〇〇年 オークス

 同世代最強、絶対的な強さを誇った女王に挑んだ1人のウマ娘がいた。

 息を飲む、最後の直線デッドヒート。
 まさに『最強』の名を賭けた、女王と挑戦者のぶつかり合い。

 死闘の果てに栄光のティアラを掴み取ったそのウマ娘が
 日欧米オークス制覇の偉業を成し遂げることを、この時はまだ誰も知る由がなかった。

 誰もが未踏の道を斬り拓く。
 そのウマ娘の名は――

1 / 1
ウマ娘 ブレイヴストーリー

- THE LEGEND -

 

〇〇年 オークス

 

 同世代最強、絶対的な強さを誇った女王に挑んだ1人のウマ娘がいた。

 

 息を飲む、最後の直線デッドヒート。

 まさに『最強』の名を賭けた、女王と挑戦者のぶつかり合い。

 

 死闘の果てに栄光のティアラを掴み取ったそのウマ娘が

 日欧米オークス制覇の偉業を成し遂げることを、この時はまだ誰も知る由がなかった。

 

 誰もが未踏の道を斬り拓く。

 そのウマ娘の名は――

 

 

 

---

 

 

 

「芝が良い」

 

 それは、ある晴れた日のことだった。

 残暑も過ぎ去り、冷たく乾いた風が吹き抜けていったのは、

ここトレセン学園のダートコース練習場。

 

 新人トレーナーであるアナタは、自分が担当している膨れっ面のウマ娘と相対していた。

 

「芝の方がいっぱい人がいるし楽しそうじゃん! 私も芝で走りたい!!」

 

――えぇ……

 

 さあこれからトレーニングを始めるぞという時に目の前の彼女の口から飛び出した不平不満。

 アナタはすっかり困惑してしまい、首を傾げる。

 

 先日行われたメイクデビュー戦。

 ダート1600mのコースで、目の前のウマ娘は後続に4バ身差つけての圧勝劇を演じてみせた。

 ならば当然、このままダートを主軸としたレーススケジュールを組む。

 それがセオリーだし、昨日までの時点では彼女も納得してくれていたはずだった。

 

「だいたいG1って芝のレースばっかでダートのレースほとんどないじゃん!」

 

 それを言ってしまったら元も子もない。

 彼女が気分屋な気質であることは分かっていた。

 その日の気分でトレーニングメニューを変えてしまうことも、2度や3度ではない。

 

 しかし、そこまで目立ちたがりな気質ではなかった。

 むしろ、自分の好きなようにやりたいから、下手に注目を集めることは好きではなかったはずだ。

 

 ダート路線から芝路線へ切り替えるとなればそれはもう、気まぐれという話ではなくなってくる。

 走り方も一から見直さなければならないし、トレーニングメニューだって全部組み直す羽目になる。

 冗談じゃない。だいたいどう見たってこの子はダート向きの走りをするんだ。

 文字通り『世界』だって狙える素晴らしい素質の持ち主。

 それなのに芝へ転向させて、競争ウマ娘として不甲斐ない結果に終わることは許されない。

 

――だいたい、芝のレース走ったことないだろ?

 

「でも大丈夫! たぶん!」

 

 なんじゃそりゃ。

 アナタは頭を抱えた。

 

「いいから行くよ、トレーナー! 頼めば1人くらい追加で練習に混ぜてくれるって!」

 

 こうなった彼女にもう何を言っても無駄だ。

 米俵のように担ぎ上げられたアナタは、深いため息を漏らしながらドナドナされていくのだった。

 

――どうやってダートに戻そう……。

 

「ヤ! 戻らないからね!」

 

――勘弁してよぉ……。

 

 

 

---

 

 

 

翌週。

 

「負けたぁ!!」

 

