東方香霖記   作:超絶暇人

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 紅魔館の一件から数ヶ月、季節は春の終わりに至った。事は遡る必要があるのだが、ここではそれを控えよう。

 人は春が訪れると、それを祝う。新たな春を楽しみ、今年を平和に過ごす為であり、春の陽気を味わいつつ酒を嗜む為であり、新たな決意を表明し、心を新たに踏み出す為である。

 人にはそれぞれがあるのだから、内容すらも数相応だろう。

 ……だが、妖は違う。特に『鬼』は────


萃夢想篇
春の"伊吹"に"萃まる香り"


 ────長かった冬が明けた、漸く明けた。もうウンザリするくらい長かった冬がやっと明けたのだ。

 

「ストーブの燃料が尽きる前に明けてくれて助かった。しかし厄介な冬だった、色々と……」

 

 なかなかにストレスが(かさ)む日々が続いたような口振りをしている僕だが、いや、全くその通りなんだ。実は────いや、この事は別の時に話せる上、今急いで語るべき話題でも無いので、止しておこう。

 

 

 季節は春────

 歴で言うところの『皐月(さつき)』で、外の世界で言うところの5月でもある。

 

 つい先月まで寒気豪雪の真っ只中だったとは思えぬ程の清々しいまでの春っぷりだ。春の妖精が告げ忘れたのでは無い、これもまた『事情の一つ』だ。まだ気にするべきでは無い、気にするな。

 

 そんな遅れ馳せな春にも関わらず、花見の宴会はしっかりちゃっかり執り行われるのだ。一月(ひとつき)経ってしまえば季節は移り変わり、春から夏になってしまうと言うのに、しかも霊夢と魔理沙は僕は『そう言う集い』は苦手である事を承知でいながら懲りずに宴会に誘いに来る。

 

 丁度今日来たよ、"彼女達"が。よぉ香霖、霊夢の神社で花見やるんだが来ないか────とか……霖之助さん、偶には皆で楽しく過ごすのも悪くは無いとは思わない────など。気持ちは大変嬉しいが、最近はどうもそんな気分になれないので、別の機会に誘ってくれ────と丁重に断っておいたが、どうも最近は本当に体調が優れないのだ。

 

 前述(以前話した事)の通り、僕は病には掛からない。その為、この場合には何か良からぬ事が起こるのではなかろうか、主に僕の身辺に────。こう言う時は大人しく本を読んでいるに限る、あぁそうしよう、実に良い案だ。

 

「つれないねぇ霖之助、あんたが宴会に居なかったら私はいつも通りの光景を(さかな)にするしか無いじゃないか」

 

 この幼さ有り余る声に、その幼さの真反対を行く言葉を使う者は間違い無い、『伊吹 萃香(いぶき すいか)』だ。ところで気になるところ、伊吹 萃香(かのじょ)はいつの間に僕の店内に来店(しんにゅう)していたのだろうか。

 

「……肴、か。僕が居て何か変わると言うのかい?」

 

「変わるさ、宴会とは華だ。その華が極上であればある程酒は旨くなる。時としてそれは神酒の域とも……お前こそがその極上の華、花見の桜に勝るとも劣らない」

 

 彼女は鬼だ、鬼にも色々居る。例えば萃香(かのじょ)の友人に一角獣のような角を額から生やした鬼が良い例だ。しかし随分にべた褒めだが、何か意図があるのだろうか? 気にはなるが、僕なりに返答をしてみる事にするか────

 

「ヤケに褒めちぎるね? 悪いが何も出ないよ」

 

「いやなに、良い男の顔と言うのはいつ見ても飽きないって事だ。況してや我等が四天王を"二番目"に打倒した男だ、放っておけるワケが無いだろう」

 

 また過去を引っ張り出してくるかこの子は。そう、僕は畏怖の念で付けられた呼称の『山の四天王』である萃香を含めた他三人をこの手で倒した、"二番目"に。と言うのも、最初に打倒したのは我等が『博麗の巫女』だからだ。

 

 

────────────

 

 

 山で地位を確立していた四天王(かのじょたち)の実力を知り、博麗の巫女は"久し振りの腕試し"を理由に挑戦をして、鼻っ柱を()し折る形で全員を打ち負かした。プライドを傷付けられた四天王は博麗の巫女に倒された以降、鍛錬を行い、重ねたらしく、挑戦の為に博麗神社へ向かおうとしている四天王を見掛けたのが、この僕だ。

 

 事を当人達から訊き、どうにも神社へ行かせるワケにはいかなくなったので、何とか説得して止めようとしたところ、鬱陶しがられて何十発か良いのをくらった。それでもしつこく止めようとする僕に痺れを切らした一人が強く踏み込んで渾身であろう一撃を僕に叩き込んだ。

 

 この一撃はかなり効いた、生涯で何番目かって類の領域で。そうだな、大体森一つ分は吹き飛ばされたかな────でも僕は立ち上がる、どうしても行かせたくないからだ。博麗の巫女(かのじょ)なら恐らく四天王を倒せるだろうが、万が一やられてしまえばこの幻想郷は誰が守る?

