荒廃し、枯れ果てた大地。砂埃が舞い続け、辺りには濃密な瘴気が蔓延し、その瘴気に晒され急激な進化を遂げた魔獣達の跋扈する人外魔境
いくら進めど変わらぬ風景に嫌気が差しつつも、展開している巨体な魔手に寝そべり、身体を休めながら目的地へと向かう
目指すは世界図の北端。アウグリア砂丘を越えたその先に位置する監視塔、プレアデス
現在地はルグニカ王国最北端の町、ミルーラの上空を通過した辺り。ペテルギウスがしていたように魔手を展開して移動する方法はじつに効率的で、あらゆる障害物を無視し、最短ルートを通ることで、約一週間程でここまで来ることが出来た
が、ここから先は少し工夫が必要だ。これまで以上に暴力的な砂嵐、監視塔とアウグリア砂丘を隔てる時空の歪み、ディメンションゲート。一面に広がる花魅熊の群れ、監視塔にたどり着いたとて地下に生息する餓馬王を退けなければ、監視塔内部に侵入することすらままならない
「ディメンションゲートさえ越えれれば後は何とかなるんだろうが…」
事前に拝借しておいた魔女教のローブを深く被り直し、腰の小袋に居れておいた火の魔石を魔手で引きちぎり、勢い良く自分自身に叩きつけ魔石に衝撃を加える
結果、引き起こされる爆発は肉体を木端微塵に吹き飛ばしてひまう程に強力だ
上空で爆散する事で広範囲に肉片を配置することには成功したが、やはりどの肉片もディメンションゲートを突破できていない。まぁいい。これも想定の範囲内だ
ディメンションゲートとは簡単に言ってしまえば人工精霊ベアトリスの得意とする陰系統の魔法。扉渡りと良く似た性質を備える自然の産み出した防衛機構
監視塔に封じられている嫉妬の魔女から発される濃密な瘴気が、この空間の捻れを産み出しているのだ
で、あれば、より濃密な瘴気。例えば、損傷した肉体が修復される際に発生する瘴気で中和する事が出来る筈
もしこの方法でもディメンションゲートを突破でき無かった場合は発生した瘴気、汚染されたマナを用いてネロ・ゴーアを放ち、空間ごと焼き払ってしまうのもアリだが、最悪の場合、プレアデス監視塔までの道が完全に消滅してしまう危険性を孕んでいる為、これは本当に最後の手段として温存しておきたい
肉体の再生が開始された。この世界に来たばかりの頃ではこれ程の損傷を受けてしまえば肉体の再生に数日を要する事になっただろうが、今は違う
肉片から蛆が溢れだし人型を形成し蠢く。骨骼、臓器、肉に血液。肉体を維持する為に必要な全てが黒く蠢く蛆で象られる。それも、たった一瞬で
死亡時の副作用も殆ど感じられない。権能が馴染んできているという事だろうか?