 控室でションボリするウマ娘がいた。

 さすがに芝に転向してわずか1週間。

 トレーナーであるアナタの許可を得ず勝手に申し込んできた芝1600mの1勝クラス。

 鼻息荒く乗り込んでいったはいいものの、見事に返り討ちにされていた。

 しかし――

 

――に、2着って……

 

 アナタは戦々恐々としていた。

 まだたったの1週間しか経っていないのだ。

 走り方だってまだ芝にフィットしておらず、若干ドタバタと情けない走り方になってしまっていた。

 

 しかし、それで2着。

 担当ウマ娘である彼女の見せたポテンシャルの高さに、アナタは末恐ろしさを感じた。

 

 これは磨けば、ひょっとしたら来年のクラシック戦線でも通用するのではないか?

 仕上げが間に合えば、同世代最強の称号を手に入れることだって夢ではないかもしれない。

 

 広がる夢に、アナタは内心でちょっとほくそ笑んだ。

 

――でも次に繋がる良いレースだったよ。この調子で次は必ず……

 

「もう飽きた! ダートに戻るぅ!」

 

――アッハイ

 

 アナタの夢は3秒で水の泡と消えた。

 

 

 

---

 

 

 

 ダートに戻って翌月のレース。

 アッサリと1着を取ったことで、無事にオープンクラスへの昇級を果たすことが出来た。

 

 これからは来年のジャパンダートダービーの出走を目標に

ダートのレースをいくつか走って賞金を積み重ねていく予定となっている。

 

 なっていたのだが――

 

「やっぱり芝で走るぅぅぅぅぅぅ!!」

 

――またぁ!?

 

 トレーナー室に駆け込んできた担当ウマ娘の突進を喰らいながら、

アナタは自分の胃がキリキリと痛むのを感じた。

 

「アイツアイツアイツゥ!

『私に負けたからダートに逃げるんだぁ? だっさぁ!』だとテメーこの野郎絶対許さないからなそのクソみてえな面に○○して×××からの(ピー音)してやる今に見てろよクソ□□□がぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ……どうやら、先日の芝レースで負けた相手に煽られたのがお冠らしい。

 自分の胸倉を掴みグワングワンと揺さぶる担当ウマ娘の鬼の形相を見ながら、

アナタはそっと静かに意識を失ったのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 芝に慣れよう。

 レース経験も養おうね。

 あとついでに賞金もいっぱい稼ごう。

 

「最後はトレーナーの願望でしょ?」

 

――富と名声が欲しいです

 

「そういう自分の欲望に忠実なところ、私は好きだよ」

 

 というわけで。

 1月フェアリーステークス

 2月クイーンカップ

 3月フィリーズレビュー

 

 芝の重賞を立て続けに制覇していく。

 2月の時点でクラシックではなくティアラ路線に向かうことを選択。その理由とは、

 

「だってアイツもティアラ路線らしいから」

 

 クラシックの方が賞金良いんだけどなぁ。

 アナタは内心残念に思った。

 

「顔に出てるわよ?」

 

 望むのはティアラG1最初の1冠目『桜花賞』。

 芝1600mは過去の重賞で快勝したこともあり、大いに自信満々。

 

 さてその当日。

 パドックで意気揚々と勝負服を見せびらかしているのは、アナタの担当ウマ娘だ。

 

 頭に乗せているのは黒いキャスケット。

 白いTシャツと対照的な真っ黒いライダースジャケット。

 下のチノパンは彼女の栗毛の髪色に合わせてある。

 スニーカーは左が白で右が栗色と非対称。

 そしてなぜか右手首に巻かれた白いスカーフ。

 

 白、黒、栗色と地味な色合いで、肌の露出も少ない。

 派手さはないものの、その渋い出で立ちは一部の中年男性の好みにドンピシャだったようだ。

 野太い声援が彼女に向かって送られていた。

 

──バイクのCMオファーとか来ないかな

 

 大のバイク好きで知られるダービーウマ娘が「なんだアレ! カッチョエー!」と騒いでいるのを見ながら、アナタはボソッと呟いた。

 

