【世界観が】ジョーカーアンデッドに転生しました【迷子】 作:ウェットルver.2
本当に、このままでいいの?
魔女は問いかける。
そんなわけないだろッ!
少女は吠える。
ただで救われるものはなく、心身を削らずに届くものもなし。
命を燃やす輝きを星と呼ぶならば、繋がる絆で世界を奏でる”歌”にもなるだろう。
やがて風となりて道を拓き、次代の戦士を導く希望となる日もあるだろう。
仮面ライダーは滅びない。
かつて彼らの背を追った少年は人間へと還り、少女もまた彼の軌跡を追い続ける。
ほかならぬ怪物たる彼が、そんな夢想など望んでいなかったとしても。
通常の生命体の膂力を越える肉体は不老不死。やすやすと気絶せず、死は訪れず、どれほどの血を流そうと立ちあがる。
であれば、彼らの勝敗を決定的なものにさせる要素は限られる。
己の各能力、すべてを活かせるか。
戦闘時に消耗するエネルギーを尽かす前に決定打を与えられるか。
後者において、すでにジョーカーアンデッドは追い詰められている。
たったの一足が及ぼす攻撃も、無数の動植物を喰らった
杭打機で貫く衝撃が板材へ穴を空けるように、すぎた衝撃は面積を問わず、「動いていない」という無の慣性力をも活かし相手の肉体を破壊する。
まわし蹴りにより側頭部を蹴りぬかれたジョーカーアンデッドは
しかし、どれほどの再生能力を誇ろうとも、質量を持った肉体は運動エネルギーを無視しては存在できない。
強く弾き飛ばされた肉体、その懐から、無数のラウズカードが飛び散る。
『はじめっ!?』
武装組織の長には、血飛沫が舞ったように見えた。
脳漿が炸裂し、原型を失ったようにも見えた。
仮にそうなったとしても、生物種代表に死は許されない。
ローカストアンデッドに蹴り飛ばされ、地に伏せたジョーカーアンデッドは、
「……“好き嫌い”が祟ったかな。」
それもそうか、やらかしたなぁ、と、己の口蓋から垂れる血をぬぐう。
さすがに己の種族は食べないかもしれないが、通常の判断であれば別の種族を食べない理由はない。残虐、残忍と思われようが、魚類、鳥類、爬虫類、哺乳類、虫類を捕食すると同様に、哺乳類の一種でしかない「人類」も食べる。
では、このジョーカーアンデッドは、どうであったのか。
これまでの食生活を振り返る。
路上の小動物を虫類問わず食べ歩き、人間の好む食料を共有し、食卓を共にした。
そこに体重40Kg前後の大型動物が含まれたことはない。体重20Kg前後の大型動物の幼体を捕食したことはない。体表面を軟毛で覆う霊長類など食べはしない。
食べたくもない。己の鎌で殺害し、吸収した被害者から取り込む栄養分がどれほど身についたかは把握できていないが、そのエネルギーは即座に武装組織の鎮圧に消費した。
趣味嗜好や常食での食人行為は、やりたくもない。
だが、まさか、同じ怪物を倒すためだけに、「食糧をありったけ食べさせてください」、だなんて我儘な要求を誰が言われて認めるというのだ?
