転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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ひとりぼっちの異邦人(Ⅳ)

ニワ教授の研究室を何者かがノックする。

 

「誰だ?」

「イチノミヤです」

 

教授がドアを開けると、焦った顔のイチノミヤが息せき切った様子で話し始める。

 

「教授、すぐ出発しましょう。ウルトラ警備隊が追ってきます!」

「わかってます。宇宙船は30分後に出発します」

「迎えが来るんですね! そうか……とうとう来たか!」

 

勝手知ったる様子で隣の隠し部屋へ移動すると、電送機の前で嬉しげに両手を広げるイチノミヤ。

 

「アッハッハ……! これで地球を脱出できる…ハッハッハ……僕たちが行った後、この電送装置や科学衛星はどうするんです。置いていくんですか?」

「もちろん、破壊していくよ。……ただ、あの衛星だけは持っていくがね……」

「あんなもの、2人でいくらでも作れるじゃありませんか……」

 

口調から、彼があの衛星を心底どうでも良いと考えているのが分かる。イチノミヤにとっては、恩師との輝かしい未来以上に大切なもの等、もはや存在しないのだ。

 

しかし、ニワ教授からすれば、まったくの逆であった。

 

「そうはいかん……あの中には地球防衛軍の各国の秘密基地を観測した戦略資料が収めてあるんでねぇ……」

「えっ!? それじゃ、あの衛星は……」

「さよう、科学観測衛星というのは表向き。実は、地球侵略のためのスパイ衛星だ。君の協力で、その目的も完了した。あれだけの資料が、プロテ星に持ち込まれれば、地球を侵略するなど、赤子の手をひねるようなもんだ」

 

教授からすれば、なんという事も無い事実の吐露であったのだが、それを聞いたイチノミヤの変貌ぶりは劇的だった。

先程まで喜色に満ちあふれていた顔は、呆然を通り越し、今や絶望の谷へ突き落とされた直後と言える程、硬直しきっている。

 

「あなたは、僕の知識をそんなことのために……」

「何を驚いているんだ。君があれほど軽蔑していた地球だ。どうなろうと知ったことではないだろう?」

「地球を……!」

「何をするっ!?」

 

ニワ教授に掴みかかるイチノミヤ。

二人は本棚の回転扉を突き破り、揉み合いながら書斎へ逆戻りする。

 

「教授、衛星は渡せません!」

「これはまた……」

 

乱れた白衣の襟を正しつつ、やれやれといった表情のニワ教授。

 

「あれほど地球を脱出したがっていた男が、今度はその地球を命がけで守ろうというのか! いやはや……地球人というのは、まったくわからん生物だ……」

「お願いです、さっき言ったことはウソだと言ってください……あなたは侵略者なんかじゃない! 僕がただひとり信じることのできた……優れた宇宙人の科学者だ!」

 

イチノミヤは、教授の足に縋り付き、幼子のように懇願した。この宇宙で、いまやたった一人信じられる、第二の父とも言える人物が、悪魔のような侵略者だなんて、そんな事、認められよう筈が無かったのに……

 

「イチノミヤ君。君の能力は私も欲しいとは思うが……やむを得んな」

「……教授!」

 

他ならぬ、教授本人からハッキリと告げられた、悲しいまでに揺るがぬ訣別であった。

湧き上がる悲しみと怒りのまま、イチノミヤが教授を突き飛ばすと、老教授は机の下に倒れ込んだ。

 

スックと人影が立ち上がった時、もはやそこには慣れ親しんだ白衣の紳士は居らず、異形の宇宙人だけが、妖しく発光する巨大な目玉で、ただイチノミヤを睥睨していた。

 

半透明なヒレに飾られた顔からは、今や何の感情を読み取る事も出来ず、ざらりとした彼の肌が、電灯の下でぼんやりと浮かび上がる。

 

初めて見る教授の正体に戦く彼の背後で、戸口に金属製のシャッターが下りて、逃げ道は完全に閉ざされてしまった。

 

枯れ枝のようだった恩師の腕は、見る影も無いほど、おぞましく隆起して、イチノミヤの首を締め付けた。

 