 かくして、一部のコアなファンを獲得したアナタの担当ウマ娘は、パドックでの興奮冷めやらぬまま鼻息荒くゲートへと飛び込んでいき……

 

 1着と3バ身差の2着に終わった。

 

 

 

---

 

 

 

 アナタが控え室に入ると、室内の電気は完全に消えていた。

 勘を頼りに壁のスイッチへ手を伸ばす。

 電灯の点いた室内の隅っこでは、両膝を抱えて小さく丸まったアナタの担当ウマ娘の姿があった。

 身体が冷えてはいけないと、アナタはとりあえず自分の着ていた上着を彼女の肩に被せた。

 

「…………負けた」

 

――うん。そうだね

 

 レースの運営係に、レース後のライブ開始時間を遅らせてくれるよう頼むメッセージを入力しながら、アナタは相槌を打つ。

 

「……あれだけ頑張ったのに」

 

 この日に焦点を当てて、かなり厳しいトレーニングもこなしてきた。

 あれだけワガママ放題だった彼女が、文句も言わず歯を食いしばって走り続けるのをアナタは見てきた。

 

「……絶好調だったのに」

 

 今日の仕上がりは、間違いなく過去最高だった。

 数日前の追い切りではタイムも良かったし、何より今度は負けないというやる気が全身にみなぎっていた。

 

「勝てると思ったのに!」

 

 最後の直線。

 仕掛けどころも完璧、思う存分に彼女の差し脚が活かせる馬郡の外からの直線一気。

 その大外から。

 最後方から捲られた。

 

 完全な地力の差。

 レースでも負け。自慢の末脚でも負け。

 自信を完全に打ち砕かれ、うずくまって震える担当ウマ娘の姿は、いつもより一層小さく見えた。

 

 しかし、

 

 

――じゃあ、やめる?

 

 

 アナタの問いかけに、彼女の体の震えが止まった。

 

――もう無理だって諦める?

 

「…………」

 

 床に転がっている帽子を拾い上げてホコリを叩きつつ、アナタは質問を繰り返す。

 

――いつもみたいにワガママ言ってもいいんだよ?

 

 示したのは逃げ道。

 気分屋な担当ウマ娘がやってきたことを、アナタはただただ肯定する。

 しかし小さく丸まったまま、頷くこともせずにずっとジッとしている。

 

 そんな彼女の様子を見て、アナタは小さく苦笑した。

 

――出来ないよねぇ?

 

「…………」

 

――だって悔しいもんねぇ。その子にしか負けてないんだし

 

 6戦4勝。2着2回。

 その2回とも、同じ相手に敗れている。

 

――腹立つよねぇ。言われたい放題やりたい放題で負けっぱなしでさ

 

 ドヤ顔で煽られたと泣きついてきたあの日。

 気分屋な彼女が見せた、負けず嫌いという一面。

 

――気に喰わないよなぁ? 自分より強い奴がいるっていうのはよ

 

「…………うん」

 

――じゃあ、走るしかないだろ?

 

「…………うん!」

 

 耳がヘタレている頭を撫でていると、アナタの担当ウマ娘がバッと立ち上がった。

 

 

「……次のレースは?」

 

 オークス。東京2400m。

 

――最後の直線。めちゃくちゃ長いよ?

 

 末脚勝負になる。

 今回の二の舞になる可能性は充分すぎるほどにあるだろう。

 

「大丈夫」

 

 だって勝つのは私だから。

 不敵な笑みを浮かべる担当ウマ娘の顔を見て、アナタは同じくニヤッと笑った。

 

「あぁ、そうだ」

 

――なに?

