全力で走って衛兵の詰め所から離れた俺は、息を切らしながら、いつの間にか貧民街へとたどり着いた。日はまだ落ちていない
辺りには薄汚れた汚らしいボロボロの建物がぽつぽつと建ち並び、所々破れ、変色している古着に身を包んだ住人と思わしき人物達の目は、どこか、諦めているかのような、明日はどう生きれば良いのかと、途方に暮れた目をしていた
「なぁ、盗品蔵ってどっちだ? 」
俺は記憶との差異を確認するため、小汚い服に身を包んだ男に声をかける。男はこちらを少し見つめた後、俺が何か物を盗まれたと勘違いしたのか笑顔で盗品蔵の場所を教えてくれた
「じゃあな! 強く生きろよ! 」
強く生きろという言葉は貧民街に住まうもの達にとってのスローガンかなにかなのだろうか
だとしたらこの言葉をスローガンしようと考えた奴は性格が悪い。強く生きる事が出来る人間なんて、ほんの一握りだというのにそれを皆に強要するのだから
そいつはきっと生き方を変えられない人間を馬鹿にして生きているのだろう
▲▽▲▽▲
舗装されていない悪路を歩んでいると、
扉の前に立ち、トントントンと軽い調子でノックする。確か合い言葉は....
「大ネズミに」
「万能薬だと思って販売していた薬品が“毒”だった件について」
「....スケルトンに」
「おう! 寒そうにしてたから”落とし穴“に落としといたぜ! 」
「........我らが尊きドラゴン様に」
「なんやかんやでドラゴンって“クソッタレ”な
ふざけながら答えると百戦錬磨の巨人族、クロムウェル。通称ロム爺が扉をドンと強く開き怒ってきた
軽く茶化しながら俺は勝手に盗品蔵の中に押し入り、カウンターの適当な席に座り、飲み物を要求。ミルクが出てきたが、味が薄い。ケチんな爺
「お前さん、本当厚かましいな! ....それで何が望みだ? 」
クロムウェルは薄めたミルクを俺に手渡すと、表情をキリッと引き締め、何を欲しているのかと聞いてくる
「望み? ……あぁ、そうだ、徽章。今日ここに持ち込まれる予定の徽章が欲しい。俺に譲ってくれないか? 勿論タダで譲ってほしいって訳じゃあないそれなりのお礼はするつもりだ」
一種何を言っているのかわからないといった様子を見せた後、顔をビシッと引き締めて、渋い声で重く言葉を発する
「....対価は? 金はあるのか? 」
「それがこの国に来たばかりで余裕が無くてね。出世払いでどうだ? 」
魔法器、ミーティア、ガラケー、コンポタスナックにカップ麺。ジャージ服やこのビニール袋だっておそらくこの世界には存在しないオーバーテクノロジーによる産物だ。貴重品で高値で売れはするだろう
しかし破れても何故か自動で元に戻る服や、グチャグチャに中身がぶちまけられても元に戻る食料はこの世界でも簡単に入手できる物では無いはずだ
それをこんな所で消費するだなんてとんでもない
「ふざけとるのか!? 帰れ! 」
怒られた。しかし徽章が入手出来なければ銀髪のハーフエルフに恩を売ることが出来ない。うーむ、どうしようか
いっそのこと殺してしまおうか。しかし相手は巨人族、そこらのチンピラ達とは格が違う。ナイフを突き立てようものなら一瞬で挽肉にされてしまう
心なしかクロムウェルの視線が鋭くなってきた気がする。いつまで居座るつもりなのかとでも言いたげな表情だ
このまま居座ったらクロムウェルに棍棒で殴られる気がしたので、俺はとりあえずその場から離れ、辺りをうろうろと歩き回る。しかしする事が無い
「このままじゃ食い扶持が無いまま貧民街の住民になっちまう……どうしたもんかね」
助けを求めようにも誰も接点が無い。異世界から召喚された人間に、そんなものがある訳がない
やはり徽章を回収して銀髪のハーフエルフに手渡せば....俺が干渉しなくても盗品蔵に辿り着く事は確定している訳だし。俺は徽章を回収するだけで銀髪のハーフエルフを探す必要は無い
やはり盗品蔵に戻って徽章の買い取り交渉を........
