心地好い酩酊感と、顔から火が吹き出るような羞恥と。
裏腹に冷えた心が訴えかけてくる、あり得ない存在たちへの警戒心とが、家に帰った私の抱くすべてでした。
居間へ入り、買い込んだ食料と酒をテーブルに置き、椅子に座って人心地付けます。
窓の外は空に近しい青さが広がります──超越存在としての権能を存分に駆使して手にいれたこの借家、高層マンションの最上階で見晴らしも良く、何より広々とした部屋が私好みだったりします。
しばらく酒を飲みつつ外を眺めて心を落ち着かせ、やがて私は呟きました。
「まさかあんなところで出会うとは……大誤算でしたね」
ええ、まったくの偶然でした。
千年ぶりで、しかも何もかもが恐ろしく便利な方向へ発展した人間世界。
契約者様を巡る諸問題はそれはそれとして、せっかくなんだから謳歌すべきとウキウキでコンビニエンスストアに行き、ノリノリでお酒とおつまみを買い、我慢しきれずに道端でちょっぴりとだけ、あれこれ飲み食いしていた矢先の、まさかの契約者様との再会。
やらかしたー! と。
咄嗟に思ったのはそんな一言。
パニックに陥った頭でできたことは、とりあえず食べかけのフライドチキン(すごく美味しかったです)を食べて、飲みかけの缶ビール(キンキンに冷えた喉越しが最高でした)を飲むことばかり。
そうして落ち着いたところで出てくる言い訳など言い訳にもならない戯言。
ええそうですとも、私だってあんなところで酒を飲みつまみを食らうことが非常識だってことくらい、知ってますとも。
でも仕方なかったのです。
美味しい酒とおつまみ。千年ぶりのそれを前にして平静でいられる程、私もお行儀の良い龍ではないのです。
ましてや今日は麗らかな日差し、行き交う人々で目を楽しみつつ舌鼓を打つことに風情を覚えない超越存在がいるでしょうか。いえいません。
「だから仕方ないんです。ぜんぶ人間たちの造るお酒とおつまみが美味しすぎるのが悪いんですから。私は悪くないんです。被害者なんです」
「何ぶつぶつ言ってんだ酔っ払い。俺にも一杯寄越せ」
一人、己を弁護している私に突然、声がかけられました。
同時に現れる気配。瞬間移動──転移ですね。
すなわち私以外の超越存在が、ここにやって来たことを意味しています。
振り向けば居間の入り口、呆れたように佇む男が一人。
中年らしい様相。髭など生やして尊大に見せかけているのでしょうが……
一応知っている私からすれば稚児の戯れ、ごっこ遊びそのものでまさしく噴飯ものですね。
ともあれせっかく来たのですから、缶ビールを一本、投げ渡して声をかけます。
「何用ですか、ファフニール。良い歳をしていたずら好きの悪童竜が、人間世界を荒らしにでも来ましたか」
「なわけねーだろ、見学だよ見学。何しろ数百年ぶりに俺と契約できる契約者が出たってんだ。実際に契約するかはともかく、人間世界には行くだろ、普通」
言いながらビールを一口飲み、その旨さに驚嘆する男──ファフニール。
北欧の方でしたか、そちらで名を馳せる悪竜、いわゆるドラゴンです。
東方大陸を拠点にする私とは縄張り違いですが、龍と竜、多少繋がりはあるということで以前に何度か話したことのある、まあ知り合いです。
やはり、降りてきましたか。
私やファフニールに限らず超越存在はその存在の大きさゆえ、好き勝手に人間世界に降りることは叶いません。
唯一、その時代時代に発生した契約者と、契りを結べるだけの相性を持つ存在であれば、契約を結ぶためという名目で人の世を訪れることができるのです。
ましてや当代の契約者様、柊幻魔様は究極の器。
あらゆる超越存在と契り、それらを率いることもできる史上最高の素質を持つのです。
いかなる超越存在とて人間世界にやって来ようものとは、当然予想できる話でした。
「……他に誰かと来ているのですか? リヴァイアサンとか、ジャバウォックとか」
「俺が誰かとつるむかよ。それに全員来れるからって一気に降りたら、あっという間に人間の世の危機だからな。その辺の調整でお偉方どもは右往左往らしいぜ」
「我々『四神』も似たようなものです。ゆえ、私が先遣として来たのですが……貴方、勝手に降りたのですね」
「こまけーことは気にすんな! にしてもあんた、すいぶん苦戦してるみてーだな? まさか天下に名高い青龍様が、朝っぱらから酒盛りとはなあ!」
「貴方も飲んでいましょう! 文句を言うなら返しなさい私のビール!」
「嫌に決まってんだろ! マジにうめーわこの酒、もっと寄越せ」
「自分で買ってきなさい! 権能でも何でも使って!!」
いきなりやって来て人のお酒を! こいつ!!
……いけません、ここは冷静に。超越存在同士で争うなど、絶対に良くないことです。
落ち着くためにちょっときつめの、この国原産の日本酒なる酒を瓶から直に飲みます。美味しい。
「その酒も旨そうだなあ、おい……!」
「ぷはぁ。あげませーん」
「ちっ……まあ良いや、買いに行くかぁ。契約者ってのも気になるしな」
「お好きにどうぞー」
ついで程度に契約者様にちょっかいを出すつもりなのでしょうね、この悪童。
しかしすぐに気づくことになりましょう……我々にも匹敵する怪物が一人、いえ二人、あるいはそれ以上、彼の傍らに常に付いていることに。
私は止めません。人のお酒を飲んだのですから、少しは痛い目に遭えば良いのです。
それにしてもこの、日本酒?
美味しいなー。
まろやかで甘くて、酔いが回るー。
何やら意気込むファフニールを冷たく見やりつつ、私は初めて飲むタイプのお酒に、頬を緩めるのでした。
(^q^)<一応魔法少女を見定めてはいたけど基本的にマジでひたすら欲望のままに動いていたポンコツ酒カスすき