Re:× ゼロから止まった異世界生活   作:からまわり

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第14話『とてもじゃないが、救えない』 

 

人間は想定外の事象を目の当たりにすると、硬直し、思考を停止、恐怖で狂ってしまう事もある。非効率的なつくりからか、構造上の多くの弱点を克服出来ていない生物だ。

 

で、あれば。多少なりともこの状況に戸惑いを抱いている俺はまだ人間であると言う証明にはならないだろうか? 

 

状況を整理しよう。

 

森でロズワール・L・メイザースを殺害した後、俺は予めツノをへし折っておいたウルガルムを引き連れメイザース辺境伯の屋敷へと向かった。

 

物語(ストーリー)がロズワールの引き起こした差異を除き、原作通りに進行したとして。現在、屋敷に残る住民はエミリアとパックのみの筈。

 

火の大精霊、終末の獣とも呼ばれた正真正銘の怪物。エミリアの契約精霊パックを現時点で殺すことは出来ない。が、依り代破壊し、時間を稼ぐことは俺でも出来る……かもしれない。やる必要が無いなら無いに越したことはないが。

 

そもそもエミリアの潜在能力値で言えば、例えパックが依り代を破壊され、エミリアの元を離れなければならなくても問題ないくらいの魔力を保有者している。

 

まぁ、第四章攻略以前の現在ではエミリアの潜在的な魔力値を気にする必要性はあまり無いが。

 

屋敷の門と邸宅の扉は、原型を留めない破壊を伴って解放されていた。

 

根拠の無い推測にはなるが、ラムが怒りに任せ、得意の風魔法で扉を破壊。門を吹き飛ばしたのだろう。お陰で屋敷への侵入が容易になってありがたい。

 

俺は邪魔な扉の残骸を退かしつつ屋敷に侵入する。内装は画面越しの映像で見た記録より酷く荒れてしまっているが、大体の間取りは記憶できている為、移動に支障はない。しかし屋敷の装飾が床の至るところに散らばっており、ウルガルム達は歩きづらそうにしていた。

 

ウルガルム達はここに置いていくべきか。このままのろのろと鈍行を進める訳にも行かない。早く目的を果たさなければ。ここに来た、意味を果たさなければ。

 

そのために魔獣を集め、物語(ストーリー)の進行を確認し、入念な準備を……

 

そのために?(・・・・・・) 

 

 

 

 

脳に致命的な空白が入力される。それは本当に自分の意思で行った行動なのかと、違和感が過る。

 

 

 

そもそも、ここに来た目的は何だ? 何故この場に来ようとした?

 

 

 

 

何故だ。何故いくら考えても〝必ずこの場に居なければならない〟と言う啓示のような物が浮かぶのみで、理由はちっともわからない。

 

 

ここまでの行動を行うまでの過程に、何故そうしようと思ったのかと言う意志があまりにも欠けている。そうすべきだと思ったから。そうしなくてはと思ったから。脅迫概念のような何かが、これまで俺の認知外に存在していた。まるで──

 

 

「ッ! エル・ヒューマ!」

 

──俺以外の何者かが、俺の行動を操作しているかのような

 

 

無数の氷の礫が身体中に殺到する。氷の礫は当然肩を砕かれ腹を抉り、頭蓋骨を砕き、それでも勢いは止まらずそのまま後方へと速度を保ち、廊下の突き当たりにまで吹き飛ばされてしまった。

 

損傷は両腕とを根本から骨ごと丸々、頭蓋骨を正面から砕かれ、腹部には中心に楕円状の大穴が空いており、肉がかろうじて下半身と上半身を繋いでいる状態だ。

 

 

誰がやった? 誰にやられた? いいや、たった一人しか居ない。火属性の大精霊と契約を結んだ銀髪のハーフエルフ。

 

 

どこか幼くも見える可憐な顔立ち。母親の面影を残し、美しい白銀の髪を持つ、あのハーフエルフ。

 

容姿が嫉妬の魔女と酷似しているからと銀髪の半魔と蔑まれ、普通ではない、平等ではない特別扱いを強いられている彼女はごく普通の女の子である。いや女の子と言うには少々歳を取りすぎているかも知れないが、精神年齢は少女と呼ぶにふさわしいものだ。

 

 

 

