トン、チン、カン。奴らはナツキ・スバルに対し集団で暴行、及び鋭利なナイフを用いた刺殺。あとは物盗りの犯行行っている
ここまでされて何故ナツキ・スバルは奴らに殺意を抱かないのだろうか。疑問が浮かぶ
でもわからない、わかりたくない。その答えを知りたくない
ちなみに、戦闘力は体格の良いガストン、痩せ細ったナイフ持ちのチン、チビのカンの並びだ。隙を作るには頭を潰すのが一番だが、何分、体格差がかなりある
「おいおい、黙ってないで何とか言ったらどうなんだ? 」
「仲間が居ねぇとヒビリ過ぎて声も出ねぇのかよ」
相手はナイフを、人の命を簡単に刈り取れる道具を持っている。さらに先を言えばナツキ・スバルが殺された事実を
だが何故だ? 奴らとの遭遇は今回が初めての筈だ、それなのに既に会ったことがあるかのような発言をしているのか
「痛ぇ目に遭わねぇとわからねぇみてぇだなッ! 」
どうやら思考の海に漂える程、時間に余裕は無いらしい。トン、チン、カンの内の一人、正直誰が誰なのかわからないが
軽く思考に集中しようと意識を向けたほんの一瞬の間に、ヒョロガリの男が俺を押し倒し、駆けつけた二人と三人揃って何度も何度も踏みつける
その貧弱そうな肉体には、思いの外力がついていたらしい。まぁ、こんなことを毎日やっていたら嫌でも力は付くか
まぁ、こいつらの目的は俺の待つ貴重な異世界の品々であろう。気が済むまで殴られていれば、なんとか命乞いをするくらいは出来るかもしれない、逃げる隙だって今は無理だが、耐えていればきっと、チャンスはある筈だ
▲▽▲▽▲
どれほどの時間が経過しただろうか。日は既に傾いていたが、暴力の時間は終わりを迎えることはなかった
何度も何度も何度も何度も何度も、繰り返し踏み続ける
骨が折れる音がした。皮膚が切れる感覚がした。体内から赤い液体が流れ出していた
きっとこれは、コイツらが飽きるか、俺かコイツらのどちらか死ぬ事でしか終わらないのだろう
怖い怖い怖い。死にたくない。何で死にたくない? 次があるなら、もし俺にもナツキ・スバルと同じように『死に戻り』があるのならば、これは本当の意味での死では無い。なのに何故恐怖している?
わからない、わからないけれども怖い。人は未知を恐れるものだ
元に戻すから腕を切断させてくれ。なんて言われて、笑ってOK出来る訳が無いのと同じだろう。いや、それは話が違うか
そもそも皮はナツキ・スバルでも中身はナツキ・スバルじゃ無い。『死に戻り』が発動しないかもしれない。クソ、どうすれば良い? このままでは本当に死んでしまう
襲いかかる死に怯え、頭を抱えて地面に蹲っているが、不思議な事に痛みは徐々に消え失せてゆく。それどころか生傷は付いたそばから消え去り、折れた骨は既に正常な姿を取り戻していた。それになんだか頭もスッキリする
暴行を受け破れたジャージ服や、画面のひび割れたガラケーすらも、肉体だけで無く所持品までもが元に戻っていた
ナツキ・スバルに驚異的な再生能力は無かった筈だ。あるのは魔女の祝福『死に戻り』だけの筈。それに何故服や所持品まで元に戻っているのか
まぁいい、とりあえず1発殴らせろ
俺は素早く立ち上がると巨体の男と低身長の男に殴りかかる。ぐにゃりと生々しい感触が拳を伝って脳は気持ち悪いと言う感覚を発信する
低身長の男はその一撃で倒れたが、巨体の男にカウンターを入れられて俺は勢い良く後方に吹き飛ばされる
「テメェ....もう許さねぇ、楽に死ねると思うなよ! 」
ヒョロガリの男は懐からキラリと輝く銀のナニカを取り出し、俺の腹部に突き立てる
腹部には鈍い輝きを放つナイフが突き刺され、傷口からはドクドクと赤い血液が滴っている
血液はナイフを伝って足元に血溜まりを作っている。チンピラ達はそれに触れるのが嫌だったのか、一時的に俺から距離を取っていた
「お、おい、刺しちまったのかよ....ヤベぇよ! 衛兵が来ちまう! 」
「お、お前がワリぃんだよ! お前が大人しく出すモン出せば....」
腹部に損傷を与えたナイフはどうやら切れ味はあまり良く無い粗悪品らしく、突き刺す、と言うよりは押し潰しながら俺の肉を浅く切断していた
しかし全く痛みを感じない。アドレナリンか? いや、これ程の出血量であるならば循環血液量の大幅な減少が起きているはず。それなのに何故俺は意識を保てている?
