────で、今回の異変なんだが……
どうやら今迄に無い類の事態らしい。迚も嫌な予感だ────
"終わらぬ月"の日……
────ふと、僕は目が覚めた。
体内時計がしっかりしたワケでは無いが、毎朝遅くても辰の刻(現在で言う午前7時〜午前9時)には起きている。そんな僕が起きて驚く事は、レミリアの霧の異変以来だったか。
そう、何が言いたいかと言うと……
「おかしい……」
僕の起きた時は、未だ夜だったのだ。
並外れた事態にも程がある。何故まだ夜なんだ? 僕の体内時計の狂いを疑うのが先だろうし、それが必然であり当然。本来ならもう一度眠りに入れば良い。
だが──何だ? この言い様の無い胸騒ぎは。これが『異変である』と否が応でも自覚せざるを得ない、この異様な衝撃は……。
「取り敢えず外の様子を見てからだ」
僕は眼鏡も掛けずに店の外に出る。まず僕の視界に入ったのが白い月明かりだ。本日は満月、実に綺麗な月だ……いや、これは月じゃない。一体何を如何したと言うのだろうか? 僕の目に見える真白い満月は、満月の
彼の紫さんなら理解出来はするだろう。だが原理が迚も斯くても不明、こればかりは然しもの賢者様もお手上げでは無いだろうか?
「また首を突っ込んでしまうな……」
透かさず僕は店の明かりを点け、服を着替えては剣を持って、相変わらずの余計な御節介を焼きに行く。明かりを消して店を出ると、不意に思い浮かぶ────妖怪は満月時が一番力が強いと聞く、ならば確かに危険だろう、霊夢達はそれを危惧して異変に赴く筈だ。
そして今回の異変のもう一つ、月の偽物。これを見て霊夢達以外にも動く者は幾人か居ると思われる。無論、僕もその一人だが、僕はこの両方の観点に気付いている。そうか、ではつまり、人間と妖怪の相容れぬ存在が組むと言う事も有り得そうだな。
思考を巡らせながら、僕は深夜の芝道を駆け抜ける。月明かりに向かい、刀を片手に風を切って進む。走ってる中耳を澄ますと、微かに弾幕の
僕は弾幕の音の元へと急ぐ為、更に足の回転を速めて神速に至る。神速とは、『神業的速さ』や『神様の出す速度』と色々言われているが、厳密には『人間とは思えない速さ』程度の事なので、実質大して速いワケでは無いし、表現の世界ならその範囲は可変可能の領域だ。
この世には神速など遥かに上回る速さが幾らでも有る。如何とでも言えてしまうのが、言葉の成せる力と言えるだろう。自論になるが定義上、光速より上の速度は存在しない。それ以上となれば、それは我々が生きる世界に存在する"時間そのもの"となる。
なので、神速は間違い無く光速より遅いと仮定出来る。だがこれは飽く迄自論だ、異議を唱えるのでは無く参考程度に思って欲しい。
脳内で自論を語っていると、道の途中で誰かが倒れているのが見えた。金髪に、黒色の服……まさか、あれは────
「魔理沙!」
明らかな顔馴染みが僕の視線の先に座っていた。僕の声に気が付いたのか魔理沙は立ち上がり、所々煤等の汚れや切傷に塗れた服をこちらに晒して驚いていた。あ、そうだ、僕が本来この場に居るのは確かにおかしいと思う筈だ、彼女の驚きは尤もだろう。
「香霖! こんな場所まで如何した!? つーか何で居るんだよ?」
「そんな事は後だ! 怪我は無いのか魔理沙!」
「あ、あぁ……霊夢にやられちまってな、大したもんじゃねぇよ」
霊夢に? 妙だ。彼女と魔理沙は互いに
だがそうなると、魔理沙と霊夢は少なからず一度対立した事になる。その原因が何なのか訊いてみる必要がある。
「魔理沙、霊夢とは一体何があったんだ? 君と彼女は好敵手であれど憎み合う関係では無いのは僕がよくわかってる。だが君のその様は一度霊夢と対立したと言う事、弾幕ごっこを行った結果だ。この異変とは何か関係があるのか?」
「……あいつ、いや
「夜を止めている? 如何言う事だ?」
「最初紫の能力でまた境界が曖昧になってるのかと思ったら、違うと言ってた。原理は不明だが、この夜をまま維持してるのは間違い無く霊夢達なのは確かだ、本人が自白したからな。そんで止まった夜を動かして気持ちの良い明日を取り戻す為に私が出向き、挑んだってワケだ」
「それで負けたと……」
「う、うるさい! 私はこんな夜中に態々起きて来たんだ、睡眠が足りなかっただけだぜ」
ふむ、彼奴等と言って紫さんの名前を上げたと言う事は、如何やら霊夢と紫さんが組んでいる様だな。そして"後ろに目"────月の事か。夜を止めている原理は僕も同じく解らない、しかし何らかの手段を講じたのは間違い無いと言える。
時間の停止は身に感じないが、月の落下が目に見える程止まっている。これは夜である間に事を片付けようとしたのだろう、大変強引な方法で二次災害を起こし兼ねないモノだ。余程の紫さんも事態を重く受け止めたが故にそこまで考えが纏まらなかったか?
