文月とブラック鎮守府と新米提督   作:トマリ

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注意として、この話も前と同様に暴力的表現多めです。あとキャラの口調がおかしかったりしても、極限状態だからということで見逃してほしいです……。
とりあえずこれで、当初からの設定や謎(ぽいもの)は大体拾えたかなと思います。これを読んだあとに一話とか日記発見までの話を読み直すとより面白くなるかもです。

ちょっと終わりあたりが駆け足で描写が雑になってるかもです。すいません……。

解明編は終わったので、あとは解決編です。あと2話ぐらいだと思うので、もう少しだけお付き合いくださいませ。


崩壊 ブラック鎮守府【後編】

 結局長月の単装砲は、工廠にある正規の物置きへと置いた(正規の物置きというのも変な話だが)。いくら武器や燃料が枯渇しかけてきているとはいえ、ほぼ遺品に近いソレを武器として使う気は起きなかったし、かといって廃棄したり資材にする気にはもっとなれなかった。

 それから部屋に戻り、長月の死をただ事務的に日記に書いた。もはや書くことでしか、私は感情を整理できなくなっていた。

 これでまた一つ、壊れた。司令官の頃から、私の大切だったものが、また一つ。

 

「…………」

 

 もはや声も出ない。真の絶望というのは、後悔さえもできないものなのだと、私は新しく知った。

 

 ……もう、いっそ死んでしまおうか?

 

 しかし、それはまだ許してくれない。できたらどんなに楽だと思うが。

 私の命は既に長月に繋いでもらったものだし、睦月型の姉妹はまだ二人残っている。

 せめて死ぬなら、彼女らを守って死ななければならないだろう。そうでなければ、長月に顔向けできない。

 それに、せめてそれぐらいはできないと───上手く言い表せないが、私の中の何かが本当に壊れてしまいそうだから。

 

 

「おい」

 

 

 不意に上から聞こえた声に、私の体が跳ねた。

 

「何やってんだ? オマエ」

 

 錆びたロボットのようにノロマながら、私はどうにか顔を上げる。外れていてほしかったが、そこには予想通り魚代日下(アイツ)がいた。

 一体いつの間に? もはやそんな疑問を浮かべている暇すらない。本能的に体がすくんでしまい、動けなくなってしまう。

 

「さっきから集合かけてたんだがなぁ……そうかそうか、俺の収集よりもその紙切れに何か書く方が大事だってのか」

 

 血管をヒクヒクとミミズみたいに動かしながら日下が迫ってくる。私は慌てて頭を下げようとしたが。

 

 

「こんなつまんねぇ紙切れ書くのにわざわざ時間割いてんじゃねぇっ!!」

 

 

 視界が歪んだ。

 ヤツに思い切り平手打ちされたのだと気づいたのは、ジンジンと痛む頬を意識してからだった。

 地面に叩きつけられる。耳鳴りが止まらなかった。

 

「一分で執務室まで来い。こなかったら、すぐに長月の後を追わせてやるからな」

 

 それだけ言ってから───ヤツは「コイツは没収だな」と言いながら司令官の日記を懐にしまった。

 

「あ……」

 

 手を伸ばそうとするが、腕は虚しく頭の上辺りまでを伸びるだけだった。あっさりと、ソレは私の手元を離れた。

 

「コイツは『物置き』にでも放り込んどいてやる。さっさと来いよ」

 

 扉を開けっ放しにしたままアイツは去っていく。床のギシギシと鳴る音も、やがて聞こえなくなった。

 

「…………」

 

 地べたの冷たさを頬に感じながら、心の中で十秒数えてから私はゆっくりと立ち上がって部屋を出た。

 本当は、思う存分泣き叫びたかった。

 

 だけど、その一方で私の心は冷めてもいた。

 ……もう、泣き叫んだところで何になる? 何にもならないじゃないか。辛いだけだ。

 

 やはり、私は神経のどこかに異常をきたしてしまったのかもしれない。

 とにかく、執務室に行くまであと三十秒ほどしか使えない。急ごう。

 

 私は床を小刻みにギシギシ鳴らしながら執務室へと向かった。……いつしかその表情が、仮面のように固まってしまっているのにも気づかずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 執務室にすべての艦娘が集められて、状況確認と作戦の立案が行われる。そして二十分後に、私たちは鎮守府防衛のため海へと投入された。

