文月とブラック鎮守府と新米提督   作:トマリ

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少しずつ動き出すモノ

 

 

 

 扉が閉まると、再びやってくる静寂と闇。

 外との繋がりが閉ざされ、呼吸などの生物が生きる限り出す最低限の音と、三歩先にあるゴミにも気づけないほどの暗闇だけが部屋を覆う。

 それが私の部屋。とても見慣れた景色───そして今や、心の落ち着きを感じるようにすらなってしまった景色だ。

 

 部屋(ここ)は良い。何もないからだ。

 楽しいことが起きない代わりに、悲しいことももう起こらない。何も生まれない。何も刻まれない。誰かと接することもない。

 まるで世界そのものが止まってしまったような感覚が、今の私には心地よいのだ。

 だけど、最近はその空間に、光を指すニンゲンがいる。ここの……提督だとか言っていたニンゲンが。

 

「っ!!」

 

 提督。

 その言葉を思い浮かべた瞬間、鋭いフラッシュバックが起きた。本能的に頭を、耳を抑える。

 

 

───いいか?お前らは俺様の道具なんだ。道具がいっちょ前に楯突いてんじゃねェ!!

 

───おい。誰が寝ていいっつった?お前まだ中破だろ。ほら、お国のために命張ってこい

 

───あー使えねー。解体するか?

 

 

「ッッ!!」

 

 それらは二度と思い出したくない、忌々しいという言葉ですら足りない記憶だった。頭を爪で押さえつけて、無理やりフラッシュバックを中断させようとする。

 幸いにも、それ以降フラッシュバックが起きることはなかった。過呼吸一歩手前の呼吸をどうにか元に戻しつつ、頭から手を離す。……いつの間にか、指には血が滲んでいた。

 

 

 頭を振って無理やり記憶を追い出すと、私は改めて部屋の光景へと視線を巡らせた。目はとうに慣れており、暗闇の中でも何があるかは問題なくわかる。

 

(レーション……空っぽだったヤツも、まだ開封してなかったものも、全部無くなってる。あの人、余計なことして……。また取りに行かなきゃいけないじゃん)

 

 めんどくさい。

 それ以上それ以下の感想が湧いてこない。最近、自分は本格的に感情が死に始めたかと、私は思っている。

 

(まぁ今日のところはレーションは……もう取りに行かなくていいか。あの量でも食べれれば十分だし)

 

 この引き籠もり生活を長く続けて、二つ気づいたことがある。

 一つは、人間は一日に食べるのが二食だけでも案外やっていけること。そしてもう一つは、少なくとも私の場合は、レーション一つの三割だけでも食べればそれで十分だということだった。

 

 だから、これ以上食べる必要は無いし、食べる気力もないのだが……。

 

「…………」

 

 視線を下げようとするのだが、どうにもそれができない。

 理由は……やはり目の前のちゃぶ台に置かれたおぼんのせいだ。視線が吸い寄せられる、というよりは単に目障りなのだ。

 おもむろに手を伸ばし、さらにおぼんをコチラに引き寄せてみる。

 おぼんの上にある、白米やコロッケ、ポテトサラダといったシンプルな料理。

 

 くだらない。

 

 さっきのアイツの言葉を思い出すと、そう吐き捨てそうになる。

 だけど独り言なんて、言っても意味ないから。私は口に出す代わりにおぼんを視界から押し出そうとする。

 

 だけど、その瞬間にまたフラッシュバックが起きた。反射的に頭を押さえ爪を立てる。

 しかし、今回のは違う。さっきのとはまた違う記憶の回想だ。

 

 

───おっ文月、野菜も残さず食べれるんだな。偉いぞ〜!

 

───え、約束?あぁ、もちろん忘れてないぞ。文月がMVPを取ったら俺が料理を振る舞うって約束だろ? まったく、本当に文月は俺の料理が好きなんだな

 

───ほーら、てきたぞ、文月の大好きな料理。おかわりもちゃんとあるからな!

 

 

「────」

 

 それは、懐かしい言葉だった。

 その言葉に背中を押されたように、気づけば私は手を伸ばしていた。

 押し出すためではなかった。

 皿の前には、わざわざ新品らしきフォークや割り箸が置かれている。震える手で、私は割り箸を手に取る。割り箸を上手く割れなかったが、そんなの気にしてる暇ない。

 

「……いただき、ます」

 

 少なめに取って、食べてみる。口に含んだ瞬間、私は咳き込みそうになった。

 レーションの味に慣れきってしまった舌が、新しい味のデータを処理できていない。最低に慣れすぎたせいで、『普通』でも今の私には大きなものなのだ。

 

 だけど、そんなの構わず私はご飯を頬張り続ける。徐々に神経の回路が正常に繋がりだしたか、咳き込むことはなくなっていった。

 

 言葉もなく、ただ私は食べる。

 

 正直傍から見れば、行儀も何もあったものじゃない、汚い食べ方だっただろう。だけど、それでもやめられない。

 

