しかし、彼女に迫りくるオルタネイティヴの重たい重たい因果。
短編です。
窓から差し込む朝の光で目を覚ましたら、隣で白銀武がすやすやと寝ていました。
全裸で。
かくいう私も一糸まとわぬ裸で、お股には不思議な違和感があります。
かけていたタオルケットをどけてみれば、シーツには私の破瓜の証が刻まれているのでした。
「これはどういう状況です?」
必死にこの状況に至るまでのことを思い出そうとします。
私は白陵柊学園に通う3年B組の女の子。
原作ヒロインたちにも負けないくらいの美少女です。
しかして、その正体はマブラヴオルタネイティヴのアニメ化でテンションあがりすぎて交通事故にあったアラフォーおっさんの転生体なのです。
つまり、マブラヴ大好きすぎて死んだ挙げ句に、作品世界に転生してしまったわけです。
幸いに転生したのはEXの平和な世界で本当に安堵していました。
白陵柊学園の3年B組になり、御剣冥夜さんの転校から始まるどったんばったんも生身で体験することができました。
冥夜さんや純夏ちゃん、壬姫ちゃん、慧さん、委員長、鎧衣くんとも仲良くなって……はて、このメンバーに関わっていたなら、白銀武が関わっていないはずがありません。
なのに、どうしてか、私の中の白銀武はゲームの登場人物以上のことを思い出せません。
ずっとクラスメイトだったのに……私の記憶にはゲームの白銀武ばかりが思い浮かびます。
私は隣で寝ている白銀武を見つめます。
裸なのでよくわかります。
とても鍛えられた筋肉によって引き締まった体は、日本の高校生のものではありません。
この白銀武はオルタネイティブの世界線から送り込まれた白銀武……っ!!
ドックン!
そこで一つの事実を思い出し、心臓が大きく跳ね上がりました。
そうです、まりもちゃん先生が……死んだんです。
ストーカーに襲われて……頭部を……。
大好きだったまりもちゃん先生の死はリアルに思い出せます。
今日までの、この世界での、私の人生が恩師の死を心から悲しんでいます。
であるのに、隣にいる白銀武……おそらくは私が処女を捧げた相手に対して、ゲームのキャラが実体化しているという以上の感情がまるでありません。
クラスメイトであったという実感すら湧いてこないのです。
「……どういうこと……これは……考えるの、落ち着いて考えるのよ、私……」
私は原作知識を精一杯に思い出して、この状況について考えます。
そして、たどり着いた結論は……。
「オルタネイティヴの確率世界群にも……私が、いる……?」
そして、私は処女を捧げるほどに白銀武のことを愛して、それ故に因果導体である白銀武を通じて、向こうの世界に記憶を流出させてしまったのでしょう。
「なら……向こうからの因果も……っ」
私は背筋がゾっと寒くなりました。
「夕呼先生に相談しないとっ!」
私はベッドから跳ね起きて、急いで服を着ていきます。
「んぅ……〇〇……?」
白銀武が恋人を呼ぶような優しい声で私の名前を呼びました。
すまない、白銀武。
昨夜まで私はお前を愛していたかもしれないが、その気持ちはすべて純夏ちゃんに濾し取られてしまったようだ。
しかし、原作プレイヤーとしてのせめてもの情けだ。
お前を愛していない「私」の顔を見せたりはせずに、この場を立ち去らさせてもらおう。
ゲームの主人公以上の感情を向けられない私の顔を見れば、白銀武はきっとショックを受けるに違いないのだから。
「ごめん、夕呼先生からの急な呼び出しがあったの」
私は白銀武をなんと呼んでいたのでしょうね? 不自然にはならなかったでしょうか?
私は一度も振り返らずに白銀武の部屋を後にしたのでした。
「夕呼先生! 相談に乗ってください!」
「あら? 『白銀の恋人』じゃない。何しにきたの? あんたはオルタネイティヴの確率世界群にいないから白銀を忘れずに愛し続けるって啖呵を切ってたわよね? 例え世界が滅びようとも、なんて言って」
「ごめんなさい、夕呼先生。私、白銀武のことを全部忘れちゃったみたいです! 覚えているのはゲームの登場人物でしかない白銀武だけです。きっと向こうにも私がいるんです」
夕呼先生に会いにいった私に、夕呼先生は痛烈な皮肉を投げつけてきました。
私は素直に謝るしかできません。
しかし、なるほど。私はEXの確率世界群に転生したから、オルタネイティヴのほうにはいない。したがって、白銀武を深く愛しても記憶の流出は起こらないと思っていたんですね。
夕呼先生と私の付き合いは長いです。
記憶を持ち越しての異世界転生という不思議現象に、なんとか説明をつけてもらえないかと因果律量子論を提唱しはじめた頃の夕呼先生に会いにいったのが最初です。
90年代後半、インターネットはまだまだ発展途上であった頃のこと、学会の異端児でしかなかった夕呼先生を探し出すのは結構大変でした。
前世の記憶とそこに含まれるマブラヴ世界群の記憶を持つ私は、夕呼先生の興味を大いに引き、実験台と助手を拝命するにいたりました。
白陵柊学園に進学したのも、もちろんゲームの出来事を間近で見たかった気持ちもありますが、夕呼先生に命令されたという面も大きかったのです。
「夕呼先生ぇ……どうしたらいいんでしょう? 私、まだ死にたくありません……」
「なっさけない泣き顔ねぇ。昨日までの白銀を愛してるって、毅然とした態度であたしに逆らったあんたはどこにいったんだか」
「オルタネイティヴのほうに決まってるじゃないですかぁ……」
「ふん、それはそうね。まったく口が減らないのね」
夕呼先生は呆れた様子で私を見ています。
そうしている間も、夕呼先生は手元の端末をいじって何かをやっているのがわかります。
「でも、私、そんなに白銀武に夢中だったんですか?」
「そうよ。さすがは恋愛原子核ね。元男って意識のあんたがあそこまで白銀に入れ込むとは思わなかったわ」
私だってそんな自分がまるで想像できません。
でも、まだアソコに残っている違和感が確かに「私」が白銀武と愛し合った証として残っています。
「ま、あんたのことも含めて手は打つけどね。言われるまでもなく」
「夕呼先生……」
「あたしだってまりもを取り戻したいもの」
恐ろしく真剣な眼差しで夕呼先生が言いました。
EXに近い世界線でこんな顔をするのですね、夕呼先生。
私の原作知識で、万が一まりもちゃん先生が殺されてしまうルートに入った時の対策を、夕呼先生はたくさん用意していました。
それでも、因果は人の目論見をすり抜けて、まりもちゃん先生に牙を剥きました。
親友の死を防げなかったことにどれほどの悔恨があることでしょう。
「当然、あんたにも手伝ってもらうわよ。あんたがゲームの白銀を忘れないってのは都合がいいわ」
「は、はい、夕呼先生!」
こうして夕呼先生と私は狂わされたEX確率世界群の修復のために、オルタネイティヴ確率世界群の因果という巨大な敵に立ち向かうことになるのでした。