 長月の奮戦によって多少は時間が稼げたものの、すぐにコチラの鎮守府へと向かってくる敵の大部隊。それらを迎え撃とうと日下が出した指示は───今ある戦力で、ヤツらを正面から迎え撃つことだった。

 

『いいかお前ら、ここが命の張り所だぞ。死ぬまで戦え。死んでも戦え』

 

 無線から、提督室でふんぞり返っているであろう日下の指示が響く。仮にも戦闘前の提督の激励(?)にあたる台詞だというのに、私を含めた艦娘たちの表情は暗いままだ。

 

 だって、いや、どう考えても無理だもの。

 

 まず戦力差がありすぎる。コチラはもう艦娘が35人ほどしか残っていないのにも関わらず、深海棲艦側は───確かに若葉の言った通り途方もない数だった。駆逐型だけでも、少な目に見積もって100体はいるように思える。

 それに加え、こっちのメンバーはほとんどが手負いで、修復も補給も満足に受けていないままただ愚直に戦闘に投入されている。こんな戦闘の結果など、まさに火を見るよりも明らかだろう。

 素の頭脳だかプライドのせいだかは知らないが、どうやら日下には合同艦隊を結成するとか戦い方を工夫するなどと言った発想はないらしい。

 

「なぁ、どうするよ? いっそ深海棲艦側に寝返っちゃう?」

 

 望月の冗談めかした提案を本気で検討するぐらいには、今の状況は最悪と言ってよかった。

 一応の戦闘プランとしては、私たち35人がそれぞれ防衛ラインにつき、個別に深海棲艦たちを倒していくという戦略もクソもないものである。ただ更に絶望的なことに、この35人中の(望月を含めた)6人は所謂『肉壁』用の艦娘でレベルも低くロクに戦闘経験も積んでいない。

 なのでそういった艦娘に限り、私のような熟練の艦娘が隣につく二人組方式を取っていた。……正直、こんなのは焼け石に水だと、誰もが理解していたが。この場で能天気でいれるのは提督ぐらいだ。

 そして、ついに戦闘が始まり、わずか5分が過ぎた頃。

 戦場は一瞬で地獄になっていた。

 

 

「うああっ!! い、痛っ……!!」

「ダメっ、主砲がまるで効いてないっ!!」

「艦載機来てる! 誰か撃ち落としてッ!!」

「もう弾薬がないよ!!誰かっ、誰か───」

「無理だよこっちも手一杯なんだから!!」

 

 

 仲間たちの悲鳴が常に鼓膜を震わせ、それを遮るように爆発音が響き、その度に悲鳴はどんどん少なくなっていく。戦意を失った艦娘から順に消えていった。

 そうやってズルズルと押されていく形で、気づけば私たちの鎮守府はほぼ背中、という所まで来ていた。もう最終防衛ラインもあったものじゃない。繰り返して言うが、戦闘開始からわずか5分でこの有り様である。

 もはや、全滅は時間の問題となっていた。

 

『真面目にやれよお前らァァァ!!ああくそっ!どいつもこいつも使えねぇ!!』

 

 無線から、提督の怒鳴り声が聞こえる。

 しかし、今の私にそれを気にしている暇はない。あるはずがない。

 

「望月っ、替えを!」

 

「あいよっ」

 

 弾を撃ち尽くした単装砲を投げ捨て、傍らにいる望月が余分にマウントしていた主砲を受けとる。魚雷を避け、可能な限り艦載機を撃ち落とし、そして主砲を敵に当てていく。

 既に腕の感覚は無くなりかけていた。燃料も弾薬も、いつ切らしてもおかしくないほど私は駆逐艦なりにあちこちを駆けずり回って戦っている。

 だが、敵の数が減っている様子はない。単純に当たっていても倒しきれていないのだ。

 今ほど自分の火力の無さを恨んだことはない。代わりに燃費が良かったって、この状況では何の役にも立たないと言うのに。

 こういう時こそ大火力かつ広範囲を制圧できる大和さんや金剛さんが欲しいのだが、生憎(あいにく)二人はもういない。

 

