転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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ひとりぼっちの異邦人(Ⅴ)

電送機にて、地球へ舞い戻ったニワは、腹の底から湧き上がる衝動を宥めつつ、表情を取り繕うのに必死だった。

 

多元宇宙論。母星でも、存在だけは確実と言われていた理論だが、移動どころか、観測すら不可能な他次元の証明等、到底不可能と目されていた。……それが、こんな形で実証されようとは! 思いも寄らぬ拾い物だった。笑いが止まらぬのも無理はないというもの。

 

しかも、あの男の知識はまさしく宝の山。じっくりと検分する事は出来なかったが、恐らく光の国の弱点や、この宇宙に秘された未知なる強大な力の数々を、あの男は知っているに違いない。

 

それを手に入れたとなれば……プロテスがこの銀河に君臨するのはもはや疑いようもなく明らかだった。

 

まさに僥倖。ブルー計画が完成してしまった時はどうしたものかと思っていたが、自分にもようやく運が向いてきたらしい。プロテス星のスパイとして、数年前からこの地球に潜伏していたニワは、いざ帰還しようと思った矢先、脱出ルートを巨大な電磁バリアで覆われてしまった為に、宇宙船での飛翔を断念せざるを得なかったのだ。

 

そして、どうにか他の方法が無いかと血眼になっていた時に……あの原石を見つけたのだった。

 

電送機を始めとするテレポーテーション技術は、宇宙で見ればそれなりに普及しているものの、性能はまさに千差万別。プロテス星でも研究されていたが、宇宙船での航海を超えるような信頼性を得られず、結局は外貨を稼ぐための高価な輸出品でしかなかった。

 

あれは長距離を移動する事に特化した為に、転送できる質量が僅かしかないという欠陥品だった。おまけに一方通行で、着の身着のまま遠方に行ってどうするというのか。

 

まあ、同一星系内で使うなら特に問題は無いが、それならば移動手段の性能を上げた方がよほど効率的だ。それが判らぬ愚かな種族用の、詐欺に近い商品。

 

それが、ニワにとっての電送機へ対する認識だったのだが……まさかその機械に、自身の進退を預ける事になろうとは……

 

対応する分解器と再生器を別々に用意し、二組を逆に組み合わせる事で、二点間を繋ぐゲートとする。しかも、短距離用として。そうする事で、一時に送る質量の制限を限りなく引き上げる事が出来たのだが……そのような非効率的な発想、地球人でしか持ち得ないものだ。電送機を作れるくらいに技術が発達している種族なら、そんな手段はまず切って捨てる。

 

そしてそんな手段を夢想する者には、それを実現可能な能力はない……はずだった。それを、あのイチノミヤという地球人は、完璧に設計してしまったのである。それも、地球上の物質で可能な物をだ。

 

唯一の問題は、それらを必要な部品の形へと加工する手段が、まだ地球上には存在し得ない事だった。工作機械の発展度合いまでは、イチノミヤも考慮していなかったのである。

 

もっとも、ニワが円盤で持ち込んだ機材を使えば、造作もない事だったのは、言うまでもない。 こうして彼の信頼を勝ち取った後、その電送機の片割れを人工衛星に搭載し、宇宙へと打ち上げた。研究用として正式に打診すれば、防衛軍の指定した通りの日時とコースで打ち上げを行う事で、衛星は電磁バリアのごく僅かな隙間を縫って脱出する事ができるのだ。

 

バリアの外に、電送機の中継地点として衛星を置き、そこへ集めた資料を集積した後に、母星からの円盤によって回収される……というのが、ニワの描いた脱出計画の全容だった。

 

本当にイチノミヤを手駒に加える事が出来て良かった。彼の考案した方式でなければ、プロテス人であるニワを転送するなんて到底出来なかっただろう。なぜなら……

 

ノックの音が、ニワの思考を現実へ引き戻した。

 

「誰だ?」

「イチノミヤです」

 

教授がドアを開けると、焦った顔のイチノミヤが息せき切った様子で話し始める。

 

「教授、すぐ出発しましょう。ウルトラ警備隊が追ってきます!」

「わかってます。宇宙船は25分後に出発します」

「迎えが来るんですね! そうか……とうとう来たか!」

 

