「おい、貴様ら。何をしている」
湿っぽく薄暗い監獄の中を、警戒しながら進んでいると、前方から男の声が聞こえてきた。このままでは遭遇してしまうと思い、俺は急いで来た道を引き返そうと、ペテルギウスに声をかけ、逃げようとする
「ほぅ...脱獄か? 生きの良い塵だな」
幸いにも男との距離はまだ少しは離れているはずだ。だから今の内に──
「遅いわ! 」
殴られた。俺が振り向いた瞬間に、背中から拳の感覚が伝わった。衝撃は骨まで浸透し、背骨を複雑に砕かせ、俺の体を勢い良く吹き飛ばし、すぐ近くに壁にめり込ませた
痛くは無いが、動けない。動かない体が鬱陶しい。ウザったい。ひとまずは体の自由を確保しなければ
そう考えた俺は、辛うじて埋もれていない左手を器用に動かし、ローブから十字ナイフを取り出す
「腕よーし。ナイフよーし。切れ味は...多分よーし? それでは男菜月昴! 脱出マジックを決行したいと思いまーす! 」
ナイフを勢い良く、骨を断ち切るように強く首に当て、首から上を切断する。気分はさながら、首無しのデュラハンにでもなったみたいだ
ここで止まってはいけない。まだ動く体の最後の力を振り絞り、俺の自身の生首を俺を殴りつけてきた男の背後に投げて転がす
途中で アレ? コレ本当に大丈夫か? と疑問が浮かんだが意図的に無視。もう実行してしまったのだし、後は結果を待つしかない
少しの不安を残したまま肉体の再生が開始される。さてさて、ここからは本当に賭け。どうなるかはわからない。エキドナが大好きな未知の領域だ。果たして俺は埋もれたまま再生されるのか、生首の方が再生するのか
俺的には生首の方で復活したいなと思いながら体の再生を待つ
結果として
「ほら、食らいやがれよ俺の異世界初魔法! シャマク! 」
感覚の遮断。原作のナツキ・スバルのように煙幕をばらまく物ではない。順当なシャマクを放てたのは、頭の片隅で落っこちかけていたペテルギウスの講義のおかげだろう
世界から孤立させられた感覚を、強制的に植え付けられたのだ。どんなに怖い思いをしているのだろうか? まぁそんな事は俺には関係ない。俺でも簡単にボコボコに殴れる。それが重要な結果だ
「この程度の子供だましが...通用するとでも思ったかぁぁぁああ!! 」
痛ぇ。殴られた。パワーがすげぇ。まーた骨がズタズタだよコンチキショウ。あーもーやってらんねぇ。ペテルギウス司教、あいつ我らが嫉妬の魔女様の事を散々馬鹿にしてました! もーやっちゃって下さい! あざっす!!
テンションを無駄に高くして、明るく陽気を装うのは疲れる。しかしそうしないと苦しい。なるほど、これがジレンマなんだなと頭の中で考えながら、壁に埋まりながらペテルギウスと男の戦闘を見守る。
「魔女を! 我らが誉れ高き魔女に! あろう事か暴言を貶す言葉を吐く等とは...不敬! 実に不敬デス。敬意が足りていないのデス! 信仰が足りないのデス! 愛を! 愛を示す時なのデス! 」
「? なにを、気が狂っ...グッ...ゲッボッお......なん...だ、これ、は」
勝負は一瞬だった。なぁに簡単な事だ。完全な認識外からペテルギウスの見えざる手が心臓を握り潰した...のだと思う。だって見えざる手が見えないから、本当にそうなのかはわからないが、ちょうど胸の辺りが血に染まっているので間違いないと思う。もしかしたら貫いたのかもしれないが
身体的には若干、男の方が有利であったが戦闘面において、身体等はただの要素の一つに過ぎない。その分、総合するとペテルギウスは所見殺しに特化している為、あの男に勝ち筋は存在しなかったと言う訳だ。それこそ、死に戻りが無ければ、ラインハルトぐらいしか、初見でペテルギウスに勝てる相手はいないのでは無いだろうか
「あぁ、アナタ、怠惰デス。実に怠惰! ワタシのように勤勉に務めなかった結果がこの状況! 理解すると良いのデス! 」
「なぁ、ペテルギウスちょっと良いか? 」
「ハイ、なんでしょう? 我々の勤勉さを証明したこの瞬間、ああ実に素晴らしいの、デス! 」
勝利の余韻に浸り、狂った笑い方でケタケタ笑うペテルギウスに、俺はふと、気が付いたことを聞いてみる
「今回って、一様隠密行動しなきゃいけなかったと思うんだけどそこん所どうよ? ペテルギウス司教」
ペテルギウスはピシャリと写真に撮られた液晶の中の住民にでもなったのかのごとく固まり、少ししていつもの懺悔と自傷行為を始め出す
適当に放置して待っていると、急に落ち着きを取り戻すので黙って待っておく事にした。しっかし眠い。うん。疲れてんのか? 仕方ない。少しだけ...眠ろう
目が覚めたら監獄じゃなく、森に居た。なんでだ。一番重要な魔女教徒からの重要な情報を盗み聞きできなかったのは惜しいが、仕方ない。自己責任だ
