幻想郷が出来上がって間もない、ある日の時、訪れた。
それが、"彼女"だ。
────しかし、久々とは言え、自分の全盛期の感覚を忘れていたとは……そして改めて思うと、当時の僕はよく危険人物に指定されなかったものだ。
幽香と別れてから相当歩いた頃、僕はよく立ち寄る……まぁ立ち寄ると言うか、物色しに来る場所と言うべきだな────ここは、無縁塚。その手前の、行き道となる"再思の道"だ。
魔法の森の奥も奥、抜けた先に続く、秋には彼岸花が豊富に咲く奇妙な道だ。知ってる人も居るだろう彼岸花とは、毒を持つ花だ。その毒気にあてられ、自死を考える人が思い直す……などと言う事例が多少ながらある事から、そう名付けられたそうだ。
思えば、花が非常に多く咲いている事から幽香の元を訪ねたのだが、生気を感じ────いや、この場合は幽気か。それを感じたのは、魔法の森の方向からだった。魔法の森の奥は再思の道が続き、再思の道を進んだ先に無縁塚があり、その更に先には三途の川が広がり、その向こう側が、彼岸……つまり、冥界の下階層に当たる場所だ。
閻魔が笏を手に鎮座する裁判所がある地。とは言え、僕は何となく知ってるだけで明確にそこにあると認知してるワケではなく、昔々に知り合ったとある新人裁判官がこの辺りにあると言っていたのを頼りに歩を進めてる程度だ。
その時の新人裁判官は、今はどうしてるだろうか……とても真面目そうな緑髪の子だったな。
物思いに耽ってる間に、再思の道を越え、無縁塚の内部へと踏み込む。特に思うところはない。来慣れた場所だ。外の世界の物や、仏さんや、その仏さんの持ち物等が詳細不明だがここに流れ着いたりしてる。厳密には詳細不明は半分だけ事実だ。と言うのも、どうやら無縁塚は結界の綻びが博麗神社の裏手と近しいレベルに存在するらしく、そこから漏れる形で外の世界の物が流れ着くらしい。もう半分として、結界を飛び越える物々が多いのは自分としては大変結構なのだが、果たしてこの結界の繋がる先は山なのか町なのか、どちらにせよ大丈夫なのだろうかと要らぬ心配をしてしまう。原理がわかってない身なので、どうあれ
「……どうやら、越えられたようだな」
一度立ち止まって確かめて、言葉を漏らす。ここが、【三途の川】か、と。
三途の川の名の通り、僕の今立つ岸から先に川、更に先に向こう岸があり、これを渡る事で彼岸……つまり……うん、つまり、裁判所に向かえると言う事だ。
ふと、気配が突然こちらに近づいてきた。しかも本来そこにある筈の"距離を強制的に詰める"かのように
「おや? 新しい魂にしちゃ立派に体を持ってるねぇ。さては何処からか迷い込んだかな?」
何やら見つかったようだ。赤い髪で変わった設計の着物の女性が同じ岸の近くからこちらに向かって歩いてきた。うーむ、なんだか見た事ある風体と思えば、最近見た幻想郷縁起に載ってた死神様か。
とすると、合点がいく。彼女の能力ならば、例え何里もの距離だろうと一瞬に出来るだろうから。
「やぁ、こんにちは。僕はしがない古道具屋の店主。この先に居るであろう閻魔様に会いたいのだが、お目通り願えないだろうか?」
「あぁん? 三途の川に来るだけならまだしも川を渡った先、しかも映姫様に用があるだとぉ? お前さん何しに来た? 自殺か? それとも罪を犯したか何かで出頭か? どちらにせよ来る場所が違ぇよ、帰んな」
名乗ってから目的を告げた後、死神はこれでもかと顔を顰めて手をヒラヒラと下から上に振って追い返そうとする。まぁ、わかってはいたが、どうしたものか。この三途の川を無理矢理渡ると言うのも出来ない事も無いが、些かそれは礼儀がなってない気もする。何より、目の前の死神がそれを許さないだろう。
「構いません! 通してあげなさい小町」
そこを何とかなりませんかと言おうとしたところで、僕と死神の間を声が割る。どこか聞き覚えのある声が発された方を見遣ると、そこには見覚えのある緑髪の閻魔と思しき人物が後ろ手を組んだ姿で立っていた。
そうか、やはりキミだったか、映姫────
「え、え? その、良いんd「構わないと言ったでしょう?」あ、あぁぁはい……」
門前払い一択だった状況が、鶴の一声……もとい、閻魔の一声で全てが覆った。こう言う時の権力なら、偶にはありがたく
「お久しぶりですね森近さん。私の事は憶えてらっしゃいますか?」
「あぁ、憶えてるとも。幻想郷が出来上がってキミがここに訪れた以来だが、あの時の事は忘れないよ」
