当代の契約者、柊幻魔は良くも悪くも普通の人間だ。
呑気だし、警戒心がない。
迂闊だし、それゆえ度量が大きい。
それでいてとてつもない器を備えた、史上最高の契約者だってんだから。
超越存在からしてみりゃあそんなもん、どうとでもしたくたるに決まってるのさ。
たちまちで言えば、俺……超越存在、悪竜ファフニールなんかは特にな。
「契約を結べば、あんたにとっちゃあ、あらゆる組織への牽制になるし身を護る術も身につく。俺にとっても、人間世界に確固たる形で存在を維持できる。良いことづくめだろ? お互いによ」
「いきなりだねえ」
「悪かねえ話のはずだぜ? 後からくる超越存在どもも黙らせてやるよ。契約さえできりゃあ容易いことさ」
「うーん」
わりかし本気で自分を売り込む。
嘘は言ってない。この提案は双方、メリットならたくさんある。
──ただ、デメリットもあるにはあるだけだ。
特退警と裏で繋がってる俺と契約することで、当人の意志とは関係なしに強制的に特退警預かりの身柄になるっつう、特大のデメリット。
つまりは今この場で契約者が頷き、契りを交わすだけで。今まで何も妖魔に関わりなかったはずの男が、一気に特退警所属のトップ実力者となっちまうってわけだが。
そっちは気付かれてないから、言わないだけさ。
「今がチャンスだぜ、契約者。さあさ、覚悟を決めたらいざ、肩の力を抜いて──」
「──人が、気持ちよく寝てる時に、やってくれるな」
そんな風にしてうまい具合に、契約者をノセられるかと思っていた矢先だった。
とんでもねえ殺気、いや、もはや確固たる殺意さえ伴って。
寝転けてたはずの女が、瞬時に俺の眼前に現れていた。
「よっぽど、殺されたいみたいだな。トカゲ……!」
「ぐ、う!?」
「千早ちゃん!?」
「ファフニール!」
凄まじい剛力で人間の姿を模している俺の、首をへし折りかねない程に締め付ける。
苦痛と息苦しさに思わず呻くのを、契約者と勝が、唖然として反応していた。
ちくしょう、まさか起きてたのか……!
焦燥と屈辱に混乱する頭が、それでも何とか冷静に考える。
この超越存在ファフニールが、この数日で二度も人間に追い詰められるとは。
認めざるを得ねえがマジにバケモンだこの女、『ファースト・キック』とやらは。
首を絞めるその小さな手を、どうにか外せないかと苦慮するも、余計に締まっていって袋小路だ。
本当にこのままだと、この体が保たない。
「ぐ……っ、ぁ」
「言葉巧みに幻さんと契約しようって腹積もりだろうが、そうはいくか! 十名山! 貴様ら特退警はどこまで絡んでる!?」
「元々はファフニールが持ちかけてきた話だ! 俺らの立場からしてみれば、やるだけやらせても損はないからな! そろそろ離せ嬢ちゃん、マジに死んじまう!!」
「千早ちゃん、離しなさい」
「……分かったよ」
勝と契約者の、というよりは契約者の言葉だけか、届いたのは。
とにかく『ファースト・キック』は寸でのところで手を離し、俺を床へと放り投げた。
激しく咳き込む。
くそ、この俺がこうまで……どうなってんだ、人間は一体、どうなっちまってんだ!?
「ファフよォ、ちいとやり過ぎたな。まあ濡れ手に粟を狙って乗っかった、俺ら特退警も悪いが」
「ぐ、く……勝よ。世話になってる分は仕掛けたが、もうこれ以上は無理だぜ。本当に死んじまう」
「ああ、悪かったな……千早嬢も幻魔くんも、騙し討ちみたいな形になって申し訳ない。この通りだ」
苦悶する俺の隣、床に跪いて勝が二人に詫びを入れた。
まったく、何もかもが裏目だぜ。
──特退警に捕まって事情を話しているうちに、次第に内容は交渉へと代わっていった。
契約者の存在と、遠からず迫る超越存在たちの群れを示唆してやればあっという間、人間たちは俺の案に乗ってきやがったのさ。
すなわち、特退警預かりの俺が契約者を騙くらかすなりなんなりして契約まで持ち込めば、それを口実に特退警が契約者を戦力として取り込めるって算段だ。
まあ、勝は最後まで反対していたが、元々契約者と付き合いがあったんだし、友人贔屓としか捉えられなかったらしい。
むしろ親しさを利用して、魔法少女すら欺いて俺を契約者の元まで連れて行けとのお達しまで受けてやがったよ。
難儀な話だな。
「……そんなわけで結局、『ファースト・キック』を出し抜いてまでの勧誘計画は実行され、しかしこのざまなわけだ」
「認めるんだな? お前が契約を出汁に、幻さんを特退警の傘下に収めようとしたことを」
「ああ。言っとくが勝は責めんなよ。最後まであんたらの友人でいようとしてたことは、このファフニールが名にかけて保証するからな」
「……義理堅くはあるのか。良いだろう、信じるし、十名山に免じて命までは取らない」
「助かる」
せめて勝が、こんなことで友人を失わないようにだけはフォローしておく。
もう契約は成るまいし、魂胆が透かされた以上、俺はどう足掻いても敵扱いだろう。
いらんこと言って巻き込んじまった責任だけは、取ってからオサラバしねえとな。
「二度と幻さんに近寄るなよトカゲ。もし次、くだらないことしでかしたら。今度こそ、命は保証しない」
「おうおう、おっかねえなあ。分かってるよ。俺の負けだ」
冷たく殺気立つ化物にひねくれ口を飛ばしてから、最後に、契約者を見る。
凡庸な顔立ちの男だがなるほど、『ファースト・キック』にかくも好かれるとはやはり、只者じゃなかったわけか。
ふん。
ま、こいつとなら別に、それこそすべてを敵に回したって良かったのかもしれないが。
何もかも後の祭りだ。
「契約者よ、酒も飯も美味かったぜ。ありがとよ」
「ああ、うん。どういたしまして」
「ふ……じゃあな、当代の契約者、柊幻魔」
そうとだけ言い残して立ち上がり、踵を返して引き返そうとした、その時。
「んー、ちょっとストップ。悪いけどこの話、俺が話を纏めさせてもらうよ」
契約者が、そんなことを言い出した。
(^∇^)ノ♪<腹黒いし小賢しいし性格も悪いけど何だかんだ義理堅くて筋を通したがるおっさんすき