 

「口調、無理しないで良いよ。優しすぎるの気持ち悪いし」

 

――さようですか

 

 奮い立たせるためとはいえ。

 ちょっとだけ素の荒っぽい口調で語りかけたことをアナタは後悔した。

 

 

 

 

 

---ウマ娘視点---

 

 

 

 

 

 ひいばあちゃんは、すごいウマ娘だったらしい。

 「神」とも称されるほど強くて、歴代最強の1人と言われていたらしい。

 

 私は会ったことないから知らないけど。

 だからおばあちゃんやお母さんからそんな話をされても「ふーん」。

 走ることは好きだったけど、レースで勝敗を競うのはそんなに面白いと思えなかった。

 

 だから半ば無理やりトレセン学園に入学させられた時は、お母さんたちのことがちょっと嫌いになった。

「ひいばあちゃんみたいになってね」

「貴女には才能があるんだから」

 

 余計なお世話だ。

 

 だからとりあえず、ダートを走ることにした。

 日本の主要なレースは芝。ダートを走ればどうやっても、ひいばあちゃんには届かない。

 

 幸い、私にはダートの才能があったらしい。

 無事に選抜レースで1着を取ることが出来た。

 これで私を芝で走らせようなんてスカウトは来ないだろう。

 私はダートに強いウマ娘ですよー。

 芝で走るなんて無理ですよー。

 

 でも、その目論見は裏目に出た。

「君のひいばあちゃんみたいな走りだ」「きっとひいばあちゃん以上の才能を持ってる」

 芝で走ろう。クラシックだ。ティアラだ。G1何勝だ。

 

 うるさい。

 

 どいつもこいつも「ひいばあちゃん」「ひいばあちゃん」

 私となんの関係があるんだ。

 頼むからほっといてくれ。

 

 私はすべてのスカウトを断った。

 そして1人、練習場のダートコースでのんびり走ることにした。

 誰にも邪魔されず好きなように走ることは、全てから解放される気がして心地良かった。

 

――はぁ……

 

 そこで、"トレーナー"に出会った。

 気付いたら、辛気臭い顔で私の走ってる姿をボンヤリ眺めてた。

 

「何やってるの?」

 

――黄昏れてる。もしくは不貞腐れてる

 

 聞けば、彼は今年トレーナー資格を得たばかりの新人トレーナーらしい。

 担当ウマ娘が活躍すれば大金が手に入る、という噂を聞いたという。

 金に目が眩んでトレーナーになった、割と最低のゲス野郎だった。

 

 まあ、私たちも年頃の少女なわけで。

 そんな欲望まみれの、それも新人で大して実績もないトレーナーの世話になりたいウマ娘なんているわけもなく。

 新人歓迎会の場で吞みすぎた挙句に自分の欲望を叫びまくったせいで、既存チームのサブトレーナーとして招いてくれるところもないらしい。

 

 聞けば聞くほど自業自得でしょうもない奴だった。

 だから、コイツにしようと思った。

 大して実績もなく弱みだらけのコイツ相手なら、自分の好き勝手に出来るだろう。

 そう思って逆スカウトした。

 アンタをトレーナーにしてあげるけど、出るレースとかは私が勝手に決めるから。

 

――あぁそう、好きにすればいいんじゃない?

 

 レースに出て勝ってくれればいいよ。

 適当にも程がある返事だった。

 

 本当にコイツで大丈夫だろうか?

 …………まあいいや。私強いし。

 

 レースはそんなに好きじゃないけど、退学処分にならない程度には出場しようくらいには考えてたし。

 この新人トレーナーは多少の実績が残せるから次に繋がるだろうし。

 そこまで活躍しようとかは考えてないから、適当に走ればいいや。

 そんな軽いノリで、私はトレーナー契約書にサインした。

 

 

 

---

 

 

 

 結論から言おう。

 

 私は少し――――いや、かなり。

 自分のトレーナーのことが好きになっている。

 

 ……勘違いしないでほしい。

 LOVEではなくLIKEの方だ。

 

 というのも、金に目が眩んだこの新人トレーナー。

 ゲス野郎だと思っていたが、思っていたよりも、その。

 

