「───というわけで、妖精さんが一気に資材投入しちゃって……これって大丈夫なんですかすね?」
『別に大丈夫だろ。なにはともあれ、無事に艦娘は建造されたんだろ? ならその艦娘を遠征に行かせればいい』
フタマルマルマル。場は執務室にて。
新月は、今度はヤマダから教えを乞うていた。内容は資材の調達方に関して。
本当は新たに建造された艦娘に挨拶をするために執務室に戻ってきたのだが、先程の『資材すべてをぶち込む』という行為は思った以上に新月の心臓に多大な負担をかけていたようで、一度確認しなければとても挨拶などできそうになかった。
「えんせい?」
『あー……簡単に言うと、艦娘をおつかいに出して、資材を取ってきてもらうことだ。一人じゃまだ取ってこれる資材は少ないだろうが、とりあえずこれからを賄っていく分には大丈夫だろう』
「えっ、本当に大丈夫なんですか?後々資材を使いすぎたせいで泣いたりしませんか?」
……とは言えさすがにこれは気にし過ぎな気もするが。ヤマダも同じことを思ったのか、声に半分以上呆れが染み込んでいる。
『大丈夫だっての。幸いっつーか当然っつーか、建造されたのは駆逐艦、それも抜きん出て燃費の良い睦月型だ。あんま心配しなくていい。
……資材を使いすぎた時にする後悔は、大型建造の時までとっておけ』
「おおがたけんぞう?」
なんか急にヤマダの声が哀愁を帯び始めた。またもや未知の言語の登場で新月は気付かなかったようだが。
ヤマダは「お前はまだ知らなくていい」とその疑問を切り捨て、
『……というか、用事はそれだけか?』
「えっ、あ、はい。まぁ……そうですけど」
『…………』
ヤマダにしては珍しく、返答が遅かった。まるでカワイイ我が子を谷底に突き落とそうか迷っている母親ライオンのような逡巡の時間だった。
だが、やがて決断したらしく『あのなぁ……』と受話器の向こうで頭を掻くと、
『確かに可能な限り手助けをすると言ったのは俺だが、そんな細かなことまで一々電話してくるな。俺もあまり暇じゃないんだ』
意図して作ったような冷たい声音だった。
「あっ……すいません……」
そして新月は彼の思惑通りか、しまった、と思う。
実際、軽い雰囲気で忘れがちなのだが、ヤマダはこれで最前線の戦場で戦っている提督なのだ。新月のように、鎮守府の復興というスタート地点で何日も時間をかけていられるほど暇ではない。
そのことを失念していた。
『いや、もちろん助けないってわけではないけどな? ただ、近頃戦争も激化している。前よりお前のために時間は割けなくなっちまった』
「……激化?」
『ああ。まだ真偽不明だが、深海棲艦が大部隊を率いてコッチに迫ってきてるっつー情報が入った。もしそれが本当なら、近々大きな戦闘が起きる。俺も参加して、ヤツらを返り討ちにしなくちゃならない』
「そ、そんなことが……」
新月がせっせと弁当を作っている間に、戦争の状況はかなり進んでいたらしい。この鎮守府と外との温度差に風邪を引いてしまいそうだ。
いや、新月にとってはこの鎮守府の状況も決して温度が高いわけじゃないんだけど。
『だからな、最近は俺もマジモードになって仕事をこなしてるわけよ。ここでの俺たちの勝敗が、背中にいる市民の生死にそのまま直結する可能性があるわけだからな』
「ヤマダさん……」
『んまつーわけで、な?』
「……わ、わかりました」
なんだか久しぶりに聞いた気がするヤマダの本気のトーンに、新月は自分を恥じる。確かにそんな状態では、『資材の相談』なんてわざわざ受けてる場合じゃないだろう。
所詮新月は、まだマトモに艦隊を運用したこともないズブの素人だ。そんなマジな問題に首を突っ込むことはできない。
これからは気をつけた方が良いだろう。
『ああ。だからすまねぇけどな、今の俺は言うほど暇な身じゃな「ちょっ、おい龍田!!今スターで俺のクッパに体当りしてきたの絶対お前だろ!?」てわけだから「あら〜ごめんね天龍ちゃん。私のテレサの進行ルートにいたからつい〜」だぞわかったか?』
「なんか今すっごい楽しげな会話が聞こえたんスけど」
さっきまでの殊勝な声を忘れて、新月は素の声で問いかけてしまった。
これから最前線の戦場に行く提督には似つかわしくない音声だったのだが。
『…………』
「…………」
肝心のヤマダが押し黙ってしまうので新月も黙る。
