白うさぎと黒猫。彼女達を知る感染者と天災トランスポーターが荒野で出会う。

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第1話

 

 

 

 

 

 

 荒野に一つ、影が現れる。

 珍しいことにその影はまだ呼吸をしていて、心臓を脈動させ、自分の意思で動いていた。だがそれも時間の問題だろう。その装備には既に水も食料もなく、近くに集落も移動都市も存在せず、例え幸運にも何者かがこの荒野を通り過ぎたとしても彼の右腕に浮かぶ半透明の黒色の鉱石を見れば誰も彼を助けようとは思わないだろう。

 

「……、……、……」

 

 彼は何も言わない。

 文句も、泣き言も、何も言わずにただ歩く。周りに誰もいないから無駄な独り言を吐かない訳では無い。例え誰かいたとしても彼の声を聞くものなどいるはずがないし、唯一居た仲間達は自分の手で捨てていた。

 

 大地に見捨てられた鉱石病(オリパシー)患者である自分の居場所。それすら捨てた自分にはもはや苦しみに呻くことも許されないと、巡礼とも逃亡とも自殺とも取れる歩みを続けた彼の体は、遂に荒野に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 再び目を覚ました彼は、最初に死後の世界の存在を疑い、それから自分の右腕より生えた源石の周囲から発せられた痛みでこれが現実だと思い知る。

 

「起きたか」

 

「アンタ、何者だ」

 

「天災トランスポーター。この辺りの調査に出ていたらお前を拾った」

 

 自分が車に乗せられていることに気がついた彼は、最初に前方座席で運転をする天災トランスポーターを名乗る女を見た。

 背丈は低く、歳も若い。とてもでは無いが天災トランスポーターには見えないし、その上護衛やガイドも付けていない。自分と同じ『ワケあり』な相手だと思うのは当然のことだろう。

 

 車の燃料は十分、食料なども荷物として積み込まれている。

 

 それだけ確認してしまえば、この後の行動は決まっている。

 

 

「…………私はお前の命を助けた。感謝こそされど、こんなことをされる覚えはないぞ」

 

「悪いな。こっちにも退けない理由があるんだよ」

 

 

 首元にナイフを突きつけられても、天災トランスポーターは特に怯える様子もなく運転を続けていく。とりあえず手元が狂って2人纏めて事故って死ぬことにならなくてよかったと安堵しつつ、脅しとしての力を強めるためにさらにナイフを近づける。

 

「車を止めてお前は降りろ。それだけで命は助かる」

 

「それは私に荒野で野垂れ死ねということか?」

 

「まさか。アンタみたいに優しいやつがこの大地に溢れてればアンタも助かるだろうよ」

 

 荒野を走る車の揺れは激しく、その揺れでブレたナイフが僅かに天災トランスポーターの首を掠めた。

 それ以降、彼の腕は震え続けた。それが車の揺れか、それ以外が原因かは彼自身にも分からないことであったが。

 

「早く止めてくれ。俺を人殺しにしたいのか?」

 

「いや、少し考えていてな。お前のそのローブ……いやコートか? どこかで見たことがあるような気がする」

 

「おいおい、この状況でファッションチェックか? 天災トランスポーター様ってのは危機感がねぇみたいだな?」

 

「あぁ、いや思い出した。そうか、確かそれは……」

 

 

 

 

 

「レユニオン・ムーブメント、スノーデビル小隊か」

 

 

 

 

 

 

 天災トランスポーターのその言葉にどのような意図が込められていたかは分からないし知りたくもない。ただ彼はその女の首を今すぐに切り落としたくなりナイフを走らせた。

 

「なっ、はぁ!?」

 

 確かに捉えていたはずの女の姿が消える。

 ハンドルもアクセルも放り出された車のバランスは急激に悪化し、倒れそうになる直前で男がハンドルを握って何とか持ち返す。

 

「よし、ちゃんとハンドルを握っていてくれよ」

 

「てめぇ……アーツ使いか?」

 

 いつの間にか隣の座席に座っていた天災トランスポーターの女を男は睨みつけるが、相も変わらず彼女はただ淡々と話を進めていく。

 

「ところで目的地はどこだ? 途中までなら同行してもいいぞ」

 

「アンタ、今助けた相手に殺されかけたんだぞ? よくそんなこと言ってられるよな」

 

「問題ない。私の方が強いからな」

 

「なら、試してみッ」

 

 男はナイフを再び構えようと手を動かした。ただそれだけであった。

 だがそれと同時に天災トランスポーターの腕が素早く動き僅かに男の顎を捉えた。事実としてはそれだけ。だが男は自分が何をされたのか気が付く時間も与えられずに再び意識が闇の中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 さすがに今度は縄で縛られていることに安堵し、身動きが取れないことに安堵している自分に苦笑しながら男は目を覚ました。

 

 車は荒野のど真ん中に停車させられており、天災トランスポーターの女は車から少し離れた場所で何やら色々な機器を使って何かを観測している様子だった。

 あらかた記録が終わったのか、機器をしまい戻ってきた女は、自分で縛りあげた男が目を覚ましたのを確認して一言。

 

