文月とブラック鎮守府と新米提督   作:トマリ

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やっと折り返し地点まで来たって感じです。


月明かりは

 

 

 怒り、恐怖、悲壮……様々な思いを渦巻かせながら、激動の七日目はようやく過ぎていった。

 日記を粗方読み終えた新月は、ようやくベッドに潜り込む。やはり精神的に疲れが溜まっていたのだろう、布団に入ったあとの記憶はほとんどなかった。

 

 そして、八日目の昼前。

 

「司令官、なんのご用でしょうか?」

 

 執務室の扉が開き、全身真っ黒の艦娘が顔を覗かせる。その人物の名は言うまでもないだろうが、先日艦隊に加入したばかりの三日月だ。

 彼女はついさっき、この艦隊の初任務である初遠征を済ませたところで、その足で執務室にやって来たのである。

 

「…………」

 

「……司令官?」

 

「…………」

 

『アラツキ、ミカヅキガ来タヨ』

 

「えっ!? ……あっ、ごめん三日月!ちょっと集中してた……」

 

「い、いえ、私は全然大丈夫ですよ!」

 

 妖精に肩を踏まれて、手元にあるナニカと睨めっこしていた新月はようやく顔を上げた。一応彼が三日月を呼びつけた張本人なのだが、にも関わらず入室したり三日月に気づかないというのはいただけないかもしれない。

 しかしある程度は勘弁してほしい。新月は昨日から少しでも多くの情報を得ようとしていて寝不足なのだ。

 

「えーっと……わざわざ初の遠征任務のあとに呼び出してごめんね三日月。だけど、ちょっと今回のは緊急の案件だと思ったんだ」

 

 そう言いながら、新月は妖精さんが淹れておいたコーヒーを口に含んだ。事前に伝えていた『砂糖多めにしといて』というオーダー通りに、苦味を抑えられた液体は喉をすんなりと通っていく。

 そうして唇が湿ったのを確認してから、新月は生真面目に本題を待つ三日月を正面から見据えた。

 

 

「率直に言うとね。文月を元気づける方法の鍵が、三日月にあるかもしれないんだ」

 

「……えっ!?」

 

 

 素っ頓狂な声を上げてしまう三日月。

 今までの話の流れから、自分が関係ある話であろうことはわかっていたのだが、まさかよりによって文月に関わるモノとは思っていなかったのだ。

 思わず背筋を伸ばしてしまった彼女に、新月は慌てて

 

「あ、いやごめん。鍵ってのはちょっと言い過ぎたかもしれない」

 

 と訂正した。

 

「そ、そうですか……」

 

 ひとまず安心する三日月。

 しかし、一瞬でも新月が三日月を『鍵』と例えようとした案件だ。何かしら大きなモノであるというのは間違いなさそうである。

 

「えっと改めて……どういうことなんですか?」

 

「三日月が着任した日にもちょっと話ししたとは思うんだけどね……ほら、あの初代提督のこと」

 

「あっはい、覚えてますよ。とても優秀で、優しい方だったと……」

 

「そう。その初代提督の日記を、昨日やっと見つけることができたんだ」

 

 さっき見ていたモノである手元の日記を見せると、三日月は「本当なんですか!?」とえらく目を輝かせた。彼女らしくもなく、少し興奮気味のようである。

 その反応に新月は若干戸惑ってしまう。だが、あくまでこの状況を打開するアイテムとして日記を欲してた彼と違い、本当に言伝(ことづて)でしかこの鎮守府の様子を知らない三日月にとっては、初代提督の日記というのは『伝説の剣』とか『打ち出の小槌』のような扱いだったのかもしれない。「本当に存在してたのか」みたいな感じの。

 まぁ、今はそんな認識の違いはぶっちゃけどうでもいい。大事なのはここからだ。

 

「でね、この日記、文月のことがたくさん書かれてるみたいでね。初代提督時代の彼女の様子とか、性格とか、交友関係とか……とにかく色んなことが書いていたんだ。それで、わかったことがある」

 

 そこで何を思ったか、新月は日記のとあるページを開くと、そのまま三日月へと手渡す。不思議そうに受け取った三日月に、彼は目で「読んでみて」と促した。

 それに従い、日記を開いてみる。

 

(『□月○日……今日も睦月型の面々はパジャマパーティーを開催していたようだ。廊下を歩くと楽しげな声がよく聞こえた』……)

 

 しばらくそんな風に日記を読んだ。

 どうでもいいことかもしれないが、件の日記に書かれている提督の字は、習字でも習っていたのかと思うほどに達筆だった。この良い意味で癖のある字は、初めて見る新月達でも問題なく読めているし、この提督を知る者が読めばすぐに彼の字だとわかるだろう。ある意味手書きの報告書としては理想だ。

 ともかく、二分ほど無言でページをめくったりしていた三日月だが、やがて新月に言った。

 

 

「……文月さんと、色んな人の名前が結構出てきていますね」

 

「そうなんだよ」

 

 

