死んでしまいたい。救いがないのなら、救われないのならもうその方が楽でないか
具体性を持たない考えを持ちながら、俺は川に流されていた
かれこれ丸一日は流されるままになっていた気がする。お腹がすいた気がしたら、コーンポタージュスナックを食べて空腹を満たしつつ、流れに身を任せる
どうやらこのコーンポタージュスナック、落としたり、飛ばしたり、食べ尽くしたり、捨てたりしても、意識すると完全な状態で戻ってくるらしく、今の俺の手荷物はゼロである
ガラケーやカップ麺も同様に完全な状態で戻ってくるので、食事の心配もいらない。マジで何なんだコレ。呪いの装備なのかもしれない
そう、心配は無いのだ。無いのだが問題が一つ
いつまで経っても死ねない、という事だ。試しに一切の食事を絶ってみたが僅かな飢餓感を覚えるだけで意味はなかった
つーかこれだけ長い時間川で流されてるんだから低体温症仕事しろ。そして謎の再生能力は休暇を取れ。この社畜が、働き過ぎは良くねぇぞ
試しに水中に顔を突っ込んで息が吸えない状況を作り出してみても、少し違和感を感じるだけで苦しさはちっとも感じない
便利に感じたこの再生能力も、今の状況では邪魔でしかない
あぁ、気が狂いそうだ
なんて言ってみても、狂うなんて状態を知らないので、もし狂っていたとしても判断がつかないのだろう。もうこのまま眠ってしまおうかと、そう、思考を放棄した思いを巡らせながら、俺は短い眠りに就いた
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
暗く歪んだ記憶の狭間。俺は影を身に纏う銀髪の魔女と対峙していた。魔女は身動ぎ一つせず、無を感じさせる単一のトーンで愛を嘆く
「愛してる」
そうか、俺はお前を愛していないがな
「愛していない? 」
そうだ、俺はお前の事を知らない。顔も名前も、趣味も声も、髪や瞳の色も。何も知らない奴を愛せるか? 否だ。それをどうして愛せようものか。愛せる訳が無い
「....愛してくれた」
ハハッ、妄想乙。それはお前の勘違いだ。俺はお前の事を愛してない。一人寂しく永久的に妄想に浸っていろよ
「愛してる」
それしか言えないのかよ。一周回って哀れだなぁおい!
「だから貴方も」「私を愛して」
嫌だね。絶対に嫌だ。俺はお前を愛さない。
残念だったな! あっはっは! ざまぁみろ!
「....貴方じゃ無い? 」
コクリと不思議そうに首を傾げると、突如として、まるで脳が震えているかのような強い振動が頭にかかる。徐々に五感が消え失せて行く
さぁ、夢から
とっとと現実を直視しろよ、
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
目が覚めると、俺は水中に沈んでいた。しかし苦しくない。窒息もやはり出来ないらしい。長時間ならと少し期待したのだかやはり無理だった
とりあえず水上に浮上し、辺りの様子を確認してみよう。そう考え俺は浮上しようとした。しかし足が水底の岩岩の隙間に挟まっているようで、浮上出来ない
もどかしさを感じながらも、俺は足を引っこ抜こうと岩と格闘し、体感で20分程の時間を要し、水上へと浮上する
「何処だここ...? 」
寝て、目が覚めると、そこは忌々しいほどに自然豊かな森でした
おい、ちょっと待て。マジで何処だ。ひとまず俺は、陸に上がる為に、軽く平泳ぎをして、足が着くくらいの浅瀬まで泳ぎ、小石混じりのの土を踏みつける
辺りは何処を見ても木、木、木。たまに岩? いや、崖か? とにかく家とかの人工的な建物が全く見当たらない。完全に迷子だ。別に問題は無いが
「ありゃ? 少し寝ただけなのに、何でこんな所に? 」
まぁ、起きてしまったモノは仕方ない無い。意味が無い。
考えるべきはこれから如何するか、である
しかし困った事に何もやる気が起きない。無気力状態とでも言うのだろうか、心が煙草の煙のように定まらず、どこからか沸き増した感情は、数秒後には消え失せる
もうこのまま、もう一度眠ってしまおうかと考えるのを、考えるフリを辞めてしまおうとしていたら、上から風を切る音がした
頭上を見ると、そこには高い高度から黒い本が視界の中で徐々に大きくなっていくのが見える
避けようとは思わなかった。どうせ俺を害せる物など何も無いと自身の悲劇に酔っていたからだ。混濁した認識は曖昧な自信を生成して頬を吊り上げ張り付いた笑みで高速落下してくる本を確実に認識する
あぁ、あの本が都合の良いチート武器で、俺の頭にブチ当たったら頭蓋骨の後頭部が陥没して呆気なく死亡。そんな結末が待ってたりしないかなぁ、と無意味なシミュレートを重ねる
本はコツンと小さな音を鳴らして、上を見上げていた俺の顔面に激突する。勢いのまま、俺の体は地面に叩き付けられた
寝転がりながら顔を触ってみると、ぐにゃりと柔らかい感覚がした。あ、これ頭蓋骨砕けてる
でも死ねない。まるで動画を逆再生するかのように、陥没した頭蓋骨は再生を初めて行く。心なしか再生速度も上昇している気がするが気のせいだろう。....気のせいだと思いたい
俺はごろりと寝返りをうち、空から降ってきた黒い本に目を通す
......
