それから二日程度の期間を権能の検証等に費やし、大凡の確認を終えた。何か根本的な大事なモノに、直接刻み込まれているような感覚がして、意識すれば権能の内容もフンワリとしたニュアンスだが、ある程度の事は浮かんでくる為。ただの確認作業。予習。答えを知っているテストの反復にすら思えるほど簡単に終わった
ペテルギウスから抜き取った怠惰の大罪因子で獲得した権能は二つ
一つは視認可能な見えざる手。いや、矛盾してるのはわかる。しかしこれ以外に表現が思いつかなかったのだ
ペテルギウスの見えざる手は、魔女のからの寵愛の証は、自分だけにしか見えないはずだといった、狂気的な愛の盲信と、何もわからない、何も見えない不確かな場所で、不安でも、何よりも掴み取りたい物があるという意思から生まれた、ナツキ・スバルは例外として、ペテルギウス以外、誰も視認できない手。これが見えざる手だ
対して俺が手に入れたのは劣化バージョンと言える物。視認することの出来る影の魔手を、一度に10本まで出せるという物。因子は今もまだ培養され、増殖が止まる勢いは無いので、今後、出せる手の数が増えるかもしれない。期待大だ
二つ目は、限定的な重量操作。これは結構使える。例えば戦闘の時に、相手の体や所持品を重くして、干渉不能な重しを強制的に付けたり、逆に自分の体を軽くして、移動するスピードを早め、攻撃を当てる瞬間に勢いをつけて重くする。これは結構良い攻撃手段だと自画自賛
現状では重量操作にも制限が存在し、重くするのは大体、体感で100㎏までが上限だ。軽くするのは30㎏以上であれば可能だが、あまり軽くしすぎると体がうまく動かせない為、今は3㎏までがコントロールできる限界だ
しかしこれはあくまでも基本的な事。権能について、もっと深く理解をすれば、ほかにも何かが出来るようになるかもしれない。まぁ、それはまだ先の話だろう。今、強く気にする事ではない
さて、そんなこんなで少ない荷物は纏め終わった。これで準備は
「んじゃ、ペテルギウスとはここいらでお別れだな」
簡易的なログハウス的建物から出て、近くの遺跡のような場所で、今も変わらず狂い、一人自己完結し、嫉妬の魔女を崇拝する愛を嘆き続け、勤勉に自傷行為にいそしむペテルギウスに向かい、俺は解散しようと話を切り出す
しかし簡単に話はまとまらない。狂人相手に話が通じる訳が無かった。ペテルギウスは首をぐるりと九十度傾げ、こちらの肩を細い腕で強く握りしめる
「何故! 何故なのデスか! これから試練を行おうと、事を動かそうとしている今! 魔女の寵愛に答えずにこの場を去ろうなどとは! 何故アナタはそれ程の寵愛を受けていると言うのに! その愛に、答えようとしないのデス! それは勤勉では無いのデス! 勤勉に勤勉に勤勉に! 務めなければ、ならないの、デス! 」
顔と顔が触れ合いそうなぐらいの至近距離で、何故だと言葉を投げられる。俺は逆にペテルギウスの肩をガッシリと掴んでやり、右の眼球を舌でペロリと一舐め
原作でペテルギウスがナツキ・スバルに行った行為を、菜月昴がペテルギウスに行う。このなんとも言えない背徳感すらも心地が良い。ペテルギウスはギョッとした様子で俺の顔を凝視する
眼球を舐めるという明らかに常軌を逸した行動は、ペテルギウスの意識に瞬間的な無理解を与えた。本来であれば、なんてこと無いほんの一瞬。しかしその一瞬こそが俺にとってのチャンスとなる
「そうだよな、ペテルギウス。勤勉に務めないといけない。だから俺はお前と別れるんだ」
いかにも何か事情があるように装い、その事情を隠すように意味深な発言で簡単に取れる布切れを被せる。相手がそう信じ込むように真剣味のある表情を作り出す
「...どう...いう事......デスか?」
