文月とブラック鎮守府と新米提督   作:トマリ

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ソレは何の前触れか

 

 

○月○日

 

私は、今日から鎮守府の提督としての勤めを果たす者である。

これから日記を付けようと思う。

戦争をする以上、いつ死ぬかもわからないため、記録だけは常につけておけと上官に教えられたからだ。

どうやら自分が配属されることになった鎮守府はほぼ新築同然の状態らしく、壁も床もピカピカだ。プレッシャーがかかる……。

 

 

 

○月△日

 

初期艦のむらくも(まだ漢字がわからん。わかり次第書き直す)に言われるがまま、「建造」とやらを行った。

すると、茶髪の駆逐艦らしき『文月』(漢字これで合ってるよな?)が現れた。

少し話しただけだが、特に生意気な面もなく良い娘のようである。……むしろ、何やら懐かれてしまったようだ。

とりあえず、むらくもと交代制の秘書艦に任命してみる。

 

 

 

○月☓日

 

初めての出撃。

二人が無事に帰ってこれるか気が気でなかったが、どうやら二人とも危なげなく勝利してきたらしい。本当に良かった。

しかも文月がMVPらしいので、帰投してきたときに思いっきり撫で回してやった。文月がキャッキャと騒ぎ、むらくもが呆れたような目をしていたのが印象的だった。

なんとなく、これから頑張るための指針が見えたような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☓月○日

 

鎮守府の全員で大掃除をした。

ほうき片手に掃除をしてみたが……まぁ埃が出るわ出るわ。こんなんじゃ、しばらく掃除しなければ埃はあっという間にたまってしまうだろう。これからはこまめに掃除するようにせねば。

望月や初雪が部屋の片付けなどをめんどくさがるなどのハプニングがあったが、そこは睦月や叢雲が上手くやってくれたらしい。

掃除が終わったあとは、全員で餅でも食うことにした。当然のように隣に座ってきた文月が、ハムスターみたいに餅を食っていて非常に目の保養となった。

 

 

 

☓月△日

 

文月が夕飯の野菜をいつも残すので、本格的に克服させようとする。だが、色々な方法を試してみてもどれも上手くいかない。

疲れたのでもう半分ヤケで「じゃあこれから野菜を残さず食べれたら頭撫でてやるよ!」みたいなことを言ったら、その瞬間に文月は苦手な野菜を涙目になりつつも残さず食べるようになった。

……単純なのか複雑なヤツなのかわからんな、ウチの文月は。

 

 

 

△月○日

 

川内が風邪をひいてしまったらしいので看病する。昨夜に中破して制服が破れたまま夜戦に行くからそうなるんだ。今を何月だと思ってやがる、まったく。

おかゆを作って持っていくと、また夜戦やりたいなどとうるさったので、しばらく夜戦休止条例を発令しておくこととする。

 

 

 

△月○日

 

……とか言っていたら俺が風邪をひいてしまった。情けないことこの上ない。これでは川内を笑えないではないか。

とりあえず提督代理を叢雲に任せつつベッドで横になっていると、文月が看病しに来てくれた。「そこまで付きっきりにならなくてもいい」とは言ったものの、意外と文月が意地を張るのでもうコチラが折れて看病されることにした。まったく文月のヤツ、ちょっと過保護すぎやしないか。まぁ、お陰で風邪は一日で治ったからよかったんだけどな。

……文月製のお粥はちょい不味かったが。

 

 

 

△月☓日

 

間宮さんに勧められて料理を作ることになった。

元々一人暮らしの時が長かったのである程度料理のノウハウはある。叢雲や赤城たちもえたく気に入ってくれたようだ。

ただそれ以来、文月から何かのご褒美とかの度に料理をねだられるようになったのが少し悩みの種だが。

まぁ、嬉しい悲鳴というヤツなのかな。この場合は。

 

 

 

○月△日

 

ここのところ敵の襲撃があまりない。敵がこないのは良いことなのだが、それはそれで暇になってしまう。

なので、妖精さんたちと協力してドッグ設備を改修することにした。ここが艦娘たちにとって、体だけでなく心も休まる空間になってくれることを祈る。

 

最近は睦月型の奴らが使ってる部屋からも元気な声が聞こえてくる。なんでもパジャマパーティーとやらをやっているらしい。

……楽しそうなのはいいことなのだが、またクレームが増えそうである。まぁ、はじめの頃は姉妹がおらず寂しそうだった文月も、今はとても楽しそうでなによりだ。

 

そうだ、これが終わったら────『アラツキ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アラツキ、アラツキ』

 

 耳元からの声で、思わず日記を熟読してしまっていた新月は、ようやく意識を戻した。肩を見ると、乗っかっている妖精さんが新月の肩をトントンと踏みつけている。

 妖精さんは困ったような顔をしていた。

 

『大丈夫?カナリボーットシテタミタイダケド』

 

「ああ……うん」

 

