「ねえねえ、ナルくん」
なんだよ、今おれは忙しいんだ。
そうやっておれは、隣を歩いている幼馴染のルン子を追い払おうとするのだが、ルン子はますますまとわりついてくる。
「そんな“ながらスマホ”なんか止めてさあ、遊びに行こうよお。ほら好いお天気じゃない? 散歩したらきっと好いインスピレーションが得られると思うよ~?」
うるさい、書かねえ奴に人権はねえんだよ。だいたい『好いお天気』なんていうけれど、見上げた空はグレーの雲に覆われた曇天、晴れてもいないじゃないか。
スマホに文章を打ち込む手を止めずにそう答えると、ルン子はぶーたれた。
「人権っていうのはね、犯罪者でもひとでなしでも与えられるもんだよ。たかが小説の投稿を一日サボったくらいで無くなったりしないよ」
毎日投稿しないと見放されるんだよ、特に小説投稿サイトはな。
「今日投稿する分を書かないといけないんだ。邪魔しないでくれ」
「ちぇー、つまんないのー」
今日の執筆ノルマは7000字、次こそはランキングに入るんだ。こっちはそんな渾身の想いで文章を打ち込んでるのに、ルン子ときたら。
……まあ50話も書いてるのに未だに日間ランクにすら入れない体たらくだから、自分でも望み薄だと自覚はしているのだが。
そんなおれの心情を知ってか知らずか、ルン子はなおも絡んでくる。
「そこまでしないと読んでくれないような薄情な人たちなんて、どーでもいいじゃんか。ねえ、わたしに読ませてよ。ナルくんの書いた小説、わたし読んでみたいなあ」
やだよ。Web小説をリアルの幼馴染に読まれるとか、どんな拷問だっつーの。
そう答えると、「ネットに載せるのはいいくせに……」とルン子は
「Web小説なんて、この超絶銀河スーパーウルトラセクシーキュートな美少女:ルン子ちゃんを袖にしてまで入れ込むもんじゃないと思うけどな」
「……それ、自分で言ってて恥ずかしくないか?」
「……ちょっとだけ///」
なら何故言ったし。
頬を染めたルン子は、おれからの胡乱な目線を振り払うように「そもそもさあ、」と言った。
「たしか『特撮怪獣が三十匹集まってプロレスする話』だっけ? 怪獣なんて映像作品だから面白いんであって、小説にしたところで誰も読みたがらないと思うよ。それよりも皆が興味関心を持ってくれるような、流行り物の人気ジャンルを書いたらどう? ほら、ウ〇娘とかさ、流行ってるらしいじゃん?」
よく知ってるな。最近のランキングはあの作品の二次でもちきりだ。他のSNS、たとえばTwitterでも『怪文書』とか題した短編群が投稿されているのをよく見かける。
無論みんな『好きだから書いてる』んだとは思う。思うが、中には『流行りだから書いてる』って奴もいないことはなかろう。『流行りがあるというのならそれに乗る』、たしかにそれは賢い判断なんだろう。
けどな、
「ウマだと書けないんだよこのアイデアは。そもそもゲームやらんから知らんし」
おれの答えにルン子は「そうかなあ」と首をひねる。
「書きたいアイデアが本当に面白いものなら、ジャンルが変わったって面白いものにできると思うけどなあ~。そういう妥協とかはしないの? いっそナルくんも遊んでみたら? 案外面白いかもしれないよ、〇マ娘」
やだね、そんな『ウケたいから書いた二次創作』なんて、原作へのリスペクトに欠けるだろ。
それに、安易な流行り物なんて書きたくない。そんなの、媚びるようなもんじゃないか。媚びれば人気が出るのは当たり前、おれは実力で評価されたいんだ。
そんなおれの答えに、ルン子は「うーむ……」と唸った。
「好きなこと書きたい、評価もされたい、それは欲張りだよ。だいたい『媚びる』っていうけどさ、読者は楽しませてもらいに来てるんだから、ナルくんの言う“媚びる”作者や作品に人気が出るのは当然なんじゃないかなあ。むしろ作家なんて、読者に媚びてナンボなんじゃない?」
いや、そんなことは。
言い返したかったが、一方でそう言い切れない自分もたしかにいた。
たとえば、巷の批評家気取りのな〇うアンチどもみたいに『異世界転生チート小説が如何に読者に媚びた代物であるか』を分析しあげつらってみたところで、つまるところそれこそが『読者にとっての面白さ』ということに他ならない。媚びれば媚びるほど面白いもの、それがエンタメの本質だ。媚びているのが不快に感じるのは、受け手の感性が捻くれているか、もしくは作者の媚び方が下手糞だからである。
だとしても、おれは言った。
「そうやって快楽中枢をくすぐるだけじゃ、麻薬でラリってるのと変わんないだろ。小説ってのは本来そういうもんじゃない。『本当に面白いもの』なら、そんな小細工に頼らなくたって伝わるはずさ」