その辺りの検証は追々、さっさとディメンションゲートを焼き払ってしまおう。失敗したら失敗したで六章でナツキスバルを殺害する起点作りになる。どちらに転んでも悪くない
そう結論付け、体内の汚染されたマナに指向性を与えようとしたが、体内の汚染されたマナの様子がどうもおかしい
明らかに増しているのだ。死亡時に再生成されるゲートからこの汚染されたマナが生成されている物だと考えていたが、どうやら間違いだったようだ
これ程の濃密な瘴気に指向性を与えてしまえば、危うく自分も巻き込まれかねない
一度燃え尽きて灰から再生すれば良いだけの話だが、これまでの行動から推測される汚染されたマナが増えている原因を踏まえるとむやみやたらに死ぬのは避けるべきだ
既に指揮下に置いてしまった汚染されたマナは技術的な問題で体内に戻すことも出来ないので、そのまま体外に放出するしかない
濃すぎる汚染されたマナが辺り一帯に充満する。マナ酔いを起こしてしまったのか地中から砂蚯蚓が這い出て来たが、まだ半分も放出出来ていない。にも関わらず目線の先には空間の裂け目が生じていた
「なんだ。意外と脆いんだな」
所詮は自然の産み出した罠。少し手を加えてやれば簡単に突破できたが、この先はこうも簡単には行かない
裂け目を越えた先には一帯を埋め尽くすような花魅熊の群が──存在しなかった
そこに在るのは目を潰してしまう程に暗い闇だ。微かに聞こえる風の音だけがこの場所が洞窟かなにかである事を示している
しかし困った。私の知識では裂け目を越えた先には睡眠中の花魅熊の群れがいる筈だったのだが、辺りにそれらしい魔獣の姿は見当たらない
権能を使い記録を探ってみるが、大罪司教が街を占拠した地点より先の情報を閲覧できなくなっている。もう1つ先の章まで見させてくれてたら助かったのだが、仕方ないか
どうやらここから先は、自分自身に僅かに残っている原作知識を便りに進むしか無いらしい
実の所、この場所が何処であるのかは見当がついている。監視塔プレアデスの最下層、メローペ。醜いキメラのような炎を纏う魔獣を見る限り、おそらく間違いないだろう
鼻が利く訳では無いだろうが、これ程の濃密な瘴気だ。さのうち彼女が迎えに来てくれるだろうし適当に時間でも潰していようか
「ネロ・ヒューマ」
呟き。汚染されたマナに指向性を与える。ゴーアの場合は対象を焼き滅ぼすまで燃え尽きる事の無い炎へと変質したが、ヒューマの場合はどうだろう
好奇心が湧いた為試してみたが、どうも上手く行かない。結果、ただ汚染されたマナを放出しただけになってしまった。餓馬王はマナ酔いをしてしまったのか地面をのたうち回っているが、意外な結果だ
なにか条件を満たしていないのか。技術的な問題、経験が不足しているのか。その後ドーナやフーラ等も試してみたが、同じく不発に終わった
現状、汚染されたマナの活用法と言えば瘴気の放出により意図的にマナ酔いを発生させる行為と、着弾した相手を燃やし尽くすまで決して消える事のない火球を放つ魔法、ネロ・ゴーア
死亡する度に生成される瘴気の量は増し続けている為、今は活用法を探るよりも汚染されたマナのコントロール、操作技術を磨く事を優先すべきか
権能も初期に比べ格段に使いやすく、身体に馴染んできているが、あまり権能にばかり頼っている訳にもいかない。
大罪因子により発現する権能とは、いわば究極の初見殺しであり、もし仮に相手を殺し損ね、逃げられ、対策を施されてしまえば簡単に封じられてしまう程度の物なのだ
今や平常時にも二百本展開できるようになった魔手も、死亡せずとも軽い精神攻撃程度なら無条件で発動可能となった怠惰も重量操作だってラインハルト程の理不尽で出鱈目な力には遠く及ばない
だからこそ必要だった。ある程度の実力を備えた、俺の手足となる人物が。愛故に、仮に天と地が引き裂かれようと、絶対に裏切ることのないスコルピオンテールの彼女が
「お師さまー! あーしッス! お師さまのシャウラッスよー! 」
さしあたっては老朽化対策が正しく施されているとは思えないこの監視塔の解体工事から始める事にしよう
◆◇◆◇◆
知りたいことを全て知ることの出来る大図書館、プレイアデス。現在は封印されたサテラを見張る為の監視塔、プレアデスとして機能しているが、塔としての大まかな機能は大図書館プレイアデスでたった頃とさほど変わりはない
今はシャウラの案内によりゼロ層メローペを抜け、居住区である四層アルキオネで荷造りを待っている
「お師さまー 少し休んだ方が良いッスよ。長旅の道中魔獣の群れに襲われて疲れも溜まってるはずッス。よければあーしが背中でも流し…」
「不要だ。それに明日にはここを発つつもりだからな。そう長居もしてられない。ほら、荷物を纏めたら行くぞ」
数日後には魔女教の集会に参加するために王都へと戻らなければならない。現地集合であればある程度ズルを出来たのだが、会場を知らない私ではペテルギウスに連れていてもらうことしか出来ない