 呆けたような声で答える新月。なんとも、言葉にしにくいような感覚だった。

 言いようもない気持ち悪さのようなものが、胸の奥に泥のように溜まっているような。

 

『ココデ読ミフケルノハ、ヤメタ方ガ良イヨ。埃ガ舞ッテテ、身体衛生ニ悪イカラサ』

 

「うん……そう、だね」

 

 掠れた声で答える新月に、妖精さんは『ソレニ』と続けた。妖精はさんは目を別のところに向ける。新月も後を追ってみると、そこには先程見つけた───見つけてしまっていた、スタンガンやハサミがあった。

 それらを記憶ごと視界から消し去るように妖精は首を振る。

 

『ソレニ、ココハ精神衛生的ニモ悪イ』

 

「……違いないね」

 

 しばらくしてから、スイッチが入り直したロボットのように新月は頷く。

 ……そうだ。ここはもう、『あの頃』の鎮守府ではないんだ。

 初代提督が務めていたホワイト鎮守府の頃の記録を、こんなブラック鎮守府時代にできた隠し部屋で読む。端から見ていれば、なんと滑稽な場面であったのだろうか。

 

 提督は首を振る。

 ……記録は、あくまでも記録でしかない。ここはもう変わってしまっているのだ。

 

 これに記録されていたような、笑顔の絶えない鎮守府などもう存在しない。

 

 執務室もほうきもドッグも全部朽ち果ててしまって、艦娘も文月を残して皆いなくなってしまったていたのが、今の鎮守府なのだ。

 一緒にしては、いけないのだ。

 

 

「……うん。とにかく、早く執務室へ帰ろう」

 

 踵を返す。

 ……正直、この部屋に入らなければよかったと後悔していないと言えば、嘘になってしまう。

 しかし、いずれは知らなければならなかった部屋だ。

 部屋を出る前、せめてもの哀悼か自己満足か、新月は静かに手を合わせてから扉を閉じた。

 

 

 

(紆余曲折ありつつも、ようやく日記を手に入れることができた)

 

 付いていた汚れを落としつつ、手元にある白い小箱を見つめる。

 

(さっき見た感じ、これは初代提督の日記で間違いない……)

 

 床のギシギシ音も届かなくなるほど熟考しながら、新月は今度こそ執務室へ戻っていく。

 幸いというかなんというか、初代提督はかなり頻繁に日記をつけるタイプだったらしく、日付ごとのスパンはあまり長くはない。ホラーゲームに出てくる日記アイテムよりも良心設計だ。

 

(それに、だ)

 

 それにこの日記には、文月に関することがよく書かれていた。どうやらあの文月は、初代提督の勤務が始まってすぐの頃にやって来た、所謂『古参艦』というヤツだったらしい。

 二人の仲が良好だというのは文面からもヒシヒシと伝わってきた。といっても恋人……というよりは、純粋に孫娘を可愛がるお爺と親に甘える子供、みたいな関係のようだ。

 新月が知らない文月の面がたくさん記録されていたことに、若干の羨ましさと悲しさを感じる。

 

(文月に関することがよく書かれている日記……。なら、これを読み解けば、恐らく文月の状態を元に戻せる手がかりもあるはず……)

 

 新月がそうやってスイカ程度の質量は詰まってるはずの脳みそをウンウン働かせていたときだ。

 

 それは前触れなくだった。

 

 いや、もしかしたら肩の妖精さんは予め教えていてくれたのかもしれない。ただ、この時の新月は考え事に集中していて気づくことができなかった。

 

 

「……司令官」

 

 

 飛び上がりそうになった。というか、実際に十五センチほど飛び上がった。

 ほぼ反射的に、白小箱を懐に突っ込む。

 目を手元から前に向けると、そこに声をかけてきた張本人、文月が立っていた。窓からの隙間風に、ボサボサの茶髪が僅かに揺れている。

 

「ど、どうしたの文月? なにか、あったの?」

 

 声が喉元で詰まってしまう。

 ここ最近ご飯を届けている内に文月と話すコトには慣れてきたハズなのだが、また口調が慣れていない頃に戻ってしまっている。それは今の新月が日記を持ち出しているという、何となく後ろめたい気分になるようなことをしている故だろうか。

 

「…………」

 

 文月はなぜか何も言わない。ただ何かを逡巡しているような間があるだけだ。

 外に月が出ておらず、廊下も電気がついていない(節電のためだ)というのもあって、今の文月は相変わらず部屋の中で会うときと同じような印象を受ける。これでも断片的に見る感じではかなりマシになっていそうなのだが。

 

 と。

 新月がそんなことを思っていると、いつの間にか文月が彼の目の前へと歩いてきていた。

 そして、

 

「……これ」

 

 呟くように言って、手を出した。

 恐る恐る、新月は目線を下げて彼女の手を見る。その彼女の手元には、一つのおぼんが乗っかって───というか正確には最初から持っていたのに暗さで新月が気が付かなかったのか───いた。

 それは一時間ほど前に新月が文月の部屋へと持っていった晩飯であり、これまでのこの時間帯には彼女の部屋の外に無言で置かれているものだった。

 だが今は、それが彼女の手元にあって、直接新月へと手渡されている。ご丁寧に料理の方も(まだ冷凍食品からは脱却できていない)キチンと残さず食べられていた。

 

「あっ……あー、えっと……これが?」

 

 初めてのイベントに、いまいちどういう反応をすれば良いのかわからない新月。こんなことは初めてだった。

 ……もしやおかわりの要求だろうか?

