だって美味しいんだもん。
──
そんな考えが唐突に脳裏をよぎった。
Jチキ、それは言わずと知れたコンビニチェーン店「
衣はサクサク、中身はジューシーな肉の旨味が詰まり、旨塩の効いたその一品、いや逸品は、数多の人間を引きつける代物である。
しかし僕は先程、日頃のご褒美として某レンタル店にて何冊か漫画を借り、某スイーツ店で二つのシュークリームを買い食いしていた。
使用金額はおよそ700円弱、己の懐事情を鑑みると、これ以上の出費は非常に厳しいところだ。
――Jチキの値段は180円、日頃のご褒美なんだからこれくらい良いんじゃないか?――
――既にかなりの金額を消費している、これ以上の散財は下策じゃないのか?――
己の脳内で
買うか、否か。
成長期の身の上としては是が非でも食したい。己の欲望を満たしたい。
しかし、非アルバイターの身の上としては出費を抑えたい。己の理性をフル稼働させる。
悩み、悩んで、悩み続け――結果、僕は昨今の女騎士が如き早さで
僕は自転車を走らせ、近くの
駐輪場に自転車を停め、店舗内へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー」
アルバイトの高めの声が店舗に小さく響く。その声に聞き覚えがなかった為、顔なじみのアルバイトではないようだ。
さして重要なことでもなかった為、そのことを即座に脳裏へと追いやりレジの下へとまっすぐ足を向ける。
(Jチキは、と……お、あった)
レジ横のホットショーケース内に目を走らせ、目的のものを探し出す。
中華まん、焼き鳥、アジフライにイカフライと見た後に
即座に顔を動かし目を光らせた。
『大きめのイカフライ』。
ホットショーケースの下部に置かれたプレートには、そう書かれていた。
僕はイカフライが好物だ。
夕食に出てきた暁には目に見えて機嫌が良くなることを自覚しているほどには大好きだ。
サクっとした衣、イカ独特の噛み心地――否、
値段は130円、180円のJチキより50円も安い。
(どうする? 塩味の効いたJチキをとるか。それとも、好物のイカフライをとるか…)
僕はホットショーケースの前で悩んだ。大いに悩んだ。長い時を掛けて悩んだ。何度も見比べて悩んだ。
――その結果、僕はイカフライを選んだ。
「すみません、イカフライ一つ下さい」
「130円でーす。…はい、丁度ですね。少々お待ちくださーい」
パタパタと店員が動く。
(ああ、イカフライ…。早く、早く食べたい…!)
久々の
先程までJチキを欲していたというのに、何という変わりようか、我が事ながらおかしなことだ。
「おまたせしましたー」
――来た!
僕は手渡されたものへ顔を向けた。
久々のイカフライ、是非とも堪能し――
「イカフライでーす」
出てきたものは、『アジフライ』だった。
(は? どういうことだ? イカフライを注文したつもりがアジフライを注文していたのか? いや、でも今確かに「イカフライ」だって言ってたよな? 聞き間違いか?)
その時の僕は、恐らく定期テストの問題を解く時と同じくらいの速さで思考していた。
思わずホットショーケースの方へと体ごと近づき、中を覗く。
その中にはイカフライが一つだけ残っており、先程見たアジフライは影も形もなかった。
「あのー…あのー…イカフライですー…」
気まずそうな店員の声が遠くに聞こえる。
確かにイカフライだと言っている。聞き間違いの説は消えた。ならば――
もう一度、渡されたものへと目を向けた。
(…うん、間違いなくアジフライだ。決してイカフライじゃない)
「あのー、イカフラ――あっ」
訝し気にこちらを見ていた店員は、僕の視線の先にあるアジフライを見てようやく気付いたようだった。
「すいません、今取り替えますー!」
大慌てで店員はアジフライを手に取り、ホットショーケースの下へと移動した。
やはり、イカフライと間違えて出してしまったようだった。
よく見ると目元に隈があるように見える。恐らく疲れがたまっているのだろう。
「失礼しましたー…」
申し訳なさそうにホットスナック用の茶袋を手渡してきた。
ホットショーケースの方を見るとイカフライが消えていたので、今度は間違いないだろう。
「なんか…お疲れ様です」
そういうと、店員は無言で苦笑いを返してきた。
コンビニを出て、僕は茶袋を開けた。
その中身の茶色い衣は、間違いなくイカフライだった。
僕は一思いにかぶりついた。
「…うん、美味しい」
Jチキのことなどすっかり忘れ、僕はイカフライを堪能したのだった。
なんてことのない平凡な日々って良いよね