途切れ途切れになりつつも、ペテルギウスは言葉を絞り出す。その目の色には恐怖の色が浮かんでいるように思えた。ペテルギウスは恐らく恐怖しているのだろう。十分とは言えないがこれ以上話を装飾してしまうと、逆に嘘だとバレてしまうかもしれない
「俺も寵愛に答える為に、愛の為に動くってことだよ。さっき俺の福音書に新しい記述が標されたんだ。だから俺は、俺の試練を乗り越えなきゃならない」
「なんと! 先の記述よりそれ程時間が経過していないのにもかかわらず! 既に! 新たな導きがもたらされたと言うのデスか! 素晴らしい...素晴らしいのデス! その身に纏う寵愛...もしやアナタ、傲慢ではありませんデスか? だとすれば四百年ぶりに大罪司教が六人、揃う事となるのデス! これは素晴らしい事デスよ! あぁあ! 脳がぁぁぁ震えるぅぅう! 急ぎパンドラ様に報告しなければならないのデス! 我が指先を一人、遣いに送る事に...」
ペテルギウスは上手く口車に乗り、深い思考にはまったようだ。ペテルギウスは狂気を取り戻し、虚空を見てブツブツと何かを言っている。俺はペテルギウスの手を肩から退かし、歩みを始める
目指すはメイザース辺境伯領、なんとなく浮かんできた一つの目的を果たすために、俺はその場から立ち去った
メイザース辺境伯領までの道程は、当初は徒歩向かおうと思っていたが、道もちゃんとわからなかったたため、途中、服を買う為に立ち寄った街で白を基調としたファンタジー感満載のフード付きの衣服を一着購入し、同じ店で顔を隠すための、無地の仮面も購入。どちらも簡易的な認識阻害の魔法が付与されている品だ
別の店で魔石もいくつか購入。保存の利く食料、それに片手直剣も買っておく。仮面は今は使わなくてもいいと思うので、いつか姿を隠して行動しないといけない時に備え、ビニール袋に入れておく
合計して使用した金額は聖金貨は十五枚。思ったよりも服や仮面の値段が高かった。まぁあぶく銭なので問題は無しだ
食事を済ませた後、残りの金銭を使い、竜車に乗せてもらえるよう交渉した。相手は最初、難色を示していたが金銭を見せた途端に態度を軟化させた。やっぱ世の中金だと思う
無事、交渉は成功。数日かけて移動し、メイザース辺境伯領の少し手前で下ろしてもらう。道中、旅の話など、様々な面白い話を聞かせてくれたこの人には感謝だ
「本当にこんな場所で良いのかい? 遠慮しなくて良いんだよ? 」
心配そうに聞いてくるが問題ない。むしろここで無いと逆に不都合が発生してしまう。俺は大丈夫だと告げ、金銭の入った袋...の中身を予め別の袋に入れ替え、来た道を少し戻った所で投げ捨てたのち、別の袋に入っていた石を詰め、火と水の魔石を二、三個ずつ混ぜた物を相手に渡す
「それじゃね、お兄さん。ご達者で」
「おう! 元気でな! 」
明るい笑顔を浮かべ、竜車を走らせて行ったが、奴におそらく明日は存在しないのだろうと思うと、それは少し寂しいなと思う
俺が荷物を回収し、アーラム村に向かっている最中。森で大きな火柱が現れたが、即座に大量の水も現れ、火は鎮火、代わりにそこは氷漬けになったらしい。意識してみると、かすかに温度が下がった気もする
まぁなんら問題にはならないだろう。どうせこの世界もまた巻き戻る。ちょうど時期的には第一章を突破したくらいだと思うから全然大丈夫だ。あの人も次の世界ではまた生き返るのだから、一時的な死など問題にはならない
大事なのは結果だ。そこに行き着く過程には犠牲を許容する必要がある。と、かの強欲の魔女ことエキドナも言ってた気がする。確か似たような事を言ってた。俺には理解出来ないが、魔女ってそう言うもんだろうと無理矢理納得する事にしておく
俺はとりあえず、ロズワールの屋敷が見渡せる崖のような場所まで移動し、ちょうど良くあった小さな洞穴に荷物を投げ入れると、崖から落ちるスレスレの場所に立ち、目を凝らして屋敷を観察してみる事にした