……ていうか、その間にも「アイテムボックスがー」とか「俺のクッパがバナナの皮にー!」て声が受話器の隅から聞こえてくるし……。
『……てなわけで、これからは俺もあんま暇じゃないんだ。その辺よろしくな』
「いや無理でしょ。さすがにこっから誤魔化すのは無理でしょヤマダセンパイ」
『……というわけでな。暇じゃないんで、よろしく』
「マジすか。まさかの続行っすか。もう誤魔化すの諦めてゴリ押しにシフトしたでしょヤマダセンパイ」
ムードぶち壊しもいいとこである。
断片的なワードから察するにスーパーなカートゲームをやってるっぽいのだが……。本当にマジモードはどこにいった。
『ま、まぁ、忙しいとはいえ助けてやることには変わらねぇから。それじゃあとりあえずそういうわけで───あ、わり天龍、赤甲羅投げちまった』
『謝るならはじめから投げんなよ!? あーっ、俺のクッパ最下位になったー!!』
アンタもやってたのかよ……。
そうツッコもうとした新月だったが、その頃には既に通話は切れていた。……マリオカ○トの(文字通り)片手間に電話していたなんて、かなり器用なことをしていたようだ。何もそんなとこでエリートの技量を発揮せんでも。
(まぁとはいえ……これ以降はヤマダさんの力を借りるのは困難になったってことか……。あの人も忙しくなったみたいだしな……。マリ○カートやってたみたいだけど)
マ○オカートをやってはいたが、さっきまでの声音から推測するに、戦争が激化することや暇がなくなること自体は本当のことだろう。○リオカートやってたけど。
新月はため息を吐きながら受話器を戻し、椅子に座っていた体を正面に向け直す。
すると、机の前にいる人影と目があった。新月は緩みかけた頬を気持ち締め直す。
「───まぁ、というわけなんだけど」
何が、何に対して『といういうわけ』なのかは新月にもわからないが、とりあえずこういう風に言っとかないとそれっぽさが出ない。
その言葉に、さっきから戸惑ったような顔をしていた黒い艦娘は、しかしコチラと目が合うとすぐに姿勢を正す。それだけで真面目な性格なのだということがわかった。
「とりあえず、改めて自己紹介しようか。僕は吉田新月。ここの提督だよ。まだ新米だけど、よろしくね」
「あっ、はい。私は睦月型10番艦の三日月です。どうぞよろしくお願いします!」
新月が礼をすると、三日月と名乗った目の前の艦娘も同じタイミングで頭を下げる。ミリタリー知識ゼロの新月は、『三日月』という名前の艦娘も覚えがなかったが、ひとまずは良い娘そうな艦娘で安心した。
全体的に黒くまとまった姿が印象的であり、フリフリと揺れるてっぺんのアホ毛は、見ていると無性に引っ張りたい衝動に襲われる。
「えーとね三日月。ここに来るまでの壁のヒビとか、あまりにも暗い雰囲気から大体察してるとは思うんだけど、この鎮守府って実はワケアリでね……」
どっから話したものか、と彼がおずおず話し始めると、三日月は「……やっぱり、そうなんですね」と困ったような顔を浮かべた。それなりに察しも良いようで助かる。
……どうでもいいが、こうしたなんでもない受け答えに、新月はつい軽く感動してしまいそうになった。
今目の前にいる三日月は、良くも悪くも『普通』の艦娘のようで、今まで(ここの)文月というアクの強すぎる人物と接していた新月にとっては、そうした『普通の受け答え』がとても貴重なモノのように思えたのだ。少なくとも、『提督』になることを決めたばかりの時の新月が、一番憧れていた会話だったから。
「ここまでの経緯を話せば、ちょっと長くなるんだけどね……」
感極まって三日月の頭頂部のアホ毛を引っ張りたくなる衝動をなんとか抑えながら、新月は着任前日にヤマダから聞いた、そして自分がここに来てからの話をダイジェストで彼女に説明する。
だが彼の邪念を気にした様子もなく、三日月は律儀に相槌を打ったり「そんなことが……」とリアクションを取ってくれた。不器用と生真面目の会話はじっくり時間をかけて行われ、全て話し終える頃には二十分ほど時間が過ぎていた。
話し終わった後にふと肩に意識を向けてみると、そこでは妖精さんが座り込んで目を閉じていた。妖精に睡眠は本来必要ないはずだが、さすがに妖精にとってこのダイジェストは退屈だったのだろうか?