 …………優しかった。

 私がトレーニングしたくないと言えば、気分転換と称して遊びに連れて行ってくれたり。

 アレが食べたいと言えば、薄い財布で色々食べさせてくれたり。

 レース嫌だって言えばメイクデビューの時期を遅らせてくれたり。

 好き勝手しすぎて生徒会の副会長に怒られた時は、黙って頭を撫でてくれたりした。

 

 ちなみにトレーナーは監督不行き届きでたずなさんに怒られてた。

 でも「しかたないよねぇ」って笑ってた。

 …………ごめん。

 

 あと、トレーニング方法もきちんとしてた。

 どうせ型に嵌めて大した指導なんか出来ないだろうと思ってたら、方々に質問しに行ってはアレしようコレしようって考えてくれた。

 

 大金は稼ぎたいけど、楽をしようとは思わない。

 欲望に素直すぎるだけで、その中身は真面目で頑張り屋な良い人だった。

 

 これは良い掘り出し物を見つけた。

 そう思うと同時に、なんだか自分が情けなく思えてきた。

 

 出来ることは何でもやるトレーナーに対して。

 出来るのにやらない私は、どうにも不義理で嫌なウマ娘に思えて。

 

 この人がこれだけ一生懸命やってくれるんだから、私もその恩返しをしたい。

 そう決心したのは、メイクデビューで快勝した翌日に通帳を見て大喜びしているトレーナーを見た時だった。

 

 それはG1レースどころか地方重賞と比べても雀の涙ほどしかない金額で。

 それでも心底嬉しそうに笑顔で「ありがとう」と言ってくるトレーナーの姿はなんていうか。

 見ていて胸がキュゥッとなった。

 

 ということで。

 私は芝のレースに出ることに決めた。

 芝の方が大きいレースも多いし賞金も高い。

 私の実力ならG1だって勝てるはずだし、たくさん勝てばトレーナーもきっと喜んでくれるだろう。

 そう思って臨んだ最初の昇級戦。

 

 私の前に立ちはだかったのは、同じクラスのウマ娘だった。

 私は本能的に悟った。

 あぁ、同世代で1番強いのはこのウマ娘だ。

 

 私は逃げた。

 勝てないことが恐ろしかった。

 勝てばトレーナーは喜んでくれる。

 

 じゃあ、勝てなかったら?

 

 勘違いしないでほしい。

 勝つ自信がないわけじゃない。

 きっと同期最強と言われるあの子にだって負けないくらい、私は才能あふれるウマ娘だろう。

 

 でも、少なくとも今の時点では。

 私より強いのは間違いなかった。

 どうやらあの子は、トレセン学園でも最強と言われるチームに在籍しているらしい。

 それに加えて、芝に特化したトレーニングを積んでいる。

 最近までダートで気ままに走っていた私とは、努力の量が違う。

 

 頑張れば勝てる。かもしれない。

 スタートラインから大きく差を付けられてしまっている。

 その差がなくなったとしても、私と彼女の力量はきっと互角。

 

 もし勝てなかったら?

 1回や2回じゃなく、ずっとあの子に敵わなかったら、トレーナーはどう思う?

 

 私は逃げた。

 やっぱりダートでちょっとずつ賞金を稼ごう。

 負けて賞金がなくなるよりもそっちの方がいいはずだ。

 トレーナーも、その方が喜んでくれるだろう。

 

 ダートの昇級戦。私は圧勝した。

 トレーナーは今回も喜んでくれた。

 ホッとした。

 やっぱり私は間違ってない。

 このままダート路線でのびのび走っていこう。

 そう思っていた。

 

「アンタのトレーナーってさぁ」

 

 …………思っていたんだ。

 

「トレーニング方法すら知らないずぶの素人なんだってね?」

 

 なに笑ってやがんだこのクソ□□□は。

 

 

 

---

 

 

 

 知っていた。

 私のトレーナーが、同僚からもウマ娘からもよく思われていないのは。

 

