転生したはいいが、同僚の腹パンが痛すぎる!   作:Mr.You78

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ひとりぼっちの異邦人(Ⅵ)

「なに?」

「確かに身内に対して、最大限に心を砕いているのは認めよう。しかし、それは決して博愛故の行動ではなく、あくまで自分の好ましい相手に、自分が好ましいと考えた結果を押し付けているだけ。一度、自身とは相容れぬと決めた相手に対して、彼は躊躇など一切しない……猜疑と打算、そして迫害こそが、彼の本質であって、自らの欲求を満たしたいというエゴに過ぎないのだよ」

 

目を剥くダンに、反論の隙も与えず、なおも教授は言い募る。

 

「睨まないでくれ、決して彼を特別に貶める意図はありません。猜疑と迫害、それは生存に必要な要素であって、地球人の最も得意とするものだ。故に、彼は至極真っ当に人間らしいとも言える。……いや、地球人だけではない、私を含む、この宇宙に生きとし生ける殆ど全ての知性体の本質が、そこに集約されると言って良い! 君たちを除いて!」

 

ソガも自分も、宇宙の総意と等しくあると言い切って、ニワは眼前の青年に指を突きつけた。

 

「この宇宙においては、君たちこそが異質なのだ、M78星人。この辺境の星でただひとり、君だけが、思い違いをしている! いくら肩入れしたところで、地球と、宇宙が相容れる事など永遠に無いのです」

「違う! それはお前の一方的な決めつけだ、プロト星人。例え今は違っていても、生命は自らを律し、気付き、学ぶ事が出来る。この広大な宇宙の闇の中で、藻掻き、彷徨う人々はいつか真の意味で、愛の尊さと、生きる喜びを知る日がきっとくる!」

「そう信じているなら、何故君は彼らに正体を明かさない? いずれ手を取り合うべき友に、隠し事をしている君が、それを言うのかね?」

「なにっ!?」

 

底意地の悪い笑みで、ダンを挑発する教授。

 

「私なぞ、イチノミヤ君に信頼の証として、宇宙人であると早い段階で告げました。その上で、彼と協力してきたんです」

「だが、貴様が侵略を企むスパイであるとは伏せているだろう!」

「ええもちろん、信頼を得る上では、後ろめたい事実でありますからね……そして、君が隠しているのも、後ろめたいからでは?」

「僕は、光の国から来た強大な存在としてでなく、地球を愛するただの人間として、彼らと友達になりたかっただけだ。貴様とは真逆だ! プロト星人!」

「フフッ……」

 

ニワは、熱意を持って言い張るダンを冷笑した。

 

「何を笑っている!」

「まさか地球でも、その名で呼ばれるとは思いませんでした……そうだ、私も驚いたのですが、まさか君が恒点観測員だったとはね……」

「……なぜそれを?」

「さてねェ……一つ気になったのは、もし貴方が我々の星系を調査した時に、報告書にはなんと明記するのか、という事です。」

 

ニワがこの質問を投げかけた時、二人の間には先程までとは別種の緊張が走った。

明らかに話をはぐらかされたにも関わらず、対するダンの表情も、神妙な物になっている。

彼の口をついて出たのは、非常に堅苦しい調子の言葉だった。

 

「それは……やはり私は、星図にプロト星と記入する事になるだろう」

「我々の種族の成り立ちを知った上で……?」

「……そうだ。でなければ、この役目は果たせない。そして、地球の星図にも君たちの星は確かにその名で載っている。私もそれがなぜかは知らないが……」

「……」

 

ダンの返答を聞いた教授は一瞬黙り込んだ後、堰を切ったように再び笑い始めた。心底愉快だと言った様子であったが、そこには自棄のようなモノが微かに混じっているようにも見える。もはや笑い飛ばすしかない、と言った風な。

それを見たダンは、痛ましげな表情で顔を歪める。

 

「君たちが……それを不満に思うのならば、それこそ暴力的な手段で訴えるべきでは無かった! 僕たちの仲間として銀河連邦へ……」

「いや結構! これで良い、これが今の宇宙社会なのだよウルトラセブン。君が思う程、宇宙は成熟してはいないという事が、君自身の言葉で語られた事にこそ、私は自分の理論の正しさを見ました。どんな生物も、自分に直接的な被害が無い事ならば、無関心でいられるのです! それが真理だ! であるならば、私も君達に遠慮する道理も一切無いと言う事!」

「何をする気だ!」

 

教授の理知的な瞳は、今や三日月のように弧を描いて、乾いた口の端から歯ぐきが見えるくらいに満面の笑みで、ダンの耳元に囁いた。

 

「いやいや、そう恐れる事は無いのです。貴方にとっても理のある取引をしようというだけの話ですとも」

「取引だと!?」

「ええそうです、私が大人しく撤退する代わりに、見逃していただこうと言うだけの事……そしてその対価として、セブン、君も知らないような重大な秘密を教えてあげようと言う事なのです」

「話が見えないぞ、プロト星人!」

 