それにペテルギウスは魔女への忠誠心の塊のような男だ。集合場所に着くのが少しでも遅れたりしたら置いていかれるに違いない
「お師さまぁーそんなに急がなくても塔は逃げないッス。だからもう少しゆっくり…そうだ! あーしがお師さまの為にご飯を…」
「シャウラみたいな美人さんから手料理を振る舞われる機会なんざそうそう無いだろうし、是非ともご相伴にあずかりたい所だけど今回はパスで」
「なんでッスか!? あ! もしやお師さま…最初から身体が目当てだったんスか!? 最低ッス! 見損なったッス! でもそんなお師さまも愛してるッスよ!! 」
「オーケイ少し口をチャックだ。ついでに息も止めといた方が良いぞ」
前回の死から二時間弱は経過しているにも関わらず、嫌なくらいに頭の中はクリアで、土台不安定な全能感は持続している。癖で短剣に手を掛けたがその必要は無さそうだ
「お、お師様! 書庫への不敬は塔の四つのルールに──」
汚染されたマナの量は十分。最低品質のゲートの調子はいつも通り
ここから上は試練の会場。三層タイゲタは多くの書物を収蔵している巨大な書庫であり、その書物の全ては死者の書。見知った死人の人生の記録を追体験する事が出来る特殊な本だ
三層の試練は異世界から転生してきた者のみが知り得る知識を試される。二層、エレクトラでは天剣に至りし愚者の許しを得るために、剣聖レイドと対峙しなくてはならない。一層では、ああくそ記憶が曖昧だ
「五つだろ。そこだけは覚えてる。それに
プレアデス監視塔。プレイアデス大図書館の権限は
「ネロ・ゴーア。よし。あとは火が回るのを…シャウラ…? 」
前言撤回。どうやら不味いことになった。フリューゲルは塔の権限を得ていなかったのか? いや、あれはあくまでも考察の域だったか
冷酷無慈悲なキリリングマシーンと化した
部屋事態が精霊と化している緑部屋と同じように、各層にはシャウラの姉である精霊がルールを違反する者を取り締まっている。であれば、それらを皆殺しにすれば、炎が塔を焼き付くしてしまい、紅蠍を気絶させる事が出来れば、シャウラの魔獣化は解けるのではないか?
あくまでも希望的観測だ。知識の中にそんな情報は存在していないし、読み取ることも出来ない。最悪、怠惰で精神を破壊し、人形として運用する事も出来るが、それではわざわざシャウラを回収しに来た意味がない
どうせこっちは死ねないし。四百年越しの反抗期だと思えばこの程度、かわいいものだ。しかしどうしたものか。下手に抵抗してシャウラを使い物にならなくしてしまってはここまで来た意味が無くなる
まぁ良いか。塔が灰になるまでの間くらい、身体を好きにさせてもなんら問題はない。少し待ち長いが、シャウラはそれ以上を一人で過ごしてきた。それに比べればこの程度、瞬きにも満たない一瞬だ
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肉が断たれ、骨は複雑に砕け、臓と血は体内には殆ど残っていない。試しに再生能力を意図的に停止させてみたが、やはり傷が治らないだけでどれだけ肉体を消失しようが死ぬことは出来ないらしい
プリシラの扱う陽剣ヴォラキアと同じ枠組みの宝剣、魂を直接破壊する命剣ゼアムや実体のない概念すら斬る事のできる邪剣ムラサメであれば俺を殺害できるのかもしれないが、どちらもこの塔から離れられなかったシャウラでは入手する事の出来ない代物だ
もし仮にシャウラが命剣を所有していたとして、死なないだけのただの人間相手に精霊が精霊殺しの剣を持ち出すなんて数奇な笑い話だが
闇色の炎は塔全体を覆い尽くし、可燃、不燃を問わず存在するあらゆる物質を燃やし尽くしている。書庫の本も、何もかも。この分ならもう数分程凌げば精霊達も炎に喰われて滅びるだろう
「その数分を稼ぐのが、難しいって話なんだがな」
塔に火を放ったのはシャウラを殺すためでは無いのだが、闇色の炎はそんな事お構い無し、手当たり次第に延焼してしまっている。シャウラに炎が燃え移らないように魔手を展開しているが、炎は塔全体に広がってしまっている為、比較的安全な地点へと誘導するのも一苦労だ
俺の肉体に炎が燃え移っただけなら、その部位を切り離し、再生を行えば良いだけの話だが、いくら精霊とは言え、シャウラは不死身ではない
一度切り落とせばそのままなんて、なんて脆いんだろう。そんな貧弱な身体で良く普通に生きていられるものだ
プレアテス監視塔はもうじき存在した形跡すら残さず灰と化すだろう。しかし依然としてシャウラの魔獣化は続いており、解除される気配がない
仮説が間違っていたのか。しかしIfルートではシャウラは塔からの脱出を果たして外の世界を巡っていた訳だし、方法は必ず存在するはずなのだ
精霊の死がトリガーではないのなら、この塔自体に問題があるのか? 第ゼロ階層の暴力的な濃度の瘴気が、シャウラの魔獣化を悪化させているのだとしたら?