紛争地帯で食糧難が続く今、この要望を本気で信じて上層部が動いたとして、怪物の事情を知らない者からすれば「上層部の暴走」にしか見えない、自分が新たな戦乱の火種を生み出すだけだ。このような痴態を「全人類のための犠牲」などと宣う気はない。
それならば、あわよくば、ローカストアンデッドの分身であるイナゴから摂取してしまえばいいだろうと思っていた。現実は捕まえて食べる暇などない。ローカストアンデッドの俊敏性に目が追いついても、肉体が追いついても、筋肉を動かすためのカロリーが間に合わずに肉弾戦では弾き返されてしまう。現状は、ジョーカーアンデッドとしての圧倒的な攻撃力で無理やりローカストアンデッドの戦闘能力を押しのけて肉体を傷つけ、そのたびに押しのける力を失いつつある。
少年の忌避感、最強の
これが今になって、
片や、体重40Kg前後の
片や、生存競争とは関係のない戦いにばかり現を抜かし、せっかくの得た栄養分のすべてを即座に消耗させ、常食は人間の料理や保存食などという
エネルギー量の格差は歴然。
そのうえで、ひとつ、前言撤回をしよう。
イナゴは共食いをする。
いくら火炎放射器で軍勢の前衛部隊を焦がされたとしても、不死生物である以上、本当の意味で前衛部隊が全滅したわけではない。生命活動に必要な栄養分が足りないのであれば、行動不能な個体を五体満足の個体に捕食させて生命力に再変換すればよい。
「……え?」
ジョーカーアンデッドは、地面で悶えるイナゴを見た。
イナゴは四肢、もとい六肢をもがれ、かじられ、砕かれ、頭蓋も失せている。
戦えぬ弱者を切り捨て生還する命の宿業、そのために環境へ適合できなかった者が至る末路は、地を突き己の身を支える
ふと見渡せば、己の周囲に転がっていた残骸すべてが原型を失い、ただ骨肉を砕かれる音を鳴り響かせている。さながらコオロギの調べのよう。
始まる、可視化された
やっかいな火炎放射器を構える兵士を捕食できずとも、ローカストアンデッドは軍勢の個体数を減らしながらも戦闘を続行する。
『正気か、あの怪物!
自分で自分の皮膚を噛みちぎり、自分の肉を食べるようなものだぞ!?』
己の骨肉を噛み砕く激痛に身を悶えるはずの怪物は今、呻き声を零しながらも立ちあがり、腹を満たしたイナゴの御使いを一匹、また一匹と自分の傷口に塗りこんでいく。
その鬼気迫る形相と闘志に、戦慄する男は悟る。
『……「産めよ、殖やせよ、地に満ちよ」……か……?』
人類種が敗退すれば衰退が約束される、怪物たちの生存競争。
逆に言えば、別の生物種が勝利すれば、その種族は人類種と同等の繁栄が約束される。人間になりたい、否、人間と同じように祝福され繁栄することは、本当は別の生物種にとって悲願だったのではないか?
かつて人類の始祖は楽園を与えられ、あらゆる生物種の支配権を得たという。
立場が逆になれば、人間はどうするのか。「神に愛される種族として復権する」試練を与えられれば、どのような手段を「善い」と捉えて戦い続けるのか。
それが眼前の怪物の、諦めを知らない戦闘の答えなのだとすれば。
激痛を伴う行為にすら怯まない、覚悟のある共食いであるならば。
男は固唾を呑む。
『……こんな戦いを、おまえは。』
己の生物種の繁栄。寵愛の試練。
彼らの希望を刈りとる使命に徹する者。
否、人類の希望さえも例外なく、平等に奪うべき死の御使い。