 

「…………」

 

 文月は教えてくれない。

 その表情はいつもの愛想がないようにも見えるし、何かを言うために勇気を振り絞ろうとしているようにも見える

 だが結局どちらとも何も言わないまま、十秒ほどのにらめっこが続いたあと、ふっと新月は思い立った。

 

「……もしかして、わざわざ、届けてくれたの?」

 

 なんか急にコミュ障みたいな言葉になってしまった。しかし、その言葉を文月は静かに首を縦に振る。

 思わず新月の方が驚いて目が点になってしまいそうになる。今まで、どんな風が吹いてもこんなことは起こらないだろうと思っていたのに。

 

「あっ、あー……えっと……あ、あり、がとう?」

 

 なぜ疑問形になってしまっているのか。

 ここ一番でイマイチ締まらないというかヘタレな新月だった。

 だが、そんな新月のヘタレ態度も気にせず、文月は意図して目を合わせようとしないまま言う。

 

「……そろそろ、直接、言っておかなきゃいけないって、思ったから」

 

『普通の文月』と比べて半トーンほど低い声だったが、それでも新月の耳には充分に届いた。

 そうしてつい身構えそうになってしまう新月の前で、文月は何回か小さく深呼吸してから、あくまでもいつもの会話の延長のような声で言った。

 

 

「……ご飯、ありがとう」

 

 

 

 

 

 なんとも言えない気分のまま、新月は執務室へと帰ってきた。椅子に座ると同時に、ずっと後ろ手に隠していた日記を机に置く。

 親の葬式があった翌日に、友達の誕生日を祝わされているような気分だった。

 

 確実に、嬉しいことがあったはずなのに。ついさっきの、文月のぎこちない笑顔の裏側に、どんな壮絶な物語があったのかと考え始めると、素直に喜べなくなってしまった。

 なぜ? あの日記に出ていた彼女たちが、傷付かなければならなかったのだろう? もうこんなのは理不尽ですらない。

 二代目提督が既に死亡しているという事実をこれほど恨めしく感じたことはなかった。とにかく一発でいいからヤツを思い切り殴りつけたかった。アイツさえいなければ─────

 

 

『アラツキ』

 

 

 肩の妖精さんが、また強く肩を踏みつける。そのおかげで、危ない思考に行きかけていた新月は我に帰ることが出来た。

 

『「怒リ」ヲ覚エルコト、ソレ自体ハ良イヨ。デモサ、ダカラッテ、怒リニ全テ飲ミ込マレチャイケナイ。本来ノ目的ハ、ソウジャナイデショ?』

 

「……妖精さん」

 

『過去ノコトニ怒ルノハ、トリアエズ後。今ハ、コノ過去ヲドウヤッテ今ニ繋ゲルカ、デショ?』

 

 猛り狂う新月の感情をなだめるように、その言葉は脳に響いた。……ようやく、落ち着いてくる。

 そうだ。こんなところで怒ってどうする。少なくとも今は、その時じゃない。

 今は、この初代提督が残してくれていた記録をどう活用するかが問題なのに。

 

「……ごめん、妖精さん」

 

 頭を下げる。妖精さんがいなければ、今ごろ確実に目的を見失っているところだった。

 

『イインダヨ。僕ノ仕事ハアラツキノ、サポートナンダカラ!』

 

 ドン、と自分の胸を叩く妖精に思わず笑みがもれる。

 なんだか、妖精さんには助けてもらってばっかりだ。

 

「じゃあとにかく今は、これを読み進めよう。文月のことがもっとわかるハズだ」

 

『ソウダネ』

 

 そもそもそのために日記を探していたのだ。それがようやく無事な状態で目の前にある。なら活用しない手はない。

 

 それにだ。

 暗い気分だったので流してしまっていたが、先ほどの文月についてだ。

 

 彼女はさっき、初めて自分から部屋の外に出て、自分から新月に会いに来てくれたのだ。

 

 これは確実な進歩のはずだ。結局、ヤマダの推測は正しかったことになる。

 だとすれば、あともう少しのはずなのだ。

『元通り』とはいかなくても、日記や記録でしか見たことがない文月の笑顔が、ようやく戻るかもしれないのだ。

 そう考えると、不思議と気力が湧いてくる。真の意味での『提督と秘書艦』の関係に、もう少しで手が届くのだ。

 頬を叩いて気合を入れ直した新月は、妖精にお茶を淹れてくるようお願いしてから、改めて日記を読み進めることにした。

 

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