 「大金を稼ぐ」という動機を、全てのトレーナーがまったく持っていないとは言わない。

 でもそれを表に出すようなバカはいない。

 そう、私のトレーナーを覗いては。

 

 トレーナーの悪口や悪いうわさを流していたのは、私がスカウトを断ったトレーナーたちだった。

 あちこちに質問に行った時、そいつらのところにも訊きに言っていたらしい。

 だから言われた。

 

「トレーニング方法もまともに知らないのにトレーナーになった愚か者」

「せっかくの才能を潰すトレーナーとしての風上にも置けないクソ野郎」

「芝で勝てないからダートに逃げた臆病者」

 

 …………最後は私への悪口じゃない?

 

 根も葉もない、とは言えない。

 でも、全てが真実ではない。

 トレーナーがどれだけ努力してるかも知らないで好き勝手いう奴らに腹が立って仕方なかった。

 

 そしてそれを、比較的仲の良かった友だちが鵜呑みにしていたこともムカついた。

 こんな奴を友だちだと思っていたことにイラついた。

 でも、私が目の前のジュニア女王となった彼女から逃げたことは事実で。

 負けたこともまた事実だった。

 

「じゃあ私に勝って証明すればいいじゃん」

 

 どうせ無理だろうけど。

 

 そう自信満々に言い放たれて、何も言い返せないことが悔しくて。

 

 そこから死ぬ気で頑張ったのに、また負けた自分が何より情けなかった。

 

 

 

---

 

 

 

 アナタの励ます声が聞こえる。

 頭を優しく撫でてくれる手の感触がする。

 ワガママ言ってやりたい放題するくせに、大した結果も残せない最低な私を見捨てず、傍にいてくれるアナタの温もりがする。

 

 私を元気づけようとするその言葉はちょっと的外れで。

 私の気持ちが分からず困ったように笑う不器用さは相変わらずで。

 それでも励まそうとしてくれるその姿は、私に何より勇気をくれた。

 

 仕方ない。

 私を信じてくれるアナタのために、私ももう少し頑張ってみようかな。

 

 あぁ、あと。

 最後のセリフ、ちょっとだけカッコよかったよ。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

 その日のレースは、かなりのハイペースとなった。

 1人のウマ娘が盛大にかかったのだ。

 前走まで差しか先行の位置にいた彼女だったが、ゲートが開いてから早すぎるほどのスタートを決めるとそのまま後続と10馬身ほど差をつけて先頭に立った。

 

 これは作戦なのか。

 場内の大きなどよめきに反して、コースを走るウマ娘たちはこれがかかっていると冷静に判断できていた。

 

 まだ1000mを通過したばかりにも関わらず、遥か先を行くウマ娘の息遣いが聞こえてくる。

 ゼーゼーと酸素を求めて繰り返される苦しそうな呼吸音は、彼女のスタミナが尽きかけていることを示している。

 

 この様子だと、4角前で失速していくだろう。

 そう判断したウマ娘たちは、それぞれ追い出しのタイミングを虎視眈々と伺う態勢に入った。

 

 もちろん、このハイペースに付いていけずに集団の後方へ後退していく者もいる。

 しかし、最後方では世代最強と称されるウマ娘もいる。

 阪神JF、桜花賞で圧勝してきた1番人気。

 

 先頭集団を固めるウマ娘たちは、内心で焦り始めていた。

 早めに仕掛けなければ、彼女がやってくる。

 この長い直線に、あの驚異の末脚。

 4角手前の時点で末脚が届かない程の差を付けなければ、勝てない。

 後ろから迫ってきたプレッシャーから逃げるように、彼女たちは仕掛けるタイミングを早めた。

 

 早めすぎてしまった。

 

 3角手前。

 スパートをかけるには早すぎる位置。

 その位置で、先頭集団が一気に加速した。

 

 その集団のやや後ろ。

 後方集団から2馬身ほど手前。

 周囲からやや孤立した位置。

 

