10年前。
私は、罪を犯した。
『無能が許嫁だったなど、恥ずかしい……!』
『才なくば退魔師にあらず。退魔師にあらずば柊にあらず』
『柊に生まれながら退魔師にあらずは……人ではありますまい。獣め、人がましい振りなど怖気が走ります』
『失せて、地を這い、野垂れて果てなさい。私は真なる柊次期当主、天羅様と共に無能に貶められた柊家と六門道家を支えましょう』
おぞましい罵倒。人間の尊厳を破壊する、悪魔の言葉。
それがすべて私の口から放たれたことが、未だに悪夢のようにすら思える。
けれどその言葉を向けられた幻魔──幻魔くんの、絶望という表現すら生ぬるい表情が毎夜毎晩、夢に現れて。
これは悪夢ではなく現実で、私はどうしようもなく愚かな罪人なのだと突き付けてくる。
そんな10年間だった。
「それで、割と早い段階から俺のこと探してたの、もしかして?」
「ええ。青華様がお越しになられたのが8年前。そこで契約者なる存在と、幻魔くんがそうだと知り。さらには別の超越存在様も幻魔くんをお求めになり……以降、柊も六門道も一族総出で捜索していたの」
「価値が生まれた途端に、ですか。聞いていて気分の良い話ではないですね」
「仰る通り、ね。どの面を下げれば良いのか、私は……本来であれば、合わせる顔もない女よ」
「まあまあ。そう言わずに二人とも」
魔法少女『サード・タイフーン』の、呆れと嘲り、何より憤りの籠った眼差しと言葉に、私は正直に答える他ない。
アパートの居間、仲睦まじく二人の魔法少女とふれ合い、落ち着かせながら私の釈明を聞いている幻魔くんを見る。
10年前から大きく成長した、落ち着いた眼差し。
老成したと言っても良いのかも知れない。
何かを諦め、達観し、それでも生きていくような柔軟な強さを感じる。
この10年という月日を追放されて過ごした彼の、乗り越えてきた艱難辛苦はもはや私ごときには想像もつかない。
私とて一端の退魔師として成人して以来、各地で魑魅魍魎や妖魔怪異と戦ってきたが、いつだって柊と六門道の手厚い支援があった。一人ではなかった。
けれど、彼はたった一人、命一つ身一つでここまで生き延びてきたのだ。
私などが推し量ることさえ烏滸がましい。
そう思える程度には、この10年で私も、世間様と言うものを勉強させてもらえた。
それは同時に、了見が狭く器の小さい我ら六門道と、みごとに毒されていた愚かな小娘が犯した罪に嫌でも向き直らなければならない、辛い、苦しい日々をも意味していたけれど。
あのまま、気付かないでいるよりかはずっとずっと良いのだと、今の私は確信している。
「よく、今まで見つからなかったなあ俺。柊と六門道がそんな風に全力なら、すぐに見つけられそうなもんだけど」
「いえ。その、捜索自体が難航したの……何故だか退魔の各団体から、年単位の圧力と妨害があって」
「……ええと。いくつか思い当たる顔は浮かぶな」
心当たりがある素振りの彼に、内心、冷や汗を禁じ得ない。
世界規模で見ても退魔師業が盛んなこの国において、退魔師たちによって構成され運営している各地域の組織の、影響力は名門一つ二つでは相手にならない。
幻魔くんはそうした絶大な力を持つ退魔組織の複数から庇護を受けていたのだ。
仮にも名門たる柊と六門道が、結託して総力を挙げてなお捜索が難航する程にまで、彼は護られていた。
「関東退魔会、近畿陰陽協会、南九州神道、日本エクソシスト連盟──果ては政府お抱えの特別退魔警察機構や特別退魔捜査本部に至るまで。この国有数の組織がことごとく幻魔くんを知っていて、かつそれを隠そうという素振りだった。繋がりが?」
「いやあ、別に組織単位でどうのってんじゃなく、たまたま知り合ったその辺の知り合いがよくここに遊びに来るだけだよ。まさかそんなことになってたなんてなあ」
あっけらかんと、まるで他人事のように話す。
そんな彼はいつもの姿なのだろう、『ファースト・キック』も『サード・タイフーン』も当たり前みたいな顔をしてそれを聞いていた。
そう、この少女たちとて我々の想像の埒外だ。
魔法少女──7年前に初代『ファースト・キック』が発生して以来、毎年一人ずつ増えていっている若手、かつ極めて強力な個人退魔師。
仔細は未だ明らかでないが、明らかにこの退魔全盛の時代にあってなおトップクラスの力を誇る彼女らが、どうしたことかここにいて幻魔くんに侍っている。
それも、信じがたいが七人全員がそうなのだという。
目眩がする話だ。
私は、私たちは、一体何を追放した? 何をしてしまった?
心情的な罪悪感だけではない。
政治的、組織的な面における過失の大きさすらこの身にのし掛かってきている気がする。
「そう……ともあれ、それで今日ようやく見つけたの。幻魔くん」
「うん?」
「申し訳ありませんでした。柊と六門道を代表し、また私個人の愚行も併せて──この通り、深く謝罪申し上げます」
私は改めて、10年間のすべてを償うかのように土下座をする。
分かっている。こんなことで償える程、我々の罪も、罰も、彼が過ごした10年という歳月も軽くはない。
それでもこうしなければ、何一つとして前に進まない気がしたのだ。
そう思うことさえ、自己満足な独り善がりであることを自覚しながら、なお。
「本当に……ごめんなさい。私は、人の心を労ることもできない屑です。自分のことしか考えられない、最低の生き物です」
「馬鹿なことするんじゃないし、言ってるんじゃないよ……もう。辛かったろ、そんな風になるまで追い詰められて、可哀想に」
「……でも」
「大丈夫、気にしちゃいない。それより、そんな風に自分を貶める姿を見る方が辛いよ。顔を上げてくれ……家には戻る気ないけど、気持ちは十分伝わってる。大変だったね、沙羅さん」
こんな私に、どうしてそこまで優しくしてくれるの。
罪悪が、後悔が津波のように押し寄せる。
涙が落ちる──こんな姿を見ると余計に彼の同情を買ってしまう、卑怯で卑劣だと理解していても、止まらない。
私は土下座をしたまま、静かに涙を流し続けた。
(^q^)<過去の取り返しが付けられない過ちに苦しみ謝り続ける女の子すき