それなのに少女を選び、人類を
「ボス、なんの話です?」
『…………すまない、ただの独り言だ。
総員、警戒態勢を維持。流れ
「了解!」
少年と怪物の戦いを、男は見守る。
痛みを与えてばかりで、これ以上は作戦行動をとれない。
ただの人間にできる行いとして、黙し、目で鼓舞するほかなかった。
その視界の端を。
「―――おっしゃ追いついたああああっ!!!」
「リョーコ、さ、まって、ま、うわああああ!?」
赤い箒が飛び越え、通りすがった。
『な、なんだあ!?』
『すみませんボス、止められませんでしたッ!』
通信機から零れる、困惑と憔悴の声。
魔女の箒にしては騒がしく、空を飛ぶにしては高度が低すぎる。
それでも空飛ぶ下手人、櫻井了子には充分な箒だ。なんの呪文もネズミも、なんならカボチャだってない。こんな辺境で野晒しにされたバイクにしては、なかなか高性能で気に入った、そう思いながら魔女フィーネが大地に降り立つ。
御者は自分、馬はバイク、ドレスコードは
そうであっても天才科学者、兼、天才考古学者の手にかかれば、
「こういう
女の子ひとりを助ける魔法使いの役目くらい、簡単に演じきれる。
演奏会を中断させてでも
「さ、使い方は教えたでしょう?」
あとは魔法をかけるだけ。
リョーコは同乗する少女をおろすと、その手元に魔法のアイテムを収める。
帯を通された金属の塊。少年少女が日頃から見覚えのある装身具より武骨ながら、どのようなものであるのかについて、見るだけで如実に語るほどのわかりやすい装飾品だった。
「………うんっ!」
少女は、雪音クリスは応じる。
「シンフォギア専用武装癒合機、『ライダー・システム』。そのプロトタイプ。
ぶっちゃけ、ぶっつけ本番の試作機だけれども、最低限の制御装置は完成済み。
あとはラウズカードを通すだけ、いってらっしゃいな!」
少年が息をつく間もなく。
少女は飛びだし、地面に落ちたラウズカードを手に取った。
人間の名前を与えられたジョーカーアンデッドは叫ぶ。
「……あいつッ!
また、なにかやらかすと思ってはいたけれど……!」
そう、女の子を助ける魔法使いの役だけは完璧だった。
「ふざけるな!」
少女が纏う衣装は、ガラスの靴でも、魔法のドレスコードではない。
使えば使うほど、女の子が別の動物に近づく呪われた鎧だ。
生存競争の勝者は生物種代表として、己の種族の始祖として君臨する。
その遺伝子情報を吸収、融合した人間は当然、ひとならざるものへと進化し続ける。一度でも融合すれば闘争本能に生涯囚われ、恐怖で心が折れれば自死への想像力が増幅され、ゆるやかに肉体が死を迎える。
死ぬまで戦士の心を、あるいは生存本能を強要される呪縛。
これが、一時的な融合であれば安全? そんなわけがないだろう。
武装にだけ癒合させれば大丈夫? そんなわけがないだろう!
「ボクたちの細胞と
それを承知で使わせる気なんだよ、あいつはッ! やめろ!」
恐怖で闘争本能が鈍ったライダー・システム使用者は、闘争本能が強い生物種代表の力に適合できず、その適合度に応じて精神的ストレスを過剰に増幅させ、心因性の各症状を生じさせて死に近づく。
ぼろぼろの肉体になってから後悔しては遅いのだ。
ましてや、そんな力を使おうとする人間は。
まだ十代にも満たない幼児で。普通の女の子で。
「ダマされているんだよ、君は!
ああ、戦えるだろうさ! けど、これじゃあ!
