東方香霖記   作:超絶暇人

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 キミ達は"片鱗"ってのを知ってるだろうか? その内にある本質の一部が垣間見えて表に出る事を指す。

 だが、時にその片鱗の表出は恐ろしい、例に挙げるとキリが無いが、特に危ないのは数人程。

 えっ? 僕も含まれるだろって? いやいや何を言うんだ、僕はただの古道具屋の店主さ。そんな力は持ってないよ……


英雄である"理由"

 ────少し寒い。だが、それが当たり前だ。

 

 春であれ、寒い日は必ずある。気候次第であったり、風の所為であったり、将又……良からぬ事態であったり。『風雲急を告げる』と言う言葉があるその通り、何らかの事態が起こる時、天気は報せるように暗雲を空に蔓延らせる。

 

 そして僕は今、とある少女と闘うところ……いや、少し遊ぶところ、が正しいね。

 

「此処なら存分に暴れて構わない、キミの剛腕を篤と振るってくれ」

 

 "あれ"から暫く経過して僕と萃香は今、外に居る。ただ外出しただけでは無い、遊ぶ為に必要な条件を満たした特別な空間が必要だったのだ。

 

 人気が無く、風も静かで、広々とした空間を探して歩き続けて漸く見つけた丁度良い場所。距離は僕の店から凡そ四半里ほどの林の奥、誂えたかのように木々の無い開いた場所は、正に『専用』と言っても差し支えの無い戦闘空間(バトルフィールド)であった。

 

 しかし林の奥にこの様な丁度良い空間の開きが在るとは、少しばかり驚いた。見渡した限りでは半径15m程度、一体何故ここまで綺麗に木が生えずにこの空間を保ったのかはまるで解らないが、これだけ広ければ存分に動ける事間違い無しだろう。

 

「本当に良いのかい? 最近大人しくしてたからね、加減は出来ないかもよ?」

 

「出来る事なら御手柔らかに頼むよ、僕も"昔の僕"じゃないんだ、以前の様に俊敏にはいけない」

 

 表面上、つまり顔では余裕綽々の萃香だが、何故だろうか……僕の目には恐怖を抱いた幼子(おさなご)のように見える。おっと、"当時"のような余裕を抱いている場合じゃない、真剣に取り組め霖之助、相手は鬼、油断は禁物だ。

 

「そうかー。じゃあ御言葉に甘えて────先手必勝ッ!」

 

 両手を後頭部に回して僅かに気楽を装った後、彼女の出し得る最速なのだろうか、音速に近い速さで一気に僕の目の前に接近しながら左拳を振り被る。流石だ、相当腕を上げたに違いない、『鬼は鈍足』などと言う固定観念を一瞬で払拭する事が出来る程だ。

 

 ならは僕はその左拳に合わせて右拳の打突で迎えるとしよう。しかしただの右拳じゃない、握った拳の内、中指の関節を立てて突く『一本拳』と言われる拳で、立てる指は人差し指でも構わない。どれであろうと正しく一本拳なのだ。

 

 振り被った萃香の拳と突き出した僕の拳は正面から激突した。直撃の音は鈍く、肉の微かな断裂を僕の右拳は確かに感じ取った。つまり、その肉の断裂を起こしたのは僕の拳では無く、"萃香の拳"と言う事だ。

 

 一本拳とは、打撃に於いて恐ろしい一撃、『刺突』にも似た攻撃だ。打つ事でツボを突き、内蔵を突き、骨を突く事が出来る。集中した『点』の力故、急所に打つと大変な事になる。

 

 今回の場合、僕は萃香の繰り出した左拳の真ん中を一本拳で打った。萃香の移動速度、及び拳の振り抜きの速度に対しての反射攻撃となった為、一本拳の威力は(のみ)に打つ金槌のような状態となる。

 