 

「悪いね。博麗の巫女を、彼女を、大切な人を、倒させるワケにはいかないんだ、どうしても────」

 

 一瞬で四天王の目前まで僕は接近し、止むを得ずも精一杯の手加減で彼女達を全員纏めて気絶させた。これが正しかったのかは正直に言ってわからない、ただ体が自然と動いていた、ただ『動け』と僕に言って聞かせていた。

 

 言葉も一体どの口を衝いて出たのか、いつの間にか『大切な人』と口走っていた。あの時の僕はなかなかに必死だったのだろう、でなければ"あんな言葉"など普通は出てこない筈だ。

 

 

────────────

 

 

 まぁそれはそれだ、そんなこんなで過去を少し振り返っていたのだが伊吹 萃香が僕に付き纏う理由は余り察せるモノでも無い。いや、"察したくない"の間違いだな、目の前にチラつく『嫌な予感』が僕を逃避させる。

 

 終始僕の背後のやや左横で肘枕の姿勢のまま宙に浮き続ける萃香は僕をずっと見ている。かなりの時間視線を感じる上に、何だか妙に闘争の色が浮かんでいる。まさかとは思うが、いや本当にまさかであって欲しいが、僕と闘いたいとか言うのでは無いだろうな?

 

「霖之助、ここは一つ"あの時"振りに闘ってはみないかい?」

 

 やはり────案の定、予感通り、こう言う場合の僕の運はある意味ハズレ知らずだ。しかし、どんな時でも、誰に対しても思うのだが、この期に何故"そうなる"? キミは一体何がしたい?

 

「何故そうなる? まさか"その時"のリベンジをするワケでは無いだろう?」

 

「さぁて、そいつは否定はしないが、肯定もしない……ねッ」

 

 言葉が途切れたと思ったら唐突に萃香は空中の肘枕の姿勢から左足を支点にした回転蹴りを僕の額に打ち込んだ。本当に余りに唐突だったので面食らってしまった僕は額から突き抜ける衝撃と勢いで床に倒れてしまった。

 

 おかげで後頭部を強打、かなり痛いのは言うまでも無い。額と後頭部の前後の痛みに耐えながら立ち上がり、眼鏡を僕が座っていた席の机に置き、妙に痺れる感覚が額に在ったので右手で額を不意に触って後に見てみると、中指と薬指の先端に血液らしき"赤い滴り"が在った。

 

「萃香、以前から言ってなかったか? 店の中で暴れるな、と。やるなら外でやってくれ、商品や店自体が壊されたら堪ったものじゃない」

 

 冷静に注意出来る自分に驚いたが、そんな僕の姿を見て驚愕して僅かに後退る萃香にも驚いた。自分の店を心配する事はそんなにも変なのかと一度思ったが、それは当然であって、問題は僕が流血しているにも関わらず平然としている事にあると気が付いた。

 

 僕がどれだけ出血しているかはわからない、だが出血元である額から流れて触れた血液の感覚を考えれば出血は多く無く、大した傷でも無い。ただ、額の傷は緩やかだが確かな熱を帯び、まるで顔が火照ってるんじゃないかと錯覚させて感情すらも麻痺させる。

 

 しかしも確かな事は在る。それは────

 

「萃香、伊吹 萃香。キミがどうしても暴れたいのなら、少しだけ相手をしよう。この"俺"が……」

 

 ────年甲斐も無く久しぶりに暴れてみたいと思ったから……かもしれない。




 春の終わりとは言え、新春から乱暴は良く無いのは誰もが判っている。無論、そんな事は御構い無しの場合だって存分にある。

 だからこそで、僕も偶には運動をしなければならない。まぁ、それが普通の運動なら満足であったのは言うまでも無いのだが、この時ばかりは少し僕も心を乱してしまっていたのかもしれない────
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