「───と、いうわけなんだけど」
一通り説明を終え、傍らのお茶で喉を潤す。なんだかこの数分で『というわけなんだけど』がえらく大量発生しているな、と新月は思った。
「文月姉さんに……そんなことが……」
が、そこに突っ込むようなマネもせず、三日月は提督から視線を離し、斜め後ろ───執務室の扉の少し横あたりの方角を見つめた。その方向の先にあるのは、文月の部屋だ。
……彼女は、文月に対してどのような思いを馳せているのだろうか。
「最近は割と回復してきたみたいなんだけど……まだ戦場に出たりするのは無理なんだ。だから、今マトモに動けるのは三日月だけってことになっちゃうんだけど……」
「わかりました。そういうことでしたら、遠慮なくこの三日月を使ってください!」
「……そう言ってもらえると、こっちの気持ちも楽になるよ」
思わずもう一度頭を下げてしまう新月。本当に三日月のような真面目で良い娘が来てくれてよかった。
噂程度でしか知らないが、もしもアケボノやミチシオとかいう当たりのキツイ艦娘が建造されていたらどうなっていたか……正直考えたくない。
精神的疲労から、新月が背もたれに体を預けようとすると、三日月が急に口元を抑えて笑い出した。
「ど、どうしたの?」
「いえ……やっぱり新月さんって、優しいんだなって思って」
「へ?」
唐突な人格賛美をかけられ、慣れていない新月は戸惑ってしまう。三日月の言い方や表情を見る限り、お世辞や嘘ではなさそうなのだが。あまりにも唐突過ぎた。
「そうやって他人のために一生懸命悩めるのって、すごく良いことだと思いますよ。もっと自信を持ってください」
「悩んでるっていうか……そりゃそれが僕の仕事でもあるからなんだけど……」
そこに自信を持ったことはなかったのでつい卑屈に謙遜してしまう。……でも実際その通りだし。
「今までの話を聞いている感じだと、あんまりそういう感じもしませんけどね。たぶん、新月さんは、真の意味で他人に優しくできる人なんですよ。一度どん底を知っているからこそ」
「……? よ、よくわからないけどまぁ、あ、ありがとう?」
イマイチ三日月の言っている意味がわからず首を捻ってしまう。だが、三日月は新月のそんな態度にすら納得したようにウンウンと頷いている。
……だめだ、やはりわからぬ。とは言え、三日月からの信頼(?)は勝ち取れているようなので、とりあえずここは喜んでおくこととしておこう。
「私、二代目じゃなくて、新月さんが提督の頃に建造されてよかったです」
「あはは……」
次の三日月のブラックジョーク一歩手前の言葉には、さすがにどう反応していいかわからなかったが。
『……アレ。新月、ドコ行クノ?』
さっきまで退屈そうに目を閉じていた妖精さんが、驚いたように目を見開く。
フタヒトマルマル。今日はもう遅いからと三日月を空いている部屋へと案内もかねて帰すと(もちろんしっかり掃除した部屋だ)、新月はその足で執務室へ帰らずにある場所へと向かっていた。
元から薄暗く、そこに夜本来の暗さも加わった廊下は、正直一人では歩きたくないほど気味が悪い。仮に曲がり角からミイラ男が出てきたとしても、咄嗟には本物か幻覚か区別がつかなさそうだ。
「……ん、ちょっとね。確かめたいことがあって」
『確カメタイ事?』
「まぁ可能性は低いけど……でも、あるとしたらもうそこしかないし……」
妖精の質問に答えたと言うよりブツブツと自分の中で整理しているようだった。スルーされた形になる妖精は少し不機嫌そうな表情を作りながらも、黙って新月の肩に乗っておく。
所々迷いそうになりながらもしばらく歩くと、新月の足はやがて工廠へとたどり着いた。
『工廠ニ用事?』
妖精がテレパシーを送ると、今度は「そう」と新月の返事があった。彼はピッ、と指を立てる。
「実はあの後も考え続けてたんだけど、やっぱり、ここが『物置き』なんじゃないかな?」
『……イヤ、ココハ「工廠」ダケド?』
「ああごめん、そういう意味じゃなくて」
思いがけずマジレスをもらってしまったので、新月は慌てて内容を変える。
「二代目が『物置き』として使っていた部屋がここじゃないか、ていう話だよ」
『アー……ナルホド』
得心したように小さな手を叩く。
『確カニ、他ノ部屋ニ無カッタ以上、「物置キ」ノ可能性がアルトスレバココダネ』
「うん、そういうこと」