「まぁ、それは嬉しい。それにしても、初対面の頃と違ってとても温和ですね。これも歳を重ねたと言う事でしょうか?」
「ははは、違いない。ところで、映姫……いや、何と呼ぼうか」
「今は四季映姫・ヤマザナドゥと名乗っていますが、森近さんはいつも通り映姫で構いませんよ。それに恐らくお尋ねの理由は、今幻想郷に起こってる開花現象の事でしょう? 私は先に行って待っていますので。小町、森近さんを私の部屋まで案内してさしあげてください」
映姫は僕に一礼した後、小町に指示を出してから何処ぞに歩いて行った。閻魔専用の通り道でもあるのだろうかと気になるところだ。さて、と言いながら取り敢えず僕は小町の方を向いてみたが、先ほどと違い気をつけの姿勢で立っていた。
「先ほどはすみませんした! 四季映姫様のご友人様とはいざ知らず、あたい失礼な事を……」
「いやいいんだ、キミはキミで職務を全うしていた。僕は気にしてないし当然だと思ってる、それで良いじゃないか」
お手本のような平謝りを披露され、堪らず宥めた。謝って欲しいわけではないので当然だが、友人だからと言ってここまで態度が変わるのも如何なものかと僅かに思う。まぁ、それだけ映姫がしっかり上司をしていると言う事ではあるのだろう、良い事だ。
「じゃあ、案内を頼もうか。忙しい中わざわざ申し訳ないけども」
「いえいえ滅相も無いっす! ささ、どうぞこの船に」
早速案内を頼んだところ、小町はどこから呼び出したか、いきなり小舟が目の前の三途の川に現れた。先ほどの初対面時の違和感と言い、そう言う能力と見た方が良さそうだな。
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「そういやあんた名前は? 映姫様から森近って呼ばれてたっすね」
小町が船を漕いで1分と少しが経った頃、彼女が話しかけてきた。なんとも調子が良いのか、先ほど見た畏まった感じから僅かに
「僕は森近 霖之助。そう言うキミは小町と呼ばれていたね」
「あたいは
小野……小野塚 小町か。いやなに、どうにも世界三大美人の名前が過ぎったものでね、世の中名前の被りや同姓同名なんてものはそれなりに珍しくもないだろうが────まぁ、
まぁ、それはそれとして、そろそろ切り出しても良いか。
「ところで先ほどから船が進んでないように見える。いや、厳密には進んではいるんだが、この様子だと永遠に岸には着かないだろうな。小町、何か訊きたいことでもあるのかな?」
「────やっぱバレますか。まぁ、使ってるとこ1度や2度見られてますもんね、無理もないっす。その、興味って言いますか……さっきの会話からして霖之助さんは若い頃の映姫様をご存知らしいっすね?」
「あぁ、その事か。そうだな……あの時は────────」
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「ん? 誰だ?」
当時は結界が世界を覆い、"幻想郷"と言う隔絶した世界を作ったばかりの頃だった。当然、僕も若くてね……博麗の巫女と言う
そこに現れたのが、当時の映姫だ。
「あ、あの! 本日から幻想郷で閻魔を務める事となりました! 四季映姫と申します! よろしくお願いします!」
それはそれは年端もいかない少女のようだった。こんなのが閻魔? と言うか自分には関係ないだろ、と思ったさ。
「閻魔? 閻魔が俺に何の用だ。挨拶する相手が違うんじゃないか?」
「いいえ! 最強の人間かつ最強の妖怪である貴方様に挨拶をせねばと、五道転輪王様から仰せつかっております! 失礼の無いようにと!」
閻魔の上司にあたる五道転輪王とやらからわざわざ僕に挨拶しとけと言われていたらしい。しかも言うに事欠いて失礼の無いようにだと、僕はそんな偉い人間じゃないと言うのに。
「……好きにしろ。じゃあな」
彼女との会話はその時が最初で、それ以降は特に話す事も当然会う事もなくてね。我ながらよく覚えていたよ、こんな昔の事なのに彼女の名前が出てきたんだから。
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「と、まぁ、映姫が幻想郷の閻魔に就任した頃の話はこんな感じかな」
「へ、へぇ」
(さっきから話聞いてるけど映姫様やその他閻魔様の上司の五道転輪王様からも敬い? あぁいや、これ多分恐れだわ。しかも見た目に反してこの人めちゃくちゃ強ぇんだこれ。やっべーあたいさっき生意気な態度取っちゃってたけど大丈夫かなぁ……?)