 

 そのウマ娘は、不気味に息を潜めている。

 

 

 3コーナー中間で、大逃げしていたウマ娘が捕まった。

 集団に飲まれてズルズルと後退していく彼女は、後ろから迫ってくる気配を敏感に感じ取っていた。

 

 たしかに今日、最高のスタートを切れた。

 しかしこのままでは逃げになってしまう。

 速度を緩めていつも通り中団の位置まで下がろうとした彼女は、後ろからの殺気とも取れるプレッシャーを感じた。

 思わず速度を上げる。プレッシャーは弱まらない。

 そしてそのまま逃げてしまう。

 後ろから発せられるその気配。

 恐怖の感情に囚われた少女は、そのまま自分のペースを取り戻せぬまま全力で走り続けてしまったのだ。

 

 大逃げのウマ娘は、そのプレッシャーを最後方からのものだと思っていた。

 世代最強の彼女こそが、このとてつもない存在感と闘志を滾らせているのだと。

 しかし、先団に抜かれた彼女はそれが間違いであることを悟った。

 先団の後ろ。差しの位置。

 

 

 その殺気の持ち主は、恐ろしいほど静かに戦闘を追っていた。

 

 

 このままではマズい。

 最後方を走る、自他ともに最強を認めるウマ娘は焦燥の念に駆られた。

 

 思ったよりもペースが早い。

 追い出しのタイミングは直線だと思っていたが、コーナー手前で先頭集団が加速していった。

 これは直線へ入るより前に仕掛けた方が良いだろうか。

 

 ……いや。

 2400mは、まだこの中の誰もが経験したことのない距離だ。

 最後の直線は長いし、さらに長さ200mの登り坂もある。

 

 先頭集団だって、このペースのまま最後まで走り抜くことは出来ないだろう。

 きっと坂の途中で失速する。

 そこを狙う。

 だとすれば、やはり仕掛けは最後の直線に入ってから。

 わたしの差し脚ならば、きっと先頭を捉えることが出来るだろう。

 

 頭の中で展開を組み立て、辛抱を選択する。

 自分の前を走っていたウマ娘たちが、スタミナ切れで自分の後ろへ下がっていく。

 4角出口に入ったところで、戦闘を逃げていたウマ娘もあっさりと抜き去る、その瞬間。

 抜く時に見えたその少女の、恐怖に歪む表情を見て。

 最強と呼ばれた彼女は、仕掛けるタイミングを遅らせたことを後悔した。

 

 

 しかし、展開は概ね予想通りとなっていた。

 先頭集団は10名弱。そのいずれもが、残り480m、府中名物だんだら坂に入った地点でスピードを大きく落としていく。

 

 …………いや。

 

 1人だけ、スピードを落とすことなく坂を駆けあがるウマ娘がいた。

 失速する馬郡の中を切り開いて先頭に抜け出した。

 

 このまま独走態勢に入る、そう思われた直後。

 

 大外からもう1頭、あのウマ娘もやってきた。

 世代最強。クラシック組に優るとも劣らないと称される彼女が迫ってくる。

 

 桜花賞でも見た光景。

 やはり後方からの直線一気か。

 

 2人が横に並びかけたその時、誰もがその勝利を疑わなかった。

 

 

 たった1人の新米トレーナーを除いては。

 

 

 彼だけは知っている。

 少女が走った坂路の量を。

 

 彼だけは知っている。

 少女の流した涙の意味を。

 

 故に、彼だけは分かっている。

 このレースの勝者が、自分の愛バであることを。

 

 ――頑張れ、と。

 小さく、しかし力強く。

 想いを乗せたその言葉に突き動かされるように。

 

 小さな背中が加速した。

 

 

 

---

 

 

 

 ――『ブレイバー』

 

「さあ馬郡を斬り裂いて先頭に躍り出たのは『ブレイバー』!