この部屋は新月たちが鎮守府を駆けずり回っている間、ずっと他の妖精たちによる修理を受けていた。新月がそのことに気づかず、妖精もテレパシーで知ったということは、その間は二人はその部屋の中を捜索はしなかったということ。
ならば、現状はまだ捜索していないこの工廠にある確率が一番高いという結論に新月は至ったのだ。……ぶっちゃけて言うと消去法である。
『ンー……デモ、逆ニ言ウトココジャナカッタラ、モウ今度コソ本当ニ手詰マリッテコトニナルケド……』
「……ま、そうなったら素直に諦めるよ」
胸を何度か叩いてから、新月は工廠の扉を開けた。
部屋に入るとすぐに電気を付け、それから妖精さんと手分けして探してみる。
妖精は当てもなく部屋の中を飛び回るようだが、それと対象的になぜか新月はとある壁の一点へ向けて真っ直ぐに歩いていった。まるで、予め目星をつけていたように淀みなく。
壁の前に立つと、そこを舐めるように観察し、やがておもむろに手を当てて感触を確認する。そうしたあと、彼はゆっくりと頷いた。
「……やっぱりだ。三日月を出迎えにここに来たときから、どこか違和感あると思ってたんだ」
『アラツキ?』
「妖精さん。壁のここをしっかり見てて」
妖精が顔のすぐ横に来たのを確認してから、新月はその壁をゆっくりと
すると、それまで何の変哲もない壁だった部分が、少しずつ
まるで、もう一つの扉のように。
『エッ!? コレッテ……隠シ扉!?』
「たぶん、そうなんだと思う。触ってみるまでは、僕も半信半疑だったんだけど」
だが、こうして現に壁が『扉』になったことで、彼の疑念は正しかったということが証明された。
「まさかこんなホラーゲー厶みたいな仕掛けを現実で見ることになるとは思わなかったけどね。よく出来てるよ。横との
『……実際ニ隠シ扉ガアッタッテコトハ、「この壁の中にもう一つ隠し部屋がある」テ事ダヨネ?』
「そうなるね。手の混んだことしてるよ、ホントに」
どっから金を出してこんな部屋作ったんだか、と新月は思ったが、すぐにその心配はなかったのかと思い直す。当時の二代目提督の懐は、ポケットマネーにした艦娘の給料でさぞかし潤っていたことだろうから、それを使えば簡単だっただろう。
「んん、開きにくい……ごめん妖精さん、手伝ってくれる?」
『ワカッタ!』
妖精が肩から扉(壁)に張り付いたのを確認してから、せーので押す。錆つき故か、扉は非常に固く重く、接合部に接着剤でも塗ってるのかと思うほどだった。
しかし、さすがに妖精のパワーも込みとなると、扉も床との不快な摩擦音を響かせながら次第に開いていき、徐々に中の光景が露わになっていった。
「……よしっ」
小さな達成感と共に、新月は壁の中の部屋へと踏み込む。
が、やはりというかなんというか。
部屋はそれこそお化け屋敷の一室のように暗く、至るところに蜘蛛の巣が張っているのがわかった。……とはいえ、もうこの程度では新月はあまり動じなくなっている。喜ぶべきか悲しむべきか。
電気を点けるためのスイッチが見当たらないため、新月はとりあえずポケットからスマートフォンを取り出しライトを点けた。バッテリーが弱っているのか光は心許ないが、部屋は狭いようだし一先ず照らす分には充分だろう。
『アンマリ広クハナイミタイダネ』
「みたいだね。執務室より一回り小さいぐらいかな」
点けた明かりがすぐに向かいの壁にぶつかったことからそう推測する。とりあえず上に照明が設置されていることから、ここにもスイッチはあるはずなので、新月はそれを探して部屋を照らしていく。
だがそうやって部屋を見渡していくと、まず真っ先に目に入ったのは横倒しになった執務室用の椅子だった。
「うおわっ!?」
軽く驚いて新月は思わず飛び上がってしまう。……オバケほどではないが、心臓に悪いのに変わりはない。
『ソレヲ踏マエテモ驚キスギデショ』と呆れる妖精を尻目に、気を取り直して別の部分を照らしてみると、今度は執務室用のソファーや提督用の布団が見えた。さらにライトを向けると、そうした日用品の横に砲頭がひん曲がった艦娘用主砲や、食べかけのまま破棄されたような戦闘糧食があるのがわかる。
その正に『適当に押し込んだ』ような統一性のない物類や、室内で台風でも起こったのかと思うほどに散らかっている様子から、新月の中で一つの仮設が組み上がっていく。