ペテルギウスがここまで運んでくれたらしいので一様礼を言っておく。すると俺は丸1日も眠っていたという事実を聞かされた。いやぁ、少しびっくり
軽く鼻歌でも歌いながら。ペテルギウスから受け取ったリンガを遅めの朝食代わりに食していると、俺の福音書に音が記述された
「あああああ! 福音書に記述成されたのデス! あぁ! サテラが!サテラが我々を見守っていて下さるのデス! 愛に愛に愛に報いなければあぁぁぁ! 」
どうやら今回はペテルギウスにも同じように福音の記述があったようだ。涙を垂れ流しながら愛を嘆いている。正直、軽い嫌悪感を覚えるかと思ったがそうでも無かった
「えーと、なんだ? 」
福音書の記述を目で読んでみると、そこには“メイザース辺境伯の領地へと赴け”との記載が成されていた。ペテルギウスにもきっと同じ記述があったのだろうと思い、ペテルギウスの方を見る。ペテルギウスは俺の顔をまじまじと見つめていた
俺はペテルギウスの目を見つめ、サムズアップしながら笑顔で頷く。ロズワールの屋敷もちらっと覗きたいなーと思いながらペテルギウスの方に歩いて近づいて行くと、瞬間、時が静止した
まるで、動画を再生している最中に一時停止ボタンを押したかのように、とでも言えば良いのだろうか。声を出そうと声帯へと意識を向けてみても、肉体が自分のモノじゃ無いみたいに、ピクリとも動かない
この世界で、こんな現象を起こせる奴は、俺の知っている限りで2人だけ。サテラと、嫉妬の魔女。しかしどちらも今活動できる状況では無い。今はまだ、大瀑布の近くで、封印されているはずだ
いや、思い出せ。記憶を辿れ、引き寄せろ
この現象は何かに似ている。そうだ、ナツキ・スバルが誰かに死に戻りを打ち明けた時に発生するペナルティ。その内の一つ。0.1秒を永遠に限りなく近い時間へと引き延ばす、いくつかの術式を併用した高度な魔法。いや、権能なのかもしれない
だとすれば、今から俺は心臓を撫でられるのかと待っていると、予想とは反し、胸元から見覚えのある一本の影の腕が現れた。陰の腕はペテルギウスの方へ伸びて行き、体の内部にすり抜けるようにして入って行く
「あ...あ......! 魔…女、あ...あああ...!! 」
ペテルギウスの、感極まった途切れ途切れの言葉が俺の耳に入ってくる。違ぇよ。魔女じゃねぇよと反論したい気持ちが、どこからがふつふつと湧き上がってきたが、根拠も理屈も意味も無いので意図的に思考を切除する
少しすると、黒い腕はペテルギウスの体の中から、小さな、黒く蠢く何かをつかみ取り、俺の元へと戻ってくる。瞬間、時は正常な刻を刻み始めた
黒く蠢く何かは、俺の体に溶け込み、移植され、隅々に浸透してゆく。ごく僅かだった何かが、体の中で培養され、増殖していく感覚に伝わり、即座にこれが何なのかを理解した
大罪の名を冠する因子。大罪因子とでも言うべきか。大罪司教の所有する権能という事象において、切っても切れぬ重要な要素。これが無ければ権能は発動できない。しかし適合者では無ければ、権能に飲み込まれてしまう。リスクの高すぎる品だ
あぁ、こうやって思考している間にも、今すぐナツキ・スバルを殺したい、殺意が込み上げてくる。あいつを殺せば、俺はあいつに成り代われるのでは無かろうか。では、今すぐ決行しなければならない。今すぐに奴を殺害しな──
一瞬、強い殺人衝動に襲われかけたが、どうやら俺の摩訶不思議な再生能力は相当優秀らしい。瞬く間に精神は汚染を除去し、異常な状態を取り戻した
そういえば......因子が無ければ権能が発動できないのであれば、ペテルギウスは今、見えざる手が発動できないのでは? と思い、ペテルギウスに近くの木を倒して欲しいと頼み、じっと観察してみる事にした
「? 良いのデスが...何に使うのデスか? 」
「いいからいいから。頼む! なっ? ほら! 俺らは同じ魔女様に忠誠を誓った同士じゃんか! 頼むよ」
ペテルギウスは少し渋りつつも、相変わらず視認できない見えざる手で木を根元からへし折る。木は大きな音を立て崩れ、残ったのはゴツゴツした不格好な切り株のみ
検証結果をまめよう。ペテルギウスは俺に因子を移った後も、権能を発動し続けている。これは俺の方に来た因子が、ごく少量だったため、大半の原本の因子がペテルギウス側に残っている為であろう
そして、見えざる手が見えないというのも問題だ。ナツキ・スバルには見えていたモノが、俺には見えない。この差異が今後、どのような影響を与えるのかは、まだわからないが、根本的な考え方に、俺とナツキ・スバルはあくまでも同一人物では無い。という事を入れておいた方が良さそうだ
考えをまとめ、頭を楽にした俺は、ゆっくりと休憩を挟みながら、権能の検証を始める事にした