「よし、まずは....」
しまった。適当に歩きながら考えていたので人にぶつかってしまったらしい
「あ、すんません....」
接触してしまったのは黒衣を纏う、やたら露出の多い黒髪の女性
スリムなボディラインに豊かな胸。しかし顔を見てしまったからには全く欲情出来ない
「あら、私も注意を疎かにしていたみたいだから、ごめんなさいね? 」
腸大好き系アブナイお姉さんことエルザ・グランヒルテ。こいつは危険だ
原作ではガーフィールに吸血鬼と呼ばれていた。が、実際はグステコ王国特有の呪術、対象を殺すまで死なない、呪い人形というモノにもたらされた不完全な不死性を持つ人間
エルザの生命力は途轍もない。腕が斬られた所でまた生えてくる。限界があるとは言え、卓越した戦闘技術と高出力の再生能力が組み合わさった化け物など相手にしたくない
「お、お姉さん美人さんだなぁ、怪我も無いようだし、俺はここで失礼するぜ! 」
そう、言葉を吐き捨てると、エルザに言葉を発する隙すら与えずに、俺はその場を走り去った
▲▽▲▽▲
息を切らして王都まで戻ると、俺は適当な路地裏に入り込み、コーンポタージュスナックを開封し、よく噛まずに飲み込むようにして食べ尽くす。ゴミは地面に投げ捨てる
するとどうだろうか。袋の中を見てみると
ゴミは地面に捨てたままだし、巻き戻っているという様子では無い。まるで、ここにコーンポタージュスナックがここに存在するのだと強制されているかのように、コーンポタージュスナックはそこに存在した
どういう原理かは理解できないが、最低限、無くならない食料を入手出来たのは喜ばしい事だ。栄養が偏ってしまう為、こればかり食べる訳にはいかないが
それから無心でコーンポタージュスナックを貪っていると、コンビニの袋が風に吹かれて何処かに飛ばされてしまった
しかし、すぐに、コーンポタージュスナックと同じように手元にはコンビニの袋が戻ってきた。本当どんな仕組みなんだこれ
結構本気で何故かと気になり始めた頃。ソレは訪れた
黒い影が、世界を包み込む。まどろみのような黒い濁流が、街を押し流す
「あぁ、また会えた。また出会えた」
愛しき影の姿は何度目にしてもとても美しくて、慈愛に満ちた愛そのものの形のように思えた
しかし何故影はこうも頻繁に会いに来てくれるのだろうか。あの彼女も俺の事を好きでいてくれているのだろうか? そうだったらとても嬉しいが、その可能性は限りなく零に近いだろう
では何故?
俺は【死に戻り】について誰にも話していない。それなのに世界は影に飲まれていく
何故──そして2回目の世界は幕を閉じた
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
世界が影に飲まれると、世界は時を巻き戻す。これは影が高度な陰魔法を使用していると考えられる。しかし何故、影が世界を巻き戻すのか
影は俺を愛してくれているのではないのか? 俺は生きている。ならば世界を巻き戻す必要はない筈だ
何故、何故、何故こうも腹立たしい気持ちになる
訳がわからなくて、苛立ちが募り、近くの壁を思い切り殴る。拳は皮膚が破れ、血が流れ出してきたがそれも束の間。傷は瞬く間に消え去る
「訳がわからない事だらけだ....とにかく、エミリアを探してみるか」
原作に定められた物語を辿れば、この場面から抜け出せるかも知れない。そう、淡く脆い希望を抱き、俺は路地裏から出て大通りの道を歩く
大通りの道には二人の人物を中心に、なにやら人だかりが出来ていた
「....もしかしてエミリアか? 」
人の波をかき分けて、一歩、一歩と中心に近づく。しかしある程度の距離、目を凝らしてなんとか見えるくらいの距離までしか近付けなかった。しかし、それでも見えない訳では無い
確かに見えてしまったのだ
「ま、待ってくれ! サテラ!」
「あなた、誰だか知らないけど....どうして私を嫉妬の魔女の名で呼ぶの!? 」
「あ、いや、だって君がそう呼べって....」
白いローブを羽織った、銀髪のハーフエルフ。エミリアに声を掛ける、黒髪黒目、ジャージ姿の
