転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
「いくらなんでも、はしゃぎすぎだわ……」
「反省いたします……」
「うむ、よろしい」
遊園地でしこたま遊んだ後、彼女を車で大学に送る。
なんでも部活の用事があるらしい。
日曜日の午後にご苦労な事だ。バイタリティーの塊か?
「……ごめんなさいね、送り迎えに使ってしまって……」
「いいんだ。メッシー君でもアッシー君でも、好きなように使ってくれよ。俺の手が空いてる日限定だけども」
「なぁに? メッシーやらアッシーって。新しい怪獣?」
「……アシスタントのアッシー君か、召使いのメッシー君」
「あらやだ、あたしが天下の警備隊員を侍らせて、女王様気取りって事?」
「そんな、滅相もございません、陛下。……ボクチャンしがないトランプの兵隊なの」
「……よろしい! 誰ぞ今すぐこの者の首を刎ねい!」
「ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ア゙ア゙~↑!!!」
「……エヘンエヘン!」
赤いスポーツカーをエントランスに駐車しながら、そんなたわいもない会話をしていると、後ろからわざとらしい咳払いが聞こえてくる。
「まったく、見せつけてくれるねお二人さん。君たちを見ていると、こっちまで知能指数が急降下しそうだよ」
「あらやだ、見ていましたの……」
「君のような才女が……付き合う男でこうも変わってしまうとはね。嘆かわしいよ僕は」
「イチノミヤ!」
ジャケットを着こなした青年が、書類を抱えながら近づいて来た。
苦笑を浮かべながら俺達を冷やかしているのが、サエコさんの先輩であり、京南大の誇る天才イチノミヤだ。
「ちょっとソガ君、あたしと会う時より嬉しそうな声してない?」
「してないしてない!」
「……やめてくれたまえよ、僕だって君たちの間に挟まるのは御免さ」
「違う違う! 婚約者と親友、どっちも大事な事に変わりないだろう……?」
「ハア……そこで婚約者の方が大事と言えない辺りが、ソガ君なのよ。そう思わない? イチノミヤさん」
「今のは僕もどうかと思うね」
……朴念仁で悪かったな。
くすんくすんと、わざとらしい泣き真似をしながら去っていくサエコさん。彼女が用事を済ますまで暇になってしまった……哀れソガ。
「……君たちは、どちらも僕の得難い友人に違い無いが……二人同時に会うと、胸焼けがしそうだ。なんとかならないか?」
「じゃあ、俺の暇潰しに付き合って貰おうか。余が満足すれば、考えてやらんこともない」
「どうせ元から僕に用事があったんだろ。よく言えたな」
車から降りて、二人で石畳の構内をゆらゆらと彷徨う。
誰もいないキャンパスに、さくさくと雪を踏む音だけが響き、やがてイチノミヤが、白い吐息と共に、ポツリと呟いた。
「……どうせなら僕の研究室に来ないか。紅茶くらいは出そう。今日も寒いからな」
「お、そりゃいいな。是非ともご相伴に預かろう。しかし、お前が紅茶党だったとは……アマギはいっつもコーヒーばかり飲んでるから、研究者という人種はコーヒー党しかいないのかと思っていたよ」
「そうか彼が……なに、僕だって強いて言えばの話さ。……キミはどうなんだ、ソガ?」
「俺はどっちでも構わん。なんせ、違いの分からない男だからな。インスタントばっかり飲んでるよ」
「……淹れてやろうという気が萎える言いぐさは、やめて欲しいものだ」
顔をしかめて落胆の声を発するイチノミヤ。
そこまで気を使わなくていいって事で言ったんだけどなぁ……
「え、なに? そんなに本格的なの? ダージリンとか?」
「いや、恐らく卒業生の誰かが置いて行ったものだが……いつの、そして何という茶葉かすら分からない」
「その言い方は、飲んでやろうという気が萎えるから止せ……」
「ハッハッハ……」
とりあえず、こんな軽口が言い合えるくらいの仲にはなった。
彼と出会ってからどれくらいになるかなぁ……転生してきて直後くらいに、京南大学について調べまくって、イチノミヤという学生が、入学したばかりなのにもう論文を発表しているのを見つけたのだ。
そして、まだ研究室入りしていない彼の下へ、「この論文を書いたのは誰だぁ!」と突撃をかましたのである。
プロテ星人より先に唾つけとこうと急いだおかげで、なんとか間に合った。ほぼタッチの差で向こうも接触してきたようだが……ここで重要なのは、地球人にも、自分を認めてくれる存在がいると彼が知る事だ。
このイチノミヤ、アマギやアンダーソンに勝るとも劣らない天才青年で、理論だけとはいえ、宇宙人すら認めるくらいの完成度を持つテレポーテーション技術を、この年で確立してしまうくらいの頭脳を持つ。
ところが彼は、天才であるが故に周囲から理解されず、そのあまりにオーバーテクノロジーすぎる電送技術を学者達から否定されてしまった事で、完全な人間不信に陥っている。