昔話を終えた直後、待ち侘びた向こう岸に到着した。本来ならもっと早く着いていたと思われるが、まぁそこは彼女の、小町の好奇の心に付き合ってあげたかったって事にしておこう。
「お気に召したようだね、ありがとう小町。次は無理矢理じゃなくても話くらいなら店で聞くよ」
冷や汗を一筋流す小町を尻目に、僕は目的地である閻魔の裁判所を見上げた。初めて来たが、なかなか巨大で荘厳なものだ。威厳という観点ならこれ以上なく示せる見た目だ。
足を踏み出し、裁判所へと向かう。ここに来るまでの間、昔を思い出しがてら、色々思い出してきた。正直、ここに来ることも無かったのだろうが、結局ここに至る道筋は出来ていたようにも思える。ならば、少しでも良い結果がその先にある事を願って、僕は進むだけだ。
石造りの道、木造の大橋、鉄製の門を抜けて至る、赤黒い鋼鉄の扉。重厚なそれを難なく押し開けると、その奥に鎮座している背の高い法壇に彼女、四季映姫が居る。
「まるで今から裁かれるかのようだな」
「ご冗談を。私の判定ではあなたは白……幻想郷を滅ぼそうとでもしない限りは、この決定は覆らない」
言いながら、映姫は宙に浮いてゆっくりとこちらに向かって降りてくる。
「ここに来るまで、色々思い出してね。そこで、この花で溢れる理由も思い出した。我ながら物忘れの酷さに呆れてしまう」
「思い出されましたか。この現象は、60年周期で結界が弛む事で起こる外の世界の霊魂の流れ込みと、生命の更新による影響だと」
そう。もはや当たり前過ぎて忘れていた────60年。この年月が経過するまでに、幻想郷に貼られた博麗大結界の綻びから、外の世界の様々が流れ込んでくる。それは僕のよく知る物だったり、霊や魂だったり、人の流れ着きもこの時期は多い。特に開花現象の場合、流れ着いた外の世界の魂が行き場を失った挙句、身近な植物……つまり、花に宿る。
この時期は何故か幽霊が多くなる。有力な理由が、外の世界で多くの命が失われた事と、結界の弛みが重なり、結果幻想郷での冥界の許容量を超える幽霊が地上に溢れ、それが花に……と言う事だ。
異変……と言うよりは、忘れた頃にやってくる恒例行事と言うべきか?
「ですが────」
彼女が言い切った後、間を置いて切り出す。雰囲気も先ほどの穏やかな状態から重厚に、厳かになる。
「これが何かの前触れでない事を、私は切に願います。幻想郷と言うのは、異変が起こりますからね」
あなたが出張る事もまたあるかも、と口にして、笏と両手を背後に回し、柔らかな微笑みをこちらに向けた。そうだね、と僕も息を漏らしながら応えた。果たして、それは冗談なのか、本気なのか、お互いわからない────
ただ、わかることがあるとするなら、これからも暇にはならないと言う事だろう。
続く
結局、僕は自分の物忘れの所為で、肝心の異変の原因を忘れていた。何とも恥ずかしい話だ。
とは言え、映姫と話せた事は、益ではあったか。
それに────次の異変は、何かが違いそうだ……