あぁ、これあれだ。魔女ファンクラブの会員の人、もとい魔女教徒の所有している福音書じゃないか? 確か叡智の書の大幅な機能縮小版。叡智の書に比べると、少ない回数で、薄らとした内容を記述する予言書
軽くパラパラとページをめくってみると、表紙の裏には日本語で『生きて』と生存を強要するような恨めしい言葉が書かれていた。一番最初のページには森を歩けと言う指示だけが記述されている
当然文字は読めない。イ文字もロ文字も知らない。しかし頭が無理矢理理解しているように読める。妙な感覚だ
何日、何時、何分。何処の森を歩けば良いのかわからない。本当に森を歩けと言う指示だけしか記述されていないからだ。もう少し詳しく記述してくれても良いのではないだろうか?
文句を言っても仕方が無いので、軽く溜息を吐きつつ、俺は目の前の木々が生い茂る森へと踏み入る
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
木々が生い茂るこの森は、魔獣の群生地だった。何故そんな事がわかるのかって? それは今現在、魔獣と全力の追いかけっこを実施しているからだ
ウルガルムが腕に噛み付いてきた。別に、なんら障害は無いが煩わしい。何せ数が数だ。30体のウルガルムが群がって俺に噛み付いてきてみろ、絶対身動きが取れなくなる。それでは森を歩けなくなってしまう
かと言って俺がなにかウルガルムに致命的な傷を負わせることの出来る有効打がある訳でもない為、走って逃げる他方法がないのだ
しかし魔獣と人間、それもただ死なないだけの不死の体を持った、ただの人間では魔獣の身体能力を上回れる筈が無く、地面の凹凸に足下を取られ、転んでしまう
ウルガルムはじっくりと食事を楽しむように、俺に近づき、先頭の数匹が空中に飛び上がり、俺の方に飛びついてきた
しかし何故逃げていたんだろう。もしかしたら魔獣なら俺の事を殺してくれるかもしれない
俺は逃げるのを辞め、ウルガルムの顔をじっと見る。一瞬ギョッと身を震わせた気がしたが気のせいだ。死ねるかなぁ、死ねないかなぁと一人ワクワクしていると
目に見えない何かが、ウルガルムを縛り付けるようにして、捻り殺した
ウルガルムは血飛沫を撒き散らし、見るも無惨な肉塊へと姿を変える
あぁ、知っている。俺はこの惨状を作り出す事の出来る人物を知っている。俺より少し高いぐらいの身長で、細身の体型。まるで骨に必要最低限の肉を縫い付けたようなその姿に、異様なまでに見開かれた双眼は狂気を帯びている
「まさか、まさかまさかまさかぁ! このような場で! これほどの寵愛を与えられし者と出会えるとは、思いもしなかったデス! 」
「ペテルギウス...」
「おや? おやおやおやおやおや? アナタ? 何故ワタシの名前を知っているのデスか? 」
魔女教大罪司教怠惰担当、ペテルギウス・ロマネコンティ。原作にて『ナツキ・スバル』がユリウスと共に、最初に討伐した大罪司教。本名はジュースだったか
エリオール大森林で虚飾のパンドラと強欲のレグルス・コルニアスに襲撃された際、フリューゲルより託されし黒い小箱に収められていた怠惰の魔女因子を体内に取り込む。しかし不適合の魔女因子を取り込んだ副作用により、体は蝕まれ...って何処まで深く思い出してるんだ、俺
俺が沈黙している間にもペテルギウスは狂気的な笑みを浮か、ブツブツと狂った言葉を唱え続ける
「あァ! 何故ワタシはこれほどの寵愛を受けし信徒を! これまで同胞として迎え入れなかった怠惰を! 怠惰怠惰怠惰怠惰怠惰ぁあ! 」
言葉は意味を形成できず、歪んだ形が現れるようだ。ペテルギウスはひとしきり自傷行為を済ませ、長ったらしい狂言を耳に聞かせてくれた後、俺に福音書の提示を求めてきた
俺が...魔女の寵愛を受けていると? そう言ったのか? おかしい。俺はまだ一度も死んで無い。それに死に戻りに関する発言もしていない。何故だ?