 何をやっているんだろうと思う。

 別に、あの男の言葉に感化されたわけじゃない。

 ただ、『これだけは捨てちゃいけない』と腐った脳の一部が叫んでいた。

 

「……あれ?」

 

 いつの間にか、涙がこぼれていたことにも気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文月にご飯を作るようになってから、早いもので既に三日が過ぎた。

 ……えー、結論から言おう。

 文月の食生活から改善させるという新月の試みは、意外と言えるほどに成功していた。

 

 

 三日前───つまり文月に初めてご飯を作った日。

 ヒトロクマルマルに文月の部屋へ行った新月を待っていたのは、部屋の前に丁寧に置かれたおぼんだった。

 

「……マジで?」

 

 真っ先に出た感情は『驚愕』だった。

 いや、本当に。自分でやっておいてなんなのだが、まさか本当におぼんが部屋の前に置かれているとは思っていなかったのだ。絶対に文月は初日からは料理に手を出さず、根比べの長期戦になるんだろうと予想していた。

 そしてもっと驚いたのは、おぼんの上にある料理がちゃんと減っていたことだ。食べた痕跡が残っており、捨てたわけではないのはわかる。

 もうそのおぼんを見た瞬間、新月は文月と会った時───いや、提督に任命されてから初めて笑顔を浮かべたと思う。

 

(……でもまぁ、さすがにちょっと残してるか)

 

 できればキチンと残さず食べてほしかったが、それでも嬉しいことに変わりはなかった。それに残し方も、『単に胃のキャパを超えてしまっただけ』というふうに十分に納得できるようなものだったのだ。

 

『顔ガニヤツイテルヨ、アラツキ』

 

 妖精が小声でそんなことを言ったのが聞こえた。

 そりゃ嬉しいに決まってるだろう。こないだまで、コミュニケーションすら覚束(おぼつか)なかった艦娘に、起死回生の策のつもりでご飯を作ったらなんだかんだ言いつつも食べてくれたのだ。

 ようやく、自分が投げたボールを彼女がキャッチしてくれたような気がする。……投げ返してもらえるかは別として、だ。

 

「ありがとう、文月。これからは、僕がご飯持ってくるからね」

 

 扉に向けて言ってみる。

 返事はなかった。しかしそれでもよかった。嬉しさが体に満ちていて、それどころではなかったから。

 

 そうして久しぶりに、本当に久しぶりにウキウキ気分のまま布団に潜り込んで、その日は過ぎていった。

 そして次の日、つまり二日目だ。この日は朝から、ご飯を作って持っていった。

 

「文月? 新月だけど、もう起きてるかな?」

 

 ノックしてみる。時刻はマルナナマルマル。通常の艦隊であればとっくに総員起こしがかかっている時間帯である。

 しばらく待ったが返答が無かったので、とりあえずノブを捻って部屋の中に入った。相変わらず文月は、同じ体勢のままベッドにもたれかかっている。だが、彼女の頬の痩せ(・・)が微かにマシになっているように見えたのは、気のせいでないと信じたい。

 

「昨日は、ちゃんとご飯食べてくれて、ありがとうね。今日は、昨日よりもちょっと少なめにしといたんだ。それでも多かったら、残してくれていいから」

 

 コト、と音をさせてちゃぶ台の上におぼんを置く。

 今回の料理も冷凍食品のフルコースだ。とはいえ、一応前回のモノよりは量に気を配ったのと、腹が膨れやすいものを避けたつもりだったが。

 

「…………」

 

 文月は言葉を発さない。だがそれでも、視線だけを僅かにコチラに向けてくれているのがわかった。

 目が細められているからか(恐らく癖になってしまっているのだろう)睨まれているような眼差しだったが、それでも新月にとってはかなり救いだった。無関心を貫かれるよりも、こちらの方がよっぽど温かい反応というヤツだろう。

 

「それじゃあ、またお昼前に回収しにくるから」

 

 言葉を残して、新月はさっさと部屋を後にする。とりあえず慣れるまでは、墓穴を掘る前にさっさと退散だ。

 

 

 

 

 

『イヤー、良イ兆候ジャナイノ? コレッテ』

 

 執務室へと戻る途中、肩の妖精がそんなことを言う。

 

「やっぱり、そうかな?」

 

『ソウニ決マッテルヨ! ドンナ気持チガ働イテルノカワカラナイケド、文月ハアラツキガ作ッタ(?)料理ヲ、チャント食ベテクレテルンダカラ』

 

「……そう、なんだろうけど」

 

『? ドウシタノ?』

 

なぜか新月は不安そうに首を傾けた。

 

「いや……なんだか上手く行き過ぎてる、ような気がする。いや、もちろん僕の持論通り健康な食事をしたから精神が回復し始めた、てのもあるんだろうけど、なんだかこんなに早く成功すると不安になるっていうか……」

 

『ナニ言ッテンノサ!』

 

 妖精が怒ったように新月の耳たぶを引っ張った。

 

「痛い痛い!僕の耳たぶがミ○キーマウスの耳みたいになっちゃう!」

 