そこへ、彼の頭脳に目をつけたプロテ星人に付け込まれ、奴に騙されて利用されてしまう……というのが原作の流れ。
問題は……このプロテ星人が強過ぎて、セブンだけでは倒せないという点だ。
原作のセブンは実体のある幻覚に翻弄されて、全く相手にならなかった。じゃあ、どうやって倒したかと言えば……星人の裏切りを知ったイチノミヤが、最後の最後で、自分の命を掛けた妨害によって、星人の本体を巻き込んで死ぬのだ。心の底から嫌って軽蔑していた地球の為に。
そんな結末……認められるか。
「そら、ティーカップもよりどりみどりだ。好きに使ってくれよ」
「なんでも置いていくな、卒業生……」
イチノミヤによって、くすんだ磁器に芳しい液体が注がれていく。
彼の手つきに感心しながら、何気なく見渡した研究室は、きちんと整理されており、彼の理路整然とした脳内を伺わせた。そんな中で、一角だけ周囲と違う雰囲気の場所がある。鉢植えや水槽に、緑色の観葉植物が繁茂しているではないか。
「なあイチノミヤ。生物学は専門外だろ? ……実験に使うのか?」
「ん? ああそれは、僕の趣味のスペースだ」
「趣味がガーデニングとは……てかこれ、全部アロエか? アロエ好きなのか?」
「……ハハハ、違う違う。それは別にアロエを育てているんじゃない。いや、植わっているのはキミの言う通り、アロエで正解だとも」
「どういうこと?」
「よくみてごらん」
首を傾げる俺に対し、彼は水槽の側面、アロエが植わっている土を指さした。
これは……あ、土の中に何かいる! 虫の幼虫か?
「セミだ」
「セミィ!? セミ飼ってるのか、お前!」
「そうさ、小学生以来の趣味だ」
「年季入ってんなぁ……」
イチノミヤは事も無げに言い放つが、そもそもセミの幼虫って飼えるものだったのか?
成虫の方はよく聞くが……幼虫の方って……
「セミが、好きなのか?」
「好きさ……時にソガ。セミの寿命は知っているか?」
「え? 確か、幼虫時代が5年だか7年で……成虫は7日だっけ?」
「ハズレ……それは俗説だよ。成虫でも平均一か月は生きるし、幼虫は5年以下で出て来る場合もある」
「え、そうなの?」
「もっとも……正式には知られていないがね……世の中では、ソガの言った事が本当さ。今はまだ」
椅子に深く腰掛けたイチノミヤは、遠い目をした。
「むかし……図鑑にセミが土から出てきて1週間しか生きないと書いてあって、父に聞いた事がある。本当なのかって……だって、あんまりに可哀そうじゃないか。ずっと暗い土の中で何年も過ごしてようやく出てこれたのに……たったそれだけの命……」
「親父さんはなんて?」
「じゃあ確かめてみなさい、と言ったよ」
「確かめるってお前……どうやって」
「二人でセミを山ほど掴まえて、背中に墨で番号を描いては逃がしたよ。そしてまた捕まえる」
「え、それマジでやったのか……?」
一回野に放したセミをもう一度捕まえられる確率って、どんくらいなの?
考えただけで気が遠くなる……
「今から思えば、男手ひとつで僕を育てるのも大変だったろうに……よく付き合ってくれたもんさ。でも、結果的に、捕まえたセミの背中に、4週間も前に書いたはずの番号が書いてあったんだ。……あの時は父の方が驚いていたね」
「子供を納得させるつもりで付き合ったら、俗説がひっくり返っちまったもんな……」
「あの時僕は、世の中で信じられている真実というものが、突き詰めればそうではない可能性がある、という事を知ったのさ。ハッハッハ、常識を疑う嫌な子供だね……あれ以来、セミの飼育にすっかりハマってしまったというわけさ」
「イチノミヤ少年のルーツが聞けて、俺は面白いぞ? ……いい親父さんだったな」
「僕のような男こそが、何かを成し遂げるのだと父は言ってくれたものだが……せめてここの入学式は見せてやりたかったよ」
「……」
彼の父が、大学の入学直前に亡くなったのは、いつだったかに聞いている。彼は特待生の奨学金で授業料を免除されながら、ここに通っているのだ。
「あのセミの幼虫はね、僕なんだ。どんな事があっても暗闇でじいっと黙って耐え忍び、いつか大空をはばたく時を待っている……実際に飼育してみると、それが如何に大変か。それこそ僕なんぞに捕まって、こんな水槽に入れられたと思ったら、次の日には突然死んでしまう奴もいるし、そろそろ羽化直前かなと思っていたら、冬虫夏草にやられていたり……」
そういって彼は、飼育行為を自嘲する。確かに、セミたちからすれば、勝手に掘り返されて文句の一つも言いたくなるかもしれない。
「でも、中にはあの夏空で、僕はここにいるぞと大声で叫び回る権利を勝ち取った奴もいる。彼らの声を聴くと……頑張れたんだ。まだ見ぬ誰かが、いつか僕と歌を歌ってくれるはずだ……とね。そして、君や教授とついに出会った」
