転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる! 作:Mr.You78
果てしなき宇宙の謎を求めて、今日も幾多の人工衛星が地球の周りを回っている。この年、日本のある大学が教育機関としては史上初めての科学観測衛星の打ち上げに成功した。
「この衛星の打ち上げをリードした京南大学物理学科の偉業は、各界から高く評価され、一介の私立大学に過ぎなかった京南大学の名は、一躍世論の注目を集めている。…どうだ、おい! ……見たか、これ。すごいじゃないか!」
科学雑誌を高らかに朗読し、それをまるで自分の手柄であるかのように喜ぶソガ。
絡まれたフルハシはと言うと、非常に鬱陶しそうで、雑誌で顔を隠し、完全に拒絶の態勢だ。ところがその雑誌を押しのけてまで、ニヤケ顔で追撃をかけるソガ。
「うるさいなぁ、すごいのはわかっているよ」
「チッチッチ、わかってないねぇ……」
しかめ面のフルハシに、アンヌが堪えかねたように笑い声を漏らした。
「フフフ……フルハシ隊員、わかってあげなさいよ! ねぇ~ソガくん!」
「ソガクンン~~? ソガ君とはなんだ! 君とは、ソガ君とは! もうお忘れかもしれませんが、僕の方が君よりも入隊は先であってねぇ……」
先輩に対してその舐めた態度はなんだと、自分を棚に上げて詰め寄ろうとするが……途中ではたと気付く。
「えっ…もしかして、キミわかってんの?」
「ナンブ・サエコさん……京南大学英文科二年生! ……ウフッ、ウフフッ……!」
「エヘヘヘ……」
すっくと立ちあがったかと思うと、誰ぞの名前を諳んじて、得意げな顔をするアンヌ。
はたしてアンヌの情報は確かだったようで、ソガとヒミツを共有し、二人だけで笑い声をあげる。
「チッ、ヘンな笑い声出すなよ!! ……で、何なの、そのサエコさんって……?」
一度はムッとして雑誌の陰に顔を隠したフルハシだったが……好奇心には負けたのか、ニュッと顔を出して、興味深々といった様子で尋ねる。
「未来のソガ夫人。ねー! ソガクン!」
「おい、ソガ! ……ホントか! おい……」
照れ隠しに下手な口笛を吹くソガ。今世の彼は本当に楽器の才能が無い。
「10日前に婚約したんですって」
「……チキショー」
あいつばっかり……と悔しがるフルハシを尻目に。眉間に眉を寄せて、我関せずといった様子のアマギへ向かうソガ。
「おい見たか、京南大学だぜ」
「それは、あまり自慢できんな……」
「どうして? イチノミヤの大学だぞ?」
「そいつが今、司令部で問題になってるんだ」
「えっ、サエコさんが?」
慌てふためく、ソガをアマギが小突いた。
「バカ! イチノミヤのほうがだよ!」
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帰還したダンが、参謀室でキリヤマとタケナカに報告していた。
「秘密調査部からの資料です」
「うむ……それでニワ教授のことは?」
「やはり、偽者でした」
「するとスパイか……」
懸念した通り、事態は深刻であった。
タケナカはソファに座り込み、タバコに火をつける。
「そうだとして、いったいどこの国の? それにあの科学衛星は何のために打ち上げたんでしょう?」
「そこだよ。第一あれは地球の科学力を遥かに超えている」
「もしくは……宇宙人では?」
「この際、衛星の内部も調査してみますか?」
「こいつが大学の教材用という名目だけに、ちょっと厄介だなぁ……」
軍が確たる証拠も無しに権力を振りかざして、教育機関の機材を接収するなど、文民統制崩壊の誹りを免れぬ。
これが相手の意図した事であるならば、非情にデリケートな部分を突いてくることこの上ない。
なんと狡猾な策であろうか……
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平日の京南大学、その構内にて。
「きたわよ! ソガ君!」
二階から、ソガとサエコが見つめる先で、イチノミヤとニワ教授が、何事かを語らいながら研究棟を出て行く。
「サエコさん、僕と一緒にイチノミヤを助け出してもらいたいんだが……」
「助けるって……?」
「君が日曜日に見たという怪物の影……、ニワ教授のもうひとつの姿かもしれないんだ……」
「えっ……」
彼女の顔には、そんなまさか……という驚愕と、やっぱり……という納得の色が混ざり合っていた。
「イチノミヤは利用されているんだ。宇宙人に……正門にウルトラ警備隊の車が止まっている。そこまでイチノミヤを連れ出してもらいたいんだ。あとはダンがよくしてくれるだろう。その間に、俺が教授の研究室を探る」
「そんな事でいいなら、喜んで。イチノミヤさんには……とても親切にしてもらったんですもの」
「キミを巻き込んでしまって……すまない」
「この前も言ったでしょう? あたしは……ウルトラ警備隊の妻になるのよ」
頼もしき婚約者に頷きを返して、俺達は別々の方向へ歩き出した。
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構内を一人歩くイチノミヤの隣を、サエコの運転する車が並走する。
「イチノミヤさん、お話があります」
「ナンブ君か、今は教授の頼まれごとを済ませなきゃならなくてね……悪いがそんな暇はない」
「その、教授の事です」
そう言えば、イチノミヤは素直に車に乗って来た。本当に教授を尊敬しているらしい。
彼を助手席に乗せたサエコが単刀直入に切り込んだ。