 後方からは『リグレス』もやってくる!

 完全に2人のマッチレースだ!

 リグレス並び……いや、ブレイバーが差し返す!

 リグレスか? ブレイバーだ! 突き放す!! 躱し切る!!

 勝ったのは、ブレイバァァァァァァァァァ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---激戦の後に---

 

 

 

「あ゛ー!! 負けたー!!」

 

 芝の上。

 ゴロンと寝転がるウマ娘を見下ろす。

 

「あんだけ煽っといて負けるとかダサすぎ~……」

 

「…………へ?」

 

 激しい呼吸に上下する豊満な胸を恨めしそうに睨みつけていたら、気になる言葉が耳に入る。

 

「悪かったわよ。アンタのトレーナーを悪く言って」

「だってさ。せっかくライバルだと思ってた子がダート行っちゃってさ」

「しかも良くない噂ばっか聞いちゃったら、心配になっちゃうじゃない」

「引き離してわたしと同じチームに入れようと思ってたけど、余計なお世話だったみたいね」

 

 大嫌い。絶交。

 数か月前にはそんな言葉を交わした友人の、思いがけない言葉。

 

 彼女が自分をライバルだと思っていてくれたこと。

 自分の身を案じていてくれたこと。

 

「頭撫でられてめちゃくちゃニヤけてたしね」

 

「いつ見られてたのぉ!?」

 

 自分の恥ずかしい秘密がバレてしまったこと。

 

「そ、その件はくれぐれも内密に……」

 

「え~? どうしよっかなぁ?」

 

 勝ったウマ娘が負けたウマ娘にペコペコする。

 その不可解な光景に首を傾げる観客たち。

 

「じゃあ、次は秋華賞で勝負ね!」

 

 次に逃げたら許さないから。

 そう言って笑う親友に、もちろんだと返事をして。

 

 2人のウマ娘は互いの健闘を称えて、固く握手を交わした。

 

 

 

---

 

 

 

 地下道。

 アナタは、戻ってきた自分の担当ウマ娘を存分に労った。

 めちゃくちゃ褒めた。

 たくさんチヤホヤした。

 

「ちょっと、気持ち悪いんだけど」

 

 落ち込んだ。

 

「ねえ、トレーナー?」

 

 控室に戻る途中。

 自分の服の裾をそっと握る少女の頭を撫で、どうしたのかと訊き返す。

 

「ワガママ、言ってもいいかな?」

 

――もちろん!

 

 これまで散々振り回され、少しばかり辟易していたが今回ばかりは訳が違う。

 何てったってG1制覇だ。

 その素晴らしい結果、ライバルを打ち破る悲願の勝利。

 これだけ頑張ってくれた少女のワガママ1つ聞けずして、何がトレーナーか。

 

 アナタは何でも言っていいぞと胸を張る。

 

 

 

「じゃあ、海外に行きたい!!」

 

 

 

 アナタは深く、後悔した。

 

――英語、分からないんだけど

 

「私が分かるから問題ないね!」

 

――アッハイ

 

 

 

---

 

 

 

 次の伝説を見よ。【オークス】




ブレイバー

芝A ダートA
短距離B マイルB 中距離A 長距離F
逃げ G 先行 B 差し A 追込 B
パワー+20% 賢さ+10%

固有スキル『不屈の開拓者』
    最終直線で他のウマ娘に囲まれている時に道を切り開き、加速する。



育成目標
    メイクデビュー出走
    重賞で3着以内を2回以上
    桜花賞で5着以内
    オークスで3着以内
    秋華賞で3着以内
    エリザベス女王杯で2着以内(オークス1着の場合)
    ダートG1で3着以内を2回(11月前半まで)
    チャレンジカップで1着
    東京大賞典で1着

固有2つ名【不滅の女王】
    オークス・エリザベス女王杯・JBCレディスクラシックで勝利し、
    2着以下3回、3着以下1回のみでG1を9勝する

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。