「そういえば名前は?」

 

「……レージェ。本名じゃない」

 

「そうか。私はフリントだ。ロドス・アイランド所属オペレーター、フリント。少しだけ、話をしないか?」

 

 

 

 

 

 

 レージェもロドスという名前はよく知っている。と言うか知らないわけがないだろう。

 なんて言ったってロドス・アイランドとレユニオン・ムーブメントはしばらく前に訳あって武力衝突を起こした。チェルノボーグという都市を中心に起きたその戦闘は多くの犠牲を出し、最終的にレユニオン・ムーブメントは完全に鎮圧された。

 

「お前は、そこで見たのか? 俺達スノーデビル小隊を」

 

「いや、私はその戦闘には参加していない。お前達の姿をブレイズのお頭の作戦記録で見た覚えがあっただけだ」

 

「奇遇だな。俺も、あの戦闘に参加してないんだよ」

 

 

 

 レージェの生い立ちは非常にありふれた悲劇だった。

 ちょっとした事故で感染者になり、北方平原で強制労働に連れて行かれ、そこで使い捨てよりも安く死ぬはずだった彼は『感染者の盾』の率いる遊撃隊によって偶然にも命を救われ、血よりも深い繋がりで繋がった兄弟達と共にレユニオンの一員となり、スノーデビル小隊の一員となった。

 

「私もレユニオンについては詳しく知っている訳では無い。感染者の権利、立場の為に戦ったという点ではロドスと何ら変わりは無いはずだ。だが、彼らは暴力という手段を選んだ。……と、聞いている」

 

「ああ、まぁそうだろうな。正確にはそれしか手段がなかったんだよ。俺達には話し合うための交渉材料も、文明的な話し合いを行うための教育も与えられなかった。何も無い俺達には、あれしか手段がなかったんだよ」

 

 レージェとて暴力が好きな訳では無い。だが憎しみがあった。感染者と言うだけで差別され、殺されていった仲間達のことを考えると今でも腸が煮えくり返るような気持ちになるし、自分達を差別した、特にウルサスという国の全てが憎かった。

 

「……でも、俺達は悪人だったと思うか?」

 

「どうなんだろうな。私は、それを判断できるほどこの大地を知らないのだと思う」

 

「おいおい、天災トランスポーターなんだろアンタ? しかも見たところ俺よりも若い。俺達なんかよりも色んなことを勉強して、色んなことを見る機会があったはずだ」

 

「私の出身はサルゴンのジャングルだ」

 

「……は? サルゴンって、はぁ!?」

 

 サルゴン、その中でもジャングルと言えばこの大地有数の未開拓領域。文明から切り離されて源石から切り離された生活を送るものすらいる想像も出来ない秘境だ。目の前で難しそうな機械を操作していた女が、まさか本当にサルゴン出身だったなんて到底思えない。

 

「私の住んでいた場所では、鉱石病という名前すらなかった。相当する者も居たのだろうが、少なくとも私から見れば彼らは感染者と非感染者と区別されるようなものでもなかったし、今でも私は区別する理由がイマイチ分からない」

 

「……なんだよ、それ」

 

 世界にそんな場所があるのならば、そんな場所で生まれていたのならば。

 自分の兄弟達は、どんな風に生きることが出来たのだろうか。そんな想像も確かにした。けれども、レージェの興味はそこよりも別の場所へと向けられた。

 

「なぁフリント、アンタの故郷って、サルゴンのジャングルってどんな場所なんだ?」

 

「私の故郷か。ふむ、花が沢山咲いていて、それから……」

 

 

 

 

 

 

 繰り返すが、レージェはこの大地にありふれた感染者だった。

 だから当然のようにレユニオンに入り、スノーデビル小隊となり、非感染者と感染者を差別する体制を憎んだ。初めてあった時は柔らかい笑みを浮かべる変だけど良いやつだと思っていたタルラが、指導者という立場になり日に日にその目にドス黒い何かを宿していく様を見続けた。

 

 生きる限り苦しめ続けられるなら、生きる限りこの憎しみや怒りが消えることは無い。気が付けばタルラの行動は過激さを増し、非感染者に強い憎しみを持っていたレージェは胸のすくような気持ちになる、はずだった。

 

『姐さん……それって本気なのかよ』

 

『ああ。我々はチェルノボーグを攻め落とす』

 

 ウルサスの都市、チェルノボーグを攻略する。

 それは今までの反抗とは比べ物にならない巨大な作戦。ウルサスという国家を揺るがし、その地に蔓延る感染者への差別体制を覆す大きな一歩になる可能性もある。

 

 ただ、それは可能性だ。

 

 その作戦を実行したら、何人の仲間達が死ぬ。幾らレユニオンという組織が大きくなり、力を得たとしても相手は国だ。そうそう勝てるようなものでは無い。

 

『タルラ……タルラさんが本当にそんなことを?』

 

 タルラは苛烈な炎のようなリーダーだ。

 強い意志と信念を持ち、前に進み続ける強いリーダーだ。だからみんな彼女に着いてきた。フロストノヴァも、パトリオットすらも彼女を認めていた。

 

