文月とブラック鎮守府と新米提督   作:トマリ

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プロローグです。このような話を書くのは初めてでしたので、色々とツッコミ所があるかもしれませんが温かく見守っていただけると幸いです。
一応メインヒロインは文月のつもりですが、ブラック鎮守府復興という都合上、かなりキャラ崩壊していると思います。


着任前

 

 

 とある鎮守府があった。

 その鎮守府は『良い鎮守府』のお手本のような所だった。鎮守府全体が活気に溢れており、提督と艦娘の関係も良好そのもの。提督は艦娘を家族のように扱い、艦娘もまた提督に強い信頼を寄せる────まさにホワイト鎮守府と呼んでよいところだった。

 

 しかし、あるときからそれは変わる。

 その提督が昇進という形で、上層部に引き抜かれることになってしまった。戦場の中で才能を開花させ、その提督の能力は目覚ましいほどに伸びていったのだ。

 もちろん提督も艦娘もお互いに離れることは嫌だったのだが、本来彼女たちにとって『自分たちの指揮官が出世する』というのはなにより喜ばしいことである。

 だから皆文句も言わず、涙を呑んで去っていく提督を見送った。

 

 

 そして数日後に、後任として代わりに入ってきた新しい提督。

 彼が問題だった。

 彼は艦娘に情など持っておらず、消耗品同然のように扱う、絵に描いたような『ブラック提督』だったのだ。

 無理な出撃をさせ、補給も満足に受けさせず、入渠も僅かな時間を縫って行わせる。彼女らを休みなく働かせることが、そのまま戦果に繋がると本気で信じている男だった。

 さらに、本来彼女たちに入るはずだった給料をそのままポケットマネーとしていた懐に入れていた報告もあり、彼の艦娘への扱いはまさに奴隷と言ってよかった。

 だが、以前までの生活によって艦娘たちは『提督』に絶対の信頼を抱いており、彼に逆らおうとはしなかった。それを良いことに、彼は非道の限りを尽くした。温かかった鎮守府は、一瞬でブラック鎮守府になったのだ。

 そして……まぁこれはあくまで真偽の定かでない情報だが、彼は艦娘への日常的な虐待、さらに特定の艦娘を夜な夜な自らの欲望の捌け口にしていたという噂もあり────

 

 

 

「……ヤバイですね」

 

 そこまで読んだところで本気の吐き気を覚え、新月(あらつき)は書類を置いた。泥水を一気飲みさせられたような、最悪の気分だった。

 顔を上げると、目の前にはたくさんの書類が置かれたテーブル。横には読んだこともない本が詰め込まれた本棚がある。

 今、新月がいるここは『大本営』と呼ばれる場所。俗に『上層部』だとか呼ばれる人間が属している施設だ。そこの待合室のソファに、新月は座らされている。

 海軍の本部なだけあって、彼の体を受け止めているソファは超高級のフカフカのものである。

 自分には一生縁が無いものだと思っていた新月は、部屋に入ってそれを見た瞬間目玉が飛び出そうになったものだ。おかげで腰を落ち着けているはずなのに全く落ち着けない。

 

「だろ?しかし、これでもまだ端折ってる方なんだがな」

 

 そんな小市民新月の対面に慣れた様子で座っているのは、彼をここに呼んだ張本人、ヤマダだ。提督の中でのエリート的存在であり、かなり度のキツイ眼鏡と細い目がトレードマークである。

 

「ちなみに、二代目提督がやっていた悪事を残らず書き出せば、そのコピー用紙は更に二枚ほど増えることになるぜ」

 

「……うぇ」

 

 ヤマダの言葉に顔を歪める新月。増えるも何も、手元にあるコピー用紙は既に四枚もあるのだが……。

 先ほど受け取り、目を通していたこのコピー用紙には、件のブラック鎮守府の内情が詳細に書かれていた。当時の鎮守府に内通者でもいたんじゃないかと思えるほどの、本当に無駄に詳細な記録だった。

 

「これが『ブラック鎮守府』……。最近の憲兵が頭を悩ませてる問題の一角ってことですか」

 

「そんなとこだ。ちなみに知り合いの憲兵によれば、こんな鎮守府は割とゴロゴロあるらしいぞ。これより艦娘の待遇が悪いところも、な」

 

 これ以上どこを酷くすんのかね、とぼやきながらヤマダは自分で淹れた紅茶を啜る。

 新月も淹れてもらった紅茶に口をつける。考えたくもない。そんなことは。

 

「……それで、憲兵の保護が入ったときには残存艦娘はたった十人……。ひどい話です」

 

「おまけにその十人もほとんどがPTSDを発症して、今も精神病院の世話になってる。……こうやって考えると、ある意味じゃ死ねた艦娘の方が幸運だったかもな」

 

 生き残った艦娘にとっちゃ、死ぬよりも地獄だっただろうからな、とヤマダはずり落ちた眼鏡を直した。口調こそ飄々としているが、彼が怒気の感情を抱いているであろうことは、かすかな手の震えから察することが出来た。

 そしてそれは新月も同じである。もしも体内に明確に『(はらわた)』と呼べる器官があったなら、そこはマグマのように燃え盛っていたことだろう。

 

「……ヤバイですね」

 