「皆っ、倒そうとしたらダメだよっ!! 生き残って、生き残ることだけを考えてっ!!」

 

 海の上で、力の限り叫ぶ。

 その声が回りの艦娘に無事に届いたかはわからない。確かめる暇もない。

 既に疲労は限界で、体を保護する役目もある制服はボロボロ。身体中から汗が噴き出し、頬や腕には誰のモノかもわからない返り血が付いていた。

 飛びかかってきた駆逐型の一体を撃ち落としながら、私は傍らの望月に目を向ける。

 

「望月は、私から離れないで!絶対守るから!」

 

「わーってるって。今ここで文月から離れたらアタシ……100パー死ぬもんねっ!」

 

 レベルが低いなりに、魚雷などで最大限の援護をしている望月。

 だが、それでも足りない。敵が多すぎる。

 私たちが辛うじて敵に与えているダメージよりも、こちらが被っている被害の方が圧倒的に多い。

 

「いやっ、誰か助けて───」

 

 敵を何体か迎撃していると、すぐ近くで切羽詰まった声が聞こえた。見ると、武器を失って孤立している艦娘が体を震えさせている。

 私はすぐに腕を伸ばした。

 

「早くコッチヘ!私が───」

 

 だがその返答を聞く前に。

 耳をつんざくような轟音と共に、凄まじい威力の弾が目の前の艦娘に直撃した。

 血と肉片が辺りに飛び散り、艦娘の上半身が炎に包まれる。そのまま、人形を倒したように目の前の艦娘は海の底へと沈んでいった。

 

「そんな……!」

 

 仲間が、命が散っていく。一瞬で、こんなにもあっさりと。

 確かに突き詰めれば、艦娘なんてのはただの戦争の道具だ。消耗品という見方もできるだろうし、敗北すればそりゃ死ぬことになる。

 

 だがそれでも。

 こんなの、あんまりだ。『命』がしていい死に方じゃない。

 

 壊れてく。軋む。

 皆が。情動が。命が。今まで積み上げられてたものが。

 

『ああクソがっ!! また死にやがった!!』

 

 そして提督と艦娘という、『鎮守府』の枠組みそのものも。もう、直しようがないほどにヒビが入った。

 

(もう……ダメだ……)

 

「文月っ、前見て前!!」

 

「えっ?」

 

 望月の叫びに我に帰って顔をあげると、一体の戦艦型───恐らくさっき艦娘の一人を吹き飛ばしたのと同じ個体だろう───が次の獲物である私へと照準を合わせていた。

 

「っ!!」

 

 ほぼ本能だけで回避運動をとる。

 瞬間、凄まじい轟音を伴う弾がすぐ横を通過していった。その弾が僅かに体を掠り、肩の肉が少し抉れた。

 

「あッ……!」

 

 

 そのせいで、反応が遅れた。

 気づいた時には、敵の空母が放った艦載機が、私へ向けて爆弾を投下していた。

 

 

 ───あっ、ダメだ。

 

 

 視界が急速にクリアになる。

 

 回避も迎撃も、間に合わない。今の私のダメージじゃ、喰らえば轟沈は免れないだろう。

 

(ここ、までか)

 

 私は瞬間的に悟る。不思議と死ぬこと自体に対する恐怖はなかった。私は、必死に頑張ったのだ。必死に頑張った上で、こう(・・)なってしまったのだ。

 

 だったらもう仕方ないだろう。初めから、『詰み』だったってことだ。

 

(これでやっと……私は───)

 

 爆弾はもう目の前まで迫ってきている。

 せめて私は、来る衝撃に備えようと目を瞑った。

 

 そして一秒後、衝撃は横から来た。

 

 

「っ!?」

 

 体が宙に浮く。まったく予想していなかった方向からの衝撃に、私は目を見開いた。

 首を回して後ろを見ると、さっきまで私が立っていた場所には、私の代わりに望月がいた。

 まるで、何かを突き飛ばした後のような体勢で。

 

 

「もち、づき……?」

 

 

 最初、私は状況を理解できなかった。見間違いか何かかと思った。

 だが、今起きていることを理解したとき、私は顔を歪め、叫んだ。

 