哀れな青年は、遠退く意識の中で、彼の大好きなニワ教授は、もう二度と戻ってこないのだと、遅ればせながら理解した。

 

ちょうどその時、シャッターをウルトラガンのバーナーアタッチメントで焼き切り、ダンが研究室に転がり込んでくる。

 

失神したイチノミヤを放りだし、電送機で逃走を図るプロテ星人の姿を確認するや、すぐさまウルトラアイで変身する。

 

まさか相手がセブンだとは思っていなかったプロテ星人は、僅かにたじろぐ。室内では不利と見たか、窓ガラスを突き破って逃げる星人とそれを追うセブン。

 

巨大化したセブンとプロテ星人の死闘が始まった。

 

……しかし……

 

「ハッハッハッハ。いつまでも私の抜け殻と戦っているがいい……」

 

割れた窓ガラスを伝って、赤い液体が逆再生のように人型を作ると、それは白衣を着たニワ教授の姿をとった。外でセブンが戦っているのは、言わば質量を持った残像であり、本体はまんまと部屋へ舞い戻ってきたのだ。

 

もはやセブンなぞ、相手にする価値も無いとばかりに、悠々と電送機に入る教授。そこへ、意識を取り戻したイチノミヤが近づいてくる。なるほど大方、ようやく力の差を理解して、もう一度我々と手を組む気になったのだろう。所詮は自分の利益ばかり追求する地球人か。まぁ彼ほどの逸材なら、助手として連れて行ってやるのも吝かではない。

 

「イチノミヤ君。やはり私の星に来たいのか?」

「残念ながら教授……二人同時では再生不能ですよ」

「なにッ!?」

 

言うや否や、電送移動機へ飛びかかるイチノミヤ。

まさかの行動に、教授が止める間もなく始動する電送移動機。

この電送機は、二つ以上の生命を認識できるようにはなっていなかったのだ。

 

分解された彼らは、小さな電子の粒となって混ざり合い、何処とも知れぬ、宇宙の闇の中へと解けて行った……

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「かが…えい……より………へ……」

 

 

ズルズルと引き上げられていく感覚。

 

まるで錨を巻き上げるようにゆっくりと、覚醒していく。

 

ごぽりごぽりと、意識が泡となって体を包み……

 

「ここは……」

 

気が付くと、ソガは全身が椅子のような機械に縛り付けられていた。

首を回すと、白衣の男の背中が見える。

 

「科学衛星より宇宙船へ。到着予定時間を繰り上げてもらいたい。地球防衛軍が35分後にここに来る」

「了解。準光速に切り替え、25分内に到着する」

 

教授の肩越しに、モニター画面に映った宇宙船が見える。どうやら仲間と連絡を取っているらしい。

 

「貴様、何をしているんだ!」

「……お目覚めかな、ソガ隊員?」

「今の宇宙船は何だ」

「この衛星を持ち去るためにやって来る、我がプロテス星の宇宙船です」

 

教授は講義でもするかのように、様々な機材で彩られた空間の中を歩き回り、勿体つけて喋り出す。

 

「何! ……すると、ここは……」

「地上3万6千キロ上空に静止している、科学観測衛星の中です。……あなたをここにお連れしたのは他でもない、地球防衛軍の到着時間が知りたかったからです」

「バカな、そんな秘密事項をベラベラしゃべるとでも思ってるのか!」

「ところが、もうすっかりうかがいました」

「なに?」

 

ソガが驚愕の表情で教授を見つめる。

そして教授は彼の疑問に答えるため、次の台詞を紡ごうと口を開き……

 

「……くくっ……くっくっく……ふっはっはっは!!」

 

漏れてきたのは押し殺した笑いだけであり、やがて堪えかねたように噴き出した。

 

「なんだ、何がおかしい!!」

「っはっは……はぁ……大いに笑わせて頂きました。いや、失敬。アナタの顔が、あまりに滑稽だったものですから」

「なんだと!」

「……もう白々しい猿芝居はお止めなさい。流石にそこまで行くと、失笑を禁じえません」

「どういう意味だ……?」

 

今度こそ、ソガの顔が困惑に満ちる。なぜか酷く嫌な予感がしてならない。

彼の額には冷や汗がじっとりと溢れていた。

 

