「俺はお前のお師匠サマでも何でもない。愚図で鈍間で阿呆な、菜月昴だ。欠点だらけで良いところなんて一つもありゃしない、みっともない男だ」
それは卑下する言葉ではない。語る言葉はどれもが真実だ。故にその言葉には重みがある
「けどな、俺ならお前を救える。俺が、お前を救って見せる」
それは奇しくも四百年の
「四百年間も待たせるクソ男なんざ忘れちまえ。笑え。笑えよ、シャウラ。俺はお前をこんなボロ臭い塔に縛り付けておくつもりはないぜ」
言葉には出来ない四百年だ。累積された孤独は認識を狂わせるには十分な物だった
狂っている。互いに壊れきっている。姿形が似ていて、声帯から発される言葉は同質で、濃密な魔女の寵愛を身に纏っている
それだけで十分だった。それ以上を認識する機能は、経年劣化により既に廃されていた
「はいッス! お師様! 」
何故プレアデス監視塔にやってきたのか。何故スコルピオンテールの彼女を手懐けているのか。いくつもの"何故"を解消する為には少し話を遡る必要がある
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第二章『激動の一週間』を終え、王都にとんぼ返りした俺は魔女教から支給された資金で詰所から離れた安全な宿で寝泊まりをしていた
第二章のシナリオは原作通りに終了した。このまま原作通りに事が進むと仮定して、第三章『再来の王都』が始まるまでの期間は一ヶ月
IFルートを予め潰しておく為にカララギを予め滅ぼしておこうか。一ヶ月もあれば街一つを壊すくらい苦にはならない
粗末なベッド──それはこの世界の文明レベルにふさわしい一般的なものであったが──に身を投げ、眠る為に目を瞑る
が、待てども睡魔は訪れない。最近は睡眠さえも俺の不死性が阻害し、眠気を消し去ってしまう為、夜の間は眠るフリをして目を瞑っている
毎夜毎夜周辺を彷徨いていたら衛兵にマークされる可能性がある。窮屈な生活だ。食欲まで薄くなってきているし、性欲、と三大欲求が消失してしまうのも時間の問題か
今のうちに無理矢理にでも胃に食料を詰め込み、適当な女と遊んでおくべきか
「菜月様。ペテルギウス様よりこちらを届けるようにと」
「ちょい待ちちょい待ち。今どっから現れた? ドアは鍵閉めてたし、窓も空いてないだろ? どうやったんだよ。俺にもそれ教えてくれよ」
どこからともなく現れた一般の魔女教徒は軽口に応じない。自己意識があるのか無いのかわからないような機械的な行動と言動
抑揚の無い声と表情がデフォルトの癖に、一般人に擬態するとなると馴染みやすい自然な表情で警戒心を薄れさせる
やっぱ福音書ってチートだわ。なんて思考を停止した感想を抱きながら俺はペテルギウスの遣いが届けてきた封筒を開く。入っていたのは一枚の便箋た
「一応聞いておきたいんだけど……これ読まなかった事にとか出来ない? 」
手紙を届けた魔女教徒は既にその場から姿を消していた。クソが
手紙の内容を簡単に要約すると、二週間後に開催される魔女教大罪司教の集まりに同行するようにとの事。手紙の差出人はペテルギウス・ロマネコンティ
どうやら他の大罪司教が一斉に集うこの機会に、俺の顔見せを行っておきたいらしい。虚飾には既に話を付けてあると綴ってあるが、どうなることやら
ペテルギウスの遣いである指先が宿まで迎えに来るのが三週間後。大人しく魔法の練習でもしていようか。王都を適当に歩いて使えそうな奴でも探してみるか。いや、万が一ラインハルトに見つかった時が面倒だ
複音書は白紙のまま。ペラペラとなにも記述されていない頁を捲っていると、複数の頁がなにやら禍々しく変色している。触っても問題は無いみたいだが、ペテルギウスに知られたらなにを言われることやら。この事は隠しておいた方が良いだろう
期限は三週間。不死性と権能を用いれば迂回しなくてはならない道も強引に進むことが出きるだろうし、行き帰りの事を考えるとやはりカララギに向かうのが一番効率的か
──視界が歪む。少女の姿が見える
──視界が歪む。少女の後ろ姿から楽しげな声が聞こえる
──視界が歪む。否定された。煩く泣き喚く少女のに近付き、背中をさすりながら少女の顔を覗き込んだ
その肉塊には顔と呼ばれるものが存在していなかった。穴だ。その位置にぽっかりと穴が空いている。欠落している
印象を思い出せない。声を思い出せない。カタチを思い出せない。何が好きで、何が嫌いで、何をしたのか。何を約束していたのか。何一つとして思い出せない
肉塊がどろけおちる。一人だ。一人ひとりヒトリ独り
「寂しい」
無意識の内に言葉が溢れる。涙は流れない。それは視覚を狭める異常であるからだ
しかしなんだ。寂しいか。俺は今、寂しいと言ったのか。はは、何ふざけた事を言ってんだか
馬鹿げている。この現状は俺の選択の結果だと言うのに
自己嫌悪からか無意識の内に展開された瘴気を纏う魔手が俺の首を締め上げた。喉に違和感を感じる
骨が磨り潰され、肉は潰され、流れる液体は嫌なくらいに赤色だ。そう言えばあの鬼族のメイドを殺した時も同じ色を見た気がする
フラッシュバックした情景に配置された二つの骸にはあるべき顔が存在しなかった
脳ミソが理解することを拒んでいるのだろうか?
ああ、なんと愚かしい。どれだけ脆弱で、貧弱な精神なのだろうか。殺したくなってくる
途端吐き気を覚えたが、それは異常である。不死性がすぐさま身体の修復を開始、吐き気はすぐに収まるが、奇妙な違和感は残り続ける
穴が空いている。欠落しているのだ。精神を、人間性を形成する上で最も重要なファクターが欠けている
ナツキ・スバルの殺害、成り代わりという目的だけはハッキリと刻まれているのに、その後のビジョンは酷く曖昧なのだ
上手く行くはずだ──なぜそう言い切れる。お前はそれほどに優れた人間だと言えるのか?
終わりの無い問答が鋭利な刃物のように突き刺さる。一度頭を切り替えよう。そうしよう
魔女教徒から拝借したナイフは手入れを怠ったせいで切れ味の悪くなっているし、やはりここは飛び降りが最適か
窓を開ける。施錠は内側から簡単に開けるような作りになっており、現代のマンションなどに見られるような安全の為の鉄格子なども存在しない
少ない手荷物をまとめ、頭から身を投げる。浮遊感に身体が硬直し、強制的に視界は空に向けられる。たった数秒の時間が、感覚的には何倍にも引き伸ばされ、肉が潰れ、骨が割れ、血が噴水のように飛び散る。顔は潰れ、眼球は転がり、視界が黒に染められた
「…ま、たかだかあの程度の高さから落ちた程度じゃこれくらいか」
欠損した部位は修復され、体外に流れた血液が補充されていく。思ったよりも軽症だったが、俺の目論見通り脳内環境はきれいさっぱり
そのお陰か今までの失敗を丸々挽回できるような妙案まで浮かんできた
決戦の時は第三章『再来の王都』ここで確実に奴の。ナツキ・スバルの息の根を止める。俺が、俺こそが本物になるんだ