ただの実験動物じゃないかッ!」
『―――
わずかでも後遺症が残れば、それが治る見込みはない。
「そんなの、やめろよ。やめてくれよ……!」
「………ううん、それでもいい、」
子供だから、わからないのか。
想像力が絶望的な未来にまで届かないのか、心配が届かないのか。
いや、それは自分も同じか。
こんな方法で、生物種代表の力をそのまま利用するとは思わなかった。
てっきり、この世界独自の方法で解決するものかと思っていた。シンフォギアとは、そういうものなのだと思っていた。現実はそうではなく。
それはもう、人間の知恵ではあっても、人間の力ではない。
怪物の、怪人の力に縋りついただけ。そこから成り果てる道はひとつ。
人間を辞め怪物へと至る、本物の怪人になる手段だ。
人間が怪人に成り損なえる、手段のひとつでしかない。
成り損なえたならば、幸運だろう。
本当に生物種代表の力を制御できる状態の、各機構の調整が終わったライダー・システムであったなら。たった数日にも満たない時間で急遽作られたライダー・システムを使って、彼女の体に後遺症が残らないはずはない。
どう考えても。
フィーネに、櫻井了子に騙されているとしか思えない。
「だまされていても、いい。」
雪音クリスは笑う。
「だって、必死だったから。」
子供だから、わかるのか。
魔女が最後まで弄んだつもりでも、己の目の奥にある感情までは騙せないのか。
「リョーコさん、わたしのことね。
考えてくれて、頑張ってくれて、それで、……それでね、」
「はじめが怒ってくれたの、初めてだなぁって。」
「………え?」
少年は惚ける。
そう。彼はこれまで、彼女を叱ったことがない。
家族を守ってはいるが、守っているだけだ。
心配はした。配慮もした。距離感に悩みながらも踏み込んだ。
だが彼は一度たりとも、“雪音クリス”を叱ったことがない。
相手の内面に、まったく踏み込んでいない。
実の娘を叱れたはずの、雪音夫妻のようには在れなかったのだ。
「だからさ、わたし」
それが彼女にとって、どれほどの意味があったのか。
彼女自身も、彼自身も気づいてはいない。どこかでよそよそしさがあったのか、家族だと認識していても心理的距離を保ち続けていたのか、彼の家族らしさへのイメージが
彼の怒りが彼女にとって、どれほどの喜びを与えたのか。
「ちょっと、だまされてみる!」
ふたりにはまだ、わからない。
自分のために、自分へ怒ってくれた瞬間。
これからどうなってしまうのかを、心配してくれた瞬間。
理屈も道理もわからないまま、たしかに近づいた瞬間にある
どうして微笑んでしまうのか。雪音クリスはわからない。
どうして少女が喜ぶのか。少年はじめはわからない。
「人間の姿をした、やさしい怪物とか。
悪いことをさせたい、やさしい人間とか、」
運命を乗り越えるために大切なものは、誰も傷つけないことなのか。
ただ心穏やかに、清らかにあれば解決するのか。
「やさしさがウソとか、そんなの関係ないから。
『本気で向きあってくれた気持ち』だけは、絶対本当だから、」
それらだけでは少女に届かないものに、彼と彼女は思わず手が触れた。
ゆえに止まらない。信じることを諦めない。人類種代表の
「―――だまされて
システムを起動させるトリガーを、引く。
ジョーカーアンデッドが人間体に変身する際の白色のオーロラにも似た赤色のオーロラが、反転したバックルのシンボルから投射され、人間の少女を待ち続ける。
「なにが
オーロラへ扉を蹴り破るように。
その身を乗り出し、雪音クリスは叫んだ。
「“―――
今、イチイバルの
イチイバル限定解除、『ライダーギア(♡2)』。
ヒューマンアンデッドの力を取り込んだギアインナーは
否、
元々のシステム適合率が高すぎた、人類ゆえに融合係数が人類種代表たるヒューマンアンデッドにかぎり高くなる傾向を秘めていたのか、全身から余剰エネルギーを放出させながらも新たな生体プロテクターの定着を進行させる。