もはやニワにとって、セブンの掲げる正義に揺さぶりをかけるという段階は過ぎ去った。

特大の爆弾を落として、このお節介な半端者の動揺を誘い、心に隙を作るのだ。

 

「あの、ソガ隊員は君達にある嘘をついている。それも……とても重大なね」

「なに? ソガ隊員が……?」

「そう、君が信頼を寄せるあの男は、酷い嘘吐きなのだよ……君が隠している正体なんぞよりも、よっぽど大きな秘密を抱えて欺いているのです……おお、その様子では、心当たりがあるようだ……どうです、それを教えて差し上げましょう……」

「教える……だと?」

「ええ、私が苦し紛れのハッタリで言っているのではないと言う事は、テレパシーを使う貴方なら分かるはずだ。私の自信は、確かな根拠に基づいていて、これから本当の事を言おうとしているのだと言う事が!」

「は……」

「ん?」

 

ニワが優し気に囁く間、ダンは顔を伏せ、その表情は窺い知れなかったが、教授は彼が誘いに乗ってくる事を確信していた。それこそ、テレパスの前で嘘が通用しないのは、ダンが言った事であり、教授が下手な誤魔化しをしないというのは彼自身の発言によって担保されているのだから。

そして、あれほど信頼していた相手の抱える秘密がなんであるか……知りたくない筈がないのだから……

 

「ハッハッハッハッハッハ!!」

 

ダンは、一切の疑問を差し挟む余地もない程、破顔していた。

友の裏切りを聞かされたばかりとは思えぬ程に清々しく、まさに大笑、春の日差しのように爽やかな声であった。

 

これまで散々っぱら嘲笑されてきた意趣返しとでも言いたげに、教授をすっかりほっぽり出して、心の赴くままに、笑い続けている。

 

ソファの対面に座る教授は、酷く気分を害したように座り込み、眉間に渓谷の如き皺を作って、無礼な男が落ち着くのを待っていた。

 

「ソガ隊員のヒミツだって? ……ハハハ! 僕がそれに気付かないとでも思っていたのか? 彼が何かを隠している事くらい、貴様に言われるまでもなく、先刻承知だ」

「……しかし、その内容までも知っている訳ではないでしょう……でなければ、そんな風に笑っていられるはずがない。その内容こそが、重要であるとは思いませんか」

「そうとも、それは知らない……だが……わざわざ彼が言ってもいない事を、なぜ僕が聞く必要があるんだ?」

「なに?」

 

さも当然と言った様子で、ダンが聞き返した言葉……というよりその態度は、ニワを驚かせるには充分であった。

 

「別にそれを知りたくないわけじゃないが……友達のヒミツを、共通の友人からならまだしも、なぜ敵である貴様から教えて貰わなければならないんだ? 僕はそれほど落ちぶれちゃいない。ソガ隊員がそれを打ち明けてくれるまで、待っていればいいだけじゃないか」

「あの男がそれを話す事は一生無いだろう! これは誓って言えますよ!」

「だったら猶更、聞くべきではないし、聞こうとも思わない! お前は……取引を持ちかける相手を、間違ったんだ!」

 

ダンが机の下で、何か小さな物を親指で弾いた。それは弧を描いて教授の眼前に飛んでいく。

ニワの優れた動体視力と構造解析知識は、それがえらく粗雑な造りの爆発カプセルである事を見抜いた。

ダンがサッと後ろへ飛び退る。そして……きっかり5秒後に爆発音。

 

次の瞬間、棚の影から飛び出す赤い戦士。ダンは今の一瞬でウルトラアイを装着していたのだ。

そしてそれは敵も同じこと。爆炎の向こうに、巨大な瞳と、濃紺のシルエットが浮かび上がる。

 

青い輝きが、ヒヒの如き身のこなしで窓ガラスを突き破り、赤い流星もそれを追って、広い屋外へ飛び出した。

と同時、セブンの目の前で、みるみるうちにプロテ星人の姿が大きく、()()()()()()()()……

 

彼らは元々、とある種族達が、共同で創造した人工生命体の試作品だった。ある種族にとっては、衰えていく自分たちの、次なる肉体として。そしてもう一方は単なる労働力の確保を目的として。

 

だが、如何に遺伝子配列を基にしたとは言え、人工生命では彼らの精神の器足り得なかった。純粋に相性が悪かったというのと、自意識があまりに大きすぎた。そして、こんなものは失敗作だと、共同研究者であるもう片方の種族へ押し付けた。

 

片方は研究結果が丸々手に入り、大いに喜んだが……彼らが奴隷としてあまり相応しくないというのは、直ぐに分かった。遺伝子サンプルの大半を担った種族が戦闘向きの種族で無かった為に、その体格は貧相の一言につき……長らく戦争状態であり、元々優秀な怪獣兵器を擁していたこの種族からは、特に戦力としては見なされなかった。

 

この試作人造生命を量産するよりも、黒い体表と黄金の角を持つ強力な怪獣を育成した方が、ずっと効率的だったからだ。

 