そしてその仮設は───結論を言ってしまうと正解だった。
「……うん、間違いない。ここが『物置き』だ」
ようやく、手がかりを得るための入り口へと、新月たちは立ったのだった。
突然だが、一口に『物置き』と言っても、それは人によって解釈が変わるのではないだろうか?……解釈というか、この場合は『使い方』か。
『もう二度と使わないだろうけど捨てるのも忍びない、というモノを置いておく場所』を物置きと呼ぶ人もいれば、『今は使わないけど後々使うであろうモノをとりあえず置いておく場所』を物置きとする人もいる。
そこの認識の違いによって、物置きに押し込まれるモノというのは変わってくるものだ。ちなみに新月は前者である。
だが、新月が仮で物置きと呼称していたココは、その先にあげた二つともまったく性質の異なるものだった。
そもそも、思い返せばおかしいと感じられる要素はあった。
『物置き』を作りたいのなら、わざわざこんな壁の中に手間かけて隠し部屋のように作る必要なんかない。どうせ部屋は余ってたんだろうから、その内の一室を物置きとすればよかっただけだ。
にも関わらず、なぜ二代目提督は物置きを作るのに、高い工事費(推測だが)をかけて『壁の中に部屋を作る』という方法を取ったのか。その理由を考えると、答えは自ずと絞られてくる。
物置によっぽど後ろめたいモノを隠していたのか。
もしくは、その押入れの中
「……なんだよ、これ」
呆然とした声がもれる。それが新月自身の声ということに、気づいたのは少し後。
『…………』
先程この部屋のスイッチを見つけ、押した張本人である妖精も、ただ明るくなった部屋を見つめたままあんぐりと口を開けている。
明るくなった部屋で彼らの目に飛び込んできたもの。
それは、異常としか言いようがない光景だった。
壁には至るところに赤いシミが付着しており、それと同じ赤で『助けて』や『許して』といった文字がびっしりと書き込まれていた。
床に目を向けると、さっきまでは見えなかった部分に、乗馬で使うような鞭や大型のスタンガンが転がっている。どちらも、やたらと使い込まれたような跡があった。
さらに部屋の隅にはこれまた大きなハサミが口を開いたまま置かれており、近くには散髪屋の床みたいに、誰のモノかもわからない黒色の髪の毛が散乱していた。
異常。
異常としか言いようがない。
いつしか、新月の体からは汗が吹き出しており、恐怖から震えが止まらなくなっていた。
鞭、スタンガン、ハサミ、そしてこの隠し部屋のような作りの部屋。材料としては少ないが、これらの要素から答えを導き出すのは、探偵でなくともさほど難しくない。
この部屋は、二代目提督にとっては『物置き』なんかじゃなかった。
いや、正確には物置きを兼ねた、
「艦娘の、虐待部屋……!!」
こんな緊急事態に気の利いた名前なんて思い付くわけないので、便宜的にそう呼称する。
『提督』になる前の話の頃から、二代目が艦娘に対して虐待していたという話自体は耳にしていた。
だが、まさか。
まさか、こんな、それ専用の部屋までわざわざ作って、鞭やスタンガンまで使って行っていただなんて。
もはや狂気すら感じる二代目提督の所業に、無意識に歯がカチカチと鳴る。本当に理解できないものを見た時、人間は震えるしかないと言うがその通りのようだ。
何が二代目をここまで突き動かしていたのか。なぜここまでして艦娘を傷つけようとするのか。意味がわからなかった。
足がすくんで、気を抜いたら今すぐにでも腰が折れてしまう。
情けないのかこれが正常な反応なのかはわからない。ただ、この部屋が正常でないというのだけはわかる。
『……ア、アラツキ!アレ!』
それまで彼と同じように黙っていた妖精が、急に床の一点を指さす。そこへ目を向けることさえ、今の新月には勇気を必要としたが、それでも恐る恐る向けてみると。
「あっ」
新月も声を上げた。
それもそのはず。妖精が指をさした場所には、ささくれが剥き出しになった机があり、その上に白い小箱があったのだ。
ちょうど、手帳ぐらいならすっぽり入りそうなほどの。
なるべく近くに転がっているスタンガンを視界に入れないようにしながら、燃料が切れかけのロボットのように新月はゆっくりと動く、そうしてぎこちなくもなんとか箱を手に取ると、震える手で開けてみた。
「……あった」
果たして。
小箱の中には、新月がまさに