「なんだ? なにが……起きている?」
フィーネの想定を越え、強制停止させる機能が十全に発揮されていないのだろう。
呆然と見つめる研究者の前には、被験体が竜巻に覆われ、その風が爆音と共に拡散したようにしか映っていない。櫻井了子が「異常であるはず」と踏んだ制御不良に該当しない未知の現象は、シンフォギアの外観にも影響を与えていた。
外部装甲には銀色が混じり、どこか西洋鎧や骨格を思わせる形状へと変貌した。生物種代表がそれぞれの種族特徴を装甲に反映させるように、彼女のシンフォギアもまた人間の身体機能を模倣し、外骨格として「内骨格の形状」を反映したのであろう。
やがて、彼女の四肢を抑えるように、ちいさなベルトが巻きついた。
肉体の内側に脈動する力が弱まり、次第に彼女の呼吸が整えられていく。
“衣装”は、歌姫のものと呼ぶには異様で武骨。
可憐さとは遠い、ロックンローラーの奇抜な衣装なのか。
都市部のティーンエイジャーが、ちょっと背伸びしたパンク・ファッションか。
限定解除装甲ライダーギアが、蒸気をあげて脈動する。
「……“いくぜ”?」
ふと、脳裏に浮かび、響く叫び声に首をかしげる少女。
「………うんっ。いくぜ、いくぜーっ!」
しかし、その声に恐れを感じることはない。
雪音クリスには、その声が、自分に溜めこまれた感情を爆発させるための種火にしかならなかった。どこか懐かしいような、まったく覚えがないような、不思議と頼もしい応援にも聞こえてしょうがなかった。
少女は独りではない。
独りであるために戦う死神とは別の、心躍るものがある。
「………お?」
「どうしたの~、モモちゃん?」
バル・ベルデ共和国の上空。
高層ビルほどの高度を飛ぶ未確認飛行物体が、たまたま通りすがった土地の景色を一望するように飛び回り、眼下の戦場を後にしていく。
飛行物体から顔を覗いた赤鬼じみた大男は、わずかに聞こえる歌声へ目を見開く。
「……へっ。なんでもねぇよ!」
「ふーん。あ、ナオミちゃんっ、ぼくもコーヒー!」
「はーい!」
時の列車デンライナー。
食堂車の車窓から振り向き、大男モモタロスは青年リュウタロスをあしらう。
モモタロスたちの路線に途中下車はない。目的地に着いたら、また次の駅へ。
何食わぬ顔でチャーハンを食べるオーナーに一瞬だけ目をやると、モモタロスは眼前のプリントースト*1へ手を伸ばす。
「がんばれよ、栗女。
………くぅ~っ! やっぱうめぇなあ、これっ!」
「”―――いらない、持たない、夢も見ない。”
”
力を求め、授かれて掴み、自ら望んだ戦いへと殴りこむ。
人間を殺さねばならぬ戦争ではなく、人類を守るためでもなく、
「”―――運命は君 放っとかない。”
”結局は 進むしかない―――!”」
少女は、少年を守るために謳いあげる。
無数に分裂したイナゴの群れへ、ただ己を鼓舞しながら。
「”―――大丈夫。”」
銃を握る手。
暴力でなにかを奪う、罪の証。
思わず拳を強めて。自分を信じて歌を繋げる。
「”―――明日はいつだって
”自分の価値は、自分で 決めるものさ―――!”」
軍勢の
柔らかな皮肉を食らい尽くし、己の力に変えようと襲いかかる。
「”―――
その牙に向かいあう、伸ばされていく銃の爪。
ハリネズミの鎧。カブトムシの群れ。どれとも区別がつかない銃の集合体が少女を覆う。子供の思いつきで雑に形成された兵器はむしろ、人並みの知性を得たローカストアンデッドに不理解からの困惑を与える。
「”―――
”その心が熱くなるもの 満たされるものを探して―――”」
一斉掃射された弾丸が一発、また一発。イナゴの外骨格を砕いて進む。
ならば、と、響き渡る銃声に羽音を埋もれさせ、ローカストアンデッドであったイナゴの集団は彼女の視野に映らぬ場所、死角へと集い、ゆるりと忍び寄る。
「”―――
”本気出して戦うのなら 負ける気 しないはず!”―――っ!?」
背後からの一撃が少女の背を蹴り飛ばし、彼女の息を乱す。
「ダメよ、クリス!