そう強弁するおれに、ルン子は言う。
「そういう理想を押し通せるのって、多分ほんの一握りの、プロフェッショナル級の文章の天才みたいな人だけだよ。そしてそういう人たちだって結局は、皆から喜んでもらえるように工夫を凝らしているはずだよ。Web小説、いや、インターネットの創作の世界なんて本当はきっと、ナルくんが思ってるようなストイックな
……もういい。
とうとうおれは立ち止まった。
「先に帰れ。気が散る」
「えー? 家までまだしばらくあるじゃん。もうちょっと一緒に行こうよ」
「うるさい」
つっけんどんなおれの態度で、ルン子もようやく察したようだった。そっぽを向いたおれの顔を恐る恐る覗き込みながら、ルン子は訊ねる。
「……ねえ、わたしが一緒にいたら邪魔? だったら帰るけど」
「…………。」
おれが黙っていると、ルン子は目を伏せていた。
……その表情には見覚えがあった。
おれとルン子は幼稚園からの幼馴染だ。おれたちが小学生に上がってもその関係性は変わらず、ルン子は平気でおれに話しかけてきた。おれはというと、今でこそ慣れたものだが小学生の頃のおれはその年代特有のアレで、ついルン子に冷たく接してしまうことが時々あった。
そういうとき、ルン子は決まってこういう風に悲しげな顔になったのだ。
「……ごめん。そうだよね。わたしがいたら集中できないよね……」
……おい、よせよ。流石に気が咎めてきたおれを尻目に、ルン子は踵を返した。
「今日は先に帰るね。でも、また今度お話ししようよ。絶対だよ? 約束だからね?」
「……ああ、悪いな」
それじゃ、また明日学校で会おうね!
そう言って、明るく手を振りながら歩き去るルン子。その後ろ姿を、おれはじっと見つめていた。
独りになってからおれも、ふう、とため息をつく。
「……ホント、バカだなおれは」
まあ、確かに無神経な言い方をされてイラッとしたのはあるし、ルン子のことだから明日にはケロッとしてそうな気もする。
だが、こっちもちょっと言い過ぎというかやり過ぎたかもしれん。明日会ったら謝ろう。
そう思いながら、おれも家路を急いだ。
それから数日後、おれは最強のアイテムを手に入れた。
その名は人工知能:ノーヴェロイド。どこぞの音声合成ソフトみたいな名前からもわかるとおり、小説:Novelを書く人工知能ソフトである。
使い方はとってもシンプル。インターネットに接続して学習プリセットを作成、続いて三幕構成に基づくプロットと、サンプルとなる文章を読み込ませる。たったそれだけで、指定の文字数の小説を執筆してくれるのだ。
従来の『小説を書く人工知能』といえば、学習したサンプルのデータを基に出鱈目な文章を出力するだけの代物だった。好事家がバットマンの脚本やハリーポッターの新作を書かせてみたものの、結果は『ジョーカーは病的なユーモアのセンスで銃弾をそらす』だの『山盛りの灰のようにみえるものの肖像』だの、意味不明で出鱈目な代物しか出力されなくて物笑いの種になったのは周知の所であろう。
しかしノーヴェロイドは違う。
おれにノーヴェロイドを譲ってくれた開発者によれば、ノーヴェロイドには『メタ認知』というこれまでの人工知能にはない画期的な機能が搭載されているのだという。
メタ認知の機能、これで何が出来るかというと文章の判定、端的に言えば「『自分が書いた文章がウケるかどうか』の判定を学習する機能がある」のだという。各小説投稿サイト、毎年の文学賞、本屋大賞、etc……それらのデータをネット上から拾ってきて『ウケる傾向』を学習、それを基準に『ウケる文章』を出力する。従来の人工知能が出力してきた文章が支離滅裂だったのは、『出力された文章が面白いかどうか人工知能自身で評価する能力が無かったから』だと開発者は誇らしげに語っていた。
実際試しに、いくつかボツにしていた短編のプロットを読み込ませて執筆させてみたけれど、かなりの美文だった。ランキングに載ってるような文章とほぼ遜色がない、というか正直なところおれが書くよりよほど巧い。文法は適切ながらも読みやすさのために時折崩してみたり、軽妙なユーモアも盛り込んであったり、ランクどころか商業作品にしても遜色ないレベルの代物が、たったのクリック数回で出力されていた。
……これならイケる、そう感じた。
だけどこんな凄いもの、おれなんかが使っちゃっていいのだろうか。ノーヴェロイドを使わせてもらうにあたっての条件は、『ノーヴェロイドが学習したプリセットを定期的に開発者へ送る』だけ。金は一文も払っていない。
……何か落とし穴があるのでは??