「いやはや、アナタ方地球人は、時としてイチノミヤ君のような秀才を輩出しては、我々でも驚くような能力を発揮するのに……なんといっても、脳機能において我々プロテス人との間に、純然たる差が歴然と存在するという事実には、私としても同情を禁じ得ないのです」

「……つまり我々が馬鹿だと言いたいのか?」

「いいえ、むしろ感心しているのです。それほどまでに限られた記憶野で、よくぞあれだけの発展を成し遂げられたものだとね……ソガ隊員、アナタはこれまで随分と上手くやって来たようですが……一つ、重大な事を忘れてしまっている」

「俺が? 忘れている? ……何を?」

 

そう聞き返すソガの声は、か細く震えていた。嫌だ、聞きたくない。

 

「お忘れのようなので、()()()()、教えて差し上げましょう。あなたがお掛けになっていらっしゃる椅子は、ただの安楽椅子ではありません。()()()()()と申しましてな、あなたの……記憶をひとつ残らず引き出す役目を果たしてくれました……ここまで言えば、お分かりかな?」

「まさか……」

 

真っ青な顔で呻くソガの耳元へ、そっと口を寄せると、教授は優しく囁いた。

出来の悪い生徒を諭すような、穏やかな口調で。

 

 

「そのまさかなのです、ソガ隊員……いや、ミサト・ユウ君」

 

 

教授が最後にぼそりと呟いた名前。ソガもニワも、そんな人物と面識などない筈であるにも関わらず、その名が齎した効果は劇的だった。

弾かれたように顔を上げたソガの眼は、これでもかと驚愕に見開かれており、顔面からは汗が滝のように噴出した。歯の根も合わぬ程小刻みに震える顎が、ガチガチと不協和音を奏でていた。まさしく恐怖の顔だった。それは、今まで見せた事のないものだ。死への恐怖とはまた別の、足元が崩れていくような、明らかな失態を悟った者の顔だった。

 

「おお! その顔! ……ようやく、ありのままの感情を見せて頂けましたね」

「なぜ……その名前を……」

「ですから先程、もうすっかりうかがいました、と言った筈です。……いやァ、私もまったくもって仰天してしまいましたよ。こんな事が起こりえるとは……やはり宇宙は広い!」

「やめ……やめろ……」

「アナタにはどれだけ感謝しても足りない程です。しかし……我ながら迂闊でしたな、イチノミヤがあのような行動に出るとは……彼はとっくに地球を見限っていると思い込んでいたので、気が緩んでいたのでしょう。お恥ずかしい。しかし……」

 

教授は、もはや焦点の定まっていないソガの顔を覗き込むと、にんまりと笑う。

それは書斎で見せたものとは全く別種の笑みだった。それまでは、隠者が愚者を見下すような色が多分に含まれていたのに……今では、新しい玩具を興味深々で弄ぶ幼子のようだ。そう、虫籠の中を見つめる、無垢で残酷な瞳。

 

「アナタが教えてくれたところによると……ウルトラセブンは私の抜け殻に対して、決定打を有していないようだ……どうやら、敵を過大評価し過ぎていたと言わざるを得ませんなぁ?」

「……」

「アナタは……彼のヒミツを、もっと知っているのでしょう……? もっと詳しくお聞きしたいのですが……あいにくと、時間が無い」

「装置も無しに、喋ると思ってるのか……?」

「ええ、もちろん」

 

教授がくるりとソガに背を向け、モニターを操作すると、画面に見覚えのある光景が次々と映し出されていく。

夜の校舎で戦う赤い巨人。ショートする電送機。教授の確保を厳命する隊長。モラトリアムな紅茶のひと時、そして……

 

「所詮は紛い物の関係に過ぎない割に、随分と可愛がっていらっしゃるようだ……しかし……アナタも、不器用な事ですねェ……!!」

「やめろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

「アッハァ! アッハァ! ハッハッハッハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハッハッハッハ…………!!」

 

高らかな嘲笑を残して、白衣の背中が電光の中へと消える。

衛星に一人残された男の喉から、後悔と絶望の叫びが、狭い空間で木霊した。

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!」


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