勝手知ったる様子で隣の隠し部屋へ移動しようとするイチノミヤ。

その腕を、皺だらけの手が掴んだ。ニワだ。

 

「教授……?」

「イチノミヤ君。……本当にそれでいいのかね?」

「どういう事です?」

「私には……今の君が、心の底からそれを望んでいるようには、思えない」

「そんな! 僕は貴方と一緒に宇宙へ……!」

「大切な友人を置き去りにしてかね?」

「それは……」

 

目を逸らすイチノミヤを見つめるニワ教授の顔は、どこまでも人格者であった。

 

「出会った頃の君ならば、私は喜んで連れていっただろう。だが……今の君には……私以外にも理解者が存在するのだろう? この星に! もはや君は、ひとりぼっちの地球人ではないのだ。であるなら、君の未来を丸ごと連れ去ってしまう事など、私にはとても出来ない」

「教授……」

「それに……焦らずとも、今生の別れと言う訳でもあるまい」

「えっ? では……」

「いつかまたこの地球へ来ます。その時にもう一度、君が一緒に来たいというのなら……今度こそ私の故郷を案内しようではありませんか」

「そうか……わかりました、教授!」

 

正直なところ、ニワからすれば、イチノミヤはほとんど用済み同然だった。脱出に必要な電送機を作り上げ、ソガと言う、大いなる火種を手にした彼の前では、骨と脂身しか残っていないようなモノだ。

 

とにかく、破滅を齎す可能性のあるこの青年を、事が済むまで出来るだけ遠ざけておく、というのが自身の最期の瞬間を見たニワの決断だった。

 

この男さえいなければ、自分は悠々と有用な情報を持ち帰って、さらには抜け殻がそのままセブンを倒してしまうかもしれない。万に一つの敗北条件すら、見逃す気はない。

 

「では……教授がお帰りになるまで、この机をしばしお借りしますね」

「……なんだね? それは?」

 

寂し気なイチノミヤは、名残惜しそうに背を向けると、窓際まで歩いて行った。そして懐から小さな桐の箱を取り出すと、机の引き出しへ大事そうにしまい込み、余人に開けられぬようしっかりと施錠した。

 

「ええ、ソガが渡してくれたんです。今度、極東基地を見学させてくれるって……マップと、基地への仮許可証ですよ。これがあれば、一般人でも特別な区画だけ入れるらしいんですが……教授のお供をするなら、無用の長物なので、彼に返そうと思っていたんです」

「許可証……」

「ですが……考えが変わりました。僕はこの星で、もう少しだけ僕の未来を捜してみます。ここに入れておけば、もう僕以外には絶対開けられませんから、安心です。そして……ありがとうございます、教授。ここまでこれたのは貴方のお陰です」

「ああ、しばしのお別れだ」

「お元気で……!」

 

がっしりと握手を交わし、イチノミヤは退出しようとする。その背に向かって、教授はこっそりとVサインを構え……再び、室内にノックの音が転がった。

 

ドアノブに手を伸ばしかけていたイチノミヤが、思わず後ずさり、困惑の表情で振り返って、部屋の主へ判断を仰ぐ。その時にはもう、白衣の老紳士は、後ろ手に手を組んで、何食わぬ顔で頷きを返していた。

 

ごくりと喉を鳴らした若き学生が、慎重に扉を開けると……そこには、ブルーグレーの制服に身を包んだ男が、ヘルメット姿で立っていた。彼の口から出た言葉は、声音こそ優しかったものの……表情はどこか堅く、いかめしさすら感じるものだった。

 

「やあ、ウルトラ警備隊のモロボシです。イチノミヤ君、ニワ教授はいらっしゃるかな?」

「え、えっと……」

「ええ、ここにおりますとも。どうぞ、中へ。……ではイチノミヤ君、また明日会おう。なに、心配はいらないさ」

 

突然の来訪に、教授は鷹揚に頷くと、余裕綽々といった様子で、招かれざる客人を部屋へと招待した。

そして、それとは入れ違いになるように、おろおろするイチノミヤを半ば強引に押し出して、教授は扉にカギをかけるのだった。

 

来客用のソファに腰かける二人。

 