そう思って開発者にも何度も確認してみたが、開発者は「個人情報抜いたりはしないから大丈夫だよ」とのことだった。
『実際の使い心地を知りたいだけさ。だいたいWeb小説書いてる人の個人情報なんて、抜いたところで一文にもなりゃしないよw』
……それもそうか。
さて、そうと決まれば投稿だ。
おれは人工知能に書かせた小説を、毎日決まった時刻に投稿することに決めた。毎日投稿すれば嫌でも目につくし、多くの人の目に晒されれば嫌でも評価はつく。決まった時刻、というのが重要だ。定期的にチェックされるようになれば、それだけ意識にも留まりやすく、読まれやすくなる。
とはいえ何時でもよいわけではない。いくら毎日投稿しても深夜三時では読むのは体内時計のいかれた生活破綻者だけ。まともな人間に読まれたかったら、彼らが落ち着いて読める時間にしなければならない。早すぎれば読まれる前に流れてしまうし、遅すぎてもやっぱり読まれない。
長年利用し続けてきた経験から、投稿する時刻は夕方から夜にかけてに設定した。通勤通学、夕食を摂りながら、入浴しながら、何かの片手間にWebサイトを巡回するのにちょうどよい時刻。
あ、そうそう、どの作者もゼロゼロ分きっかりに投稿しがちだから、他の連中を出し抜くならゼロゼロ分から数分ずらすのがコツだ。ただし土日に関しては夜ではなく昼間にしている。夜は他の作者の投稿が集中して流れやすいからな。
それから重要なのは『文字数』である。
ノーヴェロイドを使えば10万字でも100万字でも出力できるけれど、小説投稿サイトには文字数制限があるし、制限がなかったところでそんな文量をいきなりぶち込まれて読む奴はやっぱり変人だ。変人だけに読まれたところで、ランキングには乗れない。
人間が一分間に読める文字数は400~600文字だという。そこから逆算して10分程度で読むなら、一話ごとに5000~6000字くらいになるだろうか。
そこに起承転結を織り込んでまとめる。人間だったらプロ作家レベルの特殊技能だが、ノーヴェロイドに掛かれば朝飯前、規定文字数通りにぴったり収めてくれた。
また序盤は一話完結気味に、お決まりのパターンを築いたところで連続エピソードが続くように構成した。Web小説は導入が命だ、むしろ冒頭さえ良ければエンディングなんかどうだっていい。最初で攫めれば、そして見放されないようにストーリー展開に気を付けておけば、あとは気に入ってくれた読者たちがついてきてくれる。
全100話、50万字、まずは小手調べだ。
全話分の予約投稿をセットし、おれはベッドに入って眠りに就いた。
それから3ヶ月後。ノーヴェロイドに書かせた小説に思わぬ反響があった。
ぶっちゃけると予想外にウケた。日間ランクに入れば御の字くらいのつもりだったのだが日間どころか週間、月間、気づけば累計ランクでトップを獲っていた。
挙句の果てに書籍化の連絡すら来た。まさか夢にも思っていないのだろう、累計ランクでトップを獲り続けるような傑作の正体が、人工知能に書かせた生成物でしかないなんて。
無論、おれは断った。商業の世界に興味はなかったし、あったとしてもプロの目まで騙しきれるほど商業の世界は甘くない。
そもそもおれは金儲けやチヤホヤされたくてやったわけじゃない。おれがやりたかったのは、小説投稿サイトのランキングシステムや評価システムがいかにイーカゲンで無意味なものなのか証明することだ。人工知能が書いた生成物がランキングの頂点にあり続けさえすれば、それはおれの勝利なのだ。
周辺のコミュニティを覗いてみると阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
……良い気味だ。まさに最高の気分だった。
「なにニヤニヤしてんの?」
そう言って声をかけたのは、いつものとおり幼馴染みのルン子であった。
そうだ、こいつにも教えてやろう。