そのため、捕虜収容所の監督などをさせていたのだが……その扱いを是とするには、彼ら人造生命の頭脳は優秀に過ぎた。

 

結局、試験場であった星まるごと離反して、さっさと独立してしまったのだ。

 

彼らが長けていたのはその諜報の手際であり……監督していた捕虜達から得た情報と、その解放を餌に根回しをして、敵国の大規模な反撃作戦の混乱に乗じ、母星が鎮圧どころの騒ぎでなくなっている間に、うやむやのまま独立を主張してしまった。

 

試験惑星をプロテスと改め、ひとつの種族として立ち上がった彼らは、今までひた隠していた爪を一斉に剝き出しにした。

 

彼らの肉体は、人工生命なだけあって拡張性に優れ、ブロック状の共通規格でデザインされた細胞によって構成されていた。

この細胞を自由に付け足し組み替える事で、どんどんと彼らは自分の肉体を改造していった。当初は遺伝子由来のほっそりとしたシルエットだった腕部も、格闘戦向きにごつごつと筋肉の隆起した、ゴリラのような太く逞しいモノへと変わっており、薄い灰色だった体表は、細胞が極限まで圧縮され、ヒトデのごとき濃紺のざらついた装甲へと変化していた。

その上で、同一座標上に常に予備の細胞を内包する事で、いくらでも変形が可能であった。

 

彼らにとってみれば、巨大化も変身もお手の物。予備パーツの許す限り、幼児の積み木遊びの如き容易さで、瞬時に体を変形させては、状況に応じた行動が出来る。

 

唯一の欠点として、見かけの数百倍の情報量を内包しているが為に、通常の電送技術では転送可能制限に引っかかってしまうというものがあるが……イチノミヤ式の電送機が、それすらも解決してくれた。

 

もはやこの宇宙において無敵なのだ、プロテス星人は。

 

 

拳を構えるセブンに向けて、かかって来いとでも告げるように指を鳴らすプロテ星人。

星人の頭頂部で怪しく明滅する、半透明なヒレ目掛け突撃したセブンは、目の前で敵の姿がかき消えた事に困惑し、たたらを踏む。

 

その背後から、腕部だけ実体化した剛腕が、セブンの無防備な後頭部を強打!

もんどりうってピラミッド状の校舎へ倒れこむセブン。

 

明日の朝、いったいどれだけの教授と生徒が、頭を抱える事になるだろうか。

だが、それらを全てかき集めた所で、イチノミヤ一人の頭脳に敵わないのだから、地球人と言うのは本当に個体差が激しいものだ。

 

夜闇の中で、プロテ星人が嗤う。セブンも透視光線で敵の位置を割り出そうとするが、すぐに見失ってしまった。

敵は、僅かに空間位相をズラす事で、その座標に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()状態を疑似的に作り出しているのだ。

 

この技術で、細胞を大量に同一座標へ保持しているプロテ星人は、これを本体にも適用する事で、反則的な回避手段として用いることが出来た。通常の生物にはとても出来ない芸当だ。これも、人造生物ならではの戦法と言える。

 

セブンを取り巻く無数の幻影。星空に浮かんだ星人の奇怪な顔が、愚かな宇宙人を嘲笑う。

ぼんやりと浮かび上がった敵に向けて、エメリウム光線を放つも、まったくの素通りだ。

 

背後から殴りかかってきた個体に目掛け、今度はアイスラッガー!!

 

怒りの籠った斬撃は、見事に星人の頭部を胴体から切り離したが、なんと信じられない事に、そのままの状態で嗤っている!!

 

真っ赤な切り口をセブンへ見せつけるように、空中に浮かんだ生首と、頭部を失った胴体が、ケタケタと揺れ動いているのだ!

 

変幻自在なプロテ星人に対し、セブンは完全に攻めあぐねていた。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「ソガくーーーん! ソガくーーーーん!」

 

真っ暗な構内を、女が必死に叫びながら走っていた。

婚約者が戻って来ず、友人も去り、彼らを呼んでくると言い残したソガの同僚も、誰一人姿を見せない。

業を煮やしたサエコは、ソガの名を呼びつつ大学へ向かったのだが……なんと外で巨大な宇宙人が戦い始めてしまった!

 

いけない! 早く彼らを見つけて逃げなくては! おそらくニワ教授の書斎にいるに違いないのだから!

 

サエコの世話になっているプロイセン教授の書斎は、向かいのピラミッド校舎にあったのだが……それが見るも無残に圧し潰されるのを見た。完全に明かりが落ちていたので、本当に良かったと思う。

それでも明日のゼミは確実に中止ね……

 

差し迫った危機に、恐怖が麻痺してしまったのか、そんな事を頭の片隅で思った時だ。

 

「彼をお探しかね……?」

「誰ッ!!」

 

サエコの振り向いた先、照明が落ちた真っ暗な廊下。コツ……コツ……と革靴がゆっくりとコンクリートを踏む音だけが反響する。

やがて、ポケットに手を突っ込んだ、白衣姿の教授が、食堂にでも向かうような気軽さで、月明かりの下へ歩み出てきた。


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