ニワ教授は物理学の権威としての態度をまったく崩そうとはしなかったが……その身分が巧妙に情報操作されたものだと言うのは分かっている。

ダンはイチノミヤを安心させるために装っていた、僅かばかりの穏やかさすらかなぐり捨てて、厳しい口調で詰問を開始した。

 

「ニワ教授、単刀直入に聞きます、ソガ隊員はどこです?」

「はて、なんの事でしょうな……」

「しらを切っても無駄だ。彼の第一発信機の信号は、この部屋で途絶えた。だが、第二発信機の信号は、遥か上空の人工衛星から繋がっている。これがどういう事か、説明してもらうぞ!」

 

これでもニワは、優秀な科学者であると同時に、卓越した腕を持つスパイだ。なに? という愚かしい驚愕は呑み込んで、一切表情を変えなかった。

 

表面上は、話の見えない好好爺が、ただ困惑しているという風を装いきったのだ。

 

だが、その内心では優秀な頭脳をフルに回転させて、自らのミスを洗い出していた。発信機がもう一つあった? そんな筈はない。念入りに体を改めたし、なにより彼の記憶の中にも、そんなものは無かった筈だ。

 

だが、あの男ならあるいは……?

 

ニワは、ソガ隊員の偏執的なまでの臆病さと意地の悪さを知ってしまっているが為に、彼の評価をもう一段くり上げようと思ったところで……一瞬、全身が急速に熱を帯びたのを感じた。まるで陽光の下へ引きずり出されたかのように。

 

それを知覚し、ぴくりと肩眉を吊り上げ、不快そうに顔を歪める教授。

 

まさにこの瞬間、脳裏に思い起こしていた光景……ソガ隊員の身体検査の場面を、目の前で勝ち誇る若造に、テレパシーで盗み見られたのだ、と言う事を理解したのである。

 

心を読まれる感覚が、あのように度し難い心地であるというのは、長きを生きるニワにとっても初めて得た知見と言えるだろう。

 

純真無垢で知られる光の国の住人が、このような手管を使うとは思ってもいなかったので、今のは完全に不意打ちであった。

 

まさかこれほど見事に引っ掛けられるとはな。あまりに巧妙な手際を見せられ、教授は手放しで眼前の敵を称賛した。

 

「そうか、やはりそういう事か……」

「ハッハッハ! 流石はモロボシ隊員……いや、ウルトラセブン。超能力を使う者が相手では、鈍い地球人のようにはいきませんか。……これはお見事」

「そうだ、僕に嘘は通用しない。先程の青年のようにはいかないぞ! ……さあ、貴様の企みはもはや暴露された。これ以上のあがきは止めろ。ソガ隊員を解放して、大人しく降伏するんだ!」

「降伏ですと……?」

「そうだ、今ならまだ間に合う。投降して、罪を償うんだ。不法入国とソガ隊員への暴行以外はまだ未遂じゃないか。あの様子なら、嘆願書はきっとイチノミヤ君が書いてくれるだろう。ソガ隊員の件も、正当防衛と言えなくもない。被害者である彼に許しを請えば……ッ!?」

「ハッハッハッハッハッハ!!」

 

言い募るダンを、ニワは一笑に伏した。そこには半ば、自嘲的な意味合いも含まれていただろう。自分に一杯食わせた男が、よもやこんな奴だとは。

 

仮にもスパイである敵に対し、この期に及んで自首を勧めるなど、まさしく噴飯ものだった。

 

「……そう考えているのは……ウルトラセブン、キミだけだ」

「なにッ!」

「これだけ長く地球に潜伏して、まだそんな事が言えるのか? どうやらキミにとっても、地球人というのはわからん生物らしい……少なくとも、あの男が、私を許すはずがない」

「貴様が一体、彼の何を知っているというんだ。ソガ隊員は、情け深い男だ」

「ハッハッハッ! 傑作だ!」

 

不機嫌そうに眉間の皺をより深くしていくダンを尻目に、ニワは腹を抱えて思い切り体を反らし、ソファに沈み込むと、心底おかしそうな声でひとしきり笑った後……ぐいっと上体を起こし、ダンの顔を至近距離からねめつけた。

 

「キミは……あの男の本質を、勘違いしているようだ」


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