転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
喫茶店の中、ホットコーヒーの香りを楽しみつつ、彼女はふぅ……と吐息を漏らした。
「面白かったわねぇ……さっきの映画」
「え、マジ! ……本当?」
「ええ、本当よ」
「別に気を使わなくったっていいんだよ……? 今更言うのもなんだけどさ」
「だって、ソガ君の見たい映画が良いわって、あたしが言ったのよ?」
うん、そうだ。
そんで冗談交じりに『本当に見たい映画』を指さしたら、「じゃあそれを見ましょうよ!」と喜び勇んで入っていくんだもん……我ながら、デートで見るラインナップかどうかは、かなり微妙なラインだと思う……
「別に、ロマンスがあるわけでもないし……思いっきし低俗だし……」
「……あのねぇ、ソガ君! 何か勘違いしていらっしゃるようですけど。あたしの事、四六時中シェイクスピアばかり読んでる女か何かだと思ってない?」
「い、いやあ! そうじゃないよ! 赤毛のアンも読んでるよな! うん」
「ハァ……呆れた。そもそも、最初に盛り上がったのが、何の本についてだったか忘れたの?」
「もちろん覚えてるとも! ジュールベルヌの……」
「「海底2万里!!」」
二人の声が揃い、どちらともなく笑いあう。
「……だからね、あたしだって、ああいったSF作品を大いに楽しむ素養は持ち合わせているつもりよ? ウェルズも好きだし」
「原文で読破しちゃうくらいにはね」
そう言って、優雅にカップを傾ける彼女は、南部冴子さん。京南大学の英文科二年生で……ソガ隊員のフィアンセだ。
今日はそんなサエコさんと久しぶりのデートであり……さっきまで見ていた映画の感想会というわけ。
「まあ、そんなら良かった。ぼくの趣味に付き合わせた挙句、退屈させちゃ悪いと思ってたからさ……」
「むしろ意外と言えば、ソガ君の方よ。あんなの、いつもお仕事で嫌と言う程見ているでしょう? それこそ危ない目に遭ったことだって……嫌いになったりしないの? 今日のなんて特に……タイトル通りにたっくさん怪獣が出ていたけど」
「……怪獣を? 嫌いに? ないない。もしそうなら、今の俺はこうなってないね」
「警備隊の仕事も、好きが高じてって事?」
「うーん……まぁ部分的に……というかそれにね、実は怪獣よりも、人類の活躍を観に行ってる節がある」
「確かに今日の映画は、人間も頑張っていたわね! 宇宙人の月基地を破壊して怪獣達の洗脳を解いたり……そういえば、主人公達の乗っていたロケットって、ソガ君達がいつも使ってる戦闘機にそっくりね」
「それは偶然だよ……多分」
いや案外、防衛軍がプロパガンダ的に出資しているのか……? まさかな。
だが……そうか、本来のソガ隊員は、怪獣嫌いだろうなぁ……怪獣映画まで嫌いかどうかは知らんけど。
「ねぇ……ねぇってば、ソガ君!」
「……ん? 何?」
「またそうやって難しい顔して、失礼しちゃうわ。そんなにあたしとのデートがお嫌なのかしら?」
「いや違う違う違う!! そうじゃないよ!」
「だったら……どうして最近、そんな複雑そうな顔をするの……?」
「いや、あー……その……ぼくなんぞが、こんな幸せを享受してていいもんかなと、時々不安になるのさ……こんなかわいい彼女とさ……」
「マァ! お上手ね」
ちょっぴり頬を染めるサエコさん。言葉とは裏腹に、まんざらでも無いようなので、ひとまず誤魔化せたようだ。
そして、そんな彼女を見て、さらに罪悪感が増す。まったくもって悪循環だ。……いかんなぁ……
そう、罪悪感。
恐らくこれは罪悪感なのだろうと思う。誰かを騙した時に感じる、じくじくした胸の疼きが罪悪感でなくて何だと言うのか。オレにとって、彼女と過ごす時間は、間違いなく待ち遠しく心地よい物であると同時に……オレの心を激しく苛んで止まないのだ。
先程の言葉も含め、今この瞬間も、オレは彼女を騙し続けている。
なにせオレは……事実として『ソガではない』のだから……
なにを今更と思うだろう。というか、騙しているという点では、サエコさんだけでなく、警備隊のみんなも同じだ。……だが、彼らに対しては特にこれといって、思うところはない。
本当に、これっぽっちも悪いと思っていないんだよ。本心から。
多分、彼らとは友人であり、仲間である以前に……同僚だからだろう。つまるところ、『地球の平和の為に戦う同志』であって、オレが本気で侵略者を叩きだす計画を練っているうちは、なにもやましい事はなく、もしも隊長達に『俺の中身がソガ隊員とは別人』だとバレてしまった場合でも、「それがどうした!」と胸を張って言い切れる自信があるね。
そりゃあ、一人の戦闘員として見た時は、原作のソガ隊員より遥かにスペックダウンだから、糾弾されても仕方ないが、原作知識を使った先回りでトントン、なんならこれまでの成果をもって僅かにプラスと言っても、少しくらいは許されるはずだ。それぐらいは頑張ってきたという自負がある。
そして、悪いと思っていないのは、別に他人に対してだけではなく……ソガ隊員本人についてもまったく同じことだ。彼の元の意識だか魂だかは知らないが、この体をいままで動かしていたソガが今どうなっているのかは、全く分からない。入れ替わっただけか、はたまた上から塗りつぶしてしまったのか……だがどうあっても彼に申し訳ないという気持ちはそんなにない。
だって、オレがこの体に入ってしまったのは、オレのせいでもなんでもなく、いつの間にかこうなっちゃってたんだから、仕方ないだろ!! というのが、オレの偽らざる主張だ。その上で、自分の出来る範囲でなんとか地球とセブンの為に戦って来たんだから、感謝して欲しいくらい……というのは果たして傲慢か?