 けれど最近の彼女は何かおかしい。レユニオンの為に戦っていたはずの彼女の炎に何か濁りがあった。そんな直感とも言えない感覚が恐ろしくて仕方なく、レージェはいつの間にか彼女を信じられなくなっていた。

 彼女の行動の中に、自分達を駒のように使う恐ろしい意志を感じ取ってしまった。

 

『姐さん、駄目だ。アンタは今回の作戦に参加しちゃ駄目だ』

 

『……兄弟達が戦うと言うのに、私が退くことは出来ない』

 

『じゃあ、俺は戦わない。俺は、こんな作戦に参加できない!』

 

 小さな咳を抑えたフロストノヴァの掌には血が付いていた。

 長くアーツを使い最前線で戦っていたフロストノヴァの肉体は既に鉱石病によって限界に近づいており、それほど大規模な作戦となり彼女がタルラの思い通りに使われればきっと、生きて帰ることは出来ない。

 

 レージェとて戦いたくない訳では無い。むしろ彼は戦いたかった、自分が戦って兄弟達が救われるならば喜んで戦った。

 けれども、彼一人の命は安すぎる。感染者の命はあまりに軽く、既に始まった巨大な物語を動かす歯車の1つでしかない。

 

 思えばもうとっくの昔に彼は憎しみで戦っていなかった。或いは最初からそうだったのかもしれない。

 

『姐さん、前に話しましたよね? いつかみんなでこの大地の色んなところを見て回ろうって』

 

『…………』

 

『リターニア、シラクーザ、極東、サルゴン……それにシエスタ! 俺も行ってみたかったんだ。姐さんの水着姿とか、見てみたいなぁって……』

 

『……レガット』

 

 コードネームでは無い、親から貰った本当の名前を言われてレージェは口を閉ざす。その声色を聞いて、それ以上言葉を続けることが出来なかった。

 

『私はレユニオンの戦士、スノーデビル小隊の隊長であるフロストノヴァだ』

 

『違うだろ……アンタは……』

 

 そこで彼女の本当の名前を言うことは、何よりも彼女への侮辱だった。

 だからレージェは何も言わず、彼女と袂を分った。あの日、自分達を奮い立たせるために立ち上がった時点で彼女に選択肢は無かったのだ。

 

 レージェはいつの間にか、ただ仲間達と暮らすことだけが戦う理由になっていた。死してまで理想を追い求め、背負い、戦い続けることが、仲間達がそうやって散っていくことが、もう耐えられなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「助かるよ、サルゴンってのはもっとやばいところだと思っていたけれど、それなら今度行ってみるのも悪くないかもな」

 

「お前は旅をしているのか?」

 

「ああ、次はシエスタに行く予定だった」

 

「なら途中まで送っていく」

 

「俺が危険なやつだってことはもう分かってるだろ」

 

「分からない。私は、知らないことばかりだった。この大地について、何も知らなかった」

 

 自分よりも強いものがいることも、感染者と非感染者の問題があることも、フリントは何も知らなかった。

 

「だから、私は知ろうと思った。ブレイズのお頭のように強くなる為に、知らないままではいけないと思った。だから、大変だったがたくさん勉強もした」

 

「あんたの言うブレイズのお頭って、どんなやつなんだ?」

 

「強い」

 

「……そうかよ。でも聞く限り、きっと俺達の姐さんと気の合うやつだろうな」

 

「姐さん……?」

 

「そうだな。ここまで優しくされちゃあ、俺に返せるのなんて話くらいだ。話してやるよ、俺達の姐さんのことも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

「ここまででいい。……本当にありがとな」

 

「礼を言うのはこちら……でも無いか。そう言えばお前は私を脅そうとしていたな」

 

「本当に悪かったよ。うん、本当に悪かった。詫びにもならないかもしれないが、これを受け取ってくれ」

 

 レージェがフリントに渡したのは、粗末な写真集であった。

 外見こそボロボロであるが、そこに収められ写真はどれも非常に美しく、自らの足で各地を回った者にしか出せない味のようなものがある、と何となく思えるような出来であった。

 

「いつか、写真集を出したいんだ。沢山綺麗な写真を撮って、この大地をもっと知りたいんだ」

 

「では発売したら私も買わせてもらう。私も、この大地のことをもっと知りたいからな」

 

 そうしてレージェとフリントは再び別れた。

 きっとこれが今生の別れであることを、咳をした際に零れた血液を見つめながら思い、それでもレージェは再び荒野を歩き出した。

 自分はかつて逃げた者であり、仲間達は逃げなかった。彼らは皆死に絶え、自分だけが生き延びた。

 

 だが、自分はどうあれ生き延びたのだ。ならばその現実を捨てることは最も愚かな行為だろう。いつか仲間達の元に辿り着いた時に、自分ができることはこれしか無いのだから。

 

 この大地は醜く、残酷であると。

 それでも自分達はこの大地で生まれて、出会ったのだと。

 

 白い雪原しか知らなかった兄弟達と、色彩に囲まれることを夢見てまた荒野を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 








この大地は確かに醜いが、それでもこの大地に残るのが怒りや憎しみだけではないと思いたい。





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