「よせよ……照れるじゃないか。俺はお前さんと共鳴できる程おつむがよろしくない。実際に歌ってやっているのは、アマギだろ」
俺は、アマギから預かった資料をイチノミヤに渡す。軍事機密に関する事は話せないが、それ以外の技術に関しては、彼らの間でやり取りをしているらしい。既に彼は、ウルトラ警備隊の研究顧問として内内定を貰っている状態だ。そのうち、イワムラ博士にも紹介するつもりである。
そして今日渡したのは、アマギから彼への挑戦状であり、救援要請といったところか。
「だが、学会で散々に貶された僕の論文を、実際に見つけてくれたのは君だ……なんだこれは? この回路は……すごいな、コンピュータの言語を音声に変換するのか、これの何が問題なんだい? 彼に僕の助言が必要とは思えない」
「馬鹿に信じて貰って嬉しいかね? ……なんか、搭載するスペースに対してデカくなりすぎるんだと。ここに描いてある範囲にこの部品を納めて、かつ動力はこっちから引かないといけない……らしい」
「なるほど、この宿題は中々に手強いな……それと、本当に馬鹿なら、あそこまで真剣に信じられるもんか。運用や問題点まで、きちんと理解できる程度に読み込んで貰った相手なら、充分に評価者足り得る」
俺は実際にあの電送機が動いてる所を見てるからなぁ……信じるという点ではプロテ星人より勝っていたわけか。
「……なぁソガ」
「なんだ?」
「ウルトラ警備隊や防衛軍は……現状、宇宙人に対してどんな方針でいるんだ? 君達個人は、ペガッサ人との交流経験があると聞いたが……組織としての見解は?」
「なぜそんな事が気になる?」
「それは……科学者の卵としては、外宇宙との技術交換等に対して、将来の職場に賛成の余地があるかどうか、聞いておいて然るべきではないかな?」
「広報部が仕事してるだろ」
「キミの口から……聞きたいんだ」
イチノミヤの真剣な瞳が俺を見据えた。
もちろん、彼が本当に聞きたい事は分かっているんだ。敬愛する教授が宇宙人である事が、警備隊員である俺にバレた時、どうなるか……イチノミヤは、プロテ星人であるニワ教授が、平和的な異星人だと思っている。
「これはオフレコにして欲しいが……正式に発表されているキュラソ連邦とだけじゃなく……ワイルド星とも交流があるんだ。ぺダン星とアンノン星とは相互不可侵条約を締結しようという動きもある。まあ、双方ともに返事が来るかは怪しいがね。というか……地球に半分帰化した宇宙人というのは、結構いる」
「なに! 本当か!」
「地球防衛軍の装備が、やけに先進的だと思った事は無いか?」
「つまり……今までにも身分を明かして技術提供を行った宇宙人の協力者がいる……と?」
そこまでしっかり明言は出来んのだなぁ……というか、そういった人々がどうしているか、オレも全然把握してないし。俺が黙っていると、これ以上は守秘義務に抵触すると悟ったイチノミヤが、ため息をついて追及の目を止めてくれた。彼としても、下手に藪を突いて俺から反撃されると困る立場でもあるしな。
俺だけが一方的に痛くもない腹の探り合いをした事に、ちょっとだけ後ろめたさを感じて、窓辺から外を見た。
大学通りの向こう側に見える空き地で、子供達が元気に駆け回る声が聞こえる。
「今の地球は、なんとか宇宙社会に進出しようとしている真っ最中なんだよ……見ろイチノミヤ……お前もあんな風に、空に向かい両手を広げて、鳥や雲を掴もうとした事があっただろ……あれが地球だ。お前が羽化を待つセミだと言うなら、人類は宇宙と言う夢に、伸ばした指が届くと信じている、無垢な子供の段階なのさ……俺達の科学力はあまりに歪で、拙い」
「……」
「俺達には、お前のような人材が必要なんだ。図鑑を広げて、宇宙の何処かには、地球よりもっときれいな花が咲いているの、と聞く子供に、じゃあ一緒に確かめてご覧、と言えるような奴が」
「ソガ……」
窓枠に持たれていた体を起こし、俺は懐から封筒を取り出した。
今日の目的は、これを彼に渡す事でもある。
「お前に、渡しておくよ……」
「なんだい? これは」
「それはな……」
研究室の扉が勢いよく開いて、大きな音をたてた。
見れば戸口で血相を変えたサエコさんが立っている。
「二人とも……ここにいたの……」
「ナンブ君!」
「サエコさん! どうしたんだ!」
「その……いえ、なんでもないの……見間違いだと思うわ……」
なるほど、やっぱり今日だったか。
「あの、イチノミヤさん、お隣の部屋は……?」
「教授の書斎だ。僕の机も置いてある」
「そう、そうなの……じゃあやっぱり気のせいね。間違えて入ってしまって……」
「……そうか、機材が沢山光っていただろう?」
「え、ええ……やっぱりそうでしたの……ごめんなさい、理系の研究棟はあんまり覗かないものですから……」
「用事は終わったの?」
「ええ、バッチリよ、お待たせしたわね……帰りましょう、ソガ君」
ああ、目的は果たしたし、帰るとするか。