転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
結論から言うと、ソガの懸念は正しかった。
朝方に、怪獣の死体を回収するべく接近した地上班が、完全復活した怪獣の逆襲を受ける事となってしまったのである。
非戦闘員を退避させるため、そしてなにより、翼を持つこの恐ろしい敵を市街地へ飛び立たせないために、次々と戦車や装甲車が増援として到着し、激しい攻撃を加えていく。
だが、復活した怪獣の外皮は、以前にも増してさらに強固になっており、どのような攻撃も全く寄せ付けない。それに怪獣は、口から黄色い灰のような有毒ガスを猛烈に噴射して、それに撒かれた隊員達が、血反吐を吐いてバタバタと倒れていく。
だからと言って、このまま撤退するわけにもいかない。少なくとも、自分たちが怪獣に攻撃を加える脅威であり続ける限り、敵もまた、この地上に釘付けになっているのだから。
しかし、いくら防毒マスクを装備しても、地上攻撃だけでは限界があった。
「だめです! もう我々の武器では一切歯が立ちません!」
「第3から第7中隊、応答ナシ!」
「第8、第9中隊被害甚大! 部隊損耗率60%!」
「我の火力損耗は甚大で、これ以上の射撃の継続は難しい状況です!」
次々と舞い込む凶報、かつての悲劇を彷彿とさせるやり取りの数々に、キリヤマの表情は苦しいものへとなっていく。
「スワ班及びトリヤマ班は、負傷者を回収し、第二次防衛線まで後退せよ! イナガキ班はこれを援護! 撃滅では無く遅滞戦闘へ移行せよ!」
「了解!」
爆炎と灰が充満する戦場で、一人の青年将校が、傷ついた戦友を背負って、走っていた。彼は部隊の中でも特に小心者で、同期から散々に揶揄われていたが、今だけはその勇気を奮いたたせ、口から血を流す友人を救うべく、自らも傷だらけになりながらも、荒れ地をただひた走っていた。
「お、おいおい……もうちっと優しくしてくれや……ゲホッゲホッ……」
「大丈夫か! しっかりしろ、カジ!」
「まったく……お前は本当に……何かを運ぶのが、下手だなぁ……神戸でお前に運ばれたって言う、新型爆弾の気持ちが、分かった、ぜ……」
「喋るな! 喋るんじゃない! 体力を温存するんだ! わたしが、きっと助けてやるからな……」
「お前みたいなドジに、俺が助けられちまうなんてな……随分とヤキがまわったもんだぜ……」
「頑張れ! 息子君が生まれるんだろう! 彼女を悲しませるつもりか……!」
どうして、なぜ彼がこんなに苦しまねばならない?
いつも自分を揶揄いつつも、何かと世話を焼いてくれた不器用な彼が……なぜ!
あの悪魔のような怪獣が来なければ、こんなことには、ならなかったのに!
どうして……どうして宇宙はこの星を……わたしたちを放っておいてくれないんだ……!!
どうして……どうして……!!
いったいどうすれば地球は平和になるっていうんだっ……!!