歌を途絶えさせるな! 力が止まる!」
あせるリョーコの声。
叱りつけるフィーネの怒号。
もはや自分がどちらの意思で言葉を吐いたのか、彼女自身にもわからない。
ただ、ひとりの少女の夢を諦めさせないために手を伸ばし、胸のつかえを取り払おうとしただけだ。
べつに少女が死のうとかまわない。いや、計画に支障はでるが、それでも認めきれない順番というものがあった。
たまたま男が間違えかけ、その動機がなんであれ女を孤独にさせることは、同じ女として許せない。
焦燥と怒りは少女だけではなく、少年にもまた向けられていた。
リョーコ、またはフィーネの感情は確かに、
「……歌、」
―――その時のおっちゃんは、父さんたちと同じ顔をしていた。
『この世界を守りたい!』 その顔に嘘はなかった!―――*3
雪音クリスの笑顔に重なった、パーカーを羽織る僧侶の姿。
己の言葉に気づかされる、「自分がなにを後押ししてしまったのか。」
気がつくことのできたものは、たったそれだけ。
「”―――涙があふれるのは”
”きみが傍で微笑むから―――”」*4
信じられない。信じる気もない。
フィーネと呼ばれるものが、なにを為すのかまでは知らない。
どのような動機で暗躍するのかも、どのような同情できる余地があるのかも、あのノイズとやらを弄ぶ時点で興味はない。自分でだれかを犠牲にしておいて、ほかのだれかにも自分の思いのままに変わってもらおう、だなんて虫が良すぎる。
もちろん、自分にだって言えることだろう。どんな気持ちで何を改めようと、テロリストたちの罪は消えない。前科からの恐怖は、彼らを知るすべてのひとに宿る。
本当なら、殺すべきだった。命乞いだって、前なら見逃さなかった。
人間を辞めていた自分であれば、そうするべきであった。
自分の希望も、運命も、他人も。
人類のためには信じてはならなかった。
人間の悪意を信じ、人間の善意は裏切られる期待だと知っていた。
だから、背を預けた男たちに裏切られたならば、殺す気でいたのだ。
「”―――抱きしめたくなるのは”
”きみが傍にいるから―――”」
雪音クリスに出会う前の、自分でさえいられれば。
「”―――なぜに生まれてきたかなんて”
”考えてもわからないんだ―――!”」
少女に、出会う前でさえあったなら。
少女が、どれだけ置いて行っても、どこまでもついてきたから。
「え、いや、あなたが歌っても意味は、」
死ぬまで欲望に踊らされるのが、人間であるはずなのに。
己の心を貫かれれば、その人間を疑いきれなくなる。諦めきれなくなる。
現実で「人間が変わる」なんてことを、信じたくなってしまう。
人類の愚かさなら死ぬまで学んできたのに、変わらぬものを知って死んだのに。
諦めるべきものを知り、己の道を歩むことこそ懸命であったはずなのに。
己の心身を守るための盾が、誰もが持つ「諦め」なのに。
雪音クリスを信じれば、少女が誰かを信じれば。
家族がそうなれてしまったなら。
自分も、「
まだ、また、やりたくもないのに。
歌いあげてしまう。歌を、繋いでしまう。
人間の可能性を信じた青年の物語を、もういちど思い返しながら。
自分たち
そう嘆きながらも、
「”―――
雪音クリスが追う。歌う。「そういうことなのか」と微笑む。
かつて聞かされた歌詞をなぞるように、心のままに。
「”―――魂燃やし 生き抜いて”
”見つけだす、
蹲る巨躯を置いて行くように、あるいは追い抜いていくように。
ひょっとすると彼女からすれば、やっと並べるまで、並ぶよりも先の居場所まで
―――死んだボクより、よっぽど前を歩いている気がする。
―――でもいいよ、そのほうが。
百回人を裏切った奴より、百回裏切られてバカを見た人間の方が、僕は好きだな。―――*5
自分だけが櫻井了子を、フィーネを信じないとしても。
「“―――同じ時代に今、生きてる仲間たちよ!”」
裏切られた家族を最後まで守れるヤツは、まだ、たったひとりしかいない。
そう自覚する少年は、なおのこと吠える。
「“―――【我ら思う故に、我ら在り】!”」
まだ、自分だけだから。
誰かを信じる家族を、独りにさせたくないから。
まだ、だれにも任せられないから。
戦えるのならば、歌えるのならば、それでクリスが戦えるならば。
「”―――新しい歴史に漕ぎ出す仲間たちよ”
”【我ら思う故に、我ら在り】―――!”」
まだ、クリスの力になることだけは、諦めない。
それだけは諦めてはいけない。諦めてなるものか。
奇しくも、彼もまた。
雪音クリスの家族として、少年はじめとして。
他ならぬ家族に願われた、たったひとつの願いのために。
そう、生まれたことが罪だとしても。
『人間として生きる』ことを、諦められない。
『なんだ、これは?
