数百年に一人、『契約者』と呼ばれる者が発生するのだとその子は言った。
『超越存在』なる高次元生命体と契りを交わし、その力を無限に引き出し最強を思うままに振るう、時代の寵児だそうだ。
なんでもかの大陰陽師たる安倍なんたらやら、吸血鬼の真祖を打ち倒したヴァンなんちゃらやらもそんな存在だったそうで。
「……で、当世におけるその契約者ってのが実は幻さんだったと? 何も力を持たず生まれて、そのせいで家から追い出されて辛い思いをしてきたのに?」
「あぅぅぅ……」
冷ややかな視線と声音で千早ちゃんは、六畳一間のフローリング、冷たい床に正座して恐縮しっぱなしの青髪の美女、名を青華という彼女に問いかけた。
どうやらこの青華ちゃん自体、その超越存在とやらの一体だそうで──酷く申し訳なさそうな顔で、俺に告げてきた。
「ほ、本当に申し訳ありませんでした……! け、契約者様は代々、本来であれば成人になるかどうかの頃には我々に見初められ、契約を結びますところを……っ」
「あー。なるほど? 俺はその頃には既に家を追い出されてホームレスからのスタートだったから。見つけられなかったとか?」
「契約者様の秘めたる力に気付ければ良かったのですが! ……その力も、我々と契って初めて引き出されるものですゆえ……」
「ザルいね、なんとも。力がなければ捜すのに手間取るのに、その力ってのが捜し当ててから発揮されるとか。因果がおかしいよ、それ」
「何一つ、弁解の余地がありません……」
しょんぼりと、青華ちゃんは項垂れて涙を流した。
美人の涙は見ていて辛いな。ましてや心の底から後悔しているのが分かる、苦悩も絶望もしきったような有り様だと余計にだ。
言い過ぎだよ、と千早ちゃんを視線で窘める。
俺の送ってきた半生に少なからず詳しい彼女だ、同情してくれているのは分かるがこれは半ば以上の八つ当たりだろう。
事実、千早ちゃんもそれを自覚しているようでばつが悪そうに肩をすくめた。良い子だ、本当に。
「契約者様がまさか、まさか才がないなどという程度の理由で放逐され、そのまま行方知れずになるなどと……っ。現世の退魔とはかように冷酷なものなのですか? 才なくば人にあらずと棄てるなど、妖魔怪異の理屈ではありませんか」
「あ、それは同感。非人道的もここに極まれりだよね。実際幻さん、追い出されてから3年は野宿してたって話だし」
「3年も……っ! ああ、我々は何という過ちを」
「いやいや、どうもどうも。気にしてないから、もう」
何やら嘆かれてしまったが、俺からしてみれば十年一昔。もう過ぎたことだ何もかも。
むしろこれからを……具体的に言えば今になってやって来た青華ちゃんが、それでは結局何を求めているのかを知り、共にどうするかを考えていきたいところだ。
そんなことを言うと、青華ちゃんはこくんと頷き誠実な瞳で、こんなことを言うのだった。
「今さらおめおめと参上したのはもちろんのこと、契約者様と契約し、当世退魔の頂へと登り詰めていただくためです。我々超越存在にとり、契約者との契約とその先にある最強の成り上がりこそ至上の喜び。どうか何卒、我々と契りを──」
「いやあ……それは、ちょっと遠慮しとこうかなあ……」
「……っ!?」
俺の拒否が意外だったみたいで、美しいかんばせに驚愕をありありと張り付けて青華ちゃんはこちらを見ている。
いやいや、今になって退魔世界に舞い戻るとか。しかも成り上がりとか。
ちゃんちゃんチャンバラ、冗談はよしこさん、だ。
「俺はたしかに無能で、だから家追い出されてそれなりに色々バカな目に遭ったよ。皆を見返したい気持ちも、昔はあったし今もほんのちょびっとくらいは、まああるかもね」
「で、でしたら! せめて外道なりや契約者様の元関係者どもに、せめて苦痛の一つでも与えたりはせねば!」
「怖いよその発想」
よっぽどかつての一族たちに怒りがあるのだろう、殺気立ってて本気で怖い青華ちゃん。こらこら反応しなさんな千早ちゃん、君らが暴れたら俺はたちまちダンボールマイホームに逆戻りだ。
こほんと一息。それでもって俺は、今思うことを述べてみた。
「あのね、もう過ぎたことなの。俺は何もかも無くして、でもどうにかこうにかこうやって、小ぢんまりしてても住み心地の良いアパートの一室を借りて、バイト暮らしでやっていってる」
「楽しい友人知人もひっきりなしに訪れるしね」
「筆頭は千早ちゃんだよ……でさ、青華ちゃん。俺が俺の力で、俺の歩みで積み上げてきたこういう暮らし、現状に比べて……借り物パワーで最強成り上がりとか、俺を捨てた奴らに復讐だーとかさ。比較しようとも思えないんだよね、これが」
「借り物ではありません! 契約者様の生来の力、それこそ才なのです!」
「ガキの頃ならいざ知らず、おっさんになりつつある今はもう、いらないよ。俺は俺にとっての当たり前を、もう手にしてるんだから」
きっぱり告げる。さすがに青華ちゃんも俺の本気が察せられたのか、沈痛に俯き瞳を閉じた。
それから少しして、また来ます、とだけ言って彼女は去っていった。
(^q^)<自業自得の手遅れ感で後悔と罪悪感に押し潰される女の子すき