではスクラップ寸前じゃないか。よく無事だったものだ。今度出撃が可能になるまで、一体どれだけ時間がかかるだろう……いくらそれが必要な事だったとはいえ、本当にすまない事をした。

 

これ以上、手強い宇宙人が続けざまに攻めて来ない事を銀河の星々へ祈ったセブンは、一先ず基地に戻る事にした。なにせアラキ隊員がお冠のはずだ。ああ、彼に一体なんと説明しようか……基地を飛び出したところで2号の格納庫へ引き返した事にすれば、疑われずに済むだろうか……?

 

そう悩む彼の顔は、満面の笑みで彩られていた。

これからダンは、基地で彼らを出迎える役目があるのだから。勇敢で、忍耐強い、自慢の友人たちを……

 

こうして、地球防衛軍とウルトラセブンにとって魔の時は去り、地上には再び平和が戻った。科学力を誇る地下秘密基地にも弱点があったように、我らがウルトラセブンにも思わざるアキレス腱があったのです。

 

しかし、セブンの地球防衛の決意は、少しもひるむことはありません……

 

 




第25話「零下140度の対決」いかがだったでしょうか。

タイトルは100℃ぐらいアツい展開で、猛吹雪を吹き飛ばしてやる! というソガの意気込みが込められております。だいたい、ウインダム含むゲスト陣が50℃、ウルトラ警備隊がそれぞれ10℃ずつ請け負えば良い感じでしょうか?

ポール星人のモデルにした寄生虫はかなりグロいので、もしも検索する際はご注意下さい。調べて良いのはそういうのに耐性ある人だけです。カタツムリの動きを操って、自分達ごと鳥に食べさせてしまう寄生虫ですね。

丁度折り返しとなるこのエピソードは、内容的にも大きなターニングポイントです。

ソガの努力と布石の数々は、この回の為にあったと言っても過言ではありません。
前半部分の総決算。なんとかセブンの後遺症を無くすことが出来ました。

ただ、まったくゼロという訳でもありません。ソガの様に、無自覚なダメージを見過ごす可能性だってある訳ですから。

さて、後半もまだまだ重要なエピソードが目白押し、もう半分か……という気持ちと、まだ半分か……という気持ちが混在して、不思議なもんですねえ……

さてさて、これまでは人類の精神が見せる黄金の輝き、正の側面に、原作以上に照らされ魅せられてきたセブンですが……後半部分で、彼は嫌でも直視する事になるでしょう。

その時、ダンはどう考え、どう動くんでしょうか?

後半もお楽しみに

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