日本語の歌だよな? 日本語なのに、なぜ、』
『言いたいことが、……わかる? だと?
俺は日本語について、そこまで学んだ覚えはないぞ……?』
「………なん、ですって?」
弾丸が肉を抉る。
発砲音と歌声が戦場を奏で、不死の怪物を追い詰めていく。
始めは羽虫を撃ち落とし、次は噛みつく虫を疑似皮膚化したギアインナーより伝達する彼女のフォニックゲインが焼き払い、集い個となる軍勢を零距離で狙撃する。
その弾道は、拳が走る
その歌声は、近づく昆虫を焦がす
静かに、苛烈に、淡々と、にぎやかに。
おだやかに、早足に、語りかけるように、言葉を交わさぬかのように。
相反する曲調を混ぜあい変える、
「”―――人生は誰も、皆、一度きりさ”」
「”―――思いのままに!”」
それは、転生を繰り返す巫女の敬愛した神々の力による偉業なのか。
彼女の技術力によって生まれた、ライダー・システムの性能によるものか。
ある錬金術師にいわく、奇跡など存在しない。
ある科学者にいわく、シンフォギアに偶然などない。
そのとき、不思議なことが起こるとしても。*7
不可思議な現象を起こすものは、超常的な第三者ではない。
仮面ライダーの意志と共に戦ってきた“石”、あらゆるモノに手を伸ばし救おうとした浮浪者と命なきモノの“繋がる手”、死せる英雄と生者の心を繋げる青年の“命の絆”。
そして、記憶を失った怪人たちを忘れない、ある高校生の“記憶の絆”。
仮面ライダーたちが起こす奇跡も偶然も、神から賜わるものではない。
奇跡と偶然を起こす力は、その心から生まれる。人間も怪物も無機物も機械も違いはなく、貴賤もない。心のない機械が動いても、設計された通りにしか動けないのだから。
奇跡と偶然を編みだす仮面ライダー、その力もまた、心から生まれる。
だから、届く。
雪音クリスの
人類種代表、ヒューマンアンデッドの能力のひとつ、「
人類のバイオリズム波形*8を宿した弾丸へと生まれ変わらせ、
『......!
いかに不死身であり、いかに再生能力が高くとも。
肉体が活動不全になるまで関節を、内骨格を、外骨格を砕かれ、弾丸で潰されてしまえば、ローカストアンデッドの端末でしかないイナゴたちでは動けなくなってしまう。
分裂・合体を繰り返しても、分裂した端末が使い物にならないのであれば、ふたたび集まって合体することもできない。バル・ベルデ共和国に至るまで捕食し続けてきた蛋白質、人間の肉というエネルギー資源を消化、消費したローカストアンデッドへと追撃で
『
膝をついたローカストアンデッド、彼のバックルが割れるからだ。
今以上の戦闘行為が不可能となれば、代表の意思を問わず展開されてしまう。
敗北を認めていなくとも。好敵手との継戦を望んでいたとしても。
どんな感傷があろうとも、“統制者”のルールは絶対だ。
『
ゆえに、彼は、
『......
くやしげに、満足げに、
『
......