 

「……あー、やっと肉壁らしい活躍ができたかな? やっぱこんなアタシでも、残しといて正解だったね」

 

 

 そんな私と対照的に望月は、どこまでも冷静だった。むしろその表情は───晴れやかだった。

 

 

「文月を一人残すことになって、ごめん。でもさ、アタシも文月には生きていて欲しいんだ。これまで助けてもらったから。きっと文月ならさ、これからあたしよりももっと多くのものを助けられると思うんだよ」

 

 

 そんなことどうでもいい。

 これから私が何を成せるかなんてどうでもいいんだ。今守れなきゃ、意味がないんだ。

 やめてよ、私を。わたしを、一人にしないで。

 

 

「鎮守府も提督もあんなだったけどさ、アタシは文月がいて───」

 

 

 言い切る前に、大量の爆弾が望月の体を直撃する。

 爆煙と炎が彼女を包み込んだ。血の雨が、はね飛ばされつつもまだ近くにいた私に向けて降り注ぐ。

 顔にかかったその血は、まだ僅かに温かかった。

 

 

「あ、あ。あああああああああああああああっ!!!」

 

 

 目に映る血、血、血。

 さっきまで望月の体内にあったものが外に飛び散っている。私に付着してるなんでなんでなんで。

 赤い、赤い赤い血が、血が。

 

 

「い、いやっ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」

 

 

 顔に付着した血を拭き取ろうと、必死に制服で顔をこする。黒いはずの制服が、一瞬で真っ赤に染まった。

 

「あ、ああ……!!」

 

 赤く染まった手のひらを見る。

 また、また、守れなかった。守られた。私が、なんで私が。望月も、長月もなんでなんでなんでなんでなんでなんで

 

『ああクソ無能共がアアアアアア!!どいつもこいつも使えねェェェ!!』

 

 無線から聞こえる、怒り狂った提督の声で意識を現実に引き戻される。

 いつの間にか鉛のように重くなった首を辺りに向けると、そこかしらで血と悲鳴が。

 

 

「艦載機が来る!!皆逃げて!!」

「逃げるってどこに!?」

「どこかっ、当たらないとこにっ!!」

 

 

 爆撃の音が響く。また血が飛び散る。

 青い海に一瞬だけ赤が混じって、また何かが沈む音。

 ……なんだ、これは?

 

『早く倒せお前ら!! さっさとしろよ!!』

 

 無線からまた怒声が聞こえる、

 

 

 ───ああ。うるさいよ、お前。

 

 

 この惨劇の原因を作っているのはお前なのに。ただ執務室でふんぞり返っているだけのくせに、何で、そんな口を叩けるんだ?

 

 急に、全てが嫌になってくる。目の前の景色が歪む。

 

 うるさい、うるさい、うるさい。

 早く止めなくちゃ。

 

 ……止めるためにはどうすればいい? 敵を、倒す? 

 でもだとしたら?

 

 

 一体、何を(・・)撃てばこの戦闘は終わる??

 

 

「文月!何してる!?」

 

 突然、後ろから力がかけられた。それによって無理やり頭を下げさせられたような形になる。

 するとその瞬間、私の頭のすぐ上を弾丸が通過していった。

 

「大丈夫か!しっかりしろ!!」

 

「……わか、ば?」

 

 目を上に上げると、そこにいたのは別の場所で戦っていたはずの若葉だった。一体いつの間に駆けつけていたのか。一緒に戦っていたはずの初霜はどうしたのか。

 疑問は止まらないが、今は聞いてる暇ない。聞いてる時間が惜しい。

 

「駆逐艦の身で空母と戦艦を同時に相手にするのは無茶だ!一旦下がるぞ!」

 

 何か言う前に背中を引っ張られ、強制的にその場を離れさせられる。一瞬だけさっき爆撃された場所をもう一度見てみたが、もう望月の姿はなかった。

 

「……死を嘆く暇があるんなら、まずなんとしても生き残れ!でないと、望月も犬死にだぞ……!」

 

「犬死に……」

 

 反芻する。

 犬死に。そうだ。死んだ、殺されたんだ、望月は。

 

 誰に殺された?