 萃香の左拳が対象として、僕の右拳はそれを穿つ鑿、動作は金槌と喩えられる。その一連が相俟って一本拳の衝撃は萃香の拳の中心から始まり腕まで突き抜けた事だろう。衝撃の通過に依り、直線を抜けられた筋肉は裂け、序でに骨を通した衝撃で肉離れと言ったところだろうか。

 

「ッつ!! ははッ、恐ろしいモン持ってるじゃないか、私を八つ裂きにする気かい?」

 

 まぁ、だからと言ってこの程度でへこたれる鬼じゃない。しかし考えて欲しい、僕の右拳は言わば鑿、想像図としては(てのひら)、しかも中指と薬指の間に深く刺し込まれた鑿が肉を割いて広げているのだ。

 

 考えただけでも痛々しい、少なくとも僕は味わいたくないな、絶対に痛いからね。痛いのは当然に嫌いだ、痛がらせるのも当然に嫌いだ……まぁ痛がらせるのは時と場合に依るが、それはそれだ。

 

 萃香は左手を確かめるように何度も開閉を行い、腕もしっかりと動く事を確認した後、再び僕の目の前まで素早く接近する。見ていて飽きない速さを駆使する序でに萃香は右拳のみの高速にして連続の打突を繰り出した。

 

 僕も今度は右手では無く左手に切り替え、掌のまま萃香の打突を払い除ける。中々に重い拳だ、払い除ける為の力点が少しでもズレたら打突を逸らせないのは明白な真実。

 

 鬼との闘いは余り経験が無いが、とにかく怪力だと言うのはわかる。個体差もあるだろうが、萃香は小さい体躯に計り知れない筋力を誇る。これは破格の性能だ、体格の小ささは体格の大きい者に対して有利に働く場合が多く、その上怪力と来たら手が付けられない。

 

 こんな事ならもう少しくらい小さい相手との経験を積んでおくべきだったか、まぁ今更だろうがね。途端、拳の流れが消え失せ、直後に押し寄せる威圧が真下から勢い良く跳び出そうとしているのを察知した。

 

「そぉぉッらぁッ!!!」

 

 咄嗟に体をやや後方に倒してみたら、萃香が自身の拳の先を見ながら真剣な表情で跳び上がって来た。恐らく渾身を込めた顎への打突だろう、掛け声が雄叫びじみているのはその証拠だ。

 

 だが挙動が余りにも大き過ぎる、体も浮いてしまっているので、そこから空中サンドバッグが良いところだ。そんなアッパーカットを躱したところで萃香は着地してから不満気に睨んできた。

 

「一体何のつもりだい? 霖之助、まさか私の攻撃を躱すだけ、なんて冗談は言わないよな?」

 

 なるほど、確かに相手をすると言った、暴れてみたいとも思った、だが僕は真剣に闘うつもりは毛頭も無いのだがな。一応それなりに彼女の暇潰しに付き合うつもりだっただけに過ぎない。

 

「であったら良かったかな? 僕はキミに手荒な真似をするつもりは余り無いよ。一応打撃をするにはするが、顔とか腹とか、当ててはいけないところには攻撃しないよ」

 

「嘗めてるのかい? 一撃加えといて後は華麗に流すってか? 良いさ、だったら否が応でも本気にさせてやら! 霖之助、あんたが相手するって言ったんだ、精々退屈はさせないで欲しいねッ!」

 

 次の瞬間、萃香は烈火の如く猛攻撃を繰り出し始めた────と、この場合ではこの比喩が合う。しかし只単に攻撃を繰り出すだけでは無く、何と萃香は自身の能力を使って拳と足に石を"萃"め、攻撃に於いて躱す事が難しい二次効果を(もたら)した。

 

 萃香の振る拳、振る足に依って萃まった石は振った方向へ飛び散り、僕の頭や頬を掠めるくらいに留まったが、これでは全く手が出せない。攻撃とは相手に触れさせない、反撃させない事で自身を守る最大の防御となる、萃香の萃めた石はその要素を更に増した事になるのだ。

 