その場合いくらこの場でシャウラの猛攻を凌いだとて、埒があかない。ナツキ・スバルのようなやり直しの力は無い、何を試すにもチャンスは一度きりだ
ナツキ・スバルのループを利用するにも次のループはまだ先で、セーブポイントの悪用も出来ない。死に戻りには頼れない
「俺はお前のお師匠サマでもなんでもねぇ。愚図で鈍間で阿呆な、欠点だらけのみっともない男だ」
だからこそ、価値がある。何千何百の
「けどな、俺ならお前を救える。俺が、お前を救ってみせる」
何もかもが借り物の言葉。どれもこれもが耳障りの良い単語。仮で、騙りで、傲っている。どこまでもシャウラを見下している
「四百年も待たせるクソ男なんて忘れちまえ。笑え、笑えよ。シャウラ」
本物に追い縋った、偽物。見て呉れと表層だけを取り繕った贋作。誰かが何処かで吐いたような言葉を練り上げ、本物に限りなく近い言葉を出力する
ペテルギウスの抱く魔女への狂信、狂愛すら生ぬるい、ドブのようにドス黒い悪意。愛ではない。こんなものはただの洗脳だ
弱みに浸け込み、幸せだった頃の記憶を利用し、都合の良いようにその在り方をねじ曲げる。それは
英雄の行為では無いが、俺が、
それに対して俺に仲間は一人も居ない。一応怠惰の大罪司教の誘導し、利用する事くらいなら出来そうだが、それだけだ
だからこそ、だからこそ。必要だった。例え世界が影に堕ちたとしても、絶対に裏切ることのないスコルピオンテールの彼女が
残された時間は少ない。千の魔手を展開、シャウラに炎が燃え移らないように何十にも包み込む。俺の肉体が燃えようと関係は無い。闇色の炎が俺の身体を燃やし尽くすよりも、既に再生速度の方が上回っている
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塔を脱出した際に、あまりにも抵抗が酷いので怠惰により死のヴィジョンを植え付けたてみた所、いっそう踠くように暴れていたが、暫くして魔獣化も解け、シャウラの状態は落ち着いている
「ナツキ司教、こちらです。そちらの女性は此方で処理を──」
「触るな」
処理? 処理と言ったのか。こいつは。俺が苦労して拾ってきた優秀な手駒を、雑兵ごときが処理と
丁度ナイフの切れ味が悪くなってきた所だ。そろそろ交換の時期かもしれない。魔手を展開し、魔女教徒の首を捻り、四肢を絞る
「ん…う……お師さま…ずっ、と…いっしょッスよ…」
赤黒く変色したローブを切り裂き、死体を漁る。あまり金目の物は所有していないようだが、僅かばかりの金銭と、真新しいナイフを回収できたので良しとする。死体は放置していても他の魔女教徒が処理してくれるだろう
「ナツキ司教。こちらです。どうぞお乗り下さい」
何処からともなく現れた魔女教徒の案内に従い、目を覚まさないシャウラを担ぎ、俺は集会の会場へと向かう馬車へと乗り込んだ