東方香霖記   作:超絶暇人

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 ……昔の俺なら、あの系統の妖怪も容赦無く殺していたかもしれん。それと比較したら、今は本当に丸くなったな。自分で言うのもなんだがな────


目醒める"英雄"

 ────どうする?

 

 

 拳の乱打に見舞われてる中、僅かな隙を探すしか無い。亀だ、とにかく今この時は守りを堅めて耐える。活路開くのは、いつの時も冴え渡る冷静な思考だ。研ぎ澄ませ、五感を……

 

 左頬を殴られてから数えて4発、左肩、右胸、左顳顬、鳩尾に打撃を受けた直後、腕を十字に交差させて身を丸めて屈めた。

 とある書物の偉人曰く、十字腕防御(クロスアームブロック)と言うそうだ。空手には十字受けと言う似た物があるが、僕の構えは完全に形も角度も十字の防御だ。

 

 そこから数えて3発ほど打撃を防御で受けた。突然強固になった僕の防御に幽香の舌打ちが聞こえてくる。その瞬間を逃さず即座に防御を解き、幽香の腹部目掛けて横蹴りを放つ。厳密には中段右足刀と言う突進気味の横蹴りだ。

 

「ぐッ……!」

 

 足刀は上手い事幽香の鳩尾に減り込み、そのまま40mは突き放した。先ほどの幽香が開戦の時に僕に見舞った後方回転足刀への意趣返しとも言おうか……とにかく、これで反撃出来るな。

 

「────ッ! イイ、最高よ霖之助ェ!!!」

 

 しかしながら、蹴られて吹き飛ばされて尚苦しそうな素振りよりも楽しそうな様相を見せ、直ぐに呼吸を整えられるのは怖いものだ。向こうも向こうで迎撃が出来る状態になったと言う事。彼女と同じ神経なら、ここで満面の笑みで万歳でもしているのだろうか?

 

 つくづく思う────闘う事の何が愉しい?

 

 現在の感情に呼応するように、全身の筋肉が疼いて小刻みに痙攣する。さっきの蹴り足でそのまま地を蹴って駆けようと地面に足を下ろした……その時だ。

 

「……あれ?」

 

 気がつけば僕の体は幽香の直ぐ目の前にまで跳んでいた。そこまで強く踏み込んだ覚えは無い。確かに速さを出そうとはしたが、ここまで一瞬だとは僕自身思わなかった。仕方がないので、接近した手前、間合い的に一番有効である膝蹴りを幽香の顔面に繰り出した。

 

 膝から伝わる感触が、嫌に生々しい。この膝蹴りを受けて、幽香は更に10m吹き飛んだ。今度は立ったままでは無く、後ろに倒れて。

 

「ごっっ!? ────う」

 

 顔に感じる痛みと先ほどの一瞬に対しての戸惑いで幽香は困惑と仰天を交えた様子を見せた。無理も無い、僕も驚いてる。今の速さは、僕の"本気"の一端だ。常に力を調節する事を意識してるからこそわかる。今の速度は────今からかなり昔の、()()()と闘った時以来の本気だ。

 

 あの時は僕自身もまだ未熟だったから、正直本気を出す事自体憚らなければならないのに、問答無用の力を振るった事もある。今思えば、不用意に力を使い、やたらめったらだったのは言うまでも無い。

 

 そんな本気を、今出してしまった。しかもその本気は、どうやら()()幽香を上回っているままだ。この事実は安心と言うより、途轍もない不安だ。このまま闘うのは良くない、今すぐやめるよう幽香に言わなければ。

 

「幽香! もう十分だろ、これ以上は不毛だ。傘はタダで直してやる、だからこのまま退がれ」

 

 僕は今の僕自身の体の異常が推し量れない不安だらけの為、幽香に戦闘を止めるよう伝えた。代わりに傘の修繕にお代は取らないように言い、このまま立ち去るように。これで引き下がってくれるとは思えないが、何も言わないよりは遥かにマシだ。

 

「退がれ……? 予想通り、おもしろくない冗談しか言わないわね」

「もう一度言う、退がってくれ。これ以上は手加減が出来ない!」

「あら、嬉しい事この上無いじゃない……寧ろ上等よォ!!!」

 

 この妖怪、理性制御(ブレーキ)が無いのか? 当時は気にしなかったが、ここまで酷いとは……いや、落ち着け、落ち着くんだ霖之助。こう言う時こそ冷静に対処するんだ。

 僕の言葉に更に興奮したようなのか、瞳孔を細め、口の両端を吊り上げ、猛然と突進してくる。もはや狂乱者(バーサーカー)と呼んでも差し支えない。

 

 しかし先ほどから変だ。僕の体の異変もそうだが、どうにも遅い────幽香、キミの動きが"とても遅いぞ"。そんなに余裕があるのか? 今しがた突進してくる程の勢いだった筈だろ、初撃や乱打の時の速さが見る影も無い。いや、キミの事だ、どうせ軽く足払いくらい掛けても余裕で躱して隙だらけの僕を打ちに来るに違いない。

 

 そう思った僕は、駆け足で近づいて姿勢を落とし、右足で力一杯の足払いを繰り出してみた。するとどうだ、幽香は悠々と僕の足払いを躱……してない────くらった。おかしい、奇妙過ぎる…………