 

 顔を上げる。

 逃げる私たちを追いかける、空母と戦艦の姿が見えた。

 

 

「っ、しまった……!」

 

 

 その時、私を引っ張る力が急速に止まった。

 若葉と同じ方向を向いてみると、そこには多数の軽巡型が私達の行く手を阻むように佇んでいた。ちょっとカウントしただけでも五体はいるようだ。今の私達ですぐに突破するのは不可能だろう。かといってモタモタしていると、後ろにいる空母と戦艦に追いつかれて挟み撃ちにされてしまう。

 逃げ出せるなら逃げ出したいが、それは恐らく提督が許してくれない。

 

「……文月、弾はあるか?私のはもう、ほとんど残っていないんだ」

 

 あと出来ることはせめてコレを直接投げつけることぐらいか、と若葉は手元の主砲を軽く振った。

 

「……私も、もうないよ。一発しか、弾が残ってない」

 

 主砲の中身を確認しながら言う。事実だった。

 もう、自分でもわからない内に相当弾を使っていたようだった。

 

「……一発勝負か。だが、どこに撃てばいいのか……」

 

「そんなの決まってるよ」

 

「なに?」

 

 若葉の手を振り払い、自力で立つ。何を撃てばいいのか、ようやくわかった。

 

 

「一発あれば十分」

 

 

 主砲を握る手を、目標物へと向ける。実行するにあたっての迷いはなかった。

 ただ私は静かに。震える腕で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽巡たちがいる方向へと、弾を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 放たれた弾は一直線に軽巡たちの方へ向かっていき。

 

 

 

 

 

 

 

 軽巡たちの脇をすり抜けて。

 

 

 

 

 

 

 

 そして私たちの鎮守府の、執務室がある場所へと真っ直ぐに飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『えっ。なにが』

 

 

 それが最後だった。

 ブチ、と無線が切れた。それに続いて、鎮守府の方から爆発音が聞こえる。

 見れば、鎮守府から煙が上がっており、執務室があった場所には……大きな穴が空いていた。

 

 若葉がすぐに無線を操作する。

「提督、提督、応答願う」と。しかし提督からの返答は一向に来ない。どころか、無線すら繋がらない。

 

 

「あはっ、ははははははははっ!!!」

 

 

 海の真ん中に、笑い声が響いた。それが私の声だと気づくのにはかなり時間が必要だった。

 私はほぼ無意識に笑っていた。

 やった(・・・)

 

 

「アイツが、悪いんだ……。自業自得だ!皆を殺してっ、全部壊してっ、長月も望月も殺したからっ、アイツがいなければっ!!」

 

 

 可笑しかった。

 だって、あんなにも私達を苦しめていた男が、たった一発の弾で死んだんだから。たぶんアイツの体は綺麗に蒸発して、死体も残っていないだろう。

 だから、もう、笑うしか、なかった。

 

 これが、私の出した結論だった。

 この惨劇は、あの提督のせいで行われてる。だったら、アイツを殺せばいい。アイツがいなくなれば、もうこんなことを続ける意味もなくなる。これが正しいと思った。そのはずだった。

 

 

 

 はずだったのに。

 

 

 

「ははっ、はは……殺した。私が、『提督』を殺した。私、が……?」

 

 

 突然、胸の中が気持ち悪い物に満たされた。

 自分の意思と関係無しに、手が震える。

 

 

「あれっ、なん、で……?」

 

 

 なぜか、涙が流れていた。訳がわからない。なんで?

 

 

 

「殺、した。『提督』を……『人』、を?」

 

 

 アイツは……確かに、クズだった。だけどそれでも、『提督』で、『人間』、だった。

 そんな、人を、私は、殺した?

 

 

「じゃあ私は……なに? 私は……ヒト、ゴロシ?」

 

 

 自分の手を見つめる。

 

 瞬間、私にはその手が、仲間と敵と……そして人間の血で染まっているように見えた。

 

 

「うわっ、うわあああああああああああああっ!!?」

 

 

 殺した殺した。

『提督』を殺した。国を守る立場である私が、一人の人間を殺した。

 

 艦娘が提督を殺すなんて、前の鎮守府じゃ絶対になかったこと。じゃあなんで今起きてるの。誰がしたの。誰がそうさせたの。

 

 

「わた、し……!?」

 

 

 私が、殺した。

 私が、壊した……!?