懐かしいような、何処か心地の良い違和感が脳を埋め尽くす
「....なんでだよ....」
「あぁ? なんだよ。物言うときはハッキリ言いやがれ」
俺にナイフを刺してきたヒョロガリの男が俯きながら掠れた声を出す。俺は腹に突き刺さっていたナイフを引き抜き手元で弄びながら、ヒョロガリの男を見つめ聞き返す
「おかしいだろッ! なんで....そんだけ血ィ出してんのに立ってられんだよ! 普通死ぬ筈だろうが! 」
なんだ、そんな事か。確かに異常であると認識しているが、俺にも理由は分からない
しかし痛みが消失して致命傷ですらすぐに癒えていく不思議な力があるのなら、それはとても素晴らしい事だ。有効活用しなくては損だろう
「ば、化け物が....クソッ! 逃げるぞ! 」
「逃がすと思うか? 」
巨体の男が地面に倒れている低身長の男を抱きかかえ、トン、チン、カンは、その場から逃げだした
が、ヒョロガリの男は絶対に逃がさない。俺は背中を晒し逃亡を図るヒョロガリの男目掛けて先ほど俺を突き刺したナイフを投擲し、ナイフは的外れな方向へと飛んでいく。それでも相手の恐怖を煽るには充分だった
俺はすぐさまヒョロガリの男に近寄り、強引に髪を掴み、顔面にストレートパンチを叩き込む
ヒョロガリの男は血を吐きながら地面に叩き付けられる。この状態なら反撃の心配はしなくていいだろう、このままなぶり殺してやる
「まずはその気に入らない顔から変形させようか。次に四肢を削いで、死んだら魔獣の餌にでもしてやるよ。これがSDGsってやつだ。死ぬ前に学びを得られて良かったなチンピラ」
非常に気分が良い。いまならなんだって出来てしまいそうなくらいに、全能感に満ち溢れている
しかし相手は負傷者を含め三人居た。そのことを失念していた俺は巨漢の接近に気付けず、そのままタックルを受けてしまった
強い衝撃を受けた俺は後方に吹き飛ばされ、運の悪いことに積み上げられていた木箱と接触、崩れてきた木箱の下敷きになる
暗くて前がよく見えない。それに木箱が重くて体が思うように動かない
「おい! 大丈夫かよ! 今のうちに早く逃げよう! 」
「チッ、大丈夫だ....早く逃げるぞ! 」
逃げる? 逃げるのか? 俺を散々殴る蹴るしてナイフまで刺してきたのに? 俺を殺そうとしたのに? 巫山戯るな。ぶっ殺してやる
俺は体を動かそうとするが、やはり木箱が重くてじわりじわりとしか動けない
「待ちやがれ! クソが! 逃げんじゃねぇよ! 」
口は動いても体は動かない。俺が木箱の崩れ山から抜け出した頃にはトン、チン、カンは既にその場から消えていた
苛立ちながら、ふと上を見てみると、建物の間から青と赤
の混じった美しい空が見えた。もう夕方のようだ
もうじき火の大精霊、パックが街を永久凍土へと変化させる。原因は銀髪のハーフエルフ、エミリアの死、契約とやらに基づいた行動らしい
血の気が引いてきた。いくら俺に強い再生能力が備わっていたとしても治ったそばから凍らされたら流石に詰みだろう。仮に死ななかったとしても凍らされてしまえば身動きの取りようがない
俺は落ち着き、もう一度、改めて状況の確認を行う
第一章の話の内容は大雑把にすると、貧民街の少女、フェルトに奪われた徽章を盗品蔵で取り戻すため取引を行う。しかし交渉決裂、腸狩り、エルザ・グランヒルテとの戦闘が発生、これによるエミリアの死亡を防ぐ事が目的だった気がする
勝利条件は自身の生存、徽章の回収、エミリアの死亡の回避、と言った所か
「とりあえず盗品蔵に急ぐか....」
俺が歩みを始め、路地裏から大通りへと抜け出した。その時だった
王都ルグニカの街にはこの世の、あの世の闇ですらも、何もかもを黒く混ぜ合わせたような、不吉な、恐怖を感じる暗い影が、街を飲み込んでいた
逃げようという気持ちにはなれなかった。恐怖も感じない。アレはそういった類いのものではない。恐怖を感じる対象なんかではない
むしろ逆だ。あの影は美しかった。王都を飲み込み、そこに住まう大勢の人々を害したのだとしても、あの影の美しさは霞まない。その程度で、高々数万人の命で霞む訳がない
愛しき影が眼前に迫る。俺は影と一つになれる幸福を噛み締めながら、押し寄せる影に身を投げた
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『愛してた』
声が聞こえた。一人の強くてか弱い少女の声が、俺の心に直接響いてくる
『生きて』
それは願いだったのかもしれない。だか強すぎる願いは歪み、力を持ってしまった
『愛してた』
少女は既に菜月昴に干渉出来なくなってしまった。菜月昴が消えて、ナツキ・スバルが生まれるのは定められていた事実であるからだ
『生きて』
それでも少女は願ってしまった。どちらも救いたいと、願ってしまった。どちらかを選べと言われ、両方を選ぶ事。それはきっと、傲慢で、強欲な事なのだろう
故に少女の想いは、死を否定する呪いへと変質してしまう
さぁ、世界は巻き戻る。いくつかの異物を残して、ナツキ・スバルを生かすため、何度も何度も巻き戻る
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一時辺りが暗闇に包まれたかと思うと、数回瞬きをした一瞬の間に、影はどこかへと消え去っていた
「....は? 」
これが『死に戻り』か。そう、頭の中で今の現象を定義しようとしたが出来なかった。今起きた現象が『死に戻り』では無いと、直接理解させられたからだ
目に映る光景はリンゴによく似た果実、リンガを勧めてくる強面の男、カドモンの店では無く衛兵の詰め所。衛兵の一人が不審そうな顔で俺の事を見つめている
今にもこちらに声をかけてきそうだ。マズい、職質なんてされたら困る
俺は疑問を残しながら、逃げるように急いでその場を立ち去った