「エミリア、俺だ。菜月昴だ」

 

 

 

嘘だとバレる訳がない。嘘を吐く。嘘でも、真実もない。何故なら俺はナツキ・スバルなのだから。ナツキ・スバルの肉体を持った、正真正銘の菜月昴であるのだから。

 

 

粉砕された骨は元の健全な姿を取り戻したが、削げた肉の切断面は一部が凍ってしまっていて再生を阻害している。

 

 

俺は素早く魔女教徒からくすねた短剣で凍ってしまった部分の肉を削ぎ落としながらエミリアへと迫る

 

 

 

 

エミリアは困惑した表情を浮かべながら駆け寄ってくる。ああ妬ましい。その姿を見ただけで美しいと感じ、幼い愛が隠れて見える。その愛が俺ではない俺(ナツキ・スバルではなく菜月昴)に向けられているとわかってしまう

 

それだけで、それだけの事で。たった、それだけの事が羨ましく、そしてひどく妬ましい

 

 

 

しかしエミリアも所詮その程度という訳だ。容姿や声が同一であればそれを菜月昴だと認識してしまうのだから

 

 

 

まぁ俺にとっては好都合だ。このままエミリアと雑談に興じて、タイムリミットが来たら次に向かえば良い。どうせ目的は思い出せやしないんだ。何をしに来たのかも、頭が痛くて考えられたもんじゃない

 

 

「おいおい、今のが異世界人の挨拶かよエミリ────ッ」

 

 

しかし精霊の洞察力は化け物じみているようで俺の身体と同程度の質量を持つ氷塊によって俺は床を貫いて一階へと擂り潰されるように叩き付けられた。

 

 

幸いにも見えざる手を即座に壁を貫くように複数展開した事で屋敷の外に吹き飛ばされる事はなかったが、このままではろくに近付けやしない

 

 

 

しかしながら何故あの大精霊には俺が菜月昴ではないとバレた?

 

 

「なんでボクが君がニセモノだと見抜けたんだーって顔してるね」

 

 

吹き飛ばされた俺の死亡を確認する為なのか近付いてきた猫耳の大精霊はうざったいくらいに舐めた調子で語りかけてくる。ああそうだったな。精霊は他人の心を盗聴出来るんだっけか。はぁ、そりゃすごい。大精霊さまさまだな

 

 

 

「そんなんだからすぐにバレちゃうんだよ。君、もしかして馬鹿なのかな」

 

 

 

ナツキ・スバルが居なければ自分の大切な娘も護れないハリボテの大精霊がよく吠えることで。

 

 

 

 

「最後に教えてあげるよ。スバルはねエミリアを呼ぶときに異世界人なんて呼ばない。エミリアたんって変な愛称を付けて呼ぶんだ。そんな事で、って思っただろう? それが君とスバルの差だよ」

 

 

 

差か、差と言ったか。あぁ、失念していた。まさかナツキ・スバルとの差がこんなにも近くに存在していたとは。微かな喜びからか口許に笑みが自然と浮かぶ

 

 

 

「ボクの娘に手を出したんだ。ただて済むと思うなよ」

 

 

ドスの聞いた声で凄む終末の獣はルグニカの王都を永久凍土の氷で包み込んだあの時と同じように怒りに染まっている

 

 

 

「なぁパック。お前に俺が殺せるか? 誰のお陰でエミリアが今こうして生きている? エミリアの前で、エミリアの恩人のこの俺を! 殺せるのかって聞いてんだよ! 」

 

 

 

 

軽い挑発を含んだ脅迫の言葉への返答は絶対零度下回る氷の礫だった。四肢を根本から削いだ氷の礫は地面に縫い付けるようにして俺の身体を拘束している

 

 

 

「あーらら、もしかして図星突かれてピキッちゃってる? やーいパックのオタンコナス! 」

 

 

 

骨は氷を突き破って生え変わったのだが、先程同様肉の切断面を氷の礫で塞がれてしまっているため、肉の再生速度が著しく低下している。どうにかして一度態勢を立て直さなければ

 

しかし四肢を拘束されたこの状況では先程のような復帰行動を取ることは出来ないが、手段がない訳じゃあない

 

 

 

 

「お控えなすって! 手前大瀑布の遥か彼方、東の島国から参った人呼んで無銘の大英雄!  」

 