 しかしそこは仮にも上官の手前、なんとか抑え込んで初上はコピー用紙から目を離す。

 それに正直、今の彼にはそのブラック鎮守府の内情のことよりも深刻な問題があった。いや、そのブラック鎮守府のことを『軽い問題』と言うつもりは毛頭ない。むしろ、それに深く関連した内容だ。

 

 

「で、もっとヤバイのは、その鎮守府がこれからの自分の勤務先、てことなんですけどね」

 

 

 新月は乾いた声で笑った。笑うしかなかった。対するヤマダは涼しい顔である。

 

「ああ。『上』からの指令なんでな。頑張ってくれ」

 

「いやっ、ちょ……勘弁してくださいよヤマダさん」

 

 ドン、と新月は机を叩く。

 

「自分はこないだ高校を卒業したばっかりで、その後急に海軍の人間に『君には提督の素質がある』とか言われてスカウトされただけの素人ですよ?どう考えても僕には無理です。不可能です。無謀の極みです」

 

『提督の素質』というのは、ざっくり言うと『妖精が見えるかどうか』というものである。

 この世界の鎮守府に携わる上で、協力が不可欠な『妖精』。実は、それが見える人間というのは限られている。素質がある人間の中でも見え方には個人差があるし、素質が無い人間にはどう足掻いても見えないのだ。

 なので現在は、戦争の激化にも伴い、少しでも『素質』がある人間は問答無用で提督にさせられる、という状況なのである。

 そして、新月は前述の通りある日突然『素質がある』としてスカウトされたばかりの、提督になりたてホヤホヤの新人である。素質も相手曰く『無し寄りのアリ』で、要するにギリギリ見える程度らしい。

 

「たまたまこの職業に学生時代の先輩のヤマダさんがいてくれて、僕のために色々と便宜を図ってくれたことも知ってます。そのヤマダさんの命令ですから、ある程度は従おうと思ってましたけど……ちょっとさすがにこれは」

 

 とりあえず流されるままに提督になったかと思うと、そのままブラック鎮守府に勤務させられそうになっているのだ。彼の反応も至極当然だろう。

 だがヤマダの方も、そんなことはわかっている、と言いたげに頭を掻いて、

 

「仕方ないだろ。『上』の意図がわからない命令なんて、軍に入ったら日常茶飯事になる。早く慣れろ」

 

「いや、そう言われましても……。本当に意味不明ですし……」

 

「とある漫画のキャラは言ってたぜ?『お偉いさんと末端の者じゃ見えてる景色そのものが違う。だから末端はとにかく走るしかない』ってな」

 

「漫画の話じゃないですか。僕はそこまで命令に盲目にはなれませんよ……。というかそもそも、その鎮守府に勤めてた二代目提督とやらはどうしたんですか?」

 

「ああ、死んだらしいぞ」

 

 あっさりとヤマダは言った。むしろその方がせいせいする、という感じで。

 

「ある日の深海棲艦との戦闘中、『偶然』流れ弾が執務室へ飛んでいって、指揮を執っていた提督に直撃したんだと」

 

「流れ弾?」

 

「そうだ。艦娘か深海棲艦が撃った弾かは知らんし確かめようもないが、不幸なこったな。二代目の死体は綺麗に蒸発してて、結局見つからなかったらしいぞ」

 

「……偶然?」

 

「そ、偶然。現場を見ていた艦娘が皆その一点張りなんだから、信じるしかないよなぁ」

 

「……なるほど、それは残念でしたね」

 

 ハァ、と新月はため息をはいた。

 

「深海棲艦ってのは、提督と、多くの艦娘がいる方の鎮守府に引き寄せられる傾向がある。だから、今んところあの鎮守府周りに敵はいない」

 

 言いつつ紅茶を飲み干すヤマダ。

 

「あそこは最前線ってわけじゃないから、あまり急いで復興する必要はないし、俺の鎮守府もさほど遠いところにあるわけじゃない。何かあったらすぐ助けに行ってやるから」

 

「はぁ……」

 

「ぶっちゃけていうと、恐らく『上』もあまり期待はしていないんだろうな。壊れてボロボロになりまくってるが、一応『鎮守府』としての機能は保っている以上、誰かは行かなきゃいけない。まぁお前はさほど素質が優れてるわけでもないから、言っちまえば貧乏クジ引かされた、て感じだな」

 

 この男かなりぶっちゃけてくれる。おかげで着任0日目から提督の気力はゴリゴリ削られてきた。

 思ったことをストレートに言うのは、ヤマダの自他ともに認める長所であり短所だ。

 

 ……しかし、新月に拒否権は実質無かった。

 もしこれを拒否すれば、提督になるつもりで大学入試も就職活動もしなかった彼は、早くも路頭に迷うことになってしまうのだ。

 足元を見られて貧乏クジを手渡される。まさかこんな早くから『社会』の洗礼を受けることになるとは。

 様々な思いにのしかかられながらも、渋々新月は頭を下げた。

 

「……わかりましたよ。やるだけやってみます……」

 

「うむ、引き受けてくれて助かる。さっきも言ったが、俺も可能な範囲での支援は惜しまないようにしよう」

 

「あんまり期待はしないでくださいね……」

 

 安心と同情を半分ずつ混ぜた表情を浮かべるヤマダに、新月はもう一度だけため息をはいた。

 

 どうやら彼の提督道は、第一歩目から崖っぷちのようである。

 

 

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