一連のいきさつを話すと、ルン子は腕を組んで言った。
「……うーん、いいのかなあ、そんなの」
いいんだよ。読者は『面白いものが読める』、おれは『気分が良い』、Win-Winだ。誰も損をしない。
そんなおれに、ルン子は眉を顰めていた。なんだその目は。
「……ナルくんさあ、『皆から見下されてる』みたいに思ってない?」
ああ、そうだが。事実だろ? おれがそう応えるとルン子は首を左右に振った。
「誰もナルくんのこと見下してなんかないと思うよ。興味がないだけだと思う。皆そうだよ、Web小説なんて書く方も読む方も所詮は『ながらスマホの暇潰し』だもん。見下したり馬鹿にしたり、そんなめんどくさいことなんてしないよ」
……興味がないだけ、ねえ。
とはいえおれに言わせれば、興味が無いってことは路傍の石ころ以下、つまり見下しているのと変わらない。だから思い知らせてやるんだ、おれのことを黙殺してコケにしてきたあいつらに。
「……もうやめようよ」
そんなおれにルン子は言った。
「そんなことしたってナルくんの格が堕ちるだけだよ。ランキングだの投稿サイトのシステムだのが気に入らないからってそんなことしたら、馬鹿にしてきた人たちと同じレベルに堕ちてしまうよ。もっと違う、他に楽しいことを探そうよ。だから、ね?」
……ルン子、おまえの言うとおりだ。おまえはホントに正しいよ。
たかが『ながらスマホの暇潰し』ごときにそこまで入れ込んで、怨念燃やして、こんなくだらんことまでして。そんなおれの方がよっぽど間違ってるんだろうさ。
でもな、わかってるんだよ、それくらい。
だって悔しいだろ?
面白いと信じて書いた自分の作品が、『ランキングに乗るかどうか』なんて理由のために誰からも見向きもされないなんて。
そんなの悔し過ぎるじゃんか。もう、こうするしかなかったんだ。
「……また人工知能に書かせるの?」
ルン子の問いに「ああ」とおれは答える。どうせおれが書いてもウケないしな。
文章を書いたのは人工知能だが、プロットを考えたのはおれだ。プロットは通用することは分かったのだ、ノーヴェロイドに書かせればまた一位獲るなんて楽勝さ。
「……わたしは嫌だなあ、それ」
そう呟いたルン子に、おれは眉をしかめた。
なんでだよ。別にいいだろう。読者の皆も面白いって喜んでくれる。おれも、ランキングに乗って悦に入ってる奴らを見返せて気分が良い。悪いことなんか何もないじゃないか。
そう抗弁するおれにルン子は背を向ける。
「……まあいいけどね」
そうしてすたすたと歩き始める。
おまえ、怒ってないか? おれは訊ねてみたけれど、ルン子は足を停めなかった。
「べつに。じゃあね、バイバイ」
……なんだよ、一体。
ルン子が何を考えているのか、おれには分からなかった。
ルン子がよくわからないのは昔からだけれど、今回はいちだんとよくわからなかった。
……まあ、ルン子のことはとにかく、おれは素晴らしい最高の武器を手に入れたのだ。これでようやく、あの連中をぎゃふんと言わせられる。
そう思っていた。
おれの“絶頂”は、長くは続かなかった。
気づき始めたのは、おれがノーヴェロイドを使って小説を投稿し始めてから数ヵ月後、投稿すれば常にランク一位を取り続けてきたはずのノーヴェロイド小説が日間ランクの一位を逃がしたことだった。
最初はさほど気にも留めなかった。日間ランクとはいえ実態はランダムのピックアップに近いものだ。何らかの乱数の都合だか偶然だか、たまにはそういうこともあるのだろうと思った。
しかしそれが数日続くようになり、週間、月間ランクまでもを逃がすようになって、ようやく異変が起きつつあることをおれは認識した。
おれの人工知能小説からランク上位を奪った作品群、どんな作品なのだろう。一通り目を通し、そして何が起こったのかをおれは理解した。
――他の作者もノーヴェロイドに小説を書かせてやがる!