「は? 」
口から溢れた言葉は、意味を成していなかった。頭の中が混乱で満ち満ちてゆく
自分と全く同じ顔、服装、荷物。何もかもが自分と同一な人物が目の先に居た
「嘘だ……そん……ありえない…俺は、俺が....」
何を馬鹿な事を。
あの影が、彼女が愛していたのは俺ではなくて、あいつだった。ただそれだけの事
なにも気にする必要はない。重圧から解放されたと思えば良いんだ。すべてあいつに任せておけば良い
そう、現実逃避をしようとその場を離れ、金も無いのに様々な店の建ち並ぶエリアをふらふらと歩き回った
ふと、もしかしたら服装や手荷物が同じだけで顔は全くの別人なのではないかと思い、店の店外ガラスに反射した自分の顔を見る
「....やっぱりそうだよな」
俺の顔は紛うこと無き、正真正銘
もう何もかもがわからない
いきなりラノベの主人公に憑依させらて、でもそれは勘違いで。訳もわからず何度も何度も巻き戻されて。自分がもう一人居て、俺は俺じゃ無いかもしれなくて
あぁ────もう、訳わかんねぇよ
俺は精神的疲労が溜まっていたのか、道の中心でバタリと倒れでしまった
「おい、そんな所で寝そべられると、迷惑だ」
ちょうど果実店の店前だったらしい。リンガ売りのカドモンに声を掛けられた。確かに店前で人が倒れていたら客がえ店を避けるかもしれない
ストレートに物事を言うカドモンのそゆとこ、嫌いじゃ無いぜ
「ちょっとこっち来い」
カドモンに腕を捕まれて、俺は店裏まで引きずられるようにして連れられる。ったく、服が汚れるっての
カドモンは俺に木箱の上に座らせ、少し待つように伝えると、一度店に戻り、コップ一杯の水とリンガを一つを手に、店裏に戻ってきた
「金は要らねぇ。ほら、とりあえずリンガと水」
俺は無言で水とリンガを受け取り、リンガを一口齧る。あまり甘くないと思ってしまうのは、現代社会で味付けの濃いものばかり食べて馬鹿舌になってしまっているのだろう
水を少し飲み込む。水は冷たくて、喉の渇きを潤した。しかしジュースという飲み物を飲み慣れているからなのか、物足りなさが心を締め付ける
思えば俺は、これまで、様々なモノを無駄に浪費し、捨ててきた
美味しくないから、食べたくないから、機嫌が悪いから
そんな理由で食べ物を捨ててきた。明日の、今日の食べ物だって危うい人達が居るにも関わらず、そんな事を、平気で行ってきた
俺みたいなのが、優しい施しを受けるのは、間違ってる事なのかもしれない
現に俺は今、せっかく貰ったリンガをあまり美味しくないと思っている。けれども
けれども、このリンガは、このリンガの味は、人間の情の味がした
涙が出てきそうなほど、優しい味が、した
なんて、まともに人生を生きてきたのなら、そんなことが思えたのだろうか
全てが上っ面だけの、嘘っぱち。貰った水はキンキンに冷えた黒い炭酸飲料水より味気無かったし、リンガには確かにほんのりと甘みを感じたが、それは到底キャンディやチョコレート等の甘さには到底敵わない素朴な味だ
それでも普通は感謝をする物だと知っているから。少しばかりこころを入れ替えるフリをせざるを得ない
ああ、全く、善性の人間の相手をするのは非常に面倒くさく、気分が悪くなる
リンガを強引に口に押し込み、水と共に胃の中に無理やら流し込むとコップを返しにカドモンの元に向かおうと立ち上がった
俺はふと、曲がり角から俺を見つめる二つの目に気付く。あぁ、この子はカドモンの娘さんか。こいつを誘拐すればカドモンはどんな風に鳴いてくれるのだろうか。実行はしないが想像するだけで幾分か気分が良くなってきた
「おいで、お嬢ちゃんに良いモノを見せてあげよう」
聞くものが聞けば一発で牢獄へ一直線ルートな言葉を放ちながら、俺は手招きをしてカドモンの娘を呼ぶ。カドモンの娘はスタスタと簡単に近付いてくる。この娘、俺が誘拐しなくても近い内に誘拐されそうで怖いわ
「さてさてさーて! ここに取り出したるは1枚のギザ十に御座います....あとは、えーっと、何だっけな」