 

 

ナツキ・スバルは英雄である。想い人を救い、自分のことを想ってくれている人を救い、顔も知らぬような万人を救い、己を貶めた者すらも巻き込み、力を合わせて困難を乗り越える

 

 

 

 

「つきましては今宵、そちらのお嬢さんとお話がしたく参った次第。しかしこのような姿で楽しく談笑などとても滑稽で片腹が痛くてしょうがないでしょう? 」

 

 

 

 

ナツキ・スバルは英雄である。世界の厄災、暴食の魔女が産み落とした三大魔獣を内の二体、白鯨と大兎を討伐し、魔女大罪司教を仲間との連携でほぼ壊滅状態に追い込み、都市を奪還。その働きは英雄という言葉が霞む程の活躍ぶりである

 

 

 

「そこで今回執り行いますは人体脱出マジック! これには大歓声と拍手喝采が鳴り止まない! 」

 

 

 

 

道化のように明るく繕い、場にそぐわない常軌を逸した言動と行動

 

 

 

「それではまた数秒後、なんてな」

 

 

 

それは実にナツキ・スバルらしいのではないだろうか

 

 

 

 

愛しき魔女より授かった見えざる手を展開し、かつてペテルギウスがレムにしたように自分の身体を持ち上げ、捻る

 

 

 

 

辺り一帯には鮮血が撒き散らされ、赤い絨毯の上には原型を留めていない肉塊が蠢き、やがてそれはヒトガタを形造る

 

 

 

「やぁサテラ(・・・)会えて嬉しいよ」

 

 

 

十の影を伸ばす狂人は権能を使いサテラに危害を加えるのではなく、ただ手を伸ばす。なんの力もない、なんの努力もしてこなかった、綺麗すぎる(怠惰なる)手を伸ばす

 

 

 

「話をしよう、下らない話を。手を繋いで村まで出掛けるのも良いな。一先ずは食事からが良いか……って、あれ?」

 

 

 

手は届かない。菜月昴の手では、俺の手では彼女の元まで届かない。

 

 

 

 

近付かなければ、届かないのなら、届くまで歩き続けなければならない。

 

 

 

 

例え首を落とされ、脚を断たれても、地を這ってでも彼女に、少しでも、少しでも

 

 

 

「呪い人形の術式? だとしてもこの再生力はあり得ない。どこからそんな力が……魔法でも、精霊術でも、ましてや呪術でもない。なら一体……」

 

 

 

わからないか? わからないよな。悠久の時を生きる精霊風情が理解できる訳がない。永遠を怠惰に貪るお前達が、知った風に語っていい言葉でない

 

 

 

「愛してる」

 

 

囁かれ続けた呪いの言葉が、自然と口から溢れ落ちた

 

 

 

「───」

 

 

愛しき人の声は聞こえなかった。耳を削がれてしまったからだ。

 

絹のような白銀の髪は見えなかった。目が潰れていたからだ。

 

 

削げた肉の断面からは蛆虫のような物が蠢き、肉を再生させているが、その速度では世界が巻き戻るまでに間に合わない。

 

 

 

影が世界を飲み込んでいく、アーラム村は既に影に飲まれ、影の波はすぐそこまで迫っていた

 

ナツキ・スバルは死亡した。この世界はもうじき無に還る。ならばこの言葉に意味などは無いのだろう。この告白になんの意味もないのだろう

 

 

 

 

贋作なりの原型を模倣しただけの愛情表現(アプローチ)には、なんの価値も無いのだろう

 

 

 

 

それでも、ほんの僅かであったとしても。疑惑の入り雑じるものだったとしても。たとえそれが自分に向けられたもので無くても

 

 

 

嬉しかった。愛を、感じた。その事実だけが、たったそれだけの事が脳を容易く犯してゆく

 

 

幸福に、快楽に蕩けさせられた頭から発される言葉は、自分に都合の良くねじ曲げられた事実を現実だと認識した狂人の戯れ言でしかない

 

 

 

 

 

 

「影に沈む前に、君に会えて良かった。愛してるぜサテラ(・・・)

 

 

 

大きく眼を見開いた狂人の姿は、何かに取り憑かれた──否、何かに呪われたような怖気の走るものを纏っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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