ちょっと調べれば、タネはすぐに割れた。
おれが使っているノーヴェロイド、それがWeb小説作者の集まるコミュニティで共有され、おれ以外の作者たちも使うようになっていたのだ。ご丁寧にも、おれが作成した学習プリセットと一緒に。
最高のセキュリティとは複雑なパスワードでも厳重な暗号化でもない、存在自体を知られないことだ。人工知能ノーヴェロイドもおれだけが存在を知り、おれだけが使うからこそ意味がある。他の作者も使うようになってしまっては、そのアドバンテージが完全になくなってしまう。
……どういうことだ、ノーヴェロイドはおれにだけ渡したんじゃなかったのか。
おれはノーヴェロイドを譲ってくれた開発者と連絡を取ろうとしたが、気づいたときには伝えられていたアドレスもアカウントも、連絡先すべてが不通になっていた。
件のコミュニティのログを掘り下げてみると、ノーヴェロイドの開発者と思しき人物が、おれがどうやってランクで一位を獲ったのか、その経緯をすべてコミュニティのチャットで赤裸々に、かつ派手な尾鰭までつけてブチまけていた。
いわく、
『このソフトを使えば誰でも簡単にランキング入りできるんだぜ!』とか。
『このソフトを使ったら今月だけで十万PV超えました!』とか。
『どうやら同じ方法で他にもランキング入りした連中がいる』とか。
そして憤慨する他の作者たちの対抗心を巧みに煽り、自分が作った人工知能ノーヴェロイドの正式版シェアウェアを購入するように仕向けていた。
そのときになってやっと気づいた。
おれは利用されていたのだ、と。
……くそがッ!
おれは憤りのままに机を叩きつけたけれど、何も出来なかった。
そうこうしているうちに小説執筆人工知能ノーヴェロイドはあっという間にWeb小説界隈全体へと広まり、各地の小説投稿サイトのランキングは瞬く間に塗り替えられて、ついにはランキング上位作品すべてがノーヴェロイドが出力した人工知能小説に席巻された。
しかも、どれもこれも似たようなプリセットで調教されていたため、たとえ普通の読者は騙せても、実際に使った経験のあるおれのようなユーザーから見れば、それらすべてが人工知能によって自動出力されただけに過ぎないことは明白だった。ときにはランキング上位の作品すべてが同じ学習プリセットで、プロットと文体サンプルが変わっただけ、などという異常な状況が生じさえした。
このままではWeb小説の世界が滅茶滅茶になってしまう。流石のおれもこの状況に危惧を覚えたが、かといってどうすることもできなかった。
だが、転機はやがて訪れた。
ノーヴェロイドの小説が猛威を振るいはじめてから数ヵ月後、小説を自動で執筆する人工知能に続いて現れたのは『小説を査読する人工知能』だ。
人工知能で創った偽画像、いわゆるディープ・フェイクを見破るのと同じだ。人間の目には区別がつかなくとも、ノーヴェロイドのユーザーたちが使っているプリセットを学習させた人工知能に査読させれば、人工知能が書いた小説か否かの判定は容易に可能なようだった。
このような査読を行う人工知能、通称:査読AIを、各所の大手小説投稿サイトは順次導入していった。査読AIの的中率は百発百中、ノーヴェロイドに丸ごと書かせた小説をどこかに投稿すれば即座にBAN、アカウント停止になってしまうのだという。
……この査読AIを作ったのがノーヴェロイドの開発者だった、というのは出来すぎな気もするが、どうもそれが事実らしい。今となっては縁もゆかりもない、むしろ関わり合いになりたくない相手だからどうでもいい話だが、ノーヴェロイド開発者はこれでまた一儲けしたようだ。地獄に堕ちればいいのにと呪ってみたけれど、何にもならなかった。
とにもかくにも一度ブームが起きれば、次に来るのは揺り戻し、バックラッシュだ。
人工知能ノーヴェロイドによる純粋な人工知能小説は、Web小説の表舞台からまたたく間に姿を消していった。今となっては、『人工知能の研究を行なうための実験小説』として書かせる用途でしかお目にかかれなくなっているらしい。
とはいえ、である。
ノーヴェロイドそのものが完全にお役御免となったかというと、必ずしもそうでもなかった。
