退魔世界の一般人   作:てんたくろー

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柊天羅/柊家次期当主Ⅰ

「それで。幻魔は我々の要求には応じなかった、と?」

「……はい。今さらもう、関わりを持つのは遠慮したい、と」

「そうか。当然の話だな」

 

 首都東京の近郊に大きく構えられた、退魔の名家柊の本家屋敷。

 その中でも一等、広く拵えられた謂わば本丸御殿にて。

 僕を含めた柊家の幹部は揃って、夜の帳も降りた今、六門道家の沙羅嬢からことの顛末を聞いていた。

 現当主、柊剛三郎が厳かに瞳を閉じ、固い表情で呟くのを皮切りに、長老たちが騒ぎ始める。

 

「契約者などと正直、青龍様から聞かされてなお、半信半疑であったが……」

「各組織に繋がりがあり、しかも誰にも手懐けられなんだ魔法少女どもを侍らせとるとは」

「無能がこの10年で、まさかこうなるか」

「といいますかそもそも、生きておったのですなあ。てっきり数年で野垂れ死んでいたものかと」

「然り然り」

 

 今さら、かつて無能と追放した者へ媚びなければならない屈辱。

 契約者などという、唯一無二の素質を持って生まれたことへの嫉妬。

 正体不明の極めて強力な退魔師たち、魔法少女と呼ばれる存在を複数人囲っていることへの危機感。

 何より──何もかも剥奪され、文字通り裸一貫で放逐されたにも拘らずなお、命を繋いでいた事実への驚愕。

 腐敗臭漂う老害たちの、反応は概ねこんなものだった。

 

 聞きつつも、知れず、握り拳に力が入る。

 勝手な理屈で追い出して、勝手な都合で戻そうとして。

 それが叶わなければこうして妬み嫉みで騒ぎ立てる。

 こいつらと妖魔怪異どもと、どれ程の違いがあるのだろう──ましてそんな連中に、今はまだ、従わなければならない僕なんて。

 

 何が柊次期当主だ。

 人から、兄からすべてを奪い取っておいてこの体たらく。

 己で成したものなどこれまで何一つもありやしない。

 

 僕は。

 柊家、次期当主。柊天羅は。

 10年前に姿を消した兄、幻魔への複雑な思いを禁じ得ず、僅かに俯いた。

 そんな僕を横目に見つつ、かつての兄の、そして今は僕の許嫁である六門道沙羅さんが、凛とした佇まいで続ける。

 

「幻魔は、立派になっていました。優しく、強い心を持つ御方でした。私などより、よほど」

「ふん! かつての許嫁によもや、情でも湧きなおしたのか? 六門道の小娘!」

「しょせん退魔の才なき下等生物であろう。我らがいなければまともに生きていくこともできない、憐れな輩には変わりないわっ」

「女の扱いには長けておるのかもしれんがなぁ、ウハハハハハーっ!」

「然り然り」

 

 盟友のはずの六門道家、しかも次期当主たる僕の許嫁でさえ罵倒する、老害たち。

 現当主が、父が密やかに眉をしかめるのが見える。静かに抱いている、怒りや殺意でさえも。

 僕にすら見えているそうした不興を、けれど長老たちは気付かないんだ。

 耄碌しきって、腐敗してしまっているから。

 

「恐怖……」

 

 ああ、ああ。

 耄碌とはこんなにも恐ろしいものなのか。

 この長老たちも、きっと若い頃には今の若衆らと同じように、理想に熱く燃えて退魔を志していたはずなんだ。

 それが歳と共に、年月と共に情熱は衰えて、理想は野望に変わり果てて、欲望にまみれて……

 今や老害へと成り果てた。

 

 何て醜悪な姿。

 これが歳を取ることの本質ならば、僕は今、20歳のこの時点で時を止め、このままの僕でいたい。変わりたくない。

 

「静粛に。幻魔の今と、思うところは承知した。しかして我らとて、御方の──かの天津神のお望みとされるままにせねばならぬ。ひとまず訪問という形ででも、ここに連れて来ねば。柊と六門道の存亡にも関わる」

「退魔の名門が二家揃って、無能風情に嘆かわしい……!」

「然り然り」

 

 当主様の言葉に嘆く長老たちだが、状況としてはもう、まさしくすべては兄次第なのだ。

 8年前。青龍様が降臨なされ、兄の秘めた素質、すなわち神々を率いる器である契約者としての正体を僕らが知って、間もなく。

 この国の神話にも名高き、とある天津神様がお越しになられた。

 目的はもちろん、兄だ。

 

 青龍様同様、御方は既に兄が追放されており、その行方も知れずとなっていることに大層驚き、またお怒りになられた。

 節穴どもめ、と。そもそも大した咎もない者を追放などするな、それは我々ですらしなかったぞ、と。

 そんな、当たり前の話を当たり前のように叱責されて。

 そうして退魔の名家とされる僕たちは慌てて、兄の行方を調べ始めたのだ。

 

 恐ろしく捜索に難航したものの、ようやく見付けた。

 けれどその頃にはもう兄は一人立ちしていて、家に戻る気など毛頭ありはしない。

 当たり前だと思う。仮に戻ったとして、下手をすれば上手く使い潰されてまた捨てられるか、最悪、殺される可能性さえあるんだ。

 帰るわけがない。

 

「……天羅よ。幻魔の弟として、今度はお前が交渉しに行くのだ。幻魔はお前を可愛がっていた。情ゆえ、多少は譲歩してくれるやも知れぬ」

 

 父の、渋面からの指示。

 今さら僕に、兄に会えと?

 何もかもを奪ってしまった加害者が、何もかもを奪われてしまった被害者に、交渉しに行けと?

 

「御意」

 

 ……けれど僕はそう答えた。

 政治的な話だとか、契約者がどうとかは二の次だ。

 

 とにかく兄に逢いたかった。

 幼少の僕を可愛がり、慈しんでくれたあの人にもう一度会って、せめて謝りたいんだ。

 

 ああ、そして願わくば。

 もう一度抱きしめてほしい。

 幼い日のあの温もりを、もう一度だけでも良い、感じたい。

 

 幻魔兄様。

 天羅が今、会いに行きます。




(^q^)<ブラコン男の娘すき
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