「これはよく調べる必要があるな。ありがとう魔理沙、君はもう帰るんだ」
「あ? あぁおい待て! 私の話はまだ──行っちまった……。にしても香霖のあの足の速さは何だ? それにあの立ち姿、どっかで……」
この先には竹林が有ったな、それ以外の何かは特に無い筈。もし何か有るのなら、
そう思いつつ最大速度で駆けようとした時、遥か前方に建物の一部分と思われる物が見えた。更にその全容が進むに連れて明らかになって行き、最終的に質素ながら実に立派な豪邸が竹林の中から露わになった。
「こんな場所に家が……しかもかなり立派な豪邸だ。此れ程目立つ屋敷でありながら、何故今まで気づかなかったんだ、僕は」
まぁ、理由はとても簡単だ。背の高い竹が無数に生い茂るこの場所は『迷いの竹林』とも呼ばれる。此処は基本的に人が立ち寄らない為、開拓される事が無い。
そして何より、一度踏み入れば生きて出られるかわからない程の入り組んだ地だからだ。
そんな曰くが有る此処に建物があると言う事は、何か隠したいモノがあるか、相当な物好きかのどちらかと言える。ちなみに今回の犯人は今言った前者後者の両方だと僕は思ってるんだが、実際は如何だろうか?
「妖気は無し、敵意も建物からは感じない。それとも既に霊夢と紫さんが終わらせてしまったかな?」
可能性としてはそれが高い。僕より前に居たんだ、先にこの豪邸に着いていても何もおかしくは無い。それに博麗の巫女と幻想郷賢者のコンビ、この事態の結末は火を見るよりも明らか、そう断言しよう。
だが、一応来たんだ、声掛けするくらいは許される筈だ。もしかしたら、今後僕の店の常連になってくれるかもしれないからね。まぁ、『もしかしたら』の話だが……
「ごめんくださーい!」
豪邸の敷地に入り戸を叩いたが、割と古風な挨拶をしてしまった。だがまぁ、この挨拶が一番嵌ると言うか、その場に合うと僕は思う。すると暫くもしない内に戸の向こうから気配が歩いて来るのが明瞭に判った。
だが気配の方はこちらを警戒している様子で、如何やら案の定霊夢達が先に来ていて、事を色々片付けたらしい。ん? 待てよ? 何だこの鋭い気配は────
「────!?」
瞬間、戸を一本の矢が風を切る音と共に突き抜けて来た。それ以前に突出していた"鋭い気配"を察知していたので、何とか頭を逸らして躱す事が出来た。しかし、気配が来たと思ったら、いきなり刀みたいに鋭い"殺気"に変化したのは正直驚いた、しかも全力でこちらを殺しに来てる。
因みに冷静に解説出来ているのは『今の』で其れなりにスイッチが入った為、全身が急激に
先の一矢から実際時間0.5秒程度経過した直後、木と硝子で出来た戸を二度と使い物にならないくらいボロボロにする勢いで大量の矢が飛んで来た。うん、凄いな、コレ……
「気持ちが切り替わっていて救われた気分だよ、全く」
僕は自分でも驚くほど華麗に綺麗に大量の矢を避け切った。足の握力で地面にくっ付き、体を膝で反って避けてから一矢目と同じ様に体や頭を逸らし、最後に飛び退く様にして錐揉み回転をしながら宙返りで後方に着地した。
矢の殺戮行為は、その途端に止んだ。
矢でも尽きたのだろうか? と憶測を立てると、使い果たされたボロ雑巾の如き戸が開いた……いや、正確には崩れてしまった。そりゃ僕が全身を使って回避行動を行うくらいに激しい矢の嵐だったんだ、あれだけの矢が戸を貫通するのなら、当然戸は蜂の巣となる。
「……あら、御免なさい。人違いでしたわ」
「じゃあ如何言う人違いをしたら大量の矢が飛んで来るのか方法が知りたいのだが、良いかな?」
「本当に御免なさい、例の連中だと思ってしまって」
「例の連中?」
「こちらの話です。それより何か御用ですか?」
崩れた戸の向こうから現れたのは、月明かりで輝く銀色の頭髪をした女性。先ほどまでこちらに矢を番えていたとは思えない見目麗しい人だ。だが何だろう、この女性からは、幻想郷とは違う『何か』を感じる。もしや元々外の世界の住人なのだろうか?