便利な道具があれば、どんなものであれ頼ってしまうのが人間だ。技術革新はいつだって一方通行、進んだ時間を戻すことが不可能なように、ひとたび世に出てしまったテクノロジーを無かったことにはできない。
そこでどうなったかというと、今度は『人間と人工知能のハイブリッド小説』が書かれるようになった。
ハイブリッドといっても半人半機械のサイボーグが書くわけじゃない。攻殻機動隊じゃあるまいし、そんなサイバーパンクな未来は当分先だろう。
では、人間と人工知能のハイブリッド小説とは如何なるものか。
たとえば、である。
恋愛小説が書きたいけれど、恋愛描写を書くのが苦手なアマチュアがいるとする。青春の甘酸っぱいストロベリーフィールズフォーエヴァーだったり、大人同士の濃厚なラブシーンだったり、そういう恋愛描写を書きたいのだが、とにかくいずれも童貞の想像力と羞恥心の限界でどうしても書けないのだとする。従来なら書くのを諦めるか、質の悪いもので妥協するか、はたまた修行でもして力をつけて出直すか、いずれにしても手軽に満足のゆく結果は得られない。
そこで人工知能ノーヴェロイドの出番だ。
どうするか、って? どうしても書けない場面を、自分の文体に合わせて調整したノーヴェロイドに書かせるのである。
無論そのままでは違和感が出るし、先述の査読AIに引っ掛かってしまうのであとから作者自身で手を入れる必要はあったが、逆に言えばそれだけで済むということでもある。出来上がった文章に自分なりのオリジナリティを反映すればいいだけなのだから、ゼロベースで書くよりもずっと楽だ。挙句の果てには、プロットは自分で考え、全編をノーヴェロイドに下書きさせた上で自分はあとから手を入れるだけ、というスタイルの作者も現れるようになった。
質の良い作品が誰でも、気軽に、楽しく書ける。そんな人間と人工知能によるハイブリッド小説は読者・作者双方において人気を博した。
考えてみれば当然だ、読者からすれば面白い作品がより増えるわけだし、作者からすれば労せずして質の良い作品を書くことができる、どちらにとっても善いことだった。作家たちはアマチュアもプロも皆こぞってノーヴェロイドを利用し始め、そうやって書かれた作品群を読者たちは喜んで迎え入れた。
『人間の手で書かれない小説なんて認めねえ!』
そんな風にのたまう、硬派気取りの御立派な手合いも多少はいた。
しかしそんなのは時間を経るにつれて減っていった。新しいものはいつだって叩かれる。かつては異世界転生モノがそうであったし、さらに言えばかつてのライトノベルや夢小説にケータイ小説、SF小説もそうだった。さらに大元を辿っていけば、小説という概念自体が四書五経大説のアンチテーゼとして生まれたものだ。
結局のところノーヴェロイドも査読AIもただの道具であり、『小説を書く/読む』、そのために役立つ便利なツールが一つ増えただけに過ぎない。そんな時代の変化にもついていけないロートルどものツマラナイ戯言は、かつてもそうであったように『面白い』という圧倒的な強さによって他愛なく押し流されていった。
かくして、理論上は誰にでも、どのような話でも書くことが可能になった。小説執筆において『文章力』などという曖昧なスキルはもはや要らない。必要なのはやる気と、プロット作りの能力、そして流行りを見極めるセンスだけ。誰もが自分の思いついたアイデアを自由に、誰にとっても読みやすい形で、そして気軽に書ける新しい時代が到来したのだ。
でも、その素晴らしい世界に、おれの居場所はない。
Web小説に限らずインターネットの世界では、『初めて』が持て囃される。
初めて異世界転生した無職、初めて悪役令嬢を主人公にした小説、ゲームで防御力に全振りした斬新な最強ヒロイン、追放してきたパーティに逆襲する斬新な主人公、RTA動画に着想を得たRTA小説……読者はいつだって新しいものが好きだし、どんな作者だってそんな『初めて』を創り上げようと躍起になっている。
そんな世界でおれが成し遂げた『初めて』は、最低最悪の悪行だった。