 しかしこの攻撃は自らが繰り出すだけの攻撃では無い、何より"石"だと言うのが最大の欠点と言えるだろう。僕が萃香の放つ拳に合わせて左拳を突き出し、彼女の拳に纏わり付く石を砕くと……

 

「なッうわぁッ!!?」

 

 砕くと、石は加えた衝撃の方向に飛び散る、つまり萃香自身に向かって行くのだ。これに依り萃香は自らに向かって飛び散る石の破片に蹴散らされてしまい、後方に跳んで尻餅を搗いた。

 

 物を使うなら、その後に退かされるか、砕かれるか等のその先の事を考えて使うのが至極当然だ、つまりは彼女、事この場に於いて冷静さを欠いてしまっていたようだ。このままじゃ危ない、先ずは萃香の冷静さを取り戻させないとならないだろう。

 

「萃香、落ち着け、今のキミは冷静さを失っている。まずは深呼吸をして、それから新たに動くんだ」

 

「充分に落ち着いてらぁッ!!!」

 

 萃香は休む事無く攻撃に出たが、左手を使えないなりに上手い動きをするのに感心を持った。右拳を構えて僕の顔に振るうところ、僕が拳を交わすと左足を振るって来たので、僕が更に体を退くと、何とそのまま回転して右足の踵を繰り出した。

 

 無論顔を更に退いて僕は避けて次の動きに備えておき、右足の踵を振り切った後を待っていたら、空中に浮いた状態である萃香はそこから更に体を翻して回転を行い、追加の右足の踵を振るってきた。素晴らしいの一言だ、そして僕は背中を反り、踵を回避すると同時に数回バック転を執って距離を取る。

 

 しかし心が荒ぶっているのか、萃香は動作を終えると着地に失敗して再び尻餅を突いた。だがここまでの技量が有るなら尚更落ち着いていれば僕に負けはしない筈だろう、それでは余りに勿体無い。

 

「いいから落ち着くんだ、今の調子を冷静に行うんだ、キミの攻撃は充分に極められた攻撃だ」

 

「指図たぁ余裕をぶちかましてくれるねぇ英雄さんよぉッ!」

 

 ダメか、こんな事ならもっと彼女の意向に沿っておくんだったな、失敗だ。しかしどうしようか、只で話を聞いてくれはしないだろう、ならばこちらの"荒っぽいやり方"を解禁するべきかな、それで冷静になるなら重畳だが……

 

「────良いだろう、それを『余裕』と思い、僕を"英雄"と呼ぶなら、少し教えようか……」

 

 萃香が立ち上がり、僕に正面から向かって走り出した、そのタイミングで僕は貫手を構え、僕から見て萃香の顔面左横に逸れるように放つ。出来るだけコレを速く正確に放つだけで劇的に変わる事がある、それは決定的な"貫通力"と"破壊力"だ。

 

 貫手の尖端(ゆびさき)は使い手自身に依って剣や槍のような鋭き一閃になり、内部を深く打つ棍にもなる。だが使い手が悪いと貫手はただの指先となり、一撃足り得ない微弱な攻撃になってしまう。そうならない為に、一撃を極める速さ、弱点を打ち抜く精密さが必要不可欠だ。

 

「────ッ!??」

 

 萃香が近づくより早く貫手を繰り出したので、無論萃香と僕の貫手は数メートルの距離が有る。だが萃香はその動きを止めて、自らの右頰の隣に通り過ぎた『何か』を目視しようと振り向く。その直後で萃香の右頰に切創が走り、血が飛び散り、その景色の奥で僕の貫手の余波は木々の胴体に風穴を空けていく。

 

 そう、これが『貫手』の本来在るべき姿だ。一定の段階(レベル)を踏み切る事で到達する手刀の武装化は鋭く貫く、鋭く突き抜ける、鋭く巻き込む────尤も、剣や槍なら更に簡単に出せるだろうが、そこは敢えて難しい事に挑むのが大切なのさ。

 

「な……何なんだ、今の……あんた、霖之助……」

 