 

 鎮守府崩壊の、最後の一押しをしたのは……わたし??

 

 

 

「イヤアアアアアアアアアアっ!!!」

 

 

 

 その事実に思い当たって。

 

 最後に私に向かって叫ぶ若葉を視界の端に捉えながら、私の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから後の、戦場での記憶はなかった。

 次に目を覚ましたのは、さっきまでの私の手とは正反対の、真っ白なベッドの上だった。急に目に入ってくる景色が変わっている。

 ……その景色に、一瞬だけさっきまでの出来事が全て夢だったのかと思いかけたが、体に鋭く走った痛みがそうでないことを伝えてくる。

 とにかく、情報が欲しい。

 

「……ここ、は?」

 

「お、目が覚めたか?」

 

 意識が覚醒すると同時に、眼帯をつけた艦娘らしき少女が覗き込んでくる。少し驚いた。

 

「……あなたは?」

 

「俺は天龍。ヤマダっつー提督がいるところに所属してる艦娘だ。深海棲艦のせいでボロボロになって、海をさ迷ってたお前らを保護してやったんだぜ?」

 

 天龍はそう言って胸を張ったが、生憎私はそのとき意識を失っていたようだから、いまいちどう反応すればいいのかわからなかった。

 とりあえず体を起こそうとするが、そうした途端に背中がキリキリと痛み無理だった。

 

「あっ、まだ起きんのはやめとけって。傷も治りきってねーんだぞ」

 

 天龍が慌てて体を押さえつけようとする。

 

 不意に、その姿が重なった。

 私を殴ろうとするアイツに、私に迫り来る爆弾に。

 フラッシュバックする。

 

「さっ、触らないでっ!!」

 

 思わず手をはねのけてしまう。ほとんど反射的な行動だった。

 天龍は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに文字通り手を上げた。

 

「っ、悪ぃ。俺としたことが、デリカシーがなかったな。せっかくヤマダの奴がわざわざ同族(艦娘)を置いとくよう配慮してたってのに」

 

「……はいりょ?」

 

「ああ。……お前らの鎮守府で起きてたこと、大体は把握したからな」

 

 その後天龍が語ってわかったことだが、どうやら私たちが保護されてから───つまり私が意識を失ってから、既に三日が経過しているらしい。

 

 私が意識を失ってから、私を含む残存していた艦娘十人は、指揮官がいなくなったことにより戦闘を放棄。若葉の指示により戦闘海域からの離脱を選択した。

 手負いというかほぼ瀕死状態の艦娘では離脱すらも厳しいと思うかもしれないが、深海棲艦はどういうわけか、提督と鎮守府に引き寄せられやすい傾向がある。

 なので提督を失い、鎮守府を放棄する形で離脱した若葉たちはしばらく攻撃こそされど、あまり深追いはされなかったようなのだ(恐らく深海棲艦たちは別の鎮守府へと向かったと考えられる)。

 そうして逃げ続ける内に、たまたま遠征に出ていたこの天龍に遭遇。保護された、という流れらしい。

 

「…………」

 

「今お前が無事に起きたから、保護された十人全員、とりあえず一命は取り留めたって形だな。……あくまで肉体的にはの話だが」

 

 最後にボソっと付け加えられた言葉は、あまり気にしないことにした。

 

「ただ、今のお前らはあの日下ってヤローのせいでそうなっちまったわけだから……今提督である自分が顔を見せるのは不味いだろ、てヤマダが判断したから看病役は俺たちがやってるってわけだ」

 

 それは結果的に英断と言えるだろう。

 正直、今『提督』を見てしまうとどうなってしまうか私にもわからないから。

 

「うっ……」

 

 また胸がムカムカする。気持ち悪い。

 だがそれを知ってか知らずか、天龍は問いかけてくる。

 

「……で、お前はこれからどうするんだ?」

 

「……どうって?」

 

「まぁ……言っちゃあなんだが、お前らの所属していた艦隊はもう消えちまったろ? だから、これからどうするのか、て」

 

「…………」

 