『ソモソモ、今マデのアラツキノ仕事ガ苦行スギタンダヨ。コノ鎮守府ニモアノ文月ニモ、アラツキハメゲズニ付キ合ッタンダカラ、コレグライノゴ褒美ハアルベキナンダヨ』

 

「そういうもんなのかな?」

 

『ソウイウモノ。アラツキハ心配性ダナァ』

 

 そう言われて、人生万事塞翁が馬という言葉を連想した。良いことがあれば悪いことが起きるように、悪いことが起きればそのうち良いことも起こる、ということをこの妖精は言いたいのだろうか。

 

「……うんごめん。確かに、ちょっと考えすぎだったかも」

 

『ソウサ。ソレニネ!』

 

 新月の耳の穴に突っ込みそうな勢いで、妖精は人差し指を指した。

 

『コレデ「ヤリ切ッタ感」ニ浸ルノハマダ早イヨ!アラツキモ言ッテタ通リ、コレハアクマデ「第一歩」ナンダカラ!』

 

 鼓膜にキンキン響く妖精の声を聞いてると、途端にハッとした。

 ……そうだ。あくまでもこれは手段のハズなのだ。心が壊れた文月を元に戻すための。

 だから別にここがゴールというわけじゃない。改めて言われてみれば、手段と目的がごっちゃになっていた気がしなくもない。

 

「……そうだね。気を引き締め直すことにするよ」

 

 ウンウンと頷く妖精と共に、新月は執務室へと戻った。

 昼前にまた部屋へ行くとおぼんは前と同じように外に出されており、やはり少し残していたがキチンと食べられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、三日目に至るのだが。

 物事というものは、良くも悪くも本人たちの意思には関係なく進んでいくものらしい。

 

「それじゃあ、今日もちゃぶ台(ここ)に置いてくね」

 

 習慣になり始めた昼飯を届けに行ったときだ。少しずつ慣れ始めたからか、舌も流暢に動くようになってきた。

 

「今回のは、ちょっと野菜を多めに入れてみたんだ。文月ってご飯残してるけど、野菜だけはいつも残さずに食べてるよね。だから、もしかしたら好きなのかなって」

 

 なるたけ柔らかい声音を意識して尋ねてみるが、文月はやはり答えない。ゴミ箱のような臭いの部屋で、変わらず座り込んでいるだけだ。

 やっぱり会話をマトモに成立させるにはまだ早かったかな、と思いつつ新月が「じゃあ、またいつもの時間に」と立ち上がりかけたときだった。

 

 

「しなくていい」

 

 

 声がした。

 小さくて平坦だが、部屋の中でよく通る声だった。

 思わず、食い入るような勢いで振り返ってしまう。文月は、座り込んだままで、目も伏せたままで。

 でも、確かに新月の言葉に返答してくれていた。

 

「……えっと、しなくていい、てのは?」

 

 ようやく掴んだ幸運の女神を、ゆっくりと手繰り寄せるように訊く。返答は、十秒ぐらいかけてから来た。

 

「……だから、野菜を、増やすこと。確かに食べるけど、別に、好きってわけじゃないから」

 

「あー……あ、あー。うん、わかった。それじゃあどうする? 今からでも、このご飯から野菜減らそう───」

 

「いい。めんどくさいから、このまま食べる」

 

 それ以降、文月は再び黙り込んでしまった。

 

 だが、新月は本能的に直感した。

 

 今のはたぶん、彼女が新月に対して一時的に心を開いてくれた結果なのだろう。心を開いてくれたから、新月の質問にも答えてくれたし譲歩もしてくれた。

だが、今は再び閉ざしている。恐らくこの数秒が、現時点の文月に踏み込めるギリギリの距離なのだ。

 

「ん、わかった。それじゃあ次からはそうすることにするよ」

 

 それを理解した新月は、手短に話を打ち切りさっさと部屋を出ることにした。音を立てぬようそっと扉を閉じ、さらにぬき足さし足で部屋から離れていく。

 

 十分な距離───彼の声が届かない所まで離れたと判断すると、新月はまず拳を握りしめた。手の平に爪が食い込みそうなほど強く握り込み、次第に小刻みに震わせる。さっきまでの文月との問答をもう一度脳で再生し、その余韻が体に染み込んだと判断してから、

 

 

「いよっしゃァァァァァァァァ!!」

 

 

 飛び跳ねながら破顔しながらガッツポーズを取った。

 

『ウワッ!アラツキ、急ニ飛ビ跳ネナイデヨ!落チル、僕ガ落チル!!』

 

 耳元で妖精が悲鳴を上げるが気にしない。気にしてられないほど、嬉しかった。

 あの文月が、まだぎこち無いとはいえようやく口を聞いてくれたのだ。長い洞窟の中で、ようやく一筋の光が見えたようだった。

 

 大丈夫だ。

 

 「一歩」が踏み出せたのなら、きっといつかゴールまでたどり着くことができる。いつになくポジティブシンキングな思いを抱きながら、新月は喜んでいた。

 

 

 

 その先に待つ波乱を、まだ知らずに。

 

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