己の闘争本能を満たしながら、哄笑をあげる。
「………っ!」
ジョーカーアンデッドは鎌「マンティス」を振り、切っ先の残像をローカストアンデッドの首元まで伸ばす。
『
緑色の閃光がローカストアンデッドを中心に広がる。
光が止むと、彼のいた場所から小さな影が跳び出し、勝者であるジョーカーアンデッドの手に、ではなく、
「わ、わわっ!?」
その目の前に立っていた、クリスの額に跳び込む。
「うひゃあっ!
な、なんだよっ、なんなのっ? またイナゴ!?」
貼りついたものを掴み、
「あっ?
アスタリスクの5? 【KICK LOCUST】?
……この前のカードみたいなデザイン、って、ことは、」
彼女は、思わず体を震わせる。
✢5【KICK LOCUST】。
不完全ながらも*9*10封印されたローカストアンデッドを象徴する、スプリング仕込みの脚を誇るイナゴ。その絵が機嫌よく飛び跳ねると、そのまま硬直して動かなくなった。
見覚えのある現象に、クリスは小さく拳を握る。
「や、」
「………クリス?」
「―――やったぜっ!」
握りこぶしで青空を叩きあげるように、ぴょんと飛び跳ね破顔一笑。
勝利を確信した叫び声は、ただ自分が勝ったことだけが嬉しいわけではなく。
シンフォギアが相手に通用したことを喜んだわけでもない。
「やったよ“はじめ”、リョーコさん!
わたしたち勝った! 勝てた、ぜ~っ!」
ただ、純粋に喜んでいた。
家族が人間と力を合わせ、自分もまた家族の力となり。
だれかの心を信じて戦い、ふたりに託されたものを力に変えて。
全員で掴み取る、ひとりぼっちではない勝利を。
「………クリス、」
彼女の笑顔を、少年は目を伏せて受け入れる。
「ああ、そうだね、このほうがいい。
……そのはずだよね。ひとりで全部を解決するよりは、よっぽどいい」
背後から聞こえる、兵士たちの歓声。
拡声器から届くボスと呼ばれた男の、短くも素っ気なさがない激励。
別の拡声器からも届く、櫻井了子の自画自賛を隠さない喜色交じりの声。
「ひとりぼっちよりは、ずっといい。」
彼だけが
人間の中で生き、人間のために戦う家族に与えられたこと。
歓声を浴びる少年少女は、おたがいの顔を見て、笑った。
「―――なるほどね」
兵士たちの興奮収まらぬ熱気に、ささやかな波が響いて消える。
だれもが暗色の拳銃を腰に携える中、ひとりだけ青い拳銃を右手に持っていた。
「これが【彼女の世界】での“お宝”、ってところかな?」
武装組織の兵士を装う、もうひとりの日本人。
黄金色に染めた頭髪を戦闘用ヘルメットから覗かせながら、彼は不敵に微笑む。
「だけど、あっちの“お宝”はまだ熟していない、か。」
青い拳銃、「ネオディエンドライバー」を携える者。
あらゆる旅先で価値あるものを盗む、並行世界の仮面ライダーのひとり。
海東大樹/仮面ライダーディエンド。彼はメーターの意匠が含まれる“A”が描かれたカードを拳銃から引き抜き、何処とも知れぬ場所へと向かう。
その背を追うように、櫻井了子の盗んだ赤いバイクが彼を追い、赤、青、緑の幻影、光の三原色に分かれて消滅していった。
「せっかくだ。
この国の“お宝”をいただくとしよう……楽しみだね………!」
並行世界の
彼の食指は常に、最高の“お宝”へと伸ばされる――――
本章、【千紀絶勝と協装曲】は完結とします。
次回からは新章をお楽しみください。
※2023/09/22、ラウズカード関連の設定を鑑みて、【KICK LOCUST】をプライムぺスタ状態の「♤5」ではなくワイルドぺスタ状態の「✢5」としました。