「そんで、幻の字。実際のところ、どうなんじゃ」
「んー? え、何が?」
「契約者、とやらじゃよ。何ぞわけわからん、超越存在とか言うのに付け狙われとるんじゃろ?」
「付け狙われ……うーん、まあそういう表現にはなるのかな」
「正直、儂も界隈の噂話を小耳に挟んだ程度じゃからな。本人から正しく経緯を聞いておきたいんじゃよ」
結構夜も更け、俺も清吉爺もしこたま酒を飲んでいる。
お互いに酔っ払ってウフフアハハと、特に何もないのに笑い出してきた頃合いに、急に真面目な顔して爺さんがそんなことを尋ねてきた。
そう言えば契約者云々の話、耳にしたから来たとか言ってたなあ。まあ、それだって結局の所、酒を飲みに来る口実だとは思うんだけど。
せっかくだし清吉爺にも事情を説明しておくか。
「ことの起こりから話すね。えーっと、要はかくかくしかじか」
「まるまるうまうま。ふむ? お主、結構な決断をしたんじゃのう」
かいつまんで先日、青華ちゃんが来てからこないだ、ファフさん相手に交渉したところまで。
俺にわかる範囲で色々と、俺を取り巻くウンタラカンタラについて話したところ、清吉爺は感心とも、呆れともつかない目で俺を見てきた。
魔性の美を酩酊に浸らせて、赤く色づく頬のまま、彼は続ける。
「そのファフニールとやらと契約して特退警なり何なり、組織の庇護にでも入っちまえばとりあえずは安寧が手に入ったろうに。そこまで力を手にするのが気にいらんかったか」
「ちょっと違うかな? 気にいるいらないじゃなくて、俺には必要ないものだから。契約して、変に力を手に入れて面倒なことになるのも嫌だし」
「契約者である時点で面倒ごとのオンパレードではないか。ま、言いたいことは分かる。降って湧いたような力なぞ、善なれ悪なれろくなものではない」
そこんところは儂が一番、よう理解しとるつもりじゃ。
清吉爺はそう言って、遠い目をしている。
この人も何やかや、降って湧いたような力で散々な目にあっている人だものな。
超生命『バイオーヴァー』。戦時中に行われた狂気の人体実験の産物として、清吉爺は超人となった。
望んだことではないらしい。俺も詳しい話を聞いたわけではないんだけれど、清吉爺の、人間の尊厳を踏みにじる者たちへの憎悪が相当に深いことは、それなりに理解しているつもりだ。
それゆえ、似たような境遇に陥っている千早ちゃんたち魔法少女には憎まれ口を叩きながらも、その実ものすごく協力的だったりする。
当人たちには照れくさがって言いやしないんだけどね。
だからだろうか。
契約者としての権利? 義務? なんだかよく分からないけど、とにかくそういう位置にあるところの、超越存在との契約を拒んだ俺に対しても彼は同情的でいてくれるみたいだ。
コップに注いだ日本酒を飲み、清吉爺は言う。
「儂は、お主の選択を尊重するし敬意をも表するよ。目の前にある宝を、必要ないからと手放せる潔さは……あるいはかつての儂が何より欲し、しかして浅ましさゆえに身に付けられなんだものじゃ」
「清吉爺は気高い人だよ。『関東退魔会』を興して退魔師を育て、今も界隈のために尽力している」
「それとて突き詰めれば儂のエゴじゃよ」
「だったら俺の選択だってエゴだよ。今の生活を、今の人間関係を今のままにしておきたい、そういうエゴだ」
まあ、そういうことなんだ。
契約なんかして、変な力を手に入れて、それで今の生活が壊れるのがたまらなく嫌だ。
ようやく手に入れた日常なんだから、護りたいと思ったって良いだろ? ──そういう身勝手さからくる、これは俺のエゴなんだ。
「なんて言われても良い。俺は、俺の護りたいものを護るためなら何でもするよ。何もしないってことさえも、喜んでやるさ」
「選択しない罪、か。無知なるは罪という言葉もあるが、とは言えど必ずしも無知が悪であるとも限らん。選ばざることも、時としてそれが正しいこともあろうよ」
「……ありがと、清吉爺」
「なあに、これでもお主の3倍は生きとる。若者を慰め励ますのも、老爺の役目じゃわな」
少年の姿のまま、老人のように深い年輪を思わせる笑みを浮かべる。
見た目ではない、魂の年齢。
そこから来る優しくも穏やかな言葉に、俺はどこか、救われた心地になっていく。
本当に、得難い友人を得た。
千早ちゃんたちも、勝くんも、清吉爺も、みんな、みんな。
俺にとってかけがえのない、最高の宝物だ。
なんだか無性に嬉しくて、俺は焼酎の水割りをぐいっと飲んだ。
「……っぷはあ! よーし清吉爺、今日はとことん飲もう!」
「おっ! そかそか、そうでなくてはのう! カハハハッ、やはりお主と飲む酒は美味くてええわい!」
「俺も、爺さんと飲む酒は大好きだよ! 乾杯!」
「かんぱーい!」
笑顔で二人、酒を酌み交わす。
たまにはこんな夜も良い。そう思える日だった。
(^∇^)ノ♪<暗い過去を匂わせつつもノリは軽くて優しくてコミカルなショタジジイすき