「信じていただけないかもしれませんけど、ニワ教授は宇宙人かもしれないんです」
「それで、僕をどこへ……?」
「ある人に頼まれて、あなたを連れ出すように言われたんです」
「……ソガか……止めてくれ、ナンブ君」
「正門に同僚のモロボシさんが来ています……ほら、ソガ君から聞いた事あるでしょう?」
「止めてくれと言ったんだ! 聞けないと言うなら……」
普段の温厚さからは想像できない程に激昂したイチノミヤは、横から運転するサエコのハンドルをつかみ、強引にアクセルを吹かす。
「は、離して……!」
スピードを上げ、ポインターで待機するダンの目前を素通りしていく真っ赤なスポーツカー。
裏手の墓地まで走った車は、イチノミヤが勝手に急ブレーキを踏んだ事で、ようやく止まった。
「教授が宇宙人だということを、なぜ知ってる!?」
「なんですって! それじゃあなたは……」
「教授が宇宙人なら、どうだというんだ」
イチノミヤとサエコの視線が交叉する。
「だったら……教授は侵略者じゃないの? ペガッサやキュラソーの人達のように、お友達になれるかもしれないの? 本当に?」
「ハッハッハ、教授は違う。彼は僕の電送移動機を作ってくれた。地球の学者が見向きもしなかった電送移動の理論を、あの宇宙人だけは認めてくれたんだ! ソガもアマギも、地球の科学で実現するのはあと数十年はかかると言ったが、教授と僕は、もう既に作り上げたんだ! 実物を!」
「それならなおさら、彼らに身分を明かして、協力すればいいじゃない!」
「君たちに何がわかる? ……僕は、もはや君達以外の人間を信じちゃあいない。ウルトラ警備隊が話のわかる組織という事くらい、あいつを見れば分かる。だが、上層部までそうだと言い切れるか? 教授が捕まった後、酷い拷問や、解剖を受けないと誰が保証できる? 奴はあくまで隊員であって、長官でも参謀でもなんでもない! ……今の地球で宇宙人といえば、すぐ侵略者だ。残念ながら、この星での真実とは、より大勢から見える側面の名称でしかないという事を、僕は知っている、知っているんだ! 僕にとって大切な人くらい、自分で選ぶさ! もういいから、僕たちの事は放っておいてくれ!」
イチノミヤは、サエコの制止を振り切り、ポインターが到着する前に姿を消した。
――――――――――――――――――――
「あれ? おかしいな、机の下がスイッチじゃなかったっけ?」
ニワ教授の研究室で、ブツブツと独り言を呟くソガ。
本来ならニワ教授を問い詰めて、連行するのが彼に課せられた任務なのだが……教授が黒である事は確かめるまでもなく知っている上、連行など土台無理な話なので、ソガは最初から電送機を破壊するのが目的だった。
だが、当てが外れたらしい……
「無駄な事はおよしなさい、ソガ隊員。それは認証の無い者では、反応しないように作ってあります」
突然、背後からかけられた声に、振り向くソガ。
そこには白衣に身を包んだ初老の教授が、穏やかな笑みを湛えて立っていた。まるで、最初からそこに存在していたかのような佇まいで。
まったく物音も無かったのに……どうやら時間切れらしい。
「いやすみません教授、イチノミヤがあんまり自慢するもんで、つい気になって……」
「下手な誤魔化しは無用です。天下のウルトラ警備隊が、単なる泥棒をするもんですか……私に御用なのでしょう?」
下卑た笑みを浮かべて悪あがきを試みるソガに対し、少しばかり呆れた様子で肩をすくめるニワ教授。
すると、ソガの顔からは、先程までの薄っぺらい笑みが立ち所に消え失せ、堂に入った様子で口の端を吊り上げた。
「感づかれたのならば、話はしやすい。ニワ教授とは仮の名……シリウス系第7惑星のプロト星人というのが、貴様の正体だろう」
「……で、私がそのプロテス星人であるという証拠は?」
「貴様が打ち上げた科学衛星から、プロト星に送った超音波を逆探知したのが、最初のきっかけさ……。宇宙人でもない限り、地球防衛軍の秘密基地などには、用はないはずだ」
「なるほど……で、私がその宇宙人だったら……?」
「しばらく眠ってもらう……と言いたいが、貴方には効きそうに無いので降参……死ね!」
ソガは降参するフリをして、後ろ手に隠したウルトラガンで奇襲をかけた。教授の顔面に乱射するが、弾は当ってもまったく通用しない。
まるで、光線が端から吸い込まれていくような、形容し難い手応えだ。
光線銃が通用しない等、常人であれば驚愕に値する光景なのだが……それを見せつけられたソガはと言えば、やっぱりな、とでも言いたげな、どこか達観した表情でため息をついた。
流石は精鋭、肝が据わっている事だと感心した教授は、すっかり観念した様子のソガ隊員へ、見せつけるようにブイサインを突き出した。
それは決して挑発の意味ではなく……
「次は私の番だね……」
「ヴヴッ!!」
たちまち教授の指先から、2本の光線が発射され、ソガの胸を貫いた。
悶絶し、床に倒れ込む背広の隊員。
気絶した侵入者を跨いで、ニワ教授は机の下のスイッチを操作する。
書斎の本棚がぐるりと回転し、その向こうに、謎の機械が光を放つ、隠し部屋が出現した!
教授が、ソガの胸ポケットを弄ると、案の定、発信機が仕込んであるではないか。
用意周到な事だと笑みをもらした教授が力を込めると、彼の手の内で、小さな機械がバキリと音を立てて粉砕されるのだった……。
それにしてもプロテ星人、劇中の呼称が安定しないのは、明らかに現場内の伝達が上手くいってないのを感じられて趣深い……昔の特撮あるある……