やったことは、ただ小説を投稿しただけだ。人を殺したのでもなければ、物を壊したわけでもない。
しかし重大な禁忌を犯したのは間違いなかった。法的に罰せられることはなかったとしても、おれがやろうとしたことはランキングの不正操作、クラッキングも同然だ。しかも、後続の模倣犯が大量に出て、一時はサービスの目玉であるランキングシステムが機能不全に陥る大惨事まで引き起こした。その火種となったおれが、御咎めなしで済むはずがなかったのだ。
人工知能ノーヴェロイドを悪用したおれのことはWeb小説界隈へ幅広く浸透し、その結果としておれが使っていたアカウントは永久凍結、それどころかおれはあらゆるWeb小説投稿サイトへのアクセスが拒否されるようになった。
それだけじゃない。『人工知能が書いた文章を排除できる』ということは、『特定の作者の文章を選んで排除することが出来る』ということでもある。特定の作者、つまりおれは査読AIのブラックリストに登録され、おれが小説投稿サイトにアカウントを作って小説を投稿しようとすれば、それはノーヴェロイド小説と同じように排除されてアカウントごと停止される羽目になった。
今でも周辺のコミュニティは匿名でROMしているし、書籍化された作品はある程度読んでいる。だけど、今のおれには小説を投稿することは許されなかった。
早い話、おれは、Web小説の世界から永久追放されたのである。
……無論、反省はしているつもりだ。作家として、いや人として最低限のモラルを踏み躙ったのだからまさに自業自得、当然の報いだろう。むしろ業務妨害で訴えられて尻の毛まで毟り取られる可能性だってあったろうに、この程度で済んだのは運が良かったのだとさえ思う。
……ただ、その『初めて』がおれじゃなければ。
そんな想いはどうしても拭いきれなかった。もしもその『初めて』がおれでさえなければ、あるいはおれも今頃はノーヴェロイドの助けを借りた作品を書いて、幸せなWeb小説ライフを謳歌していたのかもしれない。
そう思うと、一抹の寂しさは禁じ得なかった。
「ねえねえ、ナルくん」
そんな鬱屈した日々を過ごすおれを、今日もルン子は呼び止めた。
「今日も執筆してんの? ま、どーせ読ませてくれないんだろうけどさ」
うっさい、ほっとけ。絡んでくるルン子にそう言い返そうとして、ふとおれは思い止まった。
……そういえば、ルン子はおれの小説を読みたがっていた。それに、おれがWeb小説の世界から完全に追放されようが、こいつにはまるで関係がない。ネットじゃ誰もちゃんと読んでくれなかったおれの小説だが、ルン子なら読んでくれるんじゃあないだろうか。
「……なあ、ルン子」
「なーに、ナルくん?」
気の迷い、というのはきっとこういうのを指すんだろうな。おれはルン子に言ってみた。
「……おれの小説、読んでくれるか?」
途端、ルン子の表情がパアッと電気を点けたみたいに明るくなった。
「えっ、本当に!? 読ませてくれるの!?」
まるでおあずけから解放された子犬のような興奮っぷりである。尻尾が生えてたらさぞやブンブン振り回していただろう。
おいおい、そんなに読みたかったのか? おれが引き気味に言うと、ルン子は笑顔をほころばせながら答えた。
「だってこれまでどんなに頼んでも、全然読ませてくれなかったじゃない。ナルくんの小説、楽しみだなあ! 本当に読ませてくれるの??」
「ああ、明日プリントアウトして持ってきてやるよ」
「わかった、楽しみにしてるね!」
そして翌日の放課後。
おれはルン子に、昔小説投稿サイトに投稿していた作品の一部を渡してやった。
ルン子は、おれの渡した原稿を最後の一文字までじっくり丁寧に読み、そして終わった開口一番にこう言った。
「……うん、面白くないね!」
あ、あれ。夢中になって読んでいたからてっきり楽しんでるのかと思ってたが。
ルン子は申し訳なさそうに視線を泳がせながら言った。
「ナルくん、いつも頑張って書いてたし良いところを探そうと思ったんだけど、読めば読むほどつまらさなさがほとばしる、って感じで、良いところが見つからなかった。ごめんね」
そんなに、そんな謝るほどにか!?