 そう、名前が頻繁に出てくる。

 それ自体はなんら不自然なことではない。だがこの日記では違った。

 

()()()()()()多くの艦娘の名前が出てくるんだ。この日記に書かれるような出来事のほとんどには、文月も関わってる。当時の鎮守府のほとんどの艦娘と、文月は仲が良かったみたいなんだ」

 

 それは、古参艦としては当たり前のように思えて、実は結構すごいことである。

 艦娘の交友関係というのは、もちろん個人によって違う。同型艦とだけ関わる娘もいれば、そんなの関係なく目についた艦娘と関わるような娘も。

 そして文月の場合は、比喩でもなくリアル『鎮守府の全員と友達』状態だったのではないか、というのがこの日記から推測できることだった。

 

「所謂『鎮守府の中心的存在』てヤツだったんじゃないかな?初代提督時代の文月って」

 

「な、なるほど……」

 

「あくまで推測だけどね」

 

 新月はそう言うが、恐らくその推測は当たっているだろう。だって、本当にどこにでも出てくるのだ、文月の名前は。

 初代提督が、夕立と鬼ごっこをした話や、足柄の合コン愚痴の話に付き合わされたり、比叡のゲテモノ料理を食べた場面にも。そのどこの一ページにも、文月はいたようだった。なので、割とマジで文月は鎮守府の全員と友達だったのかもしれない。

 

 新月も三日月も外交的な方ではないから、それがいかに凄いことなのかはよくわかる。学生で例えるなら、自分の学年───いや、学校のすべての生徒と友達であるようなモノなのだ、それは。

 

「みんなの中心……だったんですね、その時の文月姉さんは」

 

 誇らしさと悲しさが混ざったような目で言う三日月。そこで彼女は日記を閉じて、新月に返却した。

 

「それでだ。これを踏まえて、三日月に提案なんだけど」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 提督は急ごしらえの策を思いついた参謀係のような顔をする。

 

 

「明日、僕と三日月と文月の三人で、食堂でご飯食べてみようと思うんだけど」

 

「え」

 

 

 戸惑ったような声が三日月の口からもれた。そしてその声に、今度は新月が戸惑う。

 

「……あれっ、もしかして三日月は一人で食べる方が好きなタイプ?」

 

「いえ、そういうわけではないんですけど……」

 

 そこを気にしたのではない。むしろ三日月も、姉と食事ができるのは楽しみだしそうすることが姉の回復に繋がるのなら本望だ。

 だが、

 

「大丈夫なんですか、それって? 私がよくても、文月姉さんが気にするんじゃ……」

 

「気にする?」

 

「話を聞いた限りですけど、今までの文月姉さんってほとんど部屋の外にも出ずに、ご飯も一人で食べていたんでしょう? それがいきなり食堂で、三人で食べるなんて……」

 

「…………」

 

「今まで会っていたのもほとんど司令官でしたし、急に私と会うっていうのも……」

 

「……まぁ確かに、ちょっと荒療治気味なのは否定しないよ」

 

 その部分は、もちろん新月も考えなかったわけではない。

 

「だけど、やっぱり回復するのは早いほうがいいと思うんだ。それに、最近の文月は回復してきて、気持ちもちょっとずつだけど前向きになってきてるし」

 

 料理のお礼を言いに来た文月の顔を思い出す。

 

「ヤマダさんも前言ってたんだけど、文月は『あの頃』の素の性格に戻りつつある。あの日記みたいに、『中心的存在』って言えるほど外交的だった文月なら、やっぱり僕よりも艦娘と関わった方が精神的にもいいんじゃないかな、て思ったんだ。きっと、誰かと関わることそのものが好きだったんだろうし」

 

「うーん……」

 

 新月の主張も理解はできる、というような顔で考え込む三日月。実はこのとき耳元で妖精さんが新月の案に同意する的なことを喋っていたのだが、主張に夢中になっていた新月には聞こえなかったようだった。

 

「…………」

 

 こういう場面での最も正しい───かはともかくとして、最も安全で確実な答えは、『何もせず時間に任せる』ことである。何事にも、時間に勝る特効薬はないからだ。

 だが、だからと言ってすべて時間に任せておけば良いというものでもない。トラウマの治療をただ時間に任せて怠惰にしていると、万が一治ったとしてもその後の『やり直し』の時間が無くなってしまうかもしれないのだ。

 新月だって、もしもあの家庭問題の解決を時間に任せていたら、いつまで経っても解決せず、腐った心のままで社会に出ることになっていたかもしれない。高校の頃にヤマダが荒療治でも早めに治してくれたおかげで、今新月は『普通』の状態で社会に出て提督を務めていられる。

 たとえ傷が治ったとしても、そのあと『やり直して』人生を軌道修正できる余地が残っていないと意味がないのだ。

 増してや文月は『兵器』である(もちろん新月の認識は違うが)。悠長に時間治療なんかに任せていたら、上から廃棄処分か何かが出てしまうかもしれない。

 そういう思いもあり新月は今回の提案に踏み切ったのだが───

 