 ならばと、宙に浮いた幽香に向かい、頭部を片手で掴んでそのまま地面に激突させた。これも、すんなり上手くいったぞ……

 

「最後にもう一度だけ言う────退け、風見 幽香。最後の忠告だ。訊かないなら、この後に起こる事の責任は取れない」

 

 最後のにもう一度だけ、幽香に退くよう伝える。深く深く理解を強制するように重く告げながら。もういい加減止まれと思いながら口にした言葉も虚しく、幽香は首に力を入れて僕の手の押さえを押し除けようとし出した。

 

 

 そうか。ならば仕方がない────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所詮こいつもただの妖怪だ。少しでも理知的に思ってた自分を殺してやりたい。

 

「────そうか。ならいい。お前には【俺】の本気を一度見せておく必要があるようだ」

 

 少し冷静になり過ぎたか。ひとまず妖怪から手を離し、ゆっくりと立ち上がって指招きを行った。だが妖怪は僕の指招きに反して後退りしつつ立ち上がった。

 

「なんだ後退りして。来い、相手してやる」

 

 再度指招きと僅かな挑発をしてやると、妖怪は冷や汗を流しながら気狂い(づら)を引っ提げて俺に向かって来た。そんなお前には普通の相手ならまず使わない技を使ってやる。

 手始めに平拳を右手で作り、妖怪がこちらの間合いに入るまで待つ……いや、こちらから迎えに行くか。何せ突進して来ているんだろうが、この妖怪はあまりにも遅過ぎる。

 

 そうして自分から歩いて近づきながら間合いに妖怪が入った瞬間に、平拳を下から振り上げ、肋骨の最下部から潜り込ませて肺に当て、透かさず拳を引く。肺を壊す必要は無い、要は横隔膜と肺の呼吸の要を潰せればそれで良いんだ。

 

「お゛ッッッ────ぁ」

 

 平拳を打ち込んだ直後から目の前の妖怪は胸を押さえながらとても苦しそうに悶え始めた。鳩尾を打つのとはまた違う。この打ち方は下手をすると肋骨を折るか、横隔膜や肺を破いてしまう危険性が大いにある。だからこそ、正拳でも、貫手でも無く、丁度間を取る平拳が最適だった。

 まぁ、相手が人ならいざ知らず、妖怪なら構う事は無いだろうが。

 

 さて次だ。そのまま右手を貫手に変えて、無防備な妖怪の胸の中心に充てがう。前屈みなのでそれを貫手で押して無理矢理姿勢を正してから充てがった貫手を正拳に変え、瞬間に突き出して打つ。

 所謂、寸勁(すんけい)、ある書物ではワンインチパンチ? と呼んでいた。これにより、妖怪の体は肺から空気を吐き出しながら吹っ飛ぶ。

 

 この寸勁には、俺が最近思いついた肩甲骨の回転で起こす波と足腰と上半身の捻り、それと関節の瞬間駆動に妖怪が使っていた剛体術。これ等を全て合わせて編み出した打撃法。相手の骨を砕きながら内臓へと衝撃を届かせ、遠くへと弾き飛ばす。

 当然、この打撃をくらった妖怪は真っ直ぐに飛んでいき、何本かの木を薙ぎ倒してやっと止まった。

 

 起き上がって向かってくるまで時間が掛かるだろう。俺は妖怪の倒れている辺りまで歩いていく事にした。

 

 向日葵群を抜け、木の密集地帯に入ろうとした時、突然光と共に木々を消し飛ばしながら向かってくる魔力の塊が飛んで来た。苦し紛れにも程がある。そんな魔砲で何を打開出来ると言うんだ?

 取り敢えず、俺は左手を貫手にして上段に振り被り、素早く一気に斜めに振り下ろした。すると魔砲は貫手の振り下ろした軌跡に合わせて裂けていき、その先に居る妖怪までの景色が開けた。

 

 突如、開けた景色の先に居る妖怪の手に斜めに切創が走る。どうやら手刀が思ってたより切れ味が良かったようだ。まぁ、手が半分に裂けるよりはマシだろ?

 

「正真正銘、これが本当の最後だ────退がれ。殺すぞ」

 

 説得ではない、警告だ。既に仏の顔は無い……これは死神の情けだ。生殺与奪の権利は、俺にある。これ以上無い程の圧を掛けて、目の前の妖怪を見下ろして射殺す。

 

「ぁ……あ────わ……かった」

 

 妖怪は鼻血と吐血で塗れた顔に怯えと喜びを浮かべながら了承した。渋々でないあたり、やっと理解したようだな。

 俺は────いや、僕は背を向けて、幽香に別れを告げた。

 

「……妖怪、いや、幽香。また会おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、少し体を動かして色々思い出した。この花の異常増殖、中でも彼岸花の圧倒的多さ……死の匂い。これは、彼女を訪ねる必要がありそうだな。

 

 そんなわけで、僕はとある女性を訪ねる事にした。何でも白黒ハッキリつけたがる女性を訪ねに…………

 

 

 

 

 

 

 

続く




 僕も聖人君子では無い。話を訊かない相手に対して抱く遠慮の心など、ありはしない。とは言え、彼女もこれで懲りてくれれば嬉しいんだがな……
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