おれが恐る恐る訊ねると、ルン子は「うん、とっても」と頷きながら所感を述べ始めた。
「現実で冴えない主人公が剣と魔法の異世界にTSF転生して、大活躍して、モテモテハーレムを創る、ありきたりだけどまあそれはいいとして、キャラ描写が薄くてまったく感情移入できないし、展開も構成も雑だし、味わいだとかノリだとかで突っ切るにしてはギャグもテンションも全然足りないし弱いと思う。導入も微妙だし、文章力どうこう以前にそもそも『どこが面白いのか、どういう話なのか』、そういう話の筋を全然伝えられてないよね」
「うっ」
「それに、小難しい漢字や熟語を使いたがるわりには語彙が少なくて退屈だし、しかもところどころ意味も使いどころも間違ってるし。多分パソコンの変換で出てくるのを片っ端から漢字にしてるんだろうけど、そのくせ文体は若者言葉みたいでなんだかチグハグだし、平仮名で良いはずの補助動詞や形式名詞まで漢字にしちゃっててワケワカンナイところもあるし、なんでもかんでも漢字にすればカッコイイってもんでもないんじゃないかなあ」
「ぐっ」
「変なところで改行が入ったりフォント変えたりしてるけど、これなに? 読みやすくしてるつもりなのか、メリハリをつけてるつもりなのか、どういうつもりなのかわかんないけど、本当に上手い人はこんな小細工使わないだろうし、改行だのフォントだのじゃなくて文章そのもので読ませてこそ良い文章なんじゃないかな。正直、何もしない方がずっと素直で読みやすいよ」
「がふっ」
「ストーリー自体はありきたりなのに、なんだか複雑で細かい設定の羅列ばっかりで、お話というより『ぼくのかんがえた最強の設定集』を読んでるみたいだった。そのわりにはどの設定もどこかで見た様なパクリでしかないし目玉といえるほどの魅力もないし掘り下げも浅い、設定世界観で勝負するのもだいぶ苦しいかなあって。あ、あとね……」
「わ、わかった、もういい、やめろ、頼むからやめてくれっ、これ以上やったら死ぬ! 色んな意味で!」
……なんて奴だ。
ルン子って、実はWeb小説もかなり読んでるんじゃあないのか。ここまで踏み込んだ批評が出来るあたり名のあるスコッパーか、あるいは作者かも知れん。そういえばこいつ、こう見えて国語の成績は結構良いんだよな。
幼馴染みの意外な一面におれが驚いていると、ルン子は「……だけどね、」と言った。
「だけど、スゴく素敵なお話だったよ」
良いところがまるでなかったのにか?
そう聞き返すと「『出来の良し悪し』と『好き嫌い』は別の話だからね」とルン子は答えた。
「たしかに出来は良くないかもしれない。けどね、人工知能なんかじゃ絶対書けない、とってもナルくんらしい作品だと思う。わたしは好きだな、この小説」
……まあ、たしかに、おれらしいっちゃあおれらしいだろうな、と思った。最後まで誰からも見向きされなかった底辺にはお似合いの、最低のゴミだろうさ。
自嘲気味に笑うと、ルン子はどういうわけか膨れっ面をした。
「底辺、ゴミ? 誰が決めたの、そんなこと? わたしはずっとこんなふうに、ナルくんが書いたお話を読んで、ナルくんと楽しくお話がしてみたかったよ。それがゴミだってこと? ひどくない?」
い、いや、そんなつもりは……。
思わぬ攻勢を受けてたじろぐおれに、ルン子は続ける。
「小説、書き続けたらいいじゃん。インターネットなんかに載せなくってもいいじゃん。小説なんて自分が楽しくて、読んでくれた人が楽しかったらそれでいいんだよ。小説書いてるナルくん、とっても好きだよ。ナルくんが書いた小説、また読みたいな」
そう言ったあと、ルン子はおれに笑いかけた。
「……元気出た?」
……おれのこと慰めてくれたのか。
そのことにようやく思い立ったおれに、ルン子は「そんな大層なことをしたつもりはないんだけどね」と頬を掻いた。
「ただ、最近のナルくん、とても落ち込んでたから。元気出してくれたら嬉しいなあって」
ああ、元気出たよ。ありがとな。
「そう? よかった! 次書いたらまた読ませてね!」
あそこまでボロクソに酷評しておいてよく言うな、おまえ。
おれは笑った。
おしまい。某所でアイデアだけ晒してた奴。「わたしじゃなくて他の人が書いてくれたらいいのに!」って思いながらいつも文章を書いてるんですけど、その気持ちを基に書きました。
あと書いてるとき「実際に小説用文章を生成してくれる人工知能がある」と聞いたので早速試しに導入、三ヶ所ほど人工知能に手伝ってもらった部分があります。最近の人工知能って進んでて凄いですね。
次はどんなのが読みたい?
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ボーイ・ミーツ・バトラちゃん
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スペースゴジラの自省録
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デストロイアの地獄変
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ゴジラの運動会
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うちのアンギラス
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オタクども怪獣見物に行く(仮)
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キノ「メカゴジラ=シティ?」
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ガメラVSメカゴジラ
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メガロの話(仮)
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