 胸のムカムカも、荒んだ心も、まだ何も治ってない。

 壊されて壊されて壊されて、そして最後に私が壊した。

 その時点で、私の心はもう決まってた。

 

 

「……私は、あの鎮守府に戻るよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が意識を回復させてから、さらに四日ほど療養したあと。

 

「…………」

 

 私は、あの鎮守府へと戻ってきていた。

 天龍には何度も考え直すように言われたけど、私が「あの鎮守府から離れたくないから」の一点張りでいると、やがて折れたようだった。

 

『ったくヤマダの野郎……! 「本人がそう望むなら俺にはもう止めれない」とか……それでいいのかよ…!』

 

 天龍はまだそうぼやいていたようだが、どうでもよかった。

 やがて私の願いが承認されると、その後に傷の治療と、『あの日』に起きていたことを軽く聞かれた。

 ただ、私が提督を撃ったことについては、どういうわけか『戦闘中の流れ弾』として処理されていて処罰は下らなかった。どうやら若葉をはじめとした他の艦娘たちが一貫してそう主張していたため、そう処理されたらしい。私にとってはもうそんなのどうでも良かったから、特に否定もしなかった。

 

 そうして一週間ぶりに、私はあの鎮守府へと帰ってきた。

 

 

「……ただいま」

 

 

 一声かけてみる。

 ……当然だが、声は帰ってこない。

 あれだけ活気のあった鎮守府からは、ついに誰の気配も無くなってしまっていた。壁のヒビや染みはそのまま残されているし、廊下の隅には既に埃が溜まり始めている。

 唯一私が撃ち抜いた部分である執務室だけは、妖精さんか『上』の人間が修理にでも来ていたのか、まだ綺麗だった。だけど、周りの部屋があんな状態だとここもすぐに汚れ始めるだろう。

 それでよかった。『人殺し』の私には、お似合いだと思ったから。

 

 床をギシギシ言わせながら歩き続け、やがて自分が使っていた部屋へとたどり着く。そして、私はそこでベッドにもたれかかる形で座り込んだ。

 

(……これで、いいや)

 

 顔を下げて、ただ佇む。

 

 死ぬなら、ここが良い。

 皆との思い出があって、まだ微かに───ほんの微かに長月や望月がいたという印が残っている、この鎮守府が。ここで、死んで皆と一緒になりたい。だから私はここへ戻ってきていた。

 だけど、自殺をする気には、なれなかった。自ら命を断つと言うのは、長月たちから受け継いだ命を否定するにも等しい。だからそれは出来ない。

 でも、

 

 

(あくまでも……『生き残るよう最低限の努力はした上で死んだ』なら、いいよね??)

 

 

 ここには一応、レーションや水がまだ残っている。だから当面は生きていけるだろう。だけど、いつかはそれらも尽きる。そうなれば、当然自分は餓死することになるだろう。

 それが、私の望んだ死に方だった。

 

 

(大丈夫だよ……。私は、自殺するつもりはない。今ある食料や水を使って、限界まで生きようとするよ。

 ……ただ、()()()()()()()()()、大人しく死ぬしかないけどね)

 

 

 ……歪んだ理論武装だというのは、自分でもわかっていた。

 

 

 だけど、じゃあどうすればいい?

 

 私はもう、帰る場所も、姉妹も、皆消えてしまった。自分の手も、相手や仲間の血だけでなく、『人間の血』で汚れてしまっている。

 こんな私を、もう受け入れてくれる人も、抱き締めてくれる人もいないだろう。……ヤマダとかいう提督のように、あえて何も言わずに気を使って接する奴はいるだろうが。

 それは、私の求めてる人じゃない。

 

 

 そんな人がいないなら、私はもうここに閉じ籠る。何も生まれず、何も失わないこの部屋で。

 何かを得てしまうから、壊れるのが辛くなるんだ。私の、司令官がいた頃の思い出のように。

 

 だったら、もう何も得なくていい。

 

 

 なにも得ないまま、ここでゆっくりと死へのカウントダウンを待つ。

 

 それでいいじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして私は、座り込んだまま、ゆっくりと頭を下げる。

 

 在りし日の思い出を回想しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、再びこの部屋が第三者の手によって開けられるまで、続けられていた。

 

 

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