「僕は此処からは大分離れるが、古道具屋を営んでいる森近 霖之助と言う者です」
「古道具屋さんが如何して此処に? 何か訳でもあるのですか?」
参ったな、咄嗟だから言い訳を考えて無かった。如何したものか……
「それが、この月の異常さと言い、日が現れない異様さと言い、居ても立っても居られなくなってしまって、夜の散歩に出掛けていました。しかしただ出掛けるのも勿体無いと思い、何か良い品が落ちてないかと探し回っていたら、此処に着いてしまったんです」
「…………」
うん、流石に落第ものだな、コレは。
「……っ、ふふふっ。言い訳が余り上手では無い様ですね。ですが悪い人と言うワケでも無いみたいですし、訳は訊かないでおきます」
「そうですか、いやはや……」
こちらも悪人で無いのが確認出来た、いきなり矢が飛んで来た時は生死の境を越えた気分だったが、まぁ今回の事を教訓に念の為若干鍛え直した方が良いような気がして来た。あ、気がしてるだけなので、鍛え直すつもりは無い。
「良かったらどうぞ古道具屋さん、上がってください」
不躾にいきなりワケも碌に言えない輩を、彼女は嫌な顔一つせず、剰え僕を家の中へと招いてくれた。実に品行方正な女性で、交際するなら是非に彼女の様な女性が良いだろう、まさしく理想だ。
「では、御言葉に甘えまして……」
ただ、これを変に思わない程僕も緩んではいない。何か裏がある様にも思えてしまう。この実に品行方正な女性、彼女みたいな人ほど、思わぬ裏が有る。
如何してかと言うと、それは理性を持つが故の"相反する性質の割り込み"……あぁ、こう言う場合は『野生の勘』と言うべきなのだろう。
取り敢えず御言葉に甘えて家にお邪魔するが、妙な感覚に僕の体が電気を受けた様な衝撃に見舞われる。ビチッと鋭い刺激が神経に触れるが、無視して過ごす。だが完全には無視しない、この衝撃を刹那の時間を用いて辿り、その元を探る。
外界では一瞬だが、僕にとっては数分単位の時間が経過した時、僕はふと足を止めた。そうか、なるほど────
「ふぅ……」
小さく溜め息が漏れ出た。しかしそれは不安や緊張からでは無い。確実な安堵を得た、表現で言うならば胸を撫で下ろした溜め息だ。そう、僕は結果を知ったのだ……事の解決と言う結末を。
今しがた霊夢と紫さんが、『黒髪の少女』と対峙して夜が明けた。後ろを振り向いて入口の景色を見ると、外が微かに明るくなっていた。では、僕も居る意味が無くなったな。
「あ、思い出しました。御名前、"森近 霖之助"と仰っておりましたよね? 貴方と会いたいと言う人が居ましてね、会って頂けますか?」
「僕とかい?」
そうか、やはり僕はまだ、
続く
直感が事の終末を知らせ、勘が凶兆を知らせる。
考えてみれば、かなり贅沢で幸運なモノだ。しかし、それを素直に喜べるだろうか? この直感と勘の鋭さを、素直に嬉しく思えるだろうか?
……僕なら御免だね