「おや? 変だね、僕の余裕を感じた事や英雄発言をしたのは、其れ相応の覚悟が有るもんで口にしたんじゃ無かったのかい? 余裕と言うのは厳密に(・・・)こう言う事だよ、萃香」

 

「なに、を……ふざけた事をッ!!! ふぅんッッッ!!!」

 

 萃香の感情が完全に怒りに変わったのか、かなりの力みを込めて右手に石を"萃"め出した。最大限萃められる限りの周囲の石を右手の下に纏めたのか、その大きさは今迄に類を見ない壮絶な巨大さを誇る『塊』と化していた。

 

「萃符『戸隠山投げ』ッッッ!!!」

 

 塊を持つ萃香自身が豆粒程度の小ささに感じられる程の塊は、萃香が渾身且つ全身全霊を込めた投擲で空気を揺らしながら緩やかに動き出した。スペルカードを使う"制限(リミッター)"でも外したのか、本来は目にする事が無いサイズだ。

 

 威力は申し分無い、だがそれ故に僕はこの塊を容易に崩さねばならない。先程にも言った通り、一定の段階を踏み切る事で到達する手刀の武装化、これの更に先に有るのが更なる鋭さへの到達だ。僕はさっき『貫手』と言ったが、この場合は人差し指一本(・・・・・・)とする。

 

「鋭い一撃の到達した先に有るのは、点の一撃の極致、一本拳でも、貫手でも無い。それは────」

 

 僕は左足で一歩踏み込んだ後、右手の人差し指のみを迫り来る巨大な塊に向けて真っ直ぐ当てる。その際の力の集中点は全身から肩へ、肩から腕へ、腕から肘へ、肘から前腕へ、前腕から手首へ、手首から手へ、手から指へ、指から指の先端へと一気に、それもコンマ単位の速さで流れる。

 

「────それは、『指突(しとつ)』だ」

 

 力の寸分違わない流動が生む一瞬にして最大の力が僕の人差し指に到達したと同時に、萃香の放った巨大な塊は風穴が空くと同時に爆発四散し、周囲に石として戻っていく。瞬間、僕の人差し指の余波が萃香の額の中心へ破裂音を出しながら直撃した。

 

 余波に額を打たれた萃香は目を見開いたまま天を仰ぎつつ倒れた。一応手加減はしたし、もしかしたら気絶は免れないかもしれないが、何とかなってる事を祈りつつ僕は眼鏡を掛けながら萃香に近づき、目の前でしゃがんで話し掛けた。

 

「萃香、キミは強い。だが強いだけじゃダメなのを理解しているかい? 先程のキミは冷静さを失ってしまっていた、あれは明確な敗因となる。もし僕に勝ちたいと言うなら、常に冷静さを保つ事を忘れず、後は技術を磨けば良い。そうすれば必ず勝てるさ、その時は僕も本気で相手をする」

 

 まるで決め台詞のような言葉を僕は吐き捨てて、その場を後にした。僕が居なくなった後、萃香は涙を流しながら嬉しそうに口を開いた。

 

 

 

「何を言ってんだか、私があんたに敵うワケ無いだろうが……今回だってそうだ、リベンジのつもりは有ったけど、無いに等しかった。だってお前の『あの時』の強さに、私は一生追い付けないって自覚してたから……情けないったらありゃしないな、ふふふふ……はははははっ……でも、ありがとう、霖之助……!」

 

 

 

 その翌日、萃香は僕を宴会に誘いに来た。萃香は意気揚々と『昨日の仕返しをされたくなかったら来るんだね!』と口にしたので、僕は溜め息を漏らしながら仕方無くも宴会に参加する事にした。しかし萃香が意外にも元気だったので、僕はそれを見て安心したかったから、萃香の誘いに乗ったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

続く




 一撃が鋭い程強いのは本当さ、力の掛かる面積が狭ければ狭いほど威力は高まる。刃等がその例さ。

 だからって、くれぐれも人を使って真似をしないように。こればかりは本当に危ないからね。
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