……この日、青年は、人々の平穏と、友の笑顔の為に、その果てしない使命に対して、自らの人生を捧げる事を固く堅く決意した。
……同時に、その先に待ち受ける困難さも、また深く深く理解し、そびえ立つ理不尽へ対して、心の底から慟哭したのだった。
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もはや地上攻撃で時間を稼ぐ事は不可能と見たキリヤマは、ホークの準備が整った為に、敵の飛行を誘発するのを承知で、出撃を決断する。
「参謀、大変なことになりました。ホーク1号、3号に大型ミサイルを取り付けましたが……全力でやってみます」
「隊長、ギエロン星獣が東京に侵入します!」
「なに!」
「キリヤマ隊長、頼む」
「ハッ……アンヌ、ソガ、君達はここへ残って連絡をとれ。……出動!」
駆け付けたホークの攻撃に、ギエロン星獣は歩みを止め、銀色の翼を憎々し気に睨みつける。
旋回を繰り返し、懸架した大型ミサイルを雨あられと叩きつけていく二機。
しかし、攻撃にさらされる度にその皮膚はよりいっそう固く、強靭に進化して、どれもまったく通用しない。
お返しとばかりに、ホーク目掛けて黄色いガスを吐き散らすギエロン星獣。
機体のガイガーカウンターが身悶えるように暴れ狂い、機外に渦巻く猛烈な放射線量の存在を主張した。
「放射能だ……」
「……ええ、ギエロン星を爆破したR1号の放射能です」
「大変なことになるぞ、今に……」
怪獣が死の灰をまき散らしていると報告を受けた作戦室では、タケナカが痛恨の極みと言わんばかりの表情で、セガワ委員に語り掛ける。
「セガワさん、エライことになった……R1号の放射能で、東京が危険です」
「何もかも、あたくしの責任です……」
「そうだ、我々委員の……」
「今はそんなことを言っている時じゃない。責任は私にも……」
「風に乗って、放射能の灰は広がっています。東京が危険です! ……警報を出してください!」
悪化していく状況に、業を煮やした隊長が参謀へ進言する。
もはや付近の避難だけでは間に合わない。
そして、自責の念に駆られたセガワもまた、参謀へ打開策を進言する。
「タケナカ参謀! ……この危機を救うものは、超兵器R2号だけです」
「でもR2号を使って、さらに巨大な生物に変化したら……」
「マエノ君、このままでも東京は危険なのだ。私はR2号の破壊力に賭けてみたい……時間が欲しい……R2号さえ完成すれば……」
「バカヤロー!!」
「そ、ソガ隊員……」
「さっきから黙って聞いてりゃ……この期に及んでまだ懲りひんのか! アンタは!」
「何を言うんだね!」
「放射能で生まれた怪獣に、さらなる核兵器をぶつけて解決するって、本気で思ってんのか……!? あんたそれでも科学者か!? 奴に餌を与えてより強大にするだけだってのが……どうして分からないんだ!!」
「だが、そうなる前に爆発の威力で細胞を一片残らず吹き飛ばせば……」
「お前ほんまにアホなんやな! そんな威力のモン、地球で使うたら、どうなる思てんねん!!」
「そ、それは……」
「やめて! やめて下さい!」
今度こそセガワ氏の胸倉を掴み上げて、怒鳴り散らすソガ。
アンヌやマエノの制止も全く耳に入らない様子で、博士に詰め寄る。
「暴力にさらに強い暴力をぶつけて、それで解決できひんかったら、さらに上から殴りつけて解決する……そんな脳筋思考で、よう科学者名乗れたなアンタ! 純粋な火力が駄目やったら、もっと別のアプローチを捜すとか、そういうんが……あんたの役目とちゃうんか!!」
「……」
「科学ってのは……力を得るためのもんやない……人間の科学は! 人間を幸せにするためにあるやって……そう教えてくれたんは……」
「ソガ隊員……」
「ただひたすらに威力ばっかり追い求めて、もう星も破壊できるのに、これ以上何を望むんですか? 今度は銀河ですか? 宇宙を破壊しますか? そんな意味の無い視野狭窄じゃなくて……もっと別の選択肢を用意するための科学じゃないですか……人間の可能性を広げる事こそが! 科学の役目だったんじゃないんですか!! あんたがやろうとしていることは……人類の未来を狭める事だって、どうして気付かないんですか……ッ!」
セガワの恰幅の良い体に縋りつき、力なくへたりこんだソガからは、小さな嗚咽が漏れ聞こえてくる。
彼が感情のままに言い放った暴言の数々は、途中から涙声で震えてしまっていた。
うずくまる青年に対して、セガワはただ一言、すまない、と呟いた。
「……君の言う通りだ。私は……私は忘れていた……科学がどういうものであったかを……」
「委員長……」
「私が……全て間違っていた……どうしても、この計画が過ちであったのだと認めたくなくて……マエノ君!」
「は、はい!」
「観測艇からの情報に何かヒントがあるかもしれない……超兵器を使わずに、あの怪獣を攻略するヒントが!」
「セガワさん……」
羞恥に歪んだセガワの瞳は、眼鏡が白く反射して、窺い知る事は出来なかったが……それでも、この男が地球を愛し、本気で平和について悩んでいたという事に、嘘偽りはない筈だった。
ただいつの間にか、それを追い求める心が曇ってしまっていただけだ。そして今、そこには地球防衛の可能性を模索する、一人の科学者が、立っていた。
「人間の科学が、人間を幸せにするためにあるのなら……私は、きっとそれを見つける為にいるのだ……」