「……わかりました。そういことでしたら、私も協力します」

 

 同じ結論に至ったのか、やがて三日月は折れたようだった。

 文月をちょっとでも早い内から『やり直し』させるために。

 そして、危険な賭けであることを承知で乗ってくれたことに、改めて新月は感謝の念を抱いた。

 

「……ありがとう三日月。一応予定としては、明日の昼ごはんにしようと思っているんだ。空いてる?」

 

「はい、空いてますよ。というか、ここは詰めれるほどの任務もありませんし」

 

「確かに」

 

 双方苦笑いする。

 深海棲艦もロクに来ず、遠征もまだあまりこなせない(解禁されていない)この鎮守府には、任務などほとんど来ない。おかげで現在の三日月は『鎮守府で唯一マトモに動ける艦娘』という立場に反してそれなりに暇を持て余している。

 

「なら大丈夫か。んじゃあ、とりあえずは明日の昼ごはんってことで。もしかしたら変更するかもしれないから、その時は伝えるよ」

 

「はい、わかりました」

 

 とりあえずその日はそうやって、執務室での会議は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 大体の作業を(といっても無いのと同じようなモノだったが)終わらせて、時計がヒトキューマルマルを指した頃。すっかり習慣となった文月への晩ごはん配達を、新月は行っていた。

 

「昼ごはんも残さず食べてくれたよね。ありがとう」

 

 最近の文月は、自室の扉が開くとほんの少しだけ視線をコチラに寄越す。そして扉を開けた人物が新月だとわかるとすぐにまた顔を伏せるのだ。

 正直、だから何だという話だが、それでも確実に少しずつ進歩していっている。部屋に入っても気にもされないよりは、よっぽど温かい反応というヤツだろう。

 

「それでさ文月、話があるんだけど」

 

「……なに?」

 

 濁った瞳が自分の姿を映したのを確認してから、新月は話を切り出す。

 

 

「その……明日のお昼さ、よかったら、食堂で食べない?」

 

「…………」

 

 

 文月の動きが止まった。わずかに揺れていた瞳の動きさえも止め、ただ新月を見つめている。

 言葉の真意を図ろうとしているかのようだ。

 一応、この反応は予想していたモノではある。多少怯みはするが、引き下がりはしない。

 

「もちろん、今の文月にとって、この部屋から出るのが大変な事っていうのはわかってるつもりだよ」

 

 昨日のお礼を言いに来たときだって、きっと相当勇気を振り絞ってくれたのだろうと思う。

 だが一度勇気を振り絞ったのなら、そこから更にもう一歩だけ、踏み出してみてほしい。

 

「文月も、本当はわかってるんでしょ? このまんまじゃ、いけないって」

 

「…………」

 

「そうじゃなきゃ、毎回僕のご飯を律儀に食べてくれたり、わざわざお礼を言おうとするハズがない」

 

 それに、なんとなく新月にはわかる。

 確かに、一日目に出会ったときの文月は、幼い頃の新月そのものだったかもしれない。だが今の文月は、高校の頃の自分と同じになったのだ。

 自分の状況がダメなものだと気づいて、そこからなんとか抜け出したくて、足掻こうとしている状態だ。

 だから、

 

 

「だからさ、またなんとかもう一歩だけ、踏み出してみてほしいんだ」

 

 

 誰かの手を引いてあげること。

 それが、ヤマダによって救われた時の自分が、誰かに対してしてあげたいと思ったことだった。

 もちろん、それでも文月が嫌だと言うのなら、引き下がるしかない。あくまでも強制する権利はないのだから。

 

 

「……わかった」

 

 

 だけど。

 文月はそう答えてくれた。蚊の鳴くような声だったけど。細い声だったけど。

 確かに、踏み出す覚悟を持ってくれたのだった。

 

「……ありがとう」

 

 本当は嬉しくて今すぐにも叫びたかったが、文月の手前我慢する。

 そのまま新月は、明日の昼に食堂に集まること、時間前になったら自分が迎えに行くこと、そして自分の他にもう一人艦娘が来ることを伝え、

 

「じゃあ、また、明日ね」

 

「……うん」

 

 部屋をあとにした。

 外の光が、やけに眩しく感じられた。

 

 

 

 

 

 

『……勝負ハ明日ダネ』

 

 耳元で呟く妖精さんの台詞が、ようやく脳に届く。その言葉に、新月はうんと頷いた。

 

(明日、やっと彼女の笑顔が見れるかもしれないな)

 

 ぼんやりと思う。

 報告書でしか見たことがない文月の笑顔。他の鎮守府にいる提督は当たり前に見ているらしい、眩しく可愛らしい彼女の顔。

 そんな彼女が今、それとは真反対の濁った雰囲気でいることが、新月はここに着任した当初から悲しかった。

 だから、明日の文月は絶対に笑っていてほしい。

 

 そう思いながら、新月は執務室に戻っていった。

 

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