ナツキ・スバルはどうしていただろうか。嫌に鮮明な記憶をたよりに、ナツキ・スバルの模倣を行う
「さてさて、このギザ10を右手で強く握ります。そんで....お手を拝借、はい、いぃーち! にぃー! さぁーん! 右手を開いてみるとギザ10が....おやおや? ギザ10が消えてしまった。一体全体何処に消えてしまったんだー! っと、おや? ギザ10はどうやらお嬢ちゃんのポケットに入ってましたとさ」
リスペクトも何もない。大嫌いなナツキ・スバルの模倣。こんなことしなきゃ良かったと少し後悔しつつも、カドモンの娘はきゃっきゃきゃっきゃと喜んでいるのだから。それで、良いのだとも思う
それから俺は、カドモンの娘と日が暮れるまで遊び尽くした。久し振りな新鮮さを感じながら、脳が冷めてゆく
別れが来てしまう事さえも理解出来てしまうくらいに、落ち着いて物事を考えられてしまう。だからだろうか
「なぁ、俺の事を、忘れないで、また明日も俺と遊んでくれないか? 」
こんな問いかけをしてしまったのは
この娘に、来るべき明日が来ないと知っていながら、こんな言葉を投げかけてしまったのは
カドモンの娘は答えた。勿論。絶対に忘れないと、また明日も一緒に遊ぼうと
手を振りながら、カドモンの娘は家族の待つ家に帰って行く
小さかった影がさらに小さくなって、視界から消え失せた
今回は、もしかしたら影が来ないんじゃないか、なんて希望的な考えを自分自身に言い聞かせながら。俺は王都を当てもなく歩き回る。そして、時は来た
二千の影が世界を優しく溶かしてゆく。愛するナツキ・スバルの為に、愛を伝える為に
世界は終わった
「…あー……やっぱりか」
予想通りの結末だ
夜は来なかった。約束の明日は、来なかった
望んだ未来は訪れなかった
結局世界は巻き戻る。原因なんてくだらない物だ。嫉妬の魔女に愛された、ちっぽけな一人の人間が死亡する事によって、予め記録されたセーブポイントに回帰する
愛、記憶、経験。なにもかもを巻き戻し、スタートラインからのリスタートを始める
『ナツキ・スバル』だけが、ただ一人記憶を引き継いで
それをわかっていたのに、理解していたのに、俺はどうしようも無く期待してしまった
毎度の事、息を切ら切らしてリンガ売りのカドモンの店まで走り、カドモンに気付かれぬよう、注意しながら住居に押し入る。カドモンの娘は一人で絵を書いて遊んでいる様子だった
「な、なぁ。俺の事、覚えてる....よな? 約束したもんなぁ? なぁ!? 答えてくれよ! 」
カドモンの娘は怯えた様子でこちらを見ていたが、俺が言葉を絞り出すと泣き出してしまった
そりゃ、そうだ
見知らぬ男が家に押し入り、狂言を叫び散らかしているのだから
「あぁ、そうか」
俺はカドモンの家から逃げるようにして、王都の人混みに紛れ込む。何人か心配して声をかけてくる人達も居たのだが、一目俺の顔を見ると、気まずそうな顔をしたり、気味の悪そうな顔をしたりして俺から離れていった
きっと俺は、醜いくらいに酷い顔をしているのだろう。
悲しい。辛い。苦しい。死にたい。生きていたく無い
「知ってたさ、無理だって」
誰に語る訳でも無く、一人、ポツリポツリと、言の滴を溢す
本当はわかっていたんだ。魔女の呪いからは逃れられる筈が無いと、知っていた。知っていながら、期待してしまった
「でもさぁ....ちょっとは信じちゃったんだよ」
もしかしたらを望んでしまった。起こり得る筈のない奇跡を願ってしまった
そのツケが回ってきただけだろう? なぁ?『菜月昴』?
「あぁ、永遠に眠りたい気分だ」
俺は近くの川に身を投げた。何もしたくなかったから、無気力にただ死にたいと、漠然とした感情のままに、自殺しようとした。しかし、死ねない。川の流れに沿って流されてゆくだけだ
なぁ、可笑しいだろう?
何故死ねない? 俺は死にたいんだよ、もう何もしたくないんだ
俺が居なくても世界は回るんだよ
何度か巻き戻るとしても、どうせ
じゃあ、別に良いじゃないか
世界が必要としてるのは
何が
あぁ、畜生。頼むからさぁ