むしろ、あのソガ隊員とかいうナイスガイの化身なら、「俺に出来ない形でダンを救ってくれてありがとう」と感謝の言葉さえ述べてくれるんじゃないか、という淡い予感がある。自分を正当化する為の勝手な妄想かもしれないが。いや……「俺の体なんだから、せめてもう少しうまく使えんのか」くらいは言うかも知れん。
とにかく、我ながら随分と破綻した性格をしているという自覚はある……だが悪いと思えないんだから仕方ないじゃないか。
オレが真に申し訳ないと思うのは、オレの計画で余計に巻き込まれたり、手が届かなくて命を落とした人々に対してだけだ。それにしたって、オレの未熟さ故の申し訳無さであって、ソガという身分を偽っている事とはなんら関係が無いのだ。オレは侵略者と戦うという職務に対してまっこと忠実であるので、誰にも非難される謂れは無い。
だが……だが、彼女だけは違う。
彼女にとって大事なのは、『地球を守るウルトラ警備隊員』ではなく『ソガという一人の男』なのだ。
自らの生活を共にする、生涯の伴侶としてソガを見初めたのであって……彼女が愛したのは、残念ながらオレでは無い。ソガなんだよ。
なのに、中身は別人でしたなんて……これが、ひどい裏切り以外のなんだって言うんだ?
……かといって、彼女に対して不誠実だからと、勝手に二人の関係を終わらせてしまう権利も無い。
俺達が原作における最終回、ゴース星人の侵略を跳ね除けた時……オレの精神と、俺の肉体は果たしてどうなるのか? このままソガとしての人生を過ごすのか、それともまた精神だけ分離して元のソガの人格が戻って来るのか……オレにはさっぱり分からない。
だから、もしもソガの意識が戻って来た時に、彼の体と、社会的地位と人間関係をそっくりそのまま返せるようにしておく責任があるのだ、オレには。
そういう訳で……彼女とのデートだって……きちんとこなさなくてはならない。オレがポカをやってサエコさんに振られたら、どうやってソガに土下座するんだ! その時オレは、そこに存在しているかどうかも分からないのに……?
そして……そんな事を考えながらデートするというのも、相手の女性に対して不誠実極まりない。かといって、心の底から彼女との時間を満喫するというのも憚られるというか……それはそれでどうなんだ?
「そろそろ……行こうか」
「ええ、まだまだ時間はあるんですもの。遊びつくさなきゃ勿体ないわ」
「それでは、お手をどうぞ……お嬢様?」
「もうウフフ……随分と気障なナイト様ですこと」
おどけて俺が差し出した腕を、これまたお上品に掴むサエコさん。
そりゃお姫様ではないにせよ、彼女もれっきとした名門大学のお嬢様には違いないのだ。
案外、彼女は俺がこういう芝居がかった仕草で対応するのを喜んでくれる。
この時代からすると、相当なひょうきん者に見えるんだろうな。
そして、こんなにかわいい彼女の笑顔を見る権利を、僅かな間とは言え、彼から奪ってしまっているという一点においてだけは、ソガに対して本当に申し訳ないと思う。心から。
「防衛軍一のプレイボーイを捕まえて気障とはなんだい、気障とは」
「シャイボーイの間違いじゃなくって?」
「言ったな……コイツぅ!」
素晴らしい。見事なバカップルだ。
そしてとても楽しい……そう、楽しいんだよ。残念ながら、な。
だが、悲しいかな……他人の彼女だ。サエコさんは俺を見つつ、オレを見てはいない。
「……ねぇソガ君……悩みがあるんじゃない……?」
「え……?」
「さっきはああ言ったけれど、貴方があたしを楽しませようとしてくれるのは、分かっているつもり。でも……あたしの顔を見る度にそんな辛そうな顔されたら……ね」
「……」
「あたしには言えない事? もしかしてお仕事の……」
そうして顔を伏せるサエコさん。
……ああ、物憂げな顔もいいね、とても様になってるよ。
だからこそ胸が痛いんだ。
「サエコさん、ボクは……僕はね……その……ウルトラ警備隊だろう? 君も知ってのとおり、危険な仕事だ。何があるか分からない。怪我や……いや、それだけじゃない。もしかしたら、君を危険な目に遭わせてしまうかもしれない。それがね……怖いんだよ……」
「ソガ君……」
そう、これもまた本心だ。相手が大切な存在であればこそ、ウルトラ警備隊という職業は枷になる。
ソガは、この事について、どう思っていたんだろうか……?
今度、ノガワやイシグロ隊員に聞いてみてもいいかも知れないな……
俺の腕の中で、サエコさんが顔を上げる。眉が上がって、ちょっぴり怒ってるかも知れない。彼女の瞳は何時だって半円を描いて、にこやかに見えるから、分からないんだ。
「あんまり見くびらないで、ウルトラ警備隊の妻になる覚悟は……とっくに出来ているのよ」
「……そう。そうか、それは……失礼したよ。ごめん」
俺を見返す彼女の瞳は、とてもとても真っすぐで……
「……ねえソガ君、次はアレに乗りましょうよ!」
「よーし、目を回しても知らないぞ! 警備隊の妻に相応しいか花嫁試験だ!」
今は……今だけは、少しくらいこの時間を甘受しても罰は当たるまい。
「アハハ!! アハハ!!」
「ちょ、ちょっと! 回しすぎ……ソガ君……ううっ!」
「あ、ヤバ!! ……ごめん!!」
宇宙人だろうが地球人だろうが、デート中に浮かれポンチになるのは銀河共通だと分かったよ。
ダンの事笑えないなぁ……