もしかしたら『ナツキ・スバル』が死に戻る度に、何故か俺も一緒に戻されている事が原因なのかもしれない。ハッキリとした確証は持てないが
「あぁ、コレで良いか? 」
疑問を浮かべつつも、俺は恐る恐る空から降ってきた黒い本を見せてみる。ペテルギウスの行動、言動を見るに、どうやらこの黒い本が福音書で間違い無かったようだ
「おや? しかしおかしいデスね? ワタシの福音書にはアナタに関する記述が無いのデス」
ペテルギウスは首を垂直に傾げ、疑問を口にする。俺の福音書にはただ、森を歩け。としか記述されていない。雲行きが怪しくなってきたかと考えていると、突如、俺の手に有る福音書に、何かが流れ込んでくる感覚があった
「おぉ...これはこれは...素晴らしい、素晴らしいのデス! 」
感服したように空を仰ぐペテルギウスを横目に、福音書を開いてみると、そこには新たな記述が現れていた
ペテルギウス、試練、協力
立ち並ぶ単語をどう取るかはそれを読む人物次第だ。だからこそ俺のような凡人でも簡単に利用し、都合の良いように解釈させる事が出来る
「俺の福音書にはペテルギウスの試練に協力しろって記述があったぞ? つーか試練って何よ? 」
「試練! そう! 試練デス! 此度の王戦、愚かにも巫女に選ばれた半魔が、魔女を降ろす器足るか、見極めなければ! 試さなければ、試すのデス! 我々は魔女の愛に報いなければならないのデス! そして! 半魔が器として、相応しかったのであれば! 嫉妬の魔女、サテラは、再びこの世界に蘇る時なのデス! あぁ! そのためにも早く同士に会いに行かなければ! 」
事前知識が無ければ頭を抱えて、投げたしたくなってしまいそうな程にペテルギウスの言葉は支離滅裂だった。それに同士に会いに行く。とはどう言う事だろう? そんなイベントあったか?
疑問を頭に浮かべ、聞き返そうと口を開く前に、ペテルギウスは言葉を垂れ流してくれる
「王都に潜り込ませていた我々の同士が騎士に捕まってしまったのデス。その同士は最近、半魔に付きまとう正体不明の男の情報を集めさせていたのデスが、騎士に捕まってしまったのデス! 騎士に! 目的の情報をワタシに報告する事無く! 捕まってしまったのデス! あぁ、怠惰! なんと怠惰な事デスか! 」
最初は冷静な様子で話していたが、話の後半になると興奮した様子で指を齧りながら、捕まってしまった同士の事を怠惰だと罵り始める
「あぁ、ほんと怠惰だよな。情報の一つも報告できないだなんて、本当使えない奴だぜ」
俺は相槌を打ちつつ、ペテルギウスの発言を待つ。ペテルギウスは指を齧り、グロテスクな血をべっとりと付けたまま、ぎろりと目をこちらに向けて続きを語る。こっち見んな
「来たるべき試練を前に事が露見する可能性! 実に怠惰デス! しかしここで情報収集を諦めるのも怠惰! 怠惰極まりないのデス! 故に、故に故に故に故に! 情報を聞き出し、処罰を! 下すの、デス! 」
やべぇ、全然わかんねぇ。いや、なんとなく、うっすらとはわかる気がする。わかった気にだけなっている
俺は適当に話を合わせながら、森の中を特に警戒もせずずかずかと進んでいくペテルギウスに続き、薄暗い森の中を歩き、目的の地へと進んで行った