はい、遅刻です。凝りねえなこいつ。
という訳で、CLANNADとしては初の誕生日SSになります。どうぞ

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岡崎朋也誕生日SS~渚に書いた、あの文字を君に~

 光降る坂の向こう、俺の知らない景色にあいつは先に行った。一つだけ、かけがえのないものを残して。

 一人でうまくやっていける自信なんてなかった。失った痛みを癒せないのに、どうして誰かに愛を与えることが出来るのかと、目を反らして俯いて。

 気づいたのは五年後。もうすっかり大きくなっていたその姿を見て心を痛める。その痛みに蓋をして、見ないふりをしていた。

 それでも、気づく。俺は親だった。

 俺のことはどうでもいい。けれど、汐からすれば、俺はたった一人の親なんだ。かけがえのない、たった一つの。

 

 だから俺は前を向くことにした。その小さな手を繋いで隣を歩く使命が俺にはあった。

 一つ、一つ進んでいく。桜の吹雪く季節を、照り付ける日差しを浴びる季節を、街が紅にそまる季節を、そして、どこまでも寒く、冷たい季節を。

 母親譲りの弱い身体でも、ちゃんと健やかに育ってくれた。どんどんその背丈は大きくなって、・・・いや、俺が小さくなったのかな。

 

 気が付けば、もう20年の月日を数えていた。

 

---

 

 一人、ぼんやりと庭を眺める。

 街のはずれの方の小さな一戸建てで二人暮らし、そのはずだった。

 しかし、大きくなるにつれて汐は俺の元から離れるようになった。子としてそれは正しい事なのかもしれない。けれど、言葉すら聞いてもらえなくなるとは思わなかった。

 どこで、何か悪いことをしてしまったのだろうか・・・、ずっとそんな自責の念に苛まれる。それでもここに汐はいないし、電話すら取ってもらえない。

 

 ・・・親、失格なんだろうか。

 

 手元にあった小さなグラスにほんの少しの酒を注ぐ。それを小さくすすってまた顔をもとに戻す。そこに気力なんてものはなく、ただ空の器だけがある。

 

 その時、家のインターホンが一度ピンポーンと元気よく鳴り響いた。悲鳴を上げる体を引き連れてそれを確認しに行くと、一通の手紙が入っていた。

 杏からだった。

 

『近々また集まるわよ、老け込んでいたりなんかしたら許さないから』

 

 小さくそう綴られた手紙に俺は苦笑を浮かべる。あいつはいつまでもあいつのままだ。俺とは・・・違う。

 

『P.S あんたの誕生日祝いでもあると思いなさい』

 

 そして、丁寧にPSまで盛り込んでいる。その光景が想像できる当たり、あの頃から何一つ変わっていない。

 老け込むな、か・・・。ははっ、どうなんだろうな、周りから見た今の俺って。

 

 それからまた先ほどと同じ場所に腰を下ろす。そのまま遠くを見つめていると、なぜか涙が頬を伝い始めた。ここ最近はよくあることだけど、今日はその理由がはっきりしていた。

 今の俺が、あいつとよく似ていることに気が付いたから。・・・ずっと昔、俺を育ててくれた親父に。

 一人で無理して頑張って、でもってそれを子供に理解されないで、でも、どうにか頑張ろうとして・・・。そんな親父のことが大嫌いだったし、・・・今となっては人間としてとても尊敬している。

 

 最後の方なんてとても疲れたような顔をしていた。見るに堪えないその顔が俺は嫌いだった。

 ・・・はっ、なんだよ。結局俺だってあいつの事馬鹿に出来ないじゃないか。

 

 そう思うと、涙が止まらなかった。悲しいわけでもないのに、暴れてしまった心が止まらない。

 

 ・・・渚、俺、どうなんだろう。ちゃんと親、やれてたのかな。

 

 虚空に浮かんだその幻影に手を伸ばそうとした瞬間、もう一度インターホンが鳴った。今度は手紙ではなく俺に用事があるらしい。

 もう一度そこへ向かう。そして、扉の先にいたのは・・・。

 

「えっ・・・」

 

「その・・・ただ、いま」

 

 ずっと家を離れ、遠くに逃げるように引っ越したはずの汐だった。

 

「なんで、帰って・・・」

 

「だってここ、私の家だから」

 

 今度は躊躇うことなく、そうはっきりと言葉にする汐。その言葉はある種俺が一番欲しがっていたものだったのかもしれない。

 最近はずっと、ここに俺がいるせいで汐を不幸にしているのではないかと気にするようになっていた。そんな巣を汐は自分の家と言ってくれた。その事実が、俺は嬉しかった。

 

「上がっていい?」

 

「あ、ああ」

 

 急いで横に逸れて、汐の通る道を作る。汐は部屋に進むと冷蔵庫の中身の確認を始めた。それから呆れたように言葉を吐く。

 

「・・・また、お酒ばっかり飲んでる」

 

「・・・悪い」

 

「疲れてるの?」

 

 疲れているのか。

 ああ、疲れている。最後のほうなんてもうずっと休みたいと思っていた。それでも休まなかったのは汐、お前がいたからなんだ。・・・親として、そうそう休むわけにはいかないと体に鞭を打っていた。

 なんてことは言えない。俺は口先だけで返事を返す。

 

「・・・特に、そういうわけじゃ」

 

「嘘、つかなくていいんだよ」

 

 俺の嘘はとっくに見透かされていたようで、汐はもう一つため息を吐いてつづけた。

 

「疲れないわけなんてないでしょ。・・・一人でずっと頑張ってきたんだから」

 

「汐・・・」

 

「だからね、お父さん。・・・今日は言いに来たことがあったの。この家を出る時、いろいろと言い忘れたから」

 

 俺に背を向けていた汐はくるりと振り返る。歳をとってあの頃の渚とよく似た姿になった汐は、俺と目を合わせてはっきりとその言葉を告げた。

 

「ありがとう、お父さん。・・・ずっと、ずっと言えなくてごめん」

 

 その言葉の最後の方は涙に濡れてくぐもってしまっていたが、ちゃんと聞き取ることが出来た。・・・全く、泣き虫なのは本当にあいつそっくりだ。

 

「馬鹿、なんでお前が泣いてるんだよ。・・・なんで、お前が」

 

 そして俺の頬にも大粒の涙が伝い始める。胸の奥が焼ききれそうなまでに熱い。嗚咽を必死に堪えて、俺はその場にうずくまって涙を隠す。

 

『ありがとう』

 

 ずっと欲しかった言葉だった。親として子を育てることは当たり前だけれど、それでも頑張った証の言葉を俺はずっと欲しがってたのかもしれない。

 

「・・・なぁ、汐。俺みたいなやつが、お前のお父さんでよかったのか?」

 

「・・・うん」

 

「俺、ちゃんとお前を育てることが出来たかな? こんなに無様で、格好悪くて、何も出来ない奴だったけど・・・お前のことを、ちゃんと」

 

「育ててくれた。・・・もう、いいんだよ。もう、十分・・・」

 

「そっか」

 

『やり終えることが出来たのだろうか?』

 

 ああ、そうか・・・。あの日の親父もきっと、こんな気持ちだったんだな。それが今になってようやくわかった気がするよ。

 

 少したって、二人の涙は乾いた。まだ少し湿った声で汐は言う。

 

「それと、誕生日、おめでとう」

 

「・・・ああ、ありがとう」

 

 生まれてきたことを祝福する言葉。当たり前のように口にする言葉が、今はとても輝いて見える。

 俺は、生きててよかったんだな。・・・渚。

 

「せっかく帰ってきたし、何かできることあったら、言ってほしい」

 

「できること・・・。そうだな、やってほしい、っていうより、お願いがあるんだけど、聞いてくれるかな」

 

「うん、聞く」

 

「あのな・・・海、見にいかないか?」

 

 海。特にそこで何かあるわけじゃない。けれど俺にとっては大切な場所がそこにはある。

 『汐』が生まれた場所がそこにはあって、昔渚と一緒に見た景色がそこにはあって。

 いつか、同じくらいまで汐が大きくなったら見せてあげたいと思っていた光景が、そこにはある。

 

 汐は少し驚いたような顔を浮かべたけど、二つ返事でOKと答えてくれた。

 

「うん、わかった」

 

「ありがとうな」

 

「ねぇ、お父さん」

 

「なんだ?」

 

「元気で、いてね」

 

「・・・ああ」

 

 そうだ。実年齢で考えてれば今の俺はあの頃の親父より全然若い。まだまだやり終える年齢じゃなないんだ。・・・汐は十分だって言ってくれたけど、全てをやり終えるにはまだ早い。

 

 汐を育てる、その役目が終わった今でも、俺が生きる意味は残されている。

 頑張って明日を生きよう。そうすればきっと、向こうに言ったとき渚と笑い話ができるだろうから。

 

 

 庭先の紅葉の葉がはらりと一つ舞い落ちる。もう終わりに近い命だとしても、俺は精一杯輝こう。

 




ご無沙汰しております、白羽凪です。
今回の世界線は『汐が謎の病(語れば長くなるので)にならずに、大人になるまで男手一つで育てられた世界線』での誕生日SSです。昔から書いてみたかったんですよね。
インスピを受けたところで言うと、麻枝准×熊木杏里の『汐のための子守歌』なんですよね。諸所に散りばめているので、その破片を回収していただければありがたいです。
サマポケのしろはいない世界線と言い、今回の世界線と言い、こういった現実みのある世界線が一番大好きなんですよね。書きやすいですし